52 ワンコードセッション
【忍】
「お疲れ様でーす・・・って、誰もいないんだけどね。」
時刻は放課後、部室に足を踏み入れて独り言ちた言葉は、人気のない部屋の静寂に溶けて消えました。
いつも私が一番乗りです。そして先輩たちが部室にくるまでひとりで練習をするのは私の日課になりつつあります。
(毎回思うけど、鍵しなくていいのかな?)
私は部室の鍵を持っていません。だから一番乗りは通常不可能ですが、なぜか部屋の鍵はいつも開いています。いえ、本当にいつも開いているのかはわかりませんが、少なくとも、私が一番にきた日は開いています。
とはいえ、本当にずっと開いているのだとしたら、いくら学校の中といえど機材も置いてある部屋に鍵をかけておかないというのはいささか不用心な気がします。
「おっつー・・・」
「わあああ!お化け!!」
いつもどおり、先輩たちが来るまでギターの練習をしようとギターケースを開けたその時、聞こえるはずのない声が部屋に響きました。
「・・・急に大きい声出すなよ。恥ずかしいやつだな。」
けだるげな声は女性のものです。声の先に視線を向ければ、そこには脱力してソファーに寝転がる朱ちゃん先輩がいました。
これが先入観というものなのでしょう。誰もいないと思い込んでいたせいか、ずっとそこにいただろう朱ちゃん先輩にまったく気づきませんでした。
「お、おなか出して寝てる人に恥ずかしいなんて言われたくありません!というか、なんでいるんですか!」
寝ぼけ眼で身体を起こした朱ちゃん先輩は伸びをしながら私に向きなおりました。
色素の薄い髪がはらりと流れる首筋、着崩れて鎖骨が覗く胸元、顕わになっていたお腹はすでに体操着に隠れています。裾の先から見えるペディキュアのルビーレッドは、その白い肌を際立たせていました。
無駄なものが何一つないそこに、いまさらながら朱ちゃん先輩のスタイルの良さを再認識しました。
「なぜいるとはご挨拶だな。今日は6限がめんd・・・退屈だったからサボったんだよ。」
「さ・・・っ!サボっちゃだめですよ!不良ですか・・・!」
何か、面倒だの退屈だのという声が聞こえましたが、どちらも似たようなものです。言い換える意味はあったのでしょうか。
「え・・・授業はサボるものだよね・・・?」
「そんな、私がおかしなこと言っているみたいな顔をしないでください!授業には出るのが常識です!」
罪悪感を感じさせないこの表情は、つまり心からそう思っているということなのでしょう。
(もしかすると・・・いや、もしかしなくても常習犯・・・)
「こんにちは・・・」
「おっつー。」
語調が多少きつくなってしまったことに若干のバツの悪さを覚えたころ、部室のドアが開いてしーちゃん先輩が顔を覗かせました。
静々と歩いて、部屋の中央の椅子に腰かけるその所作はいつもどおりに見えますが、どことなく元気がないように見えるのは私の気のせいでしょうか。
(そういえば今日はひとり?って、ああ。)
「しーちゃん先輩、お疲れ様です。なんだか元気ないですね。もしかして恋ちゃん先輩のことですか?」
「な、なんでわかったのでしょうか・・・?」
いつも、と言っていいと思いますが、しーちゃん先輩を見かけるときは、ほとんど恋ちゃん先輩が隣にいます。きっと、仲の良い友達がいなくて、手持無沙汰ないしローテンションというところなのでしょう。
「え?わかるもなにも、今一緒じゃないですよね?」
しかして、一緒ではないということは、今日は恋ちゃん先輩に特別に用事があったのでしょう。
(用事・・・か・・・)
思い至ったのは昨日の楽器屋さんでのことです。帰り際、用事があると、恋ちゃん先輩とは途中で別行動になってしまいました。
特にオジサマとどこかに行ったと聞いた時はとても驚きました。自分の身に置き換えても、年上の男性とどこかに行くというシチュエーションが想像できなかったからです。
事情が気になるところですが、あるいは今日もその関係なのでしょうか。
「ああ、そういう・・・イチカは担任の先生に呼び出されて職員室に行っt・・・」
「不良その2!?」
私の予想は外れ、恋ちゃん先輩の用事は昨日の関係ではないようです。しかし、朱ちゃん先輩といい、恋ちゃん先輩といい、自由人すぎではないでしょうか。
「イチカを不良呼ばわりとは、いくら忍さんでも怒りますよ?」
私の軽率な言葉に、しーちゃん先輩の視線が厳しいものに変わり、可愛らしい顔はムスッと歪められてしまいました。
「そ、そんなつもりじゃなくてですね!」
私は今まで相手の様子を計りながらしゃべることに一日の長があると自負していました。しかしここ最近はよく考えずに返事を返すことも多いような気がします。
思いもよらぬこの変化には軽いショックがありますが、それもこれも私の常識に当てはまらないことをする先輩とか朱ちゃん先輩のせいです。
(なんか機嫌悪い・・・?)
