55 春季限定コッキープリン事件② (挿絵)
【忍】
「忍さん。ちょうどいいところに。少し話を聞かせてもらっていいですか?」
「あ、しーちゃん先輩と・・・先輩?お疲れ様です。」
日直の仕事で教室に残っていた放課後、ようやくと仕事を終えて向かっていた部室への道すがら、部室棟の片隅で珍しい組み合わせのふたりに出会いました。
(しーちゃん先輩は先輩のこと毛嫌いしてる感があったけど・・・?)
ふたりがこうして一緒に行動しているのは違和感がありますが、何かのっぴきならない理由があるのでしょうか。
「単刀直入に聞きます。忍さん。プリンを食べましたね?」
「え、た、食べてません!」
事情はわかりませんが、しーちゃん先輩の問いに思い浮かんだのは昨日のことです。
有罪確定の時間にプリンを食べてしまった罪悪感が私の心を中から圧迫し、つい口から出たのは取り繕うための嘘でした。
(しーちゃん先輩には前にお菓子もらったときにそれとなくダイエットしてるって話したし・・・)
しーちゃん先輩を裏切ることになりますし、それになにより、先輩の前でダイエット中などと口にしたくありません。
しかしながら全く状況が掴めません。単刀直入というよりは前略、あるいは全略の問い方は朱ちゃん先輩のようでした。
「そうですか。全員に聞くという建前上、聞いただけです。失礼しました。」
ぺこりと頭を下げつつ答えるしーちゃん先輩の言葉は事務的です。本当に便宜的に聞いただけなのでしょう。
「何してんのー?」
話も一区切り、いざ部室へ行こうと一歩踏み出した時、肩越しに聞き慣れた声が聞こえました。
「朱さん。実は私がイチカのために買ってきた、たぬきのプリンがなくなったのですが、何か知りませんか?」
「え?わ、私は食べてないよー?本当だよ?」
「私は別に誰かが食べたとは言っていませんよ?」
「なんだおまえ。怪しいな。」
先輩としーちゃん先輩は揃って半眼、ジトッとした視線を朱ちゃん先輩に向けています。
対する朱ちゃん先輩はどこか落ちつかない様子です。妙に視線を彷徨わせて、挙動不審です。
「そ、そんなことより、ふたりで犯人探しとはキミたち仲いいな!」
朱ちゃん先輩も私と同じような疑問を持ったのでしょう。やはり先輩としーちゃん先輩のとりあわせは珍しいように感じます。
(・・・知らない間に仲良くなったってこと?)
「仲が良いなんて、そんなわけないじゃないですか。埋めますよ?」
「キレすぎじゃない!?」
照れ隠し、あるいは本心でしょうか。私にはどちらが真実なのかは汲み取れませんでしたが、しーちゃん先輩が怒っていることだけはわかりました。
「まあいいです・・・それはともかく、犯人がわかりました。朱さん。あなたですね?」
「そ・・・えん罪だ!私は控訴するぞ!」
「秋津くn・・・秋津裁判長お願いします。」
「うむ。有罪。懲役10年。執行猶予なし。」
「重すぎるだろ!」
どうやら、朱ちゃん先輩に情状酌量の余地はないようです。
(というか一審は負けた前提で話すんだ・・・)
「あら、罰金50万円の方がよいですか?」
「やっぱり重い!?」
「先輩もしーちゃん先輩も厳しいですね・・・」
「当然です。懲役も罰金も窃盗罪の罰則で定められています。ものをぬすむのははんざいです。」
しーちゃん先輩が怒るのも無理はありません。プレゼント用のプリンを勝手に食べられたわけですから。厳罰の望むこともわかります。
それはわかるのですが、なぜこの先輩たちはこんなに法律に詳しいのかがわかりません。あるいは私がおかしいのでしょうか。
「い、異議あり!本件はまだ捜査を尽くしたと言いきれず嫌疑不十分であります!」
「またもっともらしいことを・・・」
対する朱ちゃん先輩も必死です。それらしい言葉の羅列は、素人の私にはそれっぽく聞こえます。
「だいたい、私がやったという証拠はあるのかね!そこまで言うのなら証拠を出したまえ!ないだろう?証拠!」
(そのセリフはすでに自白しているような気が・・・)
先輩も「それは犯人の言うセリフだろう・・・」と半ば呆れつつ朱ちゃん先輩にツッコミを入れていました。
もはや誰がしーちゃん先輩のプリンを食べたのかは明らかです。調子を取り戻した悪戯な笑みは、あるいは、隠すつもりもないのでしょう。
(隠す・・・つもりは・・・)
しかしそれとは別に、私もプリンを食べてしまったことを隠しています。このままそれを伝えなくて良いのでしょうか。
