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47 楽器屋①

【忍】

 授業を終え放課後、今日は先輩方と楽器屋に行く予定です。

 掃除当番にあたっていない今日、私は先輩方を待ちながら、ひとり部室でラットのスコアブックを使って練習をしていました。

(練習といえば・・・軽音バトルの練習はしなくていいのかな・・・昨日もやってないし、今日も・・・?)

 こういったことの音頭を取るのは朱ちゃん先輩だと思いますが、今後の予定を聞いてみた方が良いのでしょうか。

「しぃ、いる?」

「あ、お疲れ様です。」

 扉を打つ音が3回鳴り、恋ちゃん先輩が顔を見せました。自分の部室なのにノックするその姿に何かしらの違和感を感じましたが、やがてその答えだろうことに見当がつきました。

(あ、お団子がない。)

 恋ちゃん先輩はしーちゃん先輩がいないことを見止めつつ手短な椅子に座りました。徒然つれづれに視線で追ったその姿は、いつもと雰囲気が違います。ときたまに髪型が変わる恋ちゃん先輩ですが、今日は可愛く三つ編みおさげでした。

(かわいい・・・お人形さんみたい。)

 物静かな恋ちゃん先輩に三つ編みおさげはよく似合っていました。特に恋ちゃん先輩は読書が好きみたいなので、なおさらマッチします。

(あれ、今日は読まないのかな?)

 いつもと違うといえばもうひとつ、恋ちゃん先輩がいつまでたっても本を開きません。理由を聞いてみれば、持ってきていた本を読み終えてしまったらしく、手持ち無沙汰とのことでした。

(それなら・・・聞いてみようかな?)

「私がレスポール使ってる理由?」

「はい!ギターを選ぶ参考にできればと。」

 楽器屋に行くということもあり、昨日は色々調べました。

 しかし、調べれば調べるほど謎は深まり、結局、何をどう選べばいいのかわからなくなってしまいました。

 恋ちゃん先輩のギターはレスポールというそうですが、優しい黄色と木目が印象的な、丸っこくて可愛いギターです。

「深い理由はないかな。宗次郎がレスポール使ってたから、私もって感じ。」

 恋ちゃん先輩は唇に曲げた人差し指を当てて逡巡、コクっと首を傾げて言いました。唇を触るのは癖なのでしょうか。以前も同じような仕草を見たことがあります。

(彼氏さんだっけ?)

 同じといえば、ソウジロウという名前も聞き覚えがあります。初めて部室にきた時、組体操をしながら先輩が彼氏云々と言っていたの覚えています。彼氏さんとお揃にするなんて、恋ちゃん先輩も可愛げがあります。普段、あまり感情的ではない恋ちゃん先輩ですが、心の中ではちゃんと乙女なんだと思うと勝手な親しみを感じてしまいました。

「秋津は?」

「え?」

 恋ちゃん先輩の向けられた視線の先、そこには先輩が立っていました。

「うん?俺のはストラトだな。」

 確かに部室のドアは閉まってはいませんでしたが、物音入ってくるのはやめてほしいところです。

 加えて、言葉足らずな恋ちゃん先輩の問いかけに答えられるとは、ずっと話を聞いていたのでしょうか。

「せ、先輩いつからいたんですか?おばけですか?」

 後ろを振り向きつつ、恨めしい視線を向けます。いるなら声をかけてほしいものです。

(なんだっけ・・・こっくりさん?は違うか。こなきじじい?)

 気づいたらそこにいるって、なんておばけだったでしょうか。


【怜】

「ちょっとやめて。誰がおばけですか。そうやって人の古傷を抉るのよくないよ?」

「ん?もしかして黒歴史?」

「ばっか。ちげーし。んなわけねーだろ。いいかげんにしろ。」

 指宿の言葉ポジトロンが一花の言葉エレクトロンと対消滅した。陽電子化したエネルギーは俺めがけて一直線。核心つかれて崩壊寸前。それってどこのヤシマ作戦。YO.

 むしろ指宿と一花でテンポよくユニゾン攻撃とかイスラフェル戦までありえる。心を守るためについ韻を踏んでしまった。まったく守れてないんだよなあ・・・

 昔から、3人以上での会話にうまく入れなかった。黙ってずっとうなづいているものだから、それを揶揄しておばけとかこっくりさんとかあだ名つけられてしまったことは苦い思い出だ。

(こういうあだ名付けるやつ嫌い・・・大概が陽キャのウェイだしな・・・)

 いきなりトラウマを刺激され、未だ視線が定まらなかった。

 しかして、いつまでも小学校のことを引きずってはいられない。

 それに、嫌いだなんだの言ってもしょうがない。相手も幼かったんだ。人を傷つけ、間違いを犯すこともあるだろう。しょうがない。だって人間だもn・・・

「お、みんな揃ってるね。Come on Come on!40秒で支度しな!」

 どこか聞き覚えのあるセリフを口にしながら朱が部室に入ってきた。その背後には三つ編みおさげがよく似合う清楚女子を伴っている。

(誰だこの美少女?)

 一瞬誰かと思ったが、しかし、なんてことはない。正体は橘汐、通称シータさんだった。いったいどこの空中海賊なのだろうか。

 視界の外で物音とともに反応したのは指宿。「すぐ片付けます」と言いながらギターをケースに入れ、マイボトルをしまい、キビキビと片付けている。そういえば横の寡黙少女も三つ編みおさげだった。お揃いとか、君たち仲良いですね・・・

(ん?楽譜?こいつマジで練習好きだな。勤勉かよ。)

 指宿の手に握られているその紙の束は楽譜。丁寧にクリアファイルに入れているのは本人の性格を表しているのだろう。俺には真似できない。

「え、何ですか先輩?」

「ああ・・・えっと・・・なんの曲だ?」

 指宿がどんな曲を練習していようが構わない。口をついた疑問は、ただ整理整頓ができないというバツの悪さから出てしまっただけだ。それに、ピースはスコアブックなんて出していないが、ではいったい何の楽譜なのか。

(べ、別にどうしても知りたいってわけじゃないんだからね!)

 普段、他人の趣味嗜好について尋ねることなんてほぼないので、何となく気恥ずかしくて目をそらしてしまったが、指宿にそれを気にした素振りはなかった。

「これですか?これは軽音楽部でバンドを組んだときにこっくりさんからもらったもので、あ、こっくりさんっていうのは私が付けたあだ名なんですけどラットのk・・・」

(あ、俺こいつ嫌いだわ。)

 過去の奴らの過ちを気にしないと言ったな。あれは嘘だ。大いに気にしている。しょうがないじゃない。だって人間だm・・・

「先輩・・・?」

 話半分、あるいは反応がない俺の態度を訝しく思ったのか、視線を戻せば指宿が上目遣いで窺うような視線を向けていた。

「ああ。わかった。」

 そうだ。わかった。陽キャとはこういう生き物だ・・・いや、違う。

(思い・・・出した!)

 それすなわち、陽キャと陰キャ、同じ道は歩めないということ。道はもとよりひとつだったのだ。

(陽キャウェイ、GETゲット AWAYアウェイ!)

 こんな文句で陽キャがおとなしく道を譲ってくれればいいが、はたして、そうはならない。俺は陽キャの図々しさを知っている。

 やつらは退かない。我が物顔で道を闊歩していく。自分たちが世界の中心だと言わんばかりに。

 陽キャが道を占領する、それすなわち、陰キャに生きる道はないということ。ふと、「廊下を歩くたび道を譲りたくない!」と雄叫びを上げる剣豪将軍の姿が頭をよぎってみじめな気持ちになったが、努めて無視した。

 しかし、ここで何か建設的な行動ができるなら陰キャなどやっていない。だから、俺にできることはひとつ。

(やりらふぃー死すべし。)

 祈りとも呪いともつかないその言葉は俺の中で延々と反芻された。


【朱】

「ねえ、見て。あのふたりリンク?お人形さんみたい。」

 どこぞの学校の、どこぞの女子高生が、恋と汐を見ながらヒソヒソと話している声が聞こえた。

(リンクってナニダの伝説だよ。)

 あのおしゃれ女子たちがゲーマーである可能性は低いので、十中八九リンクコーデの意味で言っているのだろうが、それって制服でも適応されるの?

 確かに今日のふたりは三つ編みおさげでお揃いで姉妹のようだ。

 恋に腕を絡めている汐の表情がデレデレなのはいつもどおりだが、対して恋の方はいまいちわからない。恥ずかしがっているような、照れているような。そんな風にも見える。

 はたして、それがどんな感情なのか私にはわからないが、それでも普段よりは表情が緩くなっている気がした。

「シノって楽器屋に行ったことある?」

 背景に百合の花を携えたその先、改札を抜けたシノに声をかける。

 放課後、コッキーのメンツで待ち合わせ、全員が揃ってから私たちは学校から一番近いターミナル駅を目指した。目的地は駅の近くにある楽器屋。御茶ノ水や渋谷に行ってもいいが、初めから選択肢が多すぎるのも良くないかと思って今日は手短なところにした。

「楽器屋さんは・・・外から見たことはあるんですけど、その、なんていうか入りづらくて・・・」

「それなんとなくわかります。排他的というわけではないのでしょうが、目的もなくふらっと入ってはいけない気がしますよね。」

「そうなんですよー!見た目怖い店員さんにジッとみられると、いけないのかなって思って近づかなくなっちゃうんですよね・・・」

「謎のプレッシャーを感じますよね。」

「ふーん。そんなもんかなー?」

 シノと汐の言うことは正直よくわからない。楽器屋が入りづらいと感じたことはなかったから、シノの感想は意外だ。しかしながら汐も同感だと言うなら約1/2だ。案外そう感じる人も多いのかもしれない。

「勝手にギター触って傷つける人とかもいるし、管理しなきゃいけない立場としたらそういう態度も致し方ない。楽器始めたてのうちは慣れてないし、それに試奏とかも緊張する。そんな感じだと思う。」

(なるほど。恋の言うことも一理ある。でもそういうことなら・・・)

「大丈夫!確かに試奏とか目立つけど、そのうち見られることに快感を覚えるようになるk・・・」

「そんな変態はおまえだけだ。」

(失礼なやつ。というか変態に変態って言われるとくるものがあるな。)

 楽器のために裸で女子に迫る男には言われたくない。怜に対するシノの様子を見る限り、気にはしてないようだけれど普通の女子だったら通報案件だからな。

(あれ、でもそれだとシノが普通女子じゃなくなっちゃう?)

 シノの人ができているのか、あるいは類は友を呼ぶのか。どちらかはわからないが、いずれにしろ怜にとってシノは貴重な存在だろう。

「この変態はともかく・・・気負わず、服屋なんかと同じだと思えばいい。勝手に楽器に触らないとかのルールはあるけど、ダメなことはちゃんと書いてあるし、それに従うだけ・・・まあ、細かいことは俺たちに任せて好きなように見てまわればいい。」

 いつになく怜が前向きだ。浮かべているその顔は血色が良い。寝不足を解消したのだろうか。対して、応えるシノの顔が赤く見えるのは、期待か不安か。

 シノの思うところはわからないが、いずれにしろ気負うことはない。変態性に目をつむれば怜は頼りになるのだから。

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