いつも優しいしーちゃん先輩ですが、今日は虫のいどころが悪いようです。思えば部屋に入ってくるときも違和感がありました。
後悔は先に立ちませんが、弾みで口に出してしまった言葉は、しーちゃん先輩のご機嫌を傾かせる結果になってしまいました。
(な、なんて言い訳すれば・・・)
誰かと衝突することを避けてきた身としては、こうして真っ向から向けられた感情にどう対処したらいいかわかりません。
言葉を探すも形にならず、鯉のように口をパクパクさせていた私に、はたして、助け舟を出してくれたのは意外にも朱ちゃん先輩でした。
「なんだ喧嘩かー?やれやれー。あ、でも汐は怒らせない方がいいよー。なんたって・・・汐、飼ってる犬の名前なんだっけ?」
覇気のない声に私としーちゃん先輩との間に広がった張り詰めた空気が霧散しました。非常に助かりましたが、いまだどこかふわふわしている様子を見るに、朱ちゃん先輩は寝起きはそんなに強くないのでしょうか。
「またあなたは脈絡のない・・・チャカですよ。」
(・・・チャカ?)
「あーそうだった。もう一匹は?」
「ハジキです。」
「どっちも鉄砲の隠語じゃないですか!」
(極◯!しーちゃん先輩って◯道なの!?)
過日、スーパーのタイムセールに行くと言っていた庶民的なしーちゃん先輩は何処かへと旅立ってしまいました。
はたして、急に遠く感じてしまったのはしーちゃん先輩の存在か、はたまた私の意識か、どちらなのでしょう。
「何のことだか・・・ちゃかちゃかと動き回る子気味の良さからチャカです。あと、おはじきみたいに目がキラキラだったのでハジキです。まったく、なぜ今そんなことを・・・」
(な、なんだ・・・)
鉄砲の妄想から派生した言葉を辛うじて心の中に留めることができたのは我ながらナイスプレーだったと思います。ご機嫌斜めでささくれ立っているしーちゃん先輩の心をこれ以上逆なでする必要はありません。
大きなため息をついて肩を竦めている様子を見るに、どうやら怒りではない方向に感情のベクトルが向いたようでした。
「そんなことより見て!じゃーん!ギターアンプを持ってきたよ!褒め称えて?崇め奉って?ついでにサイゼ奢って?」
調子を外しているしーちゃん先輩に対し、朱ちゃん先輩はいつもどおりです。ソファーから垂らした素足の先に置いてあった黒いアンプをポンポンと手で叩きながら、得意げな表情を浮かべていました。
(ボックス・・・?箱、のスペルはBOXだし・・・?)