「それに、一見して怪しいやつは、だいたい怪しいって死んだじっちゃんが言ってた。」
「金田一か?おまえは金田一少年なのか?じっちゃんの名がかかってるの?名前までBetするのやめようよ。ないよ?ジャックポットないよ?」
「そこ!ちちくりあってないで話を先に進めますよ!」
先輩と朱ちゃん先輩の掛け合いをしばらく眺めていた私たちですが、ついに痺れを切らしたといった風にしーちゃん先輩が割って入りました。
普段からキッパリとものを言うしーちゃん先輩ですが、慣用句とは言え、同年代の女の子から乳などと聞くと、なんだかソワソワしてしまいます。
ふと視線を感じて見やれば、朱ちゃん先輩が「乳・・・」と呟きながら目を細めていました。思わず肩を抱いてしまいましたが、これはこれで別の意味でソワソワしてしまうのでやめてほしいところです。あと朱ちゃん先輩は胸に拘りすぎではないでしょうか。
「物証がないことは認めます。ですが、朱さんが犯人なのは間接的に立証できます。」
「なん・・・だと・・・?」
事件も大詰めのようです。ついには探偵が推理を述べ、犯人が自供する流れでしょう。
「単純に消去法です。秋津くんは私の目の前で食べています。そしてそれは私が買ってきたプリンではありませんでした。つまり彼は白です。」
「むむむ・・・じゃあ恋は!?」
「え?イチカがそんな意地汚いことするわけないじゃないですか?」
しーちゃん先輩は心底何を言っているかわからないといった様子です。不可思議を体現するかのようにキョトンとした表情を浮かべて小首をかしげるしーちゃん先輩は、無垢な幼い少女のようでした。
(か、可愛い・・・っ!歳上だって忘れちゃう・・・)
そのあどけなさに思わず状況を手放しそうになりましたが、そうもいきません。先輩、恋ちゃん先輩と続いて、次がないわけがありません。
「こいつ・・・じ、じゃあ・・・シノだ!」
ついに、私の番がきました。
「あ、あの私・・・」
尻すぼみになった私の言葉が先輩たちの会話を止めることはありませんでした。
あるいは、私の口の中から出なかったのかもしれません。
私がしーちゃん先輩のプリンを食べていないことは誓って言えますが、しかしその実、私はプリンを食べてしまっています。
「食べていないと思いますよ。」
「は!?裁判長、思いますとは根拠薄弱ではないでしょうか!」
「俺いつまで裁判長やるの?・・・検事は続けてください。」
辟易といった表情で答えた先輩の言葉はため息混じりでした。顔には面倒くさいと書いてあります。
「根拠は・・・ここでは言えませんが・・・」
しーちゃん先輩は私にちらと視線を向け、しかしすぐに逸らしました。優しいしーちゃん先輩です。きっと先輩の手前、ダイエットのことを配慮してくれたのでしょう。
「怪しいぞ!」
朱ちゃん先輩は光明見たりと言わんばかりに畳み掛けています。私も覚悟を決めなければならないのかもしれません。
私はしーちゃん先輩のアイコンタクトに頷きを返しました。
「・・・はあ、朱さん耳を貸してください。」
「え、何?・・・うん。え?あー。」
しーちゃん先輩の言葉にコクコクと頷きながら耳を傾けていた朱ちゃん先輩は、ふと、納得したようにひとつ首を縦に振り、私に視線を向けました。
「シノ、ダイエット中なの?」
「耳打ちした意味を考えなさい!!」
かぁーっと顔に血が巡ったのがわかりました。
大暴露です。しーちゃん先輩に詰め寄られて「あ、ごめ・・・」と呟く朱ちゃん先輩のその言い方が、ダイエットという言葉に信憑性を与えていました。
顔まで上った血はそのまま天頂まで達し、溢れんばかりにグツグツと煮立って、私の判断力を揺らしました。
「いいんです!実は!私はプリンを食べました!」
「え!?」
ですが、かえって良かったのかもしれません。
しーちゃん先輩に隠し続けるのは心苦しかったところです。勢い任せとはいえ、伝えることができたのは幸いでした。
「ごめんなさい!私はしーちゃん先輩に配慮してもらえるほどの人間じゃないんです!」
「し、忍さん。た、たまにはそんなこともありますよ!そんなに卑下しないで・・・?」
「プリンだけじゃないんです!お団子も4つ食べてしまって・・・私はダメな女なんです!意志の弱い豚野郎です!重罰を望みます!」
しーちゃん先輩の優しさが心に刺さります。その苦々しい表情は笑みで取り繕われようとしていますが、どうにもうまくいってないようです。
(でも懺悔することはもうない!)
