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44 キスと瑕と擬すとギターケース

【忍】

 やっぱりギターは楽しいです。音と音が繋がってひとつの曲になるこの感じは、何ものにも代えがたいものがあります。

 いつもはひとりの練習も、今日は違います。何と言っても先輩と恋ちゃん先輩が教えてくれるのです。迷惑をかけないようにしなければなりません。

 それに、先輩にはおちょくられたり、なんだかんだ煙に巻かれたりしています。少しは弾けるところを見せて見返したいという気もなくはありません。

 楽しみと緊張、そして少しの反骨心を持ってギターを受け取りました。

(そう思っていた時期が私にもありました!!)

 ですが、ふたを開けてみればどうでしょう。恋ちゃん先輩の言っていることのほとんどがわかりません。

(音源を聞いてメロディラインからキーを探してからコードを特定するってそれは何語なの!?)

 息も絶え絶え、恋ちゃん先輩についていく私に救いの手を差し伸べてくれたのは意外にも先輩でした。

 おふたりの話を聞く限り、どうやら練習方法、とりわけ今やっている曲をコピーする方法にも色々やり方があるようです。

 そして先輩の勧めで、最初は簡単な目コピという方法ではいいのではないかと話がつくと、そこからはもう楽しくてしょうがありませんでした。

 確かに指は痛いし、うまく音が鳴らなくてもどかしい気持ちにはなります。

 しかし、それ以上に音が繋がるこの感触が無性に楽しかったのです。

「やあやあ。やっとるかね。ところでシノさん。ちょっとギター構えてくれる?」

 練習の切れ間、朱ちゃん先輩が来ました。朱ちゃん先輩の言動がいきなりなのはいつものことですが、それでもいつにも増して脈絡がありませんでした。

「え?あ、はい。恋ちゃん先輩いいですか?」

 ギターを借りてもいいかという私の問いに恋ちゃん先輩はコクっと頷いてくれました。

「ありがとうございます。・・・こうですか?」

「うーん!格好いいね!これはレスポール購入待ったなしかな?何か弾いて・・・あ。」

「な、何かですか・・・何をすればいいんでしょう・・・?」

 朱ちゃん先輩には珍しい歯切れの悪い言い方も気になりますが、それ以上に、何か弾いてとは何を弾けば良いのか考えてしまいました。

「それな。永遠の命題。」

「ああ!いや、シノさ、メジャーコードでCGDEを順番に弾いて。ね?」

「でも先輩が・・・?」

 私に同調してくれた先輩は表情に影を落とし、大きく息をついています。その顔は疲れ果て、どこかゲンナリしているように見えます。

「ギターはいいよな。曲のイントロがギターのことも多いから、すげーとか知ってるとか、わかってもらえるから。」

「怜に弾いてとは言ってないんだけど・・・」

 朱ちゃん先輩は大きく息をつきながら少し大げさに肩を竦めるジェスチャーをして、どこか諦めたような表情で口をつぐみました。

(この話題って何かあるのかな・・・?でもギターは、ってことは・・・)

「ベースはわかってもらえないんですか・・・?」

「指宿。ベースのプレイングのすごさは、楽器未経験者には99%伝わらないんだ。」

「確かに。ベースは残念な生き物図鑑にも載るレベル。」

「そこまでは言ってねえ。ベースを何だと思ってんだよ。てか何だよその図鑑。気になるじゃねえか。」

 先輩は、それこそ音の早さで恋ちゃん先輩にツッコミをいれています。確かにヘンテコな図鑑は少し興味をそそられます。

 対して、ツッコミを受けた恋ちゃん先輩は唇に、曲げた人差し指を当てて逡巡、先輩に視線を向けました。

「ベースって音小さいね。」

「・・・それはアンプを通してないから。」

「なんか地味だね。」

「べ、ベースは曲を支えるためのパートだから・・・」

「ペチペチうるさい。」

「・・・スラップはそういうもn・・・」

「何弾いてるかわかんなーい。」

「グハッ!」

「恋・・・そのへんにしてやってくれ・・・」

 いったい何が始まったのかと思いましたが、どうやらベーシストに「何か弾いて」と言った人の反応をシュミレーションしていたようです。随分失礼な反応ですが、誰も否定しないところを見るに珍しいことではないのでしょうか。