そのアンプは以前に軽音楽部で真紀ちゃんに説明してもらったマーシャルのスタックアンプの1/6程度の大きさでした。
黒い革調の外観の正面にはVOXの文字、赤茶色の装丁とも相まっておしゃれなアンプだと思いました。
ただ、ところどころ表面の装丁が剥がれて木が見えていたりあるいは汚れていたり、新品のアンプというわけではないようです。
「むしろ、軽音系のクラブの部室にギターアンプがなかったことの方がおかしかったのではないですか?」
「そこを突かれると痛いところだけど・・・ま、こうして調達してきたんだし、良しとしよう!」
「確かにまだ春と言える時期ですし、ギリギリセーフといったところですね・・・これでようやく忍さんもまともな練習ができるというものです。」
(練習か・・・)
「そうでした。練習と言えば、朱さんあなたまた体育の授業サボってましたね。」
「面倒だったからね!」
「またそんな理由で・・・出席日数は足りているのですか?」
「問題なーい!計算して休んでるから!」
「どこに力を割いているのですか!その労力を授業に向ければ・・・いえ、言っても詮無いことですね・・・次はバドミントンのテストですからね。」
「おお助かるー!じゃあ次の授業はマストだね!しっかしテストねー。いまから気が重いぜ・・・」
「あ、あの!」
おふたりの会話の切れ間を待って声をかけます。ふたり分の視線を受けて、たじろきはしないものの、思わず語頭が弱くなってしまいました。
「その・・・massesの練習ってしなくていいんですか・・・?」
「・・・そのうちね!」
一瞬だけ嫌そうな顔を浮かべた朱ちゃん先輩は、それだけ言うとソファーに垂らした足をぶらぶらと拍手するかのように打ちつけ、悪戯っぽい笑みを浮かべました。
まごうことなき地上波最速再放送です。昨日も同じような言葉、顔を見た覚えがあります。
「確かに忍さんの言うとおりです。いつまでも先延ばしにしていないで、練習したらどうですか?」
「じゃあ練習するかー!」
「え?」
驚きの声は私、あるいはしーちゃん先輩のどちらのものだったでしょうか。
意外な言葉に思考が急ブレーキをかけた私を置いて、朱ちゃん先輩の言葉は止まることはありませんでした。
「じゃあシノ、ギター用意してね。」
「え、私ですか?massesの練習じゃ・・・?」
「いいからいいから。たまにはコッキーの活動しないとね!アンプのセッティングできる?」
朱ちゃん先輩は足元に置いてあったアンプを持ち上げて私に差し出し、「シールドはそのへんに落ちてるの使って」と付け加え手を振っていました。
なぜシールドケーブルがその辺に落ちているのかは気になりますが、いまはもっと気になることがあります。
(どんな音がするんだろ・・・?)
いつもは生音のこのギターが、このおしゃれなアンプをとおしたらどんな音がするのでしょうか。大迫力の音像はまた私の心を揺らしてくれるでしょうか。
私は気が付くと朱ちゃん先輩からアンプを受け取っていました。
(なにこれ・・・マーシャルと全然違う・・・)
セッティングは真紀ちゃんに教えてもらっていたので大丈夫だと思いましたが、なかなかどうして、そうはいきませんでした。
メーカーが違うせいか、電源の位置からノブの名称、果てはシールドをどこに刺していいのかもわかりませんでした。
(なんでインプットがふたつあるの?ひとりで2本のギターを同時に?それともふたりでひとつを・・・?)
まごついている私に、しーちゃん先輩が手を貸してくれました。とはいえ、しーちゃん先輩も詳しくはないそうですが、恋ちゃん先輩がよく使っているアンプメーカーらしく、ある程度はわかるそうです。聞けば、新歓ステージのときもこのメーカーのアンプを使っていたそうです。
ご機嫌斜めだったしーちゃん先輩も、新歓ステージでの恋ちゃん先輩の話を聞いているうちに持ち直していました。
アンプのセッティングが終わり、しーちゃん先輩にお礼を言ってほっと一息、肩の力が抜けたのは無事に音出しの準備ができたからだけではないのでしょう。
しばしの時間をおいてからアンプの上面にあるスタンバイスイッチをオンに、ボリュームノブを10時のまであげて6弦から開放弦を鳴らしました。
(わ!音大きい!)
