48 楽器屋②
【汐】
「そういえば、さっき部室で言ってましたけど、先輩ってギターも弾くんですか?」
「ああ。うまいってわけじゃないが一応はな。」
「どんなギター使ってるんですか?」
「ストラトだな。スーパーストラト系。」
「スーパーってそんな小学生みたいな・・・」
「ちょっと待って指宿さん。別にすごく見せようとしてスーパーってつけてるわけじゃないですよ?」
「わかってます。大丈夫です。」
「・・・よかっt」
「厨二病ですよね?格好良いと思ってるんですよね?」
「何もわかってなかった!!中学に進学しただけじゃねぇか!
「違うんですか?」
「トラディショナルなストラトじゃない改造系のものをそう呼ぶんだよ・・・」
「一般的な名称だったんですか・・・でも何でそのギター選んだんですか?やっぱり名前に厨二病心をくすぐられたからですか?」
「イブスキサン、アタリツヨクナイデスカ?」
「・・・そんなことありません。」
「まあいいけど・・・DTMやってるとなんでもこなせるギターが欲しくなって、それでSSHを探してたんだ。そういう意味では機能性重視で選んだな。」
「なるほど・・・機能性ですか。ところでDTMとかSSHってなんですか?」
「ああ・・・DTMは家で曲を作ることで、SSHはピックアップの配列のことなんだけどこれが・・・」
普段はどこか抑えながら話している節がある忍さんも、今は年相応の女の子のように見えます。
ギターの話ではしゃぐことが女子高生の普通だとは言い切れませんが、何に興味を持つかは人それぞれです。
それに、高校に入学したてで心細いこともあるでしょう。相手が秋津くんとはいえ、こうして気兼ねなく話せているのは悪いことではありません。
(それにしても、忍さんは秋津くんと一緒にいるところをよく見ますね・・・?)
「わわ!すごい!壁一面楽器が並んでます!こんなに並んでるのなんて見たことありません!これ全部違う楽器なんですか?」
今日の目的地は地下にあります。エスカレーターを下った先、壁一面に楽器が陳列され、右を見ても左を見ても楽器しかない、商業ビルの1フロアが全て楽器という大きなお店です。イチカに連れられて何度か訪れたことがあります。
「指宿・・・」
「シノ面白い!そうだよね。全部同じに見えるよね。」
「私、何か変なこと言いましたか・・・?」
カラカラと笑いながら朱さんが忍さんの肩を叩いています。そこに嘲りの意思がないことは朱さんと共有した時間が少ない私にもわかります。
かくいう忍さんも恥ずかしそうに頬を赤くしていますが、必要以上に恐縮などはしていないように見えます。
(私も違いなんてわからないので忍さんの全面的な味方ですが・・・)
楽器なので当然、ひとつひとつ音は異なります。それはわかります。ただ、見ただけでは形が違うという程度しかわかりません。見ただけでどんな音がするかわかるというのは匠か、あるいは変態の域なのでしょう。
「同じように見える楽器も全部違うものだ。だからこそこうして一本一本並んでいるわけだが・・・日本の楽器屋の品揃えは世界的に見ても充実しているんだ。それに、こんなにあっても自分の欲しい楽器がないなんてザラにあるからな。」
納得顔で「そういうものなんですね・・・」としみじみ呟く忍さんは真剣そのものです。今までまったく触れてこなかったことでしょうに、知らないことにも全力で取り組もうとするその姿は好感が持てます。
「わったしスティック見てくるー!恋行こうぜー!」
「私は弦見てくる。ひとりで行って。」
「げげんちょ!」
「おまえら自由すぎだろ!はあ・・・指宿、とりあえず一周してみるか?」
「は、はい!」
三々五々(さんさんごご)、自由に行動するイチカと朱さんに向けて、秋津くんは辟易といったため息をつきました。
ふたりが自由なのはいつものことです。そして彼が普段は斜に構えているのもまた事実です。しかし、その彼がこうして真面目に忍さんのエスコートしている様は不思議としっくりきました。案外面倒見がいい質なのかもしれません。
(さて・・・私はどうしましょうか?)
イチカについて行くのもありです。いつもならそうします。
しかし、気になるといえば、気になります。
(下世話な限りですが・・・色恋の話には逆らいがたいものがありますね・・・)
忍さんが楽しそうに見えるのは、気のせいでしょうか。
秋津くんの顔が浮かれているように見えるのは勘違いでしょうか。
しかして、私の表情が緩んでいるのは間違いありません。
【怜】
最近、バイトだ部活となんだかんだ楽器屋に足が向かなかった。今日の主目的は指宿のギター選びだが、それでもこの欲求には抗いがたい。指宿のギターがどうでもいいとは言わないが、少しくらい自分の趣味を優先しても罰は当たらないだろう。
(このレリックは激渋だな・・・このモデル入荷したのか!やっぱりPRSいいよなー。あ、このあいだ買い取ってもらったエフェクター、この値段で売るのか・・・中古市場は闇なんだよなあ・・・)
心が躍る。刺激がある。やはり楽器屋はいつきてもいい。最近は楽器も通販で買えるようになってきたが、実店舗に行くということにも価値がある。週二で来てもいいし、何なら毎日でもいい。むしろそのまま住み込んで土地神になるまである。ただの地縛霊なんだよなあ・・・
「本当にたくさんの楽器がありますね・・・あ、この白いのかわいいです!」
弾んだその声に振り向くと、普段の様子とは少し違った、はしゃいだ様子の指宿がいた。指宿のギターを見てまわっているのだから、いるのは当然だ。自分の趣味を優先していたせいで存在を忘れていたとかそういうのはない。本当だよ?
「イチカのギターとは形が違いますね。ストラトキャスター、ですか。綺麗なギターですね。」
しかし、こちらは当然ではない事態だ。
いつもなら一花にくっついている橘が今は別行動だ。そんなに指宿のギターが気になるのだろうか。
「これがストラト・・・って、うぇ?15万円!?え、こっちのは25万円!?」
ギターの値段に驚いた指宿は右往左往。文字どおり周りのギターの値段を確認して回っている。もっと言えば目も右へ左へ泳いでいて焦点が定まっていない。
「高校生には少しお高めですね?」
「す、少しじゃないですよ!私そんなに持ってません・・・ね、値切り交渉とかは・・・?」
「その手がありましたね。ちょっと聞いてきまs・・・」
「いや、できないから・・・」
(おまえはどこぞのお嬢様か。もう一声言っちゃうのかよ。)
ツッコミがてら話に割って入ってしまったが、実際ギターの値切りは難しい。少なくともたくあんを顔に貼り付けていないとできない。値切りたいならまずは格好を整えてもらいたいところだ。
「そういうものなのですね。秋津くんはやはり詳しいですね。」
「人並みだけどな・・・」
本当は人より詳しい自負はあるし、なんなら詳し過ぎて自責の念まである。うっ・・・右手が疼く・・・
冗談はともかく、指宿が見ていた白いギターはフェンダーのストラトキャスターだ。となると、販売店の利益率は良くないだろう。値切りはまず無理だ。
そもそもこのモデルは売れ筋だ。ちょいキズや在庫処分とかでもなく、放っておいても売れるのにわざわざ値下げしてまで売りたいとは思わないだろう。店としては、別に指宿に売れなくてもいいのだ。
買い手が社長の娘とかで、絶対この人に売りたいと思われたらもしかしたら値引きしてくれるかもしれないが、財閥のご令嬢の友達をツモる確率はどれほどのものか。
もっとも、ここは全国規模の楽器屋だし、自社ブランドのギターがある。それだったらあるいは可能性もあるかもしれないが・・・
「そうですよね・・・値引きありきで考えるのは図々しかったです・・・先輩、このストラトはどんなギターなんですか?」
しゅんと肩を落としながら、指宿は少し大袈裟なくらいしょげている。打算か、あるいは素で自分の考えを反省しているのか、俺にはわからない。もはや慣れつつあるが、こういうところマジであざとい。
「ストラトは高音がよく出て、歯切れの良い音像のギターだな。スタンダードなモデルだ。」
「スタンダードですか。初心者でも扱いやすいってことでしょうか?」
これは俺の言い方が悪かった。ミスリードだ。
「いや・・・ストラトはよくスタンダードと言われるんだが、別に何かの基準ってわけじゃないんだ。むしろ、ストラトはピーキーなギターだと個人的には思ってる。」
しばしばエレキギターの代表格として語られるストラトだが、その仕様はかなり尖っている。あくまでトラディショナルなモデルについてだが、ノイズを拾いやすいピックアップに特殊なコントロール配線、タッチセンシティビティの良さなど、どちらかといえば玄人好みのギターだと思う。
「スタンダードだけど基準ではない、ですか・・・?」
クエスチョンマークを携えた頭は傾げられ、懐疑的な視線は上目遣いに俺を捉えている。
「俺が言いたかったのはエレキギターの代表格っていう意味だな。ギブソンのレスポールと並んで二大巨頭だ。」
「なるほど。エレキギターをイメージしたときに最初に思い浮かぶものってことですね!レスポールは恋ちゃん先輩のギターですよね?」
「正確にはレスポールを名乗れるのはギブソン社のギターだけなんだ。一花のはメーカーがバーニーだから、レスポールタイプと言うのが正しいな。・・・名前で音が変わるわけではないけどな・・・人気なモデルは各社コピーモデルとして同じ形のギターを販売しているんだ。」
たまに、本家でなければ認めないと言うやつがいる。確かにフェンダーやギブソンの音というものは存在する。それは事実だ。だからギブソンの音が欲しければギブソンを買うしかない。
しかし、レスポールの音が欲しいだけなら本家にこだわる必要はまるでない。出来の良いコピーモデルで事足りる。
当たり前だがよく勘違いされることだ。その人が何を求めているかでギターの選び方は変わってくるのに、メーカー名だけで全てを判断しようとするやつがいる。ギターはメーカー名ではないというのはそう言う意味だ。
「あ、本当ですね!フェンダーじゃないのに同じ形・・・あ、1万5千円!これなら買えそうです!」
「・・・悪いことは言わない。安すぎるギターはやめた方がいい。」
「そうなんですか?」
指宿の視線の先、ギターにかかるプレートにかかれた文字は中古。かなりお手頃な値段だ。
だが、こういうギターはある程度の知識がある人が買うギターであり、初心者が手を出すのは少々無謀だ。
あるいは新品でも、いわゆる激安ギターを買うのは個人的にはお勧めしない。
「安いギターっていうのは、言葉を選ばずに言うと、それはギターの形をした音の鳴る木の塊だからだ。」
「それは・・・極端ではないでしょうか?このギターだって中古のようですがこんなにピカピカですよ?」
「いや、このギターがそうだとは言わないが、通販やリユースショップなんかで1万円を切るような値段で売られているものは要注意だ。特定のフレットだけビビって音が鳴らないとか、チューニングが合わないとか、そんなのはザラにあるからな。」
初心者に安いギターを勧めない理由は様々あるが、特にこのふたつはもうどうしようもない。
チューニングもままならないような初心者がチューニングが合わないギターを使ったらどうなるか。コードワークやあるいはリードでも、正確なポジションを取れないのにデッドポイントがあったらどうなるか。どちらも幸せな結末にはならないだろう。
ふと、「あ・・・」と声を漏らした指宿はどこか得心顔。何か心当たりがあるのだろうか。
「そもそも、アメリカ人にとってギターっていうのは文化なんだよ。民族楽器と言ってもいい。日本に置き換えれば箏だな。細長い木の箱に弦だけ張ってるものを箏だとは思えないだろ?」
「確かにそれは違和感を感じます・・・」
「インテリアに使うとか、どうしてもその音が欲しいとか、明確な目的があるなら別だが、ただ値段だけを見て飛びつくのは安直だと言わざるを得ないんだ。」
指宿は「初心者に安いギターは不向きですか・・・」と呟き、何やら考え込んでしまった。
(絶対ダメって言うわけでもないけどな。)
これだけ安いギターを否定してきたが、すべては不測の事態に対処できるだけの器量があれば解決する。それに、安いギターには安いギターの良さがある。
音楽活動の裾野を広げることができるし、何よりギターを一万円で売るというのはすごいことだ。少なくとも報酬一万円でギターを作れと言われても俺には無理だ。安いギターは企業努力によって成り立つものなのだ。
「先輩、ではどうやって選べばいいんでしょうか?」
ムムムと唸って組んでいた腕組みを解き、指宿は顔をあげた。
(それは難しい質問だが・・・)
「優先するものによるな。」
「優先ですか?」
「ああ。予算なのかスペックなのか、はたまた感覚なのか。基準は人それぞれだ。」
「わかったような?・・・えっと、このギターは・・・」
「あの、指宿さん・・・?」
真剣な眼差しで見つめる先、そこには一本の楽器。指折り数えるその姿は楽器の説明文を呼んでいるわけでも、キズや色を確認しているわけでもないようだった。
「あ、いえ・・・その、お恥ずかしながらギターとベースの違いがよくわかっていないので、弦の数で判断をですね・・・」
なんということでしょう。この娘、ギタリストでありながら、ギターとベースの違いがわからないと申しております。
(まあ最初はそんなもんか・・・)
「あれ、でもこれは弦が6本ありますが、かなり太いですね。これを押さえるのは大変そうですね・・・ネックも長いですし、大柄でマッチョな人向けなのでしょうか?」
(なんでそうなるんだ。発想が脳筋のそれなんだよな・・・)
確かにミニギターやスケールの短長はあるが、基本的にギターやベースにサイズという考え方は馴染まない。もちろん例外はあるが。
「これは多弦ベースだな。通常エレキベースは弦4本だけど、曲やジャンルによっては5弦や6弦、それ以上のものを使うこともあるんだ。」
「な、なるほど・・・!でも、それだと私の判断基準がなくなっちゃいます・・・どうすればいいんでしょう?」
「確かに最初は見分けにくいかもしれないけど、何本も見ていくうちにそのうち見分けがつくようになるよ。明確な違いはスケール、ゲージ、ピックアップの形なんかも大きく違うな。まあ、わかりやすいのはネックの長さだな。ベースはギターよりもかなり長い。これらを目安に・・・え、なに?」
「い、いえ!なんだか今日はよく喋るなーと思って・・・」
「おしゃべりクソ野郎ってこと!?ごめんなさい・・・」
しまった。俺も学ばない。また同じことを繰り返している。機材に大して興味がないやつに、熱を上げて語った中二の夏を思い出した。
死んだ目に起伏のない相槌。スーパーに売っている魚の方がハイライトがあったし、話し方だってSiriの方がよっぽど抑揚があった。
挙げ句の果てには「機材オタクキモいね」とか「機材にこだわる前に腕を磨けば?」とか言われてしまった。当時はムッとしたものだが、今思えば正論すぎてぐうの音も出ない。あの時も言い返せなかったが・・・
(ま、何を隠そう朱に言われたんだけどね・・・)
他に話せるようなやつがいないので当然である。べ、別にあんたに話さなくてもよかったんだからね!機材の話ができる友達くらいたくさんいるんだから!いないんだよなあ・・・
「そういう意味で言ったわけじゃなくてですね!その、先輩いつもはあんまりしゃべらないじゃないですか・・・好きなんですね。」
(え、好き?俺が?誰を?)
「ばっか。ちげーし。んなわけねーだろ。いいかげんにしろ。」
あまりのことに条件反射で言葉が出てしまった。突然のことで、配慮する間もなく少々語調がきつくなってしまったのは許してほしい。
「え・・・てっきり楽器が好きなんだと思ったんですが・・・違うんですか?」
「・・・なるほど!そういう・・・!」
顔が熱い。いたたまれない。見切り発車の思い違い。勘違いも甚だしい。完全な自爆だ。
(沈黙が痛い!)
あまりの顔の熱さで導線に着火し内側から爆発、口からまろび出た俺の魂はあたりを漂うことになった。
(これが本当のジバクレイ・・・おばけだという指宿の指摘もあながち間違ってないのかもしれない・・・)
「ご、ごめんなさい!なんだか話の腰折ってしまって!しーちゃん先輩も・・・って、いない?」
機材の話と自分のことに精一杯になってしまった俺は、いつの間にかいなくなっていた橘に気が付かなかった。