 それはともかく、朱ちゃん先輩がたしなめるという珍しい光景を見ました。朱ちゃん先輩自らフォローするのは相手が先輩だからなのでしょうか。

「何か弾けって言ったのそっちじゃん・・・なんで白けた顔すんだよ・・・ベースはそういう楽器なんだよ。」

 ついと視線を向けた先輩は肩を落としてボソボソと恨み辛みを呟いていました。

「もう怜!ほらトッポあげるから元気出して!」

 朱ちゃん先輩はどこからともなくお菓子の袋を取り出し、その1つを摘んで半分ほどを齧り取りました。あげるんじゃないんですか・・・

「どっから出してんだよ・・・」

「授業中こっそり食べるのに、ポケットに忍ばせておくのは常識でしょ?」

 朱ちゃん先輩は半分ほどになったトッポを持つ手でポンポンと自身の腰のあたりを叩き、ニッと笑顔を浮かべました。ポケットを叩くとビスケットがひとつということなんでしょうか。

「どこの国の常識だ。衛生状況考えろよ・・・」

「もー!怜くん細かーい!いるの?いらないの?」

 しびれを切らしたというように声を上げた朱ちゃん先輩は、ビシッと効果音がつきそうな勢いで先輩の鼻先に半分になったトッポを突きつけました。

 先輩は「丸々一本じゃないのかよ・・・」などと悪態をつきながら、それでも最後には顔に押し当てるように出されたお菓子に口をつけました。

(え・・・?)

「恋とシノもいるー?」

「もらう。」

「え?あ、えっと、いただきます・・・」

「どうぞー!んじゃんじゃ。引き続き練習に励みたまえー!ばいにゃらにゃらいばー!」

 どこか特徴的な挨拶の後に「ロケット団の降板は本当に辛い・・・」と言い残して行く朱ちゃん先輩の肩が落ちているように感じたのは私の気のせいでしょうか。

(先輩と朱ちゃん先輩、いくら仲がよくてもこれは・・・)

「忍はどんなギター使ってるの?」

 不意に感じたよこしまな妄想、しかしてそれは明確な形を伴うなくことはなく、恋ちゃん先輩のひとことで霧散してしまいました。


【恋】

 忍はメジャーコードはそれなりに弾けている。たまにしっかり鳴ってない弦もあるけれど、ギターは数日前に始めたばかりだと聞いているし、これだけ弾ければ大したものだ。

 特にメジャーFの壁を突破しているのは素直にすごいと思った。

 初心者の大半がつまずくこのコードが弾けると、ギターを続け易いし、その後のバレーコードの練習にもスムーズに繋げることができる。メジャーBは苦手のようだけど、それもそのうち綺麗に鳴るようになると思う。

 耳コピの練習を始めて、最初はどうなるかと思った。しかし目コピに切り替えてからはスムーズに進んだ。秋津に言われてコピーの仕方を変えてみたけれど、ある意味正しかったわけだ。

 目コピだと自力は伸びない。でも始めはこれくらいでいいのかもしれない。

 昔、私が宗次郎に教えてもらったときは、音源だけ渡されて後は放って置かれただけだった。しかしどうやらそれは普通ではないらしい。今までまともな交友関係がなかったから、わからなかった。

 言い訳をするわけではないけれど、昔から私の周りには大人が多かった。おかげでバンドマンの知り合いはそれなりにいる。

 しかしそれを裏返すように、同年代の友達はまったくいなかった。学校では基本ひとり。休日も。

 でも、それも当然のこと。私は何においてもギター優先。夜のライブに出ていたせいで学校ではほぼ寝ていたし、たまに誘われた休日の遊びに行くのもギターの練習が終わってからだ。

 そういえば以前、一度だけ海水浴に誘われたことがあった。私は練習が終わってから行くと応えて陽が傾いてから合流した。誘ってくれた子の名前は忘れてしまったけれど、あのドン引きの顔だけは忘れられない。懐かしい。私も若かった。

 でも、そんな生活は嫌いじゃなかった。

 ギターを弾くことは楽しかったし、そもそも私にとってギター以外のことは優先度が低い。だからそれで友達がいなかったとしても、それなら仕方ないと思っていた。それは今でも変わらない。

 そんなだから、ギターのことで私にいなないしアドバイスを言ってくれる友達はいなかった。

 もちろん家族は言ってくれる。ときどき嫌になるほど。リハスタや箱で自称アドバイスをしてくる大人もいたけど、そういう人たちから学べることは多くはなかった。

 もちろん外バンをやっている人の中には、私より上手い、すごいと思う人もいた。でもそういう人は私にアドバイスなんてくれない。そもそも私に興味がない。だって音楽とギターに夢中だから。

 最初、秋津に教え方を否定されたときは、ちょっとムッとした。当たり前だけど、自分のことを否定されて嬉しい人はいない。私だってそう。

 でも、すぐに怒りとは違う感情が心を上書きした。

 しぃに感じるものとは違う何か。それは普段ほとんど私を否定しない、しぃとは真逆の態度から感じたもの。

 それはこんなものかと割り切って、切り捨てていたもの。

 もしかしたら私は対等に話してくれる相手が欲しかったのかもしれない。

「弾けました!こんな感じで合ってますか?」

「よくできたね。」

 弾く手を止めて忍が顔を上げた。私は思考を断ち切って頷きを返す。朱が席に戻ってしばし、1サビまで通して教えることができた。これで弾けるようになったわけではないけれど、それでも忍は満足そうだ。そんな忍の顔を見れて私もちょっと嬉しかった。