自分でやっておきながら驚いてしまいました。当たり前のことですが、メーカーや機種が違えば、同じメモリ位置でも音量は異なることに気が付きました。
(今度からは少しずつ音量を上げるようにしよう・・・)
少しだけ音量を下げて押さえたコードはメジャーCです。押さえるのが難しいコードですが、我ながら綺麗に鳴ったと思いました。
「年季が入っているように見えましたが、ハリがありますし、いい音ですね。朱さんがちゃんと整備しているとは少し見直しましたよ。」
「まーね!怜にやらせたからね!うま◯棒2本で!」
「秋津くん・・・不憫な人ですね・・・いえ、これはこれでうまくいっているのでしょうね。」
しーちゃん先輩は左頬に手を当て、右手でその肘を抱くと憂い顔で首を振りました。私がやれば大根役者まっしぐらなその所作も、しーちゃん先輩がやれば、ごく自然なものに感じられました。
「じゃーシノ!ワンコードで4/4、ストロークはフリー、BPM110くらいにしようか。」
「呪文!?に、日本語でオーケーです・・・っ!」
「汐、まかせた!」
聞き馴染みのない言葉に困惑している私に構わず、朱ちゃん先輩は「コードもなんでもいいよー!」と言い加えながら器用にソファーから木の箱へと飛び移っていました。
「え・・・?1分間の拍数が110のうちに弾き方は自由でひとつの和音だけを・・・」
「誰が直訳しろって言ったよ!?キミたまに急にボケるよね!」
普段、自由気ままに振る舞っている朱ちゃん先輩がこうしてツッコミを入れることは珍しいことです。もうひとつ珍しいのは、しーちゃん先輩もこうしたボケをするような人ではないということです。勘違いか、あるいはこうしたスラングに疎いかどちらかなのでしょう。
「もう・・・ギターの弾き方は任せるし、ターンタンタンタンってくらいの早さでちゃーんちゃちゃーんって繰り返してくれればおkって意味!」
木の箱に腰掛けた朱ちゃん先輩は、気を取り直してといった具合に居住まいを正し、足に挟んだ木の箱を声にあわせて一定のリズムで叩き始めました。
(箱・・・じゃなくて。確かカホンって楽器だっけ?)
二ッと笑いながらカホンを叩く音はボスボスと小気味良いものです。私はその音に誘われるようにローポジションでメジャーCのコードを弾きました。
「うんうんいい感じ。ずっと弾き続けてねー!」
(あ、すごい。打楽器が加わるだけで一気にそれっぽくなる!)
起伏に乏しく、のっぺりしていた私の音が、朱ちゃん先輩のカホンを受けて、推進力を受けたようでした。下から突き上げられるように、あるいは音が縦に広がったような錯覚を覚えました。
「次!汐リード!」
「・・・まったく。」
楽器の音に負けないように声を張り上げた朱ちゃん先輩は、満面の笑顔をしーちゃん先輩に向けました。
ギターとカホンの音が響く中、しーちゃん先輩はため息を一度だけ吐いてから部屋の端に佇むピアノに向き直りました。それは決して好意的な所作ではありませんでしたが、その口の端が少しだけ緩んでいるのを私は見逃しませんでした。
(あ、なんだろうこの感じ・・・)
落ち着いたタッチで奏でられたその演奏は、仄暗いような、妖しげな雰囲気を纏ったものでした。
(オシャレというより、なんかこう、大人な・・・?)
日本の音楽には感じない音像、それでいて親しみ深いような音に、私は笑みを抑えられませんでした。
そうしてしーちゃん先輩が加わってしばし、その何度目かのストロークで私は不注意にもピックを落としてしまいました。
「すごいです!曲になってます!」
演奏を止めてしまったことを先輩たちに謝りつつ、一歩二歩離れた位置に落ちたピックを拾いました。
思わず口をついてしまった言葉は、この3人での演奏を中断させてしまいましたが、それでも今の気持ちを伝えずにはいられなかったのです。
「・・・まー、曲になるように弾いてるからね。そりゃそうだろうと思うよ・・・?」
「そうじゃなくてですね!ああ、なんて言えば・・・!」
もどかしいです。確かに先輩方は曲が破綻しないよう、あるいはちゃんと曲になるように私にあわせて弾いてくれたのだと思います。ですが、私が感動したのはそういった技術的なところではなく、もっと別のことだと思うのです。
「朱さん、おそらく忍さんはハーモニーとリズム、メロディが組み合わさった楽曲の成り立ちに感動したのだと思いますよ。」
「た、たぶんそれです!」
心でもやもやしていたことをしーちゃん先輩が形にしてくれたような気がしました。
はじめは単調なメジャーCコードでした。音は延々と広がり、とりとめがありませんでした。
そこに朱ちゃん先輩のリズムが加わって音に方向性が生まれました。そうして秩序を伴った音の波は、しーちゃん先輩がメロディをつけることで空間を広げ、縦に横に厚みが増した音は、ひとつの曲になったのです。
「まー、ひとつの形になるまで予想できないこの感じはセッション独特のものだよね。あ、そんなことより!汐、Aマイナーペンタのアプローチはブルージーで雰囲気あったね!ジャズ畑出身だと思ってたけど、ペンタなんてよく使えるね?」
「確かにペンタトニックスケールはジャズ系のピアノでは珍しいかもしれませんね。ただ、ギターではよく使われるスケールですし、忍さんがソロを取るときに何かの参考になるかと思って弾いたのですが・・・忍さん?」
呪文のような横文字が飛び交う中、私の頭の中ではクエスチョンマークが押し寄せて羅列されていきました。
おふたりが何を言っているのかはよくわかりませんでしたが、それでもしーちゃん先輩が高い技術で演奏していたことはなんとなくわかりました。
(いっぱい聞きたいことはあるけど、まずは・・・)
「あ、あの・・・初歩的なことで申し訳ないんですが・・・スケールってなんですか?」
「スケールは音階という意味です。先ほど私が弾いたのはイ短調で、全て全音のラシドレミファソを・・・」
物腰柔らかな口調のしーちゃん先輩、その説明はきっと端的で丁寧なものなんだと思います。
しかし、再び聞きなれない単語に侵食された私の脳内はクエスチョンマークがキャンプファイヤーを囲んでマイムマイムを踊っていました。要するに現実逃避していました。
しかして、私には理解できない説明も、朱ちゃん先輩には通じているようです。適度に相槌を打っているその顔は喜色に満ちていました。
(きっと今まで私がゴロゴロしていた時もふたりは練習してたんだよね・・・)
同年代とは思えないその知識量、演奏技術に大きな差を感じてしまいました。
「ギター的に言うとイ短調はAナチュラルマイナースケール、構成音はA-B-C-D-E-F-Gだね!」
(あ・・・なんとなく知った単語が・・・)
浮かない気持ちが顔に出ていたのでしょうか。朱ちゃん先輩が言い方を変えて説明してくれました。聞いたことがある単語が出てくるだけでなぜか安心してしまいましたが、外国で日本人を見つけたときも、あるいはこんな気持ちなのでしょうか。
「・・・確かにギタリストに馴染み深い言い方にした方がわかりやすいですね・・・えっと、先ほどの演奏は、Aナチュラルマイナースケールを想定して、特にギタリストに好まれやすいAマイナーペンタトニックスケールで弾きました。主に使った音は、えっと、A-C-D-E-Gですね。」
なんとなくわかりました。さっきのしーちゃん先輩の演奏は、私のCメジャーコードのバッキングに合わせてAマイナーペンタトニックスケールという特定の音だけを使って弾いたということなのでしょう。
(なんとなくわかったけど、結局しーちゃん先輩の説明をなぞるだけになっちゃった・・・それ以外言い方がないんだ・・・あれ、でも・・・?)
「私が弾いてたのはCメジャーコードでしたが、CメジャーコードにはCメジャーペンタトニックスケールを使うのではないんですか?」
わざわざ頭にCとアルファベットがついているのですから、単純にそのアルファベットがつくペンタトニックスケールを弾けばいいのではないのでしょうか。
「Cメジャーペンタでも弾けるね。」
「ではCマイナーペンタトニックスケールでもいいんですよね?」
「C一発なら使えるよ!」
「いっぱつ・・・その、ワンコード以外では使えないということですか?」
「メジャーキーに対して同主調のマイナースケールってこと?んー。使えないことはないと思うけど、使いどころは結構限定的な気がするし、玄人好みなテクニックだと思うよ?」
「使えるけど使えない、ですか?」
「Cメジャーコードの上でなら、CメジャーペンタだろうがCマイナーペンタだろうが使えるんだよ。ただこれが、CマイナーペンタをCメジャーキーのコード進行の中で考えたとき、Cメジャーコード以外のコードを弾いているときに何か違和感を感じると思うよ。しっくりきてない?みたいな。」
わからなさが加速してきました。質問すればするほど事態が複雑になってきます。
頭から煙が出そうなのは、キャンプファイヤーも佳境だからでしょうか。マイムマイムを踊っていたクエスチョンマークたちはすでにその動きをとめ、座り込んでキャンプファイヤーを見つめるだけになっていました。つまり思考停止寸前でした。
そして付け加えるように「しっくりきてなくても使っちゃダメってことではないんだけどね!」と言う朱ちゃん先輩の言葉で私の困惑が深くなってしまいました。
(使途は決まっているわけではない、でも使いどころは決まっている、言葉にするとそんな感じ・・・?)
