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43 おもちと青春と一里塚っ!

【汐】

「巨乳と言えば。」

 どれくらい経ったでしょうか。イチカが忍さんにギターを教えてあげているのを眺めていたところ、スマホに視線を落としていた朱さんが突然顔をあげて口を開きました。

「その話題まだ続けますか・・・」

 この人の言動はいつも脈絡がないように思いますが、今回はそれに加えて恥ずかしげさえもありませんでした。さきほどの胸の大きさの話の続きのようです。

「いや、ふと思い出しちゃって。」

「何をですか?」

 ピッと朱さんが指をさす方向。「あれ見てみ?」と言い加えられた言葉で首をめぐらせると、案の定そこにはギターを弾きながら忍さんに手ほどきをしているイチカがいました。

(ああ、イチカ。ギターを持っているだけでなぜあんなにも格好良いのでしょう。それに、忍さん相手に少しお姉さんしているイチカも可愛いですね。そういえば本当に妹さんがいr・・・)

「おーい。もどってこーい。」

 呆れたような声音が聞こえ、我に返ります。視線を戻すと朱さんが頬杖をついて半眼、こちらを見ていました。

 イチカの勇姿の観察を邪魔をされた形ですが、ここは致し方ないでしょう。先約は朱さんです。

「イチカの可愛さがどうかしましたか?」

「・・・まーいいや。恋がレスポールを構えているとこ覚えたな。じゃあ・・・」

 何か含みのある言い方が気になるところではありますが、朱さんを問いただすことはできません。なぜなら、朱さんは「ちょっと待ってて」と言い残し、練習している忍さんたちの方に行ってしまったのですから。

「これでどうよ?」

 しばしの離席、戻ってきて着席、そう言う朱さんは語調こそ軽いものの、表情はどこか苦々しげです。

「どう、と言われましても・・・」

 先ほど、朱さんが声をかけたあとイチカは忍さんにギターを手渡しました。

 ギターはレスポールというモデルらしいのですが、イチカほどではないにしても、忍さんも似合っています。弾き方こそ楽器初心者特有のぎこちなさがあるものの、その格好はなかなか様になっています。

「っ!?そういうこと・・・ですか・・・」

 忍さんの姿、ギターはレスポール、朱さんの最初の言葉、それぞれバラバラだったピースが私の中でひとつに繋がりました。

「大きい、ですね・・・」

「さっすがー!巨乳がレスポールを構えると起こること・・・ボディにおもち現象!」

「ギターのボディに胸が載って鏡餅ってことですか?あまり上手くない気がしますが、言いたいことはわかります・・・」

「怜は気づいてるよね。チラチラ見てるし、やっぱりむっつりじゃん。」

「不潔です・・・・・・男は仕方ないのではないのでしょうか・・・」

「どうせ、男は胸がでかいやつが好きなのさ。」

「の、ノーコメントでお願いします・・・」

「知っているぞ。おぬし、着痩せするタイプであろう?吾輩の目は誤魔化せぬよ。」

「そ、そんなことはありません。私h・・・」

「揉んで確かめてやろうか?」

「・・・恐れ入りました。」

 悪戯な笑みを浮かべ、わきわきと両の手を閉じたり開いたり、今にも立ち上がりそうな朱さんをなんとか押し留めます。先ほどの忍さんの様子がフラッシュバックしてしまい、思わず肩を抱いてしまいました。

「朱、ちょっといい?」

(イチカ!助かりました!)

 とてとてと歩み寄ってきたイチカ、そうして朱さんに話しかけてくれたことで、私は難を逃れることができました。

「なにー?」

 私の窮地に颯爽と現れてくれる、さすがはイチカです。


【恋】

 ソファーの正面、忍にポジションが見える位置に椅子を置いて座る。耳コピをしてもらおうと思っているから座る位置はそれほど気にしなくてもいいと思うけど、やっぱり正面の方が教えやすい。見やれば、秋津が横に椅子を持ってきていて3人向かい合わせで座る形になっていた。

 コーヒーを片手に、同級生、後輩とギターの練習をする。我ながら青春っぽいことをしているなと、なんだか口元が緩んでしまった。

 秋津がスマホをいじりつつ音源を用意しているのを尻目にギターを弾いて待つ。こう、空き時間があるとつい本に手を伸ばしてしまいそうになるけれど、今は我慢だ。

(でも、飛脚が東海道を走りながら、それも江戸に着くまでに推理を完結させるって尖ってて面白いよね。)

 ダメだと思うと余計に気になってしまう。それでも自制心を働かせ、意識を逸らすべく忍に視線を向けた。

「忍はピースの音源持ってないんだ。」

「そうなんです。お店とかネットとかサブスクとか、色々探してみたんですけど、どこにもなくて・・・」

「ふーん。」

 肩を落としてソファーにちょこんと座っている忍は小動物みたいでちょっと可愛い。庇護欲を刺激するその表情は、つい何かしてあげたくなってしまう。

(今度CD持ってきてあげようかな?)