(やっぱり弾けるようになるって楽しいよね。)

 私にとって、もはや作業になりかけていた曲のコピー。忍の笑顔は私に大切な何かを気づかせてくれた気がした。

(初心忘れるべからず、か。あ、そういえば。)

 最初、ということで思い出した。

 なぜ、気になるのか。それは永遠の謎。

(忍、ギターは何使ってるのかな。)

 Gibson派かFender派か。それが重要だ。


【怜】

「ギターですか?」

「うん。形とか色とか。」

 練習が一段落し、指宿がギターをスタンドに置く。それからマイボトルを呷る指宿。蓋を閉めるキュッという音を皮切りに一花が声をかけた。

「色は緑色ですが、形は・・・うーん・・・プッカみたいです。」

「プッカってお菓子の?なんてモデル?メーカーは?」

「すみません。実は今使っているギターって朱ちゃん先輩からの借り物なんです。私、詳しいことはわからなくて・・・」

「ふーん。」

 一花は興味があるのかないのかわからないような、曖昧な言葉を返してギターを手に取った。これはあれだ。楽器人の約10割が罹患している、目の前に楽器があると弾きたくなる病を発症しているようだ。

(プッカみたいって、わかるようなわからないような・・・)

 スタジオで会ったあの日、ちらっと見たそのデカールはエピフォンだった。

 バッドウイングと呼ばれる特徴的なヘッドには片側6連のペグ。ボディはダブルカッタウェイでピックアップがフロントにミニハム。リアは見えなかった。そしてマッチングヘッドで塗装は黒く見えた。

 これらのことから、おそらくあのギターはクレストウッドだと思っていた。

 ウィルシャーやコロネット、オリンピックなんかの可能性もあったけれど、ピックアップがミニハムだったからそう考えた。しかし、どうやら塗装は黒ではなく緑らしい。

(そうなるとシルバーフォックスのコロネットか・・・?でもフロントにピックアップ付いてたし・・・だとすれば魔改造された何か・・・)

「秋津、顔怖い。あと瞬きして。」

 しまった。思わず思考の海に身を沈めてしまった。乾燥して目が痛い。潜っていたはずなのに乾燥しているとは。こはいかに。

「せ、先輩大丈夫ですか?目薬ありますよ?」

「ああ・・・目薬させないからいい。」

「え、目薬怖いんですか?ちょっと可愛い・・・」

(うるせえやい。)

 どうしても雫が落ちる前に瞼を閉じてしまうとか、そんなこと今はどうでもいい。今はギターだ。

「指宿、ギター今度持ってきて見せてくれ。」

「え、あの・・・その・・・」

 伏し目がちに、もじもじとして言い淀む指宿は二の句を継がない。一々があざといんだよな・・・

「私も見たい。他人のギターってなぜか見たくなるよね。」

 指宿の代りに口を開いたのは一花。俺も自分の知的好奇心を優先してしまったが、ああ、そういえば、指宿はギターケースを持っていないのだった。すっかり忘れていた。そう、忘れていたのなら仕方がない。決して可愛いとおちょくられた意趣返しではない。

「えっと、ギターを運べなくてですね・・・」

「ギター壊れた?」

「いえ、その、運び方が・・・」

「ん?」

「この指宿さん、セーラー服着て、ビニール袋でギター運んでたんだよ。」

「・・・Rock You.」

(なんでちょっと発音いいんだよ。)

 一花は、そこに加えて「かっこいい」と呟いていた気がするが、聞こえない。レスポールでやったら重量でビニール破けそうだとか思わないこともないけど、俺は何も聞いてないから無関係。だから本当にやっても俺に責任はない。やりそうなんだよなあ、この不思議ちゃん・・・

「も、もう!先輩言わないでください!知らなかったんです・・・」

(まあ、朱がそうやって運んでいたのを見ていたと言っていたし、そう思うのも無理はない・・・無理はなぃ・・・本当に?)

