54 春季限定コッキープリン事件①
【忍】
(えへへ。masses弾けるようになっちゃった。やっぱり格好いいなー。)
先輩と恋ちゃん先輩にmassesの弾き方を教えてもらったのが数日前、ついに私はmassesをとおして弾けるようになっていました。詰まる箇所も多いですが、それでもゆっくりと弾けばなんとか1曲とおすことができます。これは音源に合わせて弾ける日も遠くないかもしれません。
最近はずっとギターを弾いていたせいで指先がかなり痛いですが、しかし、今はそれ以上に達成感が大きく、痛みすら忘れることができました。
「そうだ。おふたりにお礼を込めてプリンをプレゼントしよう。」
冷蔵庫にお父さんがくれたプリンが3つあります。シンプルなカスタードプリンでお店の陳列引き下げ分です。
本当は廃棄まで少し日にちがありますが、お父さんはよくこうして私にお菓子をくれます。
(娘がダイエット中なんてわからないよね・・・)
うちのプリンはプレゼント用で買われることが多く美味しいと評判です。質の高さによる評判の高さは鼻が高い限りですが、その反面カロリーも高いのです。
それに、贈り物としては間違いないとはいえ、貰い物の横流しですし、先輩たち全員に渡せないところも心苦しいところです。
(うーん・・・でもせっかくだし!)
ただ、ちょうどいい機会なのも確かです。このタイミングで貰ったのは何かの縁です。妹に食べられないうちに確保しておきましょう。
(練習頑張ったし・・・いいよね?・・・せ、せっかくだし!)
ちらと時計を見て逡巡、ダイエットを志している身ですが今日だけはカロリーも忘れられるような気がして、私は甘い誘惑に身を任せたのでした。
【汐】
生徒が疎らな登校路、私はコッキーポップ同好会の部室を目指していました。
あるいは、本当の目的地点は冷蔵庫です。
駅前で用事を済ませた昨日の帰り道、ポップな看板に目が留まって衝動買いしてしまったプリンをしまうためです。
プリンのパッケージは可愛いたぬきのキャラクターです。駅近の立地、生プリンを売りにしたプリン専門店でしたが、買い物をするのは初めてでした。
何を隠そう、イチカへのプレゼントです。甘いものが好きなイチカです。プリンをプレゼントすれば嫌ではないと思いますが、それでも、自分が食べたこともないものを他人に勧めるわけにはいきません。
昨日の夕食後にひとついただき、これならイチカにも満足してもらえると、勇んで部室に向かっているのです。イチカには放課後に渡すことにしましょう。
(そろそろ行きましょうか。)
部室の鍵を開け、入室、冷蔵庫にプリンをしまいました。早く登校してしまった折、部室のソファーで休んでいたところ、カチッと長針が動いた音に程よい頃合いであることを知ります。そろそろ教室へ移動してイチカを待つことにしましょう。
(おっと、忘れるところでした。)
カバンを開け、取り出すのは使い捨てスプーンです。この日のために用意したのに、プリンとセットにしておかないのは有り得ません。
プリンの傍にスプーンを置き、鍵を閉め、イチカの喜ぶ顔を想像しながら私は教室へ向かいました。
【忍】
昇降口から教室へ向かう生徒の波に逆らって部室がある棟を目指します。ちょうど登校ラッシュに巻き込まれてしまいました。
人混みを抜けてたどり着いた部室棟は、昇降口と打って変わってとても静かでした。
(やっぱり開いてる・・・)
始業前だというのに、部室の鍵は開いていました。いつも開いているので、もしかしたらと思ってきてみれば案の定でした。不用心この上ないことですが、これでしーちゃん先輩に鍵を借りに行く手間は省けました。
(スプーンも忘れずに。これでよし・・・っと。)
今はプリンを冷蔵庫に入れる以外の用事はありません。朝も忙しい時間帯、私は早々に部室を後にしました。
プリンの上蓋に「感謝の気持ち」と書いてしまいましたが、伊達にすぎたでしょうか。
(こういうのは少しやりすぎくらいがちょうどいいよね!)