自分で言っていてわかっていませんが、それ以外に今の私では表す言葉がありませんでした。
「ま、音の重なりとして気持ちよければそれでいいからね音楽なんて!」
「言いたいことはわかりますが、それは少々強引ではないでしょうか・・・忍さん。一気に覚える必要はありませんよ?またいつでもご説明しますから。」
「ありがとうございます・・・っ!」
朗らかな笑顔で「頑張り屋さんですね」と付け加えて言うしーちゃん先輩の優しさが凝り固まった頭と表情をほぐしてくれたようでした。
しかして、いま説明されたことのほとんどを理解していないことは事実です。これは自主勉強が重要になってきそうです。
対して、ほとんど何もわかっていない私にもただ唯一わかったことがあります。
先ほどのワンコードセッションで使ったコードはCメジャーコードだけです。その場合、キー=コードのため、Cメジャー・マイナーどちらのペンタも使うことができたということです。
(あれ、でもそうなると?)
「えっと、Cメジャーコードを弾いていたのに、しーちゃん先輩はAマイナーペンタトニックスケールを使ったと言っていましたよね。なんで使えるんですか?」
「それは単純!並行調だから。」
「へいこう・・・?」
「長調から 3半音低い音が並行調の短調になるんだ。CメジャーはAマイナーって感じ。何の音から始まるかが違うだけでこのふたつは構成音が同じなんだ。CメジャーペンタがC-D-E-G-AでAマイナーペンタがA-C-D-E-Gだね。」
朱ちゃん先輩の説明はまったく単純ではありませんでした。
いえ、考え方としてはきっと単純なのでしょう。ただ私の思っていた単純さではなかっただけです。
(ひとつの長調には、ひとつの仲の良い短調がいる、その逆もってことだよね?)
大雑把な理解ですが、今の私の理解力ではここまでしか読み解くことができませんでした。なんだか、わかったような、わからないような、複雑な気分になってしまいました。
しかしそもそも、Cメジャーコードに対してCペンタトニックスケールを使えるのなら、なぜわざわざ「へいこうちょー」なるものを使って難しくしなければならないのでしょうか。
「む、難しいです・・・同じならCメジャーペンタトニックスケールだけあればいいような気がします。しーちゃん先輩はなぜAマイナーペンタトニックスケールをつかったんですか?」
「そうですね・・・ひとことで言うなら、曲調ですね。」
「曲調ですか?」
「Cメジャーペンタを使えば、明るい感じに、Aマイナーペンタを使えば物悲しい感じに聴こえます。それをなぜかと言われると・・・難しいですね。」
言い淀むしーちゃん先輩は左頬に手を当て、右手でその肘を抱くと憂い顔で首を振りました。先ほども同じようにしていましたが、癖なのでしょうか。
はたして、言葉を引き取ったのは朱ちゃん先輩でした。
「聴感上そう聴こえるし、過去、数々の名盤がそのように使っていたからだよ!だから演繹的にそういう認識として使われているだけ。メジャーペンタはロックっぽいし、マイナーペンタはブルースっぽいみたいな!」
「何となくわかりますが・・・その説明で良いのでしょうか?」
あっけらかんと言い放った朱ちゃん先輩と困惑気味のしーちゃん先輩が対照的でした。
しーちゃん先輩の疑問に答えられる人はここにはいませんが、それでも、朱ちゃん先輩の言葉を大きく否定しないということは強ち間違いでもないのでしょう。
「こう言うと難しく聞こえると思うけど、簡単に考えればいいんだよ!」
「簡単な考え方があるんですか?」
理論的な話は今の私にはいまいちピンときません。もし、単純明快な答えがあるのならとてもありがたいことです。
「そういうものって覚えてしまえばいい!」
「脳筋の発想だ!?」
難関に対し光明が見えたと思った矢先、突きつけられた事実は無常です。あげて落とされた分だけダメージが大きくなりました。
「まースケールなんてバッキングであるコードの構成音を単音で弾いているって考えれば手っ取り早いよ。」