「まあ、ピースはインディーズバンドだったし、CDショップには売ってないかもな。」

 CDがどこにあったか思い出しながらコーヒーに口をつけて一息。ナッツのような芳醇な香りが鼻を抜ける。お気に入りのマグカップはなめらかで口当たりが良い。至福。

「でも秋津は持ってるんだね。」

「・・・まあ・・・好きだからな。」

 秋津は音源の準備ができたのか、スマホから視線を外しつつ答えた。

 しかし秋津と視線が合わない。言い淀み、少し朱がさした頬を湛える表情は、さながら乙女のそれだった。

(これはガチ恋ってやつ?)

 乙女云々(おとめうんぬん)は冗談としても、さっきの、ピースは3ピースバンドではないと忍に捲し立てていたことといい、秋津はきっとガチ勢なんだろう。

「先輩、CDはどこに行けば買えるんですか?」

「そうだな・・・ピースは箱で手売りだけだしな・・・ネットにもないのは意外だったが・・・」

 確かに、転売が横行する現代においてフリマやその他通販サイトでの中古もないとは。それだけモノ捌けなかったということだろうか。違うか。

「その、箱ってなんですか?手売りは対面販売ってことですよね?」

「ああ・・・箱っていうのはライブハウスのことだな。そこでだけCDを売ってた。」

「え、ピースって解散しちゃったんですよね?じゃあ、もう手に入らないってことですか・・・」

 再び肩を落とす忍。その姿は本当に残念そうだった。

 しかしピースが解散して約3年。こうして新たなファンを獲得するとは、さすがの私も認めざるを得ない。何をとは言わないけど。

「・・・その、なんだ。俺の持ってる分でよかったら貸すか?CDを売ってやるわけにはいかないが・・・」

「え!?いいんですか?ありがとうございます!」

(これは・・・青春の波動?)

 男女の間で物の貸し借り。ちょっとしたきっかけ。発展する関係。ラブコメの匂いを感じる。秋津の表情が少し緩慢に見えるはピースガチ恋の熱が冷めていないからなのだろうか。

(どちらにせよ出しゃばるのはよそう。)

 当事者の秋津には不思議ちゃんとか言われてるけど、不思議ちゃんは空気読めないでしょ。だから空気読める私は不思議ちゃんじゃない。

 したり顔を浮かべて秋津を見ていたら「え、なにその変な顔・・・」という呟きとともに訝しむ視線を向けられてしまった。失礼なやつ。

(まあいいや。準備もできたし練習の時間だ。)

「じゃあ忍。音を聴いてキーを探そうか。」

 放課後の残り時間は多くない。それでも1曲くらいはレクチャーできるだろう。


【怜】

 一花がただの不思議ちゃんでないことは知っていた。やはりこいつ、ギターが上手い。

 指宿にギターを渡し、音源を流し、曲のキーを把握するためにメロディ―を探させる。

 鳴っているコードの音を聴き分けさせ、間違っていれば修正させる。

 口頭でコードネームを伝え、左足では四拍子を刻む。

 何弦、何フレットの音がうまく出ていないかを逐次ちくじ聴きわけ、指摘する。

 もちろん刻むリズムは一定で揺るがないし、なんなら左手でスマホを操作して弾く箇所の頭出しもしている。

 いくつものことを同時に行っているのに淀みない。それを淡々と、理路整然と行っている。

 一花が教えているのは耳コピのやり方。初心者に耳コピが無理とは言わないが、しかし。

「鬼かおまえは!」

 頭こそ引っ叩かないものの、語勢はツッコミのそれ。気分的にはハリセン超えてスリッパを持ち出したい。朱相手になら間違いなくそうしていたところだ。

 しかし、もしそんなことしたら「うちのイチカに何してるんですか!」と怒り狂う橘に刺されそうなのでやらない。命大事。

「難易度高すぎるだろ。」

 他人の指導法にケチをつけるのはよくない。そんなつもりもない。それでもここは止めなければいけないと思った。

「私は丁寧に教えているつもり。」

「そうだろうな。思うよそうだと。俺はな!でも相手はズブの素人だぞ?このペースじゃ進行も早ければ情報量も多すぎる。ついてこれないだろ。」

「私はこれで教えてもらった。」

 やり方を否定する俺の言葉に対する一花の応え方に熱は感じられない。あわせて表情も動かない。

 それが憮然としている顔なのか、はたまた表情どおり何も思うところはないのか。俺には区別がつかなかった。

 指宿に耳コピが無謀とは言わない。現に指宿はなんとかついていこうと食らいついている。

 それは負けず嫌いな性格ゆえなのか、はたまた何か別の理由があるのかはわからないが、弱音も吐かずに言われたことに取り組もうとしている。

 しかしそれはそれだ。

 一花の教えている方法は、ある程度弾けるやつがやるなら良い練習になるだろう。しかし未だピックの握り方もぎこちないような初心者では少々難しい。

 それになにより、これでは音を楽しむと言うより作業をこなすことになってしまう。

「ご、ごめんなさい!私うまく弾けなくて・・・」

 慌てて会話に入ってくる指宿の声で我に返る。まったく、初心者に気を遣わせてどうする。先達や上級者は、その道の始めたての人に気を遣わせたらおしまいだ。これが何かのコンクール前の練習や仕事なら別だが、ことは趣味の話だ。部員確保のこともあるし、やはりまずはギターの楽しさを知ってもらう方が賢明ではないだろうか。

(俺も気を遣わせてる要因のひとつなんだよな・・・)

 少々ヒートアップしてしまったことが恥ずかしくて頬を掻く。なぜこんなにムキになったのかは自分でもわからなかった。

「いや私が悪かった。ごめん忍。」

「俺も、その・・・悪い。」

「い、いえ!」

 誰に謝っているのか曖昧になってしまったが、ふたりの間に向けて頭を下げておく。

 そうして上げた視線の先、一花の表情が少し緩んだように見えたのは俺の勘違いだろうか。

(これは・・・わかってくれたか・・・?)

「じゃ、まずは反復。とりあえずメジャーコードを通しで5セットから・・・」

「脳筋か!!」

(やっぱわかってねえ!楽しさを伝えようぜ!?)

「が、がんばります!」

「ドMか!?」

(やるのかよ!)

 メジャーコード通しって、字面だけで判断するとCDEFGABを弾くってことだと思うが、指宿の今のこのペースでいけばかなりの時間がかかってしまう。指宿の弾き方を見た限りローポジションのメジャーコードはそれなりに弾けている。もしかしたら自分だけで練習していたのかもしれない。

 しかし、そこにバレーコードやマイナー、サスフォー、セブンス、ナインスと加わるとどうだろう。コードの基礎練は果てしない。枕詞的まくらことばに「まずは」と言っているし、この脳筋はどこまでやらせる気なのだろうか。

「秋津、何をそんなエキサイトしてるの?」

 超エキサイティン!!イチハナサン指先鍛えてそうですし、バトルドーム得意そうですね!イチカオリジナルから!

「・・・今は目コピでいいんじゃないか?耳コピや基礎練は家でひとりでやればいい。」

一里塚いちりづかある・・・じゃあ今からイントロ部分を弾くから真似してみて。」

 一花のセリフの後半は指宿に向けてのもの。一花は見た目に反してそれなりに自己主張するし、我が強いやつだと思っていたが、案外すんなりと俺の意見を取り入れていて拍子抜けしてしまった。何か一花の好感度を上げるようなことをしただろうか。

 さても、一花は音源を流した後に実演、ギターを手渡して指の位置とコードネームを教えるという形に切り替えて先を進めていた。一花の場合、基礎的な技術や知識は十二分にあるし、やり方さえ生徒に寄り添えれば根気強い良い先生なんだろうと思う。

(一里塚あるって、一理あるって意味か・・・?学校の近くに、家康いえやす御成道おなりみちの塚があるから言ってるんだろうけど、上手くないからな。)

 というか、普通のJKは東海道なんかにある4キロ間隔の道標のことなんて知らない。ギター上手い不思議ちゃんの歴女ってもうキャラ盛らないで欲しい。

 そうでなければ、目標に向かう過程での一段階という意味の「一里塚になる」って言葉にかけているのだろうか。わかりづらいんだよ。・・・・・・ちょっと面白いじゃねえか。

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