表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/73

42 この中に1人、乙女がいる!②

【怜】

「あ、いたの?」

(こいつ随分な物言いだな・・・)

 振り返った朱からろくでもない返答が返った。「廊下にいたよ」と言いながら、コトが終わっているのを確認して部屋に足を踏み入れる。指宿がソワソワしているのが視界の端に入ったが、ここは触れないのが吉だろう。

「乙女の花園に外から聞き耳を立てているとは。とんだむっつりスケベだな。」

「ベーシストはむっつりスケベと相場が決まっている。」

「ひどい言いようだな!まずは空気読んで中に入らなかった俺の配慮を讃えろよ!」

 まったくこいつらは。スキンシップが悪いとは言わないが、それで指宿が辞めてしまったらどうするつもