46 間違っていたのは俺じゃない、世界の方だ!②
【朱】
(朱ちゃんの地獄イヤーは聞き漏らしませんでしたよ!何されると思ったんだこのおませちゃんは!)
コーラを買いに行ってしばし、戻ってくると半開きになっている部屋の扉から女子の悲鳴が漏れ聞こえた。
中には怜しかいないはずだが、聞こえてきたのは女子の声。怜がついに犯罪に手を染めたかと気を揉んだものだ。
だが、蓋を開ければ何のことはない。怜が上裸でシノに触っていいかと迫り、シノが雰囲気に流されている現場だった。あれ、何てことはあるのか?
しかして、さもありなん。なぜなら、ふたりの間にはシノに貸したコロネットがあったからだ。
普段、頑張るなんて格好悪いとばかり斜に構えて厨二病全開の怜だが、こと機材の話になると目の色が変わる。
スカした態度はどこへやら、多分な熱量を放出する。それが上半身裸で女子に迫るという奇行ないし凶行に走らせている。
それは好奇心に突き動かされた結果。多くの学者や研究者、絵描きや楽器人なんかの表現者、もしかしたらスポーツ選手も。彼、彼女らはみな同じように他者とは違う情動を持っている。そしてそれこそがその道への一歩目であり、世間一般という枠組みから逸脱する始まりなのだと思う。
しかし、そんなことは一般人には理解できない。故に区別しようとする。自分たちの理解できない者にレッテルを貼り付け、奇人や変人を仕立て上げる。そして過去、それは怜を孤独にした。
だからといって、私は一般人を非難したいわけではない。いや、一般なんてそんな誰ともわからないやつを糾弾できるわけもない。ただ、思うのは本気なやつの邪魔をしないでほしいということだけ。
怜は真剣なんだ。楽器に、機材に、音に。好きなものに正直なんだ。ただ真っ直ぐに、自分の好きなものに向かって突っ走っている。だから、周りなんて構っていられる余裕もなければ余地もないのだろう。
そんな全力な怜のことを少しだけ羨ましいと思わないこともない。そしてそれ故に心地よく、他の有象無象とは違う何かを感じるのだが・・・
(ま、世の中を上手く渡ろうとしないところが厨二病だって言うんだけどね。)
今日だって、持ってくるかもわからないギターのために、空のギターケースをわざわざ持ってきている。この男、最高に拗らせている。
怜が電車で席を譲るとき、相手に気を遣わせないよう、何も言わずに立って席を空けるタイプだと知ってはいるが、それでももっとやりようはあるだろうに。いやはや、全くもって生きづらそうだ。
(しっかしこいつ良い身体してんな。前世手榴弾かよ。)
もしくは腹筋6LDKか。まあどちらでもいいが、いつまでも外から観察していてもしょうがない。というか・・・
「私のコーラがぬるくなっちゃったじゃないか!」
「あ、朱ちゃん先輩!?」
「いや知らんし。常識的に考えて戻りが遅いやつが悪いだろ。」
上裸で女子に迫るようなやつに常識を語られるとは世も末だ。マジ世紀末。
これではバギーに乗って「ヒャッハー!」と叫びながら酒と女を略奪して回る日も近いかもしれない。ちなみに原作では「ヒャッハー!」という言葉は一度も出てこない。これも常識。
(そしてぬるいコーラは飲めたものではないというのも常識!)
「ということで怜のコーラちょうだい。」
「何がということなのかは知らんが・・・ふっ・・・良いぞ良いぞ。やろうじゃないか。しかし、俺のはコーラではないがな!」
怜が親指で指す先、そこには冷蔵庫がある。こいつ冷やしながら飲んでやがるのか。クレバーかよ。
本人は不敵と思っているだろう、ふざけたニヤケ面を尻目に私は冷蔵庫を開いた。
「こ、これは!全厨二病患者の象徴・・・っ!」
外界を隔てる扉の先、冽々(れつれつ)とした世界を照らすは青白い灯り。
浮かび上がった浅蘇芳の筐体。
威風堂々たるその姿は米国最古の風格を伴ってそこに在る。
それは数多の英傑たちの中にあってなお、霞むことのない卓越した存在。
その姿に穿たれた孔穴からは唯一無二の芳香を漂わせている。
「そう・・・ドクペだ!そしてお前は圧倒的コーラ派!ふはーっはっは!おまえに飲めるかな?あ・・・」
「ドクペうめえ!」
この身体に悪そうな感じがまた良い!まさにドクターペッパーならぬペーパードクター。
「おまえドクペ嫌いじゃなかったのかよ・・・」
確かに私はドクペが飲めなかった。しかし。
「人とは移りゆく生き物であり、今が大事なのだよ!」
まさにそう。趣味嗜好や姿かたち、気持ち、考え方なんてものは遷り変わる。永遠なんてないとはまさに至言。灰羽は名作。決まってるんだね。
苦虫を噛み潰したような怜に、呆気に取られているシノ。そして遠く響く鐘の音。
もしかしなくても、私の表情は今の怜とは対照的なのだろう。
「あ、予鈴!怜、シノ!早く出ていって!」
今のテンションに任せて聞き流しそうだった。危ない。
もうすぐ授業が始まることを知らせる音を背中に聞きながら、ふたりを部屋から追い出す。早々に着替えなくては。
「わ、私もですか?」
シノが荷物をまとめながら抗議してきているが、私に聞く耳はない。というか当たり前だ。何を当然のことを言っているのか。
「巨乳の前でなんて脱げるか!」
今が大事なのは間違いないが、胸は早く成長しないかな。
【忍】
部室から閉め出されてしまいました。幸い荷物は全て回収できたので問題はありませんが、朱ちゃん先輩のあの執着はどこからくるのでしょうか。
「寒い・・・」
ボソッと呟かれた声に視線を向ければ、そこには案の定、肩を震わせている先輩がいました。
今日はまだ暖かい方ですが、季節は初夏にはまだ遠く朝は冷えます。早く服を着ないと風邪をひいてしまうかもしれません。
(というか、何ですぐに服着ないのかな・・・)
着替え中に入ったときは何かいけないものを見てしまったかのような罪悪感を感じました。しかし、今こうしていると悪いのは先輩です。寒空の下、上半身剥き出しはただの変態です。
見やれば体操着を探しているようですが、先輩はジュースを片手に、身体でベースが入ったケースを支え、肩にかけたカバンの中をガサゴソと漁るという曲芸じみた状況を作っています。
「先輩、両手でやった方が良いと思いますよ・・・荷物は私が持ってますので。」
「え?ああ・・・悪い。」
先輩からケースとジュースの缶を受け取りました。ギター用とベース用、楽器ケースふたつにジュースの缶と、抱えるには少し大変です。
しかし、ケースにプリントされたmonoという文字がふたつ並んでいるのを見て、つい頬が緩んでしまいます。ほくそ笑んでいるのは先輩にバレていないと思いたいところですが、対して、隠せている自信もありません。
かくいう先輩は体操着の上衣をカバンから引っ張り出して袖を通しています。今までの様子を見るに、整理整頓はあまり得意ではないようです。
(缶冷たい。ドクターペッパー?飲んだことないなあ。)
先輩の着替えをじっと見ているのも悪いかと思い、外した視線は手元の缶ジュースに引き寄せられました。
ぽっかりと空いたその暗い穴に意識が吸い寄せられ、そうして想起されるのは先ほどの光景です。
(・・・先輩と朱ちゃん先輩ってやっぱり・・・)
昨日のトッポのときもそうでしたが、おふたりは仲が良い友達という言葉では説明しきれない何かがあるように感じます。
いずれも朱ちゃん先輩からのアプローチではありますが、先輩はどう思っているのでしょうか。
(先輩って・・・)
「間接キスとか気にしない人ですか?」
自分の言葉ながら、ハッとして口を噤みました。
昨日、一度は収めることができたその言葉は、しかして、先輩とふたりきりという状況に後押しさせられてつい口をついてしまったのです。
それは誰が悪いわけでもありません。完全な自爆です。なんだか最近こんなことばかりな気がしますが、私はこんなにも自分をコントロールできなかったでしょうか。
(私なんで・・・)
口の中が乾き、頬に熱を帯びているのがわかります。少しでも恥ずかしさを誤魔化そうと手のひらで顔を覆いたいところですが、残念ながら両手が塞がっている今の状況では難しいことです。
「え?なんだって?」
成すすべなく先輩の反応を待っていた私ですが、やけに乾く目のために何度かの瞬きをしたあと、体操着に首を通した先輩はある意味聞き慣れたセリフを口にしました。
(こ、これは・・・)
私の声が小さすぎたのでしょうか。あるいは先輩は、少女漫画や恋愛ドラマなんかでしばしば見受けられるあのタイプなのでしょうか。
女の身からしたら煮え切らない男というのは少々首を傾げてしまいますが、先輩がそうと決まったわけではありません。しかして、もう一度同じ言葉を繰り返してことの真偽を問うのも何だか憚られます。謎が謎を呼んでしまいました。
(ど、どうすれば・・・お、女は度胸!なんとかなれー!)
「そ、それより、このジュースって私飲んだことないんですけど、ちょっともらっていいですか?」
断腸の思いで清水の舞台から飛び降りた私のその言葉に、先輩は目を瞬かせています。
ぐるぐると混乱した頭を整理しながら、何事かを考えているような先輩の反応を待ちます。口の渇きは一層増し、カラカラになった喉は水分を欲していました。
「え、まあ・・・はい。」
この反応はどちらでしょうか。同じ飲み物に口をつけることが気にならないのか、それとも気にならない風を装っているのか、今の私にはわかりません。
(それか鈍感なのか・・・って、もう!私だけ色々考えてバカみたい!)
心を満たしていた焦りと困惑は形を変え、沸々とした怒りになりました。
お腹から気持ちが遡上するような錯覚を覚えた私は、込み上げてくる色々を飲み込むように一息に缶を呷りました。
「おい・・・大丈夫か?」
溢れてきた感情は胃の中へ押し込みました。そのはずです。
しかし、舌を撫で喉を通った刺激は怒りではない別の何かを呼び起こしました。
「だ、大丈夫です・・・」
口ではそう言ったものの、はたして、私はうまく笑えている自信がありません。
長くはない人生、初めてのそれはとても個性的な味でした。