今日の2限と3限の間の間食にお饅頭をふたつ食べましたが、それは1限が体育だった不可抗力なのでノーカンです。
「だってよ怜・・・裁判長?」
「は?俺を巻き込むなよ。」
「んーじゃあ・・・ちょっと耳かして。」
「なんだよ・・・・・・は?なんでそんなこと言わなきゃならん?」
しーちゃん先輩の時とは反対側、朱ちゃん先輩は、悪戯な笑みを湛えて耳打ちしました。ことここに至っては、先輩に罰してもらうのが私にはいいのかもしれません。
「裁判長!どうかお沙汰を!」
「えーあー・・・ダイエット中にも関わらず団子とプリンを食べた罪は重い。意思の弱い豚野郎には明日の授業間の間食を抜きにすることを命じる。授業中にお腹が鳴って悶え苦しむがいい。と、私は言わされました。」
「やーねー橘の奥さん。女の子に向かって豚野郎ですって。」
「秋津くん・・・鬼ですね・・・」
「最後に注釈つけただろうが!俺の意思じゃない!指宿も黙ってないでなんとか言え!」
「ふぇ?は、はい・・・わかりました・・・」
先輩の口から出た言葉は、思いの外、私の心に刺さったのでした。
【汐】
「しぃ、いる?」
どこか呆けている忍さんを伴い部室に戻ってきました。忍さんの目が虚なのは、本人の意志の弱さに起因することではありますが、ダイエット中であると暴露されれば無理もないのかもしれません。
一先ずと、椅子に腰を掛けようとしたのと同時に、ドアがノックされました。毎回ドアをノックして入るとは、大変丁寧です。
「イチカ!」
「一花か。ちょうどいい。実はな・・・」
秋津くんにイチカへの説明を取られてしまいました。
いつもなら私たちの中に割って入らないよう申し出るところですが、今日ばかりはふたりが探偵です。ここは秋津くんに譲るとしましょう。
(秋津くんもなんだかんだやる気ですね。)
彼がこうして自発的に動いている姿は新鮮です。いえ、彼の何かを語れるほど長く時間をともにしたわけではありませんが、それでも、彼は自発的に動くタイプではないように思います。
何が彼を突き動かすのか、あるいは、いつも責められっぱなしの朱さんがタジタジなことがそうさせるのでしょうか。
(元来、Sっ気がある質なのでしょうか。)
「そう。プリンなら私食べたよ?」
「え!?」
秋津くんの説明を聞き終えたイチカが一言、その言葉はみなさんを困惑させるには十分でした。「まさか本当に恋が食べたとは・・・」と呟く朱さんが一番驚いていました。
(先ほど自分でイチカが食べたと言っていたのに、おかしな話です。)
期せずしてシャレになっていますが、奇妙な話だと言いたかっただけです。他意はありません。
しかしながら、奇妙であることは事実です。
「忍がくれた中野屋のプリンだけどね。」
「イチカが食べたのは忍さんが持ってきた別のプリンということですね。」
「・・・つまりどういうことだってばよ?」
(なんですかその奇天烈な語尾は・・・)
朱さんが頭上にクエスチョンマークの幻影を見つつ、私はひとり腑に落ちていました。
「どうやら、冷蔵庫に入れられたプリンは複数あったようですね。状況を整理しましょう。」
【朱】
「私がイチカのために買ってきて、部室の冷蔵庫に入れておいた、たぬきのプリンが消えました。」
部室の中央に車座、机を囲んで座った私たちは、それぞれが居住まいを正した。某名探偵アニメよろしく、汐が語り出した推理を聞くためだ。
(まー推理も何も私が食べちゃったんだけどね。)
「まず、忍さんが持ってきた、上蓋に「感謝の気持ち」と書いた中野屋のプリンは2個で、それを今朝の始業前に冷蔵庫にしまった。あってますね?」
「そうです。8時20分くらいだったと思います。」
「私がプリンを入れたのは8時前のことです。本来、始業前の時点では冷蔵庫に3個のプリンがあったはずです。」