「あ、確かにコードの中の音でソロを弾けば絶対に音が外れませんよね!」
「元になるコードから外れる音もあるけど。」
「ダメだった!?」
再度の期待と落胆はそのまま表情と肩に表れてしまいました。悪戯な笑みを浮かべている朱ちゃん先輩のそれは確信犯である証拠なのでしょうか。
しかしながら、言われてみれば確かにそのとおりです。単純に考えて、メジャーCを鳴らしているところに、コードの構成音であるC-E-Gを単音で弾けば外しようがありません。
しかしそれでは音を外さないというだけで終わってしまいます。ソロと言うからにはきっと魅力的でないといけません。たった3つだけの音では、不可能とは言いませんが、魅力的なソロを演奏することは難しいのでしょう。
(あ、そういうことか。)
魅力とは何かと考えたとき、ブルージーな大人な感じ、それこそが魅力の正体なのでしょう。
そして、その魅力を出すための音階がマイナーペンタトニックスケールだったということです。
「確かに元になるコードから外れる音もあるけど、スケールを覚える上での目印くらいにはなるよー。」
(でもそれって・・・)
スケールを覚えるとはつまり、まず何弦の何フレットがC-D-E-G-Aの何の音であるかを覚え、その上でスケールを構成する音を覚えるということなのでしょう。覚えることは多いようです。
(それでも終わりがあるだけいいのかな・・・)
「メジャーペンタにマイナーペンタ・・・ひとつのコードにつき、2種類も覚えなきゃいけないんですね。大変です。」
「スケールは2種類だけじゃないよ?」
衝撃の事実です。覚えるべきはメジャーとマイナーそれぞれのペンタトニックスケールだけではないようです。
ですが言われてみれば確かにそうです。魅力を表現する方法であるスケールがロック調とブルース調の2種類だけのはずがありません。もしそうなら全部の曲がアメリカンになってしまいそうです。
「その、スケールっていくつくらいあるんですか?」
「そーだねー・・・ペンタと・・・ホールトーンとか、メロディックとハーモニックマイナーでしょ。あとはリディアン、ドリアン、ミラノフウドリア・・・お腹すいた・・・」
「言葉の意味はまったく分かりませんが、最後のが違うことだけはわかりました・・・」
真面目に説明してくれているのかと思いましたが、朱ちゃん先輩の言葉はどこまでが正しいのでしょうか。
(ドリアン、スケールも無さそうだよね。食べ物だし。というか、前もドリア食べてなかった?どれだけ好きなの・・・)
「ま、スケールのポジションは頭と身体に刷り込むようにして覚えるしかないからね!」
「やっぱり脳筋だ!?」
「確かにそうですね。」
「しーちゃん先輩!?」
あまりにも直球な解決方法だと思いましたが、朱ちゃん先輩はともかく、しーちゃん先輩までも同じことを言うなら、本当にそうなのでしょう。指板の音階もわからないのに、先は長そうです。
「やっぱり全部覚えるしかないんでしょうか・・・片方だけ覚えて・・・Cメジャースケールだけでさっきみたいなオシャレな弾き方はできないんですか?」
もし近道があるなら飛びつきたいところです。基礎が重要なことはわかりますが、それでも今は一刻も早く格好良いギターを弾きたいのです。
「そう、ですね・・・たとえばCミクソリディアンスケールはCナチュラルメジャースケールのシの音をフラットさせただけのもので、ブルージーな雰囲気を作ることも可能ですが・・・いえ、やはり初歩的に考えるなら素直にAマイナーペンタトニックを覚えて使えるようにしたほうが良いと思います。」
顎に握り拳を当てながら説明してくれたしーちゃん先輩はその途中で頭を振りました。しーちゃん先輩が言葉を切ってすぐ、横で朱ちゃん先輩が「うんうん」と相槌を打ちました。
「曲をコピーしたり、真似したりするだけではその曲の表層を撫でる程度しかできないのだよ!こうして一歩ずつ決め事を学び、理解を深めていくことが重要なのだ!音楽に近道はないのだよ忍くん!」
おふたりの言うとおりだと思います。やはり最初から楽をすることばかり考えてはいられません。