 少し考えればおかしいと思う運び方だが、指宿がそう考えたことに無理があると感じるのは、俺がギターはギグバッグで運ぶものと認識が固まっているからなのだろうか。

「忍、大丈夫。ギターは、機関銃よりもセーラー服と相性が良いって赤川次郎も言ってる。」

「言ってねえよ。嘘つくなよ。」

(何が大丈夫なのかまったくわからん。というか冗談とか言えたのかよこいつ。)

 一花が冗談を言えることは驚きだが、それよりも笑顔を向けられたことの方が衝撃があった。イチハナサン大頬骨筋だいきょうこっきんちゃんと装備してたんですね・・・

 だがしかし、あえて見立てるなら指宿のイメージ的に星泉ほしいずみというより月野つきのうさぎの方がしっくりくる。ドジっ子っぽいし。

「むしろ、セーラー服・美少女 戦士(ギタリスト)だろ。」

 下がる目じり、上がる口角。「星より月・・・」と呟く一花の唇はもにゅもにゅと動いている。

(これは笑っているんだよな・・・少しずつ一花のツボがわかってきている自分が怖い・・・)

 自らの才能に戦々恐々としていると、視界の端に身じろぎする影を捉えた。

 視線を向けると「美少女・・・」と呟いている指宿と目が合った。すぐに逸らされたが、指宿はいまだ落ち着かないようにモジモジと居住まいを正している。

 失敗した。確かにいきなり褒められれば疑いたくなる気持ちもわかる。それがこんなキモオタ全開で言われたらなおさらだろう。

(そんなにキモいですかそうですか・・・)

 指宿の仕草で心にダメージを受けた俺は、少しだけ態度を改めようと心に決めた。


【朱】

「朱、ちょっといい?」

 恋が練習から帰ってきた。もう終わったのだろうか。適当に返事を返す。

「忍に貸してるギターのケースってある?」

 ケースか。あのギターは深夜のテンションでハイになって勢いだけで買ったものだ。買ったのはさびれた質屋だったし、付属のケースはなかったはずだ。

「ビニール袋でいいんじゃね?」

「そのくだりはもうやった。」

(あ、そう。)

 であれば、答えはひとつ。

「ケースなどない!」

 そもそも、私はギタリストではない。弾けるけど。だから人生で一度もギターケースを買ったことがない。

 しかして、ギタリストはそうもいかないだろう。ケースがないとどうやってギターを運ぶという話になってしまう。あ、今そういう話してんのか。

「シノー!ちょいちょい。」

 ここでシノがケースを買えばいいという結論を出すのは早計だ。なぜなら、シノに貸しているギターは貸しているだけで、私のギターなのだから。

 しかし同時に私がケースを買うという選択肢もない。

(ケースってなんであんなに高いの?それだけあったらサイゼでドリアどれだけ食べれると思うの!)

 誰に向けるわけでもない怒りの炎は、ぱたぱたと駆け寄ってきたシノによってそよいで香る、その甘い芳香で吹き消されてしまった。なんで女子っていい匂いするの?

「朱ちゃん先輩なんですか?」

「シノはどんなギター欲しいとかある?」

「え?あ、そうですよね。いつまでも借りていてすみません・・・」

「いや、貸すのは全然いいんだけど。使ってないし。」

 実際、シノに貸したあの日だって、家に置いておくのも邪魔くさいから部室に放置しようとしていたくらいだ。

「でもそれとは別に、せっかく始めるなら新しいギター欲しくない?」

「新しいギターですか。うーん・・・よくわかりません。」

 ギターを買うイメージがわかないのだろうか。確かに楽器屋なんて用事があるやつしか行かないし、馴染みはないのかもしれない。

「シノ、今日このあと暇?」

「部活終わりですか?えっと、家の手伝いがあります。」

 シノが「すみません・・・」と付け加えながら頭を下げるのを阻止する。両の手のひらでサンドした頬は平たく潰れ、素っ頓狂な顔になった。ここでシノが謝る必要はない。いきなり誘ったのはこっちだ。謙虚は美徳だが、安易な謝罪は人の価値を下げる。謝罪はそう簡単にするべきじゃない。

「明日は?」

「えっと・・・早い時間なら大丈夫です。」

「よーし!じゃあ明日は部活なしにして忍ちゃん、はじめての楽器屋だ!ギター見に行くぞー!」

 ソファーから戻ってきた怜と恋を含め全員から了承をもらい、私は席を発った。

「それじゃあね!」

 振った手を下ろすと同時、グラウンドから漏れ聞こえてくる下校のチャイムが遠く鳴り響いていた。誰に宛てられたものか、背後で「先輩方はmassesの練習はしなくていいのでしょうか?」とシノの心配そうな声が聞こえるが、強いて拾わない。べ、別に練習が面倒だからとかじゃないんだからね!

 廊下の窓からは赤色が強くなった陽が差し込んでいる。ふと思い出した今日の夕食は、ママが作るジャンバラヤ。どんな味かは知らないが、楽しみであることは間違いない。

 未知の料理に心と足を弾ませ、私はひとり家路についた。

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閲覧ありがとうございます。面白いと思っていただけましたら、
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