私が冷蔵庫を開けた時にはプリンはひとつしかなかった。現にシノが「私がプリンを入れた時は冷蔵庫は空でした!」と証言している。ということは、私が食べたのは汐のプリンでまず間違い無いだろう。
「次に、お昼休みに中野屋のプリンをイチカが食べたということですね?」
「うん。12時30分頃だったかな。」
その時間なら私が着替えに部室に来る前だ。そういえば恋は鍵を持っていない。今日は偶然、鍵がかかっていなかったから中に入れたけど、いずれ恋の分も手配する必要があるだろう。
「最後に、秋津くんが「感謝の気持ちプリン」と間違えて食べたのは10%オフのシールが貼られていたプリンです。これを入れたのはどなたですか?」
「イエスマム!私であります!」
汐の問いに挙手して答える。目指すは誠実に。そして私なりの誠意を発揮して状況をまとめた図を作ってみた。なんとなく殊勝に見える態度を取っているが、無意味なことは知っている。断罪の時は近い。
(でもそうか。私の常温プリンは怜が食べたのか。お腹の調子は大丈夫なんだろうか。)
ちらと見てみればお腹ではなく心臓のあたりで握り拳、「よかった・・・」と呟いている。何か心配事でもあったのだろうか。
「・・・指宿でも一花でも俺でもない。もちろん橘でもない。犯人は・・・わかったな?」
ゴホンと何かを振り払うように咳払いしてから話した怜は、顎に手を当て何かしら考え込んでいる汐に水を向けた。もはや言い逃れはできない状況だが、いつも端的な汐が結論を述べないのは何かわけがあるのだろうか。
「え?ああ・・・そうですね・・・朱さんあなたが犯人ですね?」
「すみませんでした!」
立ち上がって腰は90度、視線は地面、天頂部を守るように合掌して拝み倒す。先程からの殊勝な態度はこの時のフリだったのだ。我ながらセルフプロデュースは完璧だ。
「おっしゃ!じゃあ残る「感謝の気持ち」プリン1個が汐の手元にいけば万事解決ってわけだ!めでたしめでた・・・ごめんなさい・・・」
汐から温度の感じない一瞥を受けた。私よりもちっせえくせして、その姿には威厳すら感じる。やはり胸か。胸が大きい方が説得力が増すのか。我ながらとんでもない仮説を打ち立ててしまった。
「しぃ、そのくらいにしてあげて。プリンもなくなっちゃったわけじゃないんだし。」
「イチカがそう言うなら・・・ただ・・・」
「ありがとう恋!謝謝!」
右手の拳を左手の手のひらで受け胸の前に掲げる。言葉とともに拱手の礼をとって恋に感謝。やはり胸がなくてもこうして汐を説得することはできているので、私の仮説は間違いなく間違いだった。
(いやーどうなることかと思ったけど、これで解決!)
「しぃ。ただ、どうしたの?」
「はい・・・先程も言いましたが、部室の冷蔵庫にプリンは1つも残っていないのです。」
「え?」
驚きの声は誰のものだろうか。たぶん全員が全員、似たような言葉を発したのだと思う。
どうやら、あるはずのプリンがないらしい。
話が振り出しに戻っている。しかし今度は私が食べてしまったから汐のプリンがないと言っているわけではない。
最後のひとつ、冷蔵庫に入っているはずの「感謝の気持ち」プリンもとい、中野屋のプリンがないという。
(朱ちゃんおばけとか苦手・・・)
妖怪の仕業とかミステリーとか、怖い話はやめてほしい。
表情の抜け落ちた、あるいは大真面目な顔の汐に対して、思わず怜を盾にしてしまった。斜め上から背中越しに何かを訴える声が聞こえるが、知ったことではない。
(おいおいおい怖いなあ〜・・・冗談ではなく・・・)
黄金の風に出てくるイタリアギャングのモブのセリフなんて誰がわかるのだろうか。怜ならわかるか。
であれば、このまま頼って背中に隠れて小さくなっておこう。
ちなみに、スタンドはパワーであり、おばけじゃないから無問題である。