(よし・・・!まずは指板の音階を覚えるところからy・・・)
「まー最初は誰かの演奏の真似で充分だと思うけどね。」
どっちですか、という言葉は口をつくことはありませんでした。いえ、本当は頭の文字くらいは口から漏れ出たかもしれませんが、それでも、言葉が形になることはありませんでした。
(いつもどおり適当なこと言っているのかと思ったけど・・・)
理論を覚えて弾くこと、ただ誰かの演奏の真似をすること、二律背反のことを言っている朱ちゃん先輩は無茶苦茶です。
ですが、きっとそれで良いのでしょう。
ギターを楽しみたいだけなら、スコアブックのとおり弾いて、なんならバンドなんかを組めば、十二分に達成感や充実感を味わえるはずです。
あるいは、セッションでもそうです。誰かの真似をして、そのとおりに弾けばきっとうまくいくのでしょう。
しかし、そこから自分の演奏を見つけたり、曲に対するアプローチの面白さに感動したりと、また別の楽しみ方をしたいのなら、音楽的な理論がわかってないといけません。
(・・・私がどんな音楽をしたいかどうか・・・なるほど・・・)
きっと、どちらも正解で間違いなんて無いのでしょう。そのことがなんとなくわかった気がしました。
「しぃ、いる?」
はたして、私の確信にも似た得心は、恋ちゃん先輩の登場によって打ち切られたのでした。
3つのCh
「~古今東西~知恵の泉へようこそ!今回は私、怜と橘でお送りします。」
「この口上もなんだか久しぶりな気がしますね。」
「投稿のペースが遅いことへの悪口はそこまでだ!」
「誰もそんなこと言っていませんが・・・言っていませんよね?」
「まあ、しかし期間が空いてしまったことは事実だ。形だけの謝罪と感謝を伝えねばなるまい。」
「・・・いつか刺されますよあなた・・・」
「ゴホン!お待ちだった方はお待たせしました。いつも閲覧ありがとうございます。この物語が面白いと思っていただけましたら、ページ下部よりブックマーク、☆☆☆☆☆の評価をよろしくお願いします。執筆の励みになります。登録がまだの方はチャンネル登録とグッドボタンを・・・」
「ちょ、ちょっと待ってください!チャンネル?ボタン?なんのことですか?」
「あら橘さんご存知ない?今や校長先生の話にも出てくる3つのChのことを。」
「それって、よく経営者に必要だと言われる、
(変化)Change
(挑戦)Challenge
(機会)Chance
・・・のことでしょうか?」
「おまえこの前の全校集会の話聞いてたのかよ。というか、校長の話ってちゃんと聞いてる人いたの?真面目か。」
「酷い言われようですね・・・必要性を問われると返す言葉もありませんが・・・」
「ともあれ、それはもう過去の話だ。日々時は進み変化している。尊い言葉も時代に合わせて変化していくものなんだ。すなわち・・・
(動画を) Checkぜひ最後までご視聴ください。
(忙しい人は) Chapterをご活用ください。
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・・・のChだ!」
「校長先生はそんなこと言いませんよね!?あとそれでは3Ch1Gになっていますよ!」
「細かいことはいいんだよ。それに、今や学校にだって公式SNSがある時代だ。全校集会でのセリフも移り変わるだろ。しらんけど。」
「絶対に間違っています!」
「そうか?でも校長の話ってなんであんなに長いんだろうな。あれがなければ先生たちの勤務時間も少しは短くなると思うんだが。」
「の、ノーコメントでお願いします・・・っ!」
「校長の話もこれくらいのユーモラスがあれば・・・さて、そんなこんなで終わりの時間が近づいてきたようだ。」
「これはいったい何の時間だったのでしょうか・・・」
「いやだな橘さん。俺はこの時間で教員の勤務体制を教育委員会に問題提起s・・・」
「本当のところがあるのでしょう?」
「俺だってたまにはボケる側に回りたい!」
「そんなことに私を巻き込まないでください!」