ともあれ、感謝しているのは事実ですし、何も問題はありません。
そうして先輩と恋ちゃん先輩に「感謝の気持ち」のプリンをおきましたとメッセージを送り終わった頃、私は教室へ向かう人の流れに身を置きました。
【朱】
(ねむい・・・)
ただ眠い。ひたすらに眠い。まじ眠いオブザイヤー取れる。
(ゲーム一徹でこんなとは、私も老いたものよ・・・若いけど・・・)
少なくとも学校の制服を着て、毎朝こうして校門を潜るくらいには若いはず。
(あれ・・・わたし制服きてる・・・?)
眠すぎて頭が働いていない。忘れ物はないだろうか。カバンは持っているか。制服は。下着は。
半開きの目、ひとつひとつ触ってちゃんとあるか、あるいは装備は足りているか確かめてみれば、あるはずの膨らみが足りなかった。誰がブラいらずだ。
「あ・・・プリンある・・・」
朝食を抜いた身、食料を求めてたどり着いたコッキーの部室で、冷蔵庫の中のソレは輝いて見えた。
「・・・いただきまーす。」
逡巡したけれど、しただけ。一瞬あとにはたぬきのパッケージは引き裂かれていた。
「ウンまああ〜いッ。」
朝のテンションではない。ないが、そうせざるを得ない。ブラザーニジムラも納得。
(どうしよう?)
幸か不幸か、無理やりにあげたテンションで意識がはっきりした。そうしていつも通りを取り戻した明快で明晰な私の頭脳は、非情な現実を認識していた。
やってしまった。空腹のあまり、誰のともわからないプリンを食べてしまった。
(・・・おまえのものは俺のもの。俺のものは俺のもの!)
別にたぬき繋がりで思い出したわけではないが、ふと思い出したのはジャイアニズム。
ただ一味違うのは、上の句に続く下の句に「だから、おまえの痛みも悲しみも俺のものだ。」までついて完成だってことだ。無理か。
いい話風に持っていこうと思ったけど、やっぱり無理だった。
さても、食べたプリンはどうしようか。眠いオブザイヤー受賞の副賞ってことには、ならないよね。
【恋】
お昼休みも中頃、私は忍のメッセージを受けてコッキーポップ同好会の部室に来た。ギターの弾き方を教えたお礼らしいけど、忍も律儀だ。
「プププ プリン〜。」
ノックを3回、鍵のかかっていない扉を開けて入室、直行した冷蔵庫、その中にはプリンがあった。
手に取ったその上蓋には「感謝の気持ち」と「中野屋」の文字。丁寧に使い捨てスプーンも用意されている。心踊る。
小市民の私にとって、このプリンはたまの贈り物でしかお目にかかれない貴族の食べ物だ。
気を衒った生クリームなどのトッピングはなく、メインのカスタードと底にカラメルがある日本で標準的なカスタードプリンだ。
(このカラメルが美味しいんだよね。)
本当はカスタードとカラメルを一緒に食べたいけれど、カレーよろしく、混ぜて食べるのはあまり好きじゃない。でも食べたい。
(ならばどうするか・・・こうする。)
まずはスプーンを底まで差し込み、モーゼの十戒の要領でプリンを真っ二つにする。
ここで大事なのは、ふたつにわけたカスタードの間に空気を入れ込むようなイメージでやること。
そして一度スプーンを抜き、カスタードの上面を少しだけ押してあげれば完成。
壁を競り上がるように、あるいは、カスタードから滲み出るように、カラメルが上面に溢れ出てくる。これで初めからカスタードにカラメルを絡めて食べることができる。おいしい。
(カラメルを絡める・・・)
今はプリンを頬張っている。故に口には出せない。しかしながら。
(よく冷えたプリンだ。)
【朱】
(ん?なんだこれ・・・プリン?なんで私のカバンからプリンが?)
1〜4限の授業を爆睡。すっかり眠気をはらった私は絶好調。このまま午後の体育を乗り切ろうと部室に着替えに来たこのとき、カバンの中から引っ張り出した体操着と一緒に封を切っていないプリンが出てきた。上蓋にはご丁寧にもコンビニのテープでスプーンまで付いている。
床に盛大に転がり落ちたプリンを拾いつつ、なぜプリンを持っているのかを考えてみた。
(うーん。わからん!)
考えたが、わからない。そして、わからないことをいつまでも考えるのは考えものだ。なんだかよくわからなくなってきた。
(ま、常温よりはいいっしょ。)
ともあれ、わからないのは最初からだ。私は考えるのをやめ、プリンを冷蔵庫に放り込んで体育の授業に向かった。
【怜】
「お、これが指宿の言っていたプリn・・・10%オフ・・・これが指宿の感謝の気持ち・・・」
何だか複雑な気分になってしまった。
冷蔵庫の中にはコンビニのテープで使い捨てスプーンが貼られたプリンがひとつだけ入っていた。指宿の感謝の気持ちはまず間違いなくこのプリンのことだろう。
今朝もらったメッセージでは上蓋に「感謝の気持ち」と書いてあるとのことだったが、10%オフシールで隠れてしまったのだろうか。
(ま、まあバンドマンはお金かかるからな!オフでももらえるだけありがたいよな!)
事実、ディスカウント品ではあるのだろうが、日中、常温で放置とかしていない限りは賞味期限や品質など気にするほどでもない。
それに、意図的にシェイクしたかのようにカスタードとカラメルがぐちゃぐちゃに混ざっていても、味は変わらない。いやむしろ、よく混ざって美味いまである。
それにそれに、人並み以下の舌しか持ち合わせていない身。腹を下す等、目に見えての影響がない限り大した違いではない。
だから、プリンは普通に美味かった。ちょっとしょっぱかったけど美味かった。泣いてないよ?
「秋津くん何を食べているのですか!イチカのために買ってきたプリンを・・・って、これは違いますね。大変失礼しました。」
椅子に背を預けプリンに舌鼓を打っているところに橘が来た。
開口一番、ワーキャーと何やら訴えていたようだが、今はペコリと頭を下げて殊勝な態度を晒している。どうでもいいが、俺は今忙しい。話半分に身振り手振りで気にしない旨を伝えた。
「ない!プリンがありません!」
まったく騒がしいやつだ。落ち落ちプリンも食べていられない。
「何がないって?」
「たぬきのプリンです!冷蔵庫からプリンが消えました!」
(何を言っているんだこいつは?)
プリプリプンプンと憤慨を表にする橘。「中を見てください!」と促され、重い腰を上げる。改めて覗くまでもなく内容物は把握しているが、ここで強いて逆らう理由もない。決して橘さんのいいなりになっているとかではない。ないからね?
「・・・ないな。」
確かにプリンは影も形もなかった。というより、冷蔵庫の中には何もなかった。
「これは・・・きなのニオイがしますね。」
「おまえは大天使チタンダエルか。きな臭いって言いたいんだよね?」
「わ、私だって間違うことはあります・・・っ!ゴホン!ではもとい!事件のニオイがしますね!」
「いや、しないから。無理やり事件化しないで?」
「ああ言えばこう言う・・・とにかく、行きますよワトソンくん!」
「誰がワトソンだ。行かないから。」
なぜ俺が名探偵タチバナの助手などせにゃならんのだ。俺は忙しい。主にプリンを食すことが。
(それに、やらなくていいことならやらない。やらなければならないことは手短n・・・)
「確かに・・・ではレイトンくんでしょうか?」
「それだと探偵2人じゃねえか!あとレイ◯ン教授のご出演は任◯堂に怒られるからやめろください・・・っ!」
「何を言っているのかわかりませんが、この際探偵がふたりでも構いません。まずは忍さんにお話を聞きに行きましょう!」
(なんと。◯天堂法務部の恐ろしさをご存じない?)
任天◯法務部の強さはまさしくLv.99。ラスボス越えて裏ボスまである。全く勝てる気がしない。ちなみに魔王ではない。
さても、この女の強かさも負けてはいない。どうやら俺はプリンもゆっくり食べさせてもらえないらしい。
残りのプリンをかき込み、「イチカが来る前に解決しますよ!」と部室の扉を開けながら急かしてくる橘にため息を返して席を立った。
なぜ我が部の女子連中はこうも他人の都合を聞かないのだろうか。レ◯トン教授ないし、G◯ogle先生に対処法をご教授いただきたいものだ。
(ここで待っていてもそのうち来ると思うんだがな・・・)
指宿なら何もせずともしばらくすれば部室に来るだろう。
それはわかっている。わかっているが、今のこいつに何を言ってもきっと聞く耳がないこともわかってしまう。
「行きますよ!犯人探しです!」
こうして暴走特急タチバナとの奇妙な旅が始まった。
P.S.
落車~☆
ロードバイクは無事ですが、痛いです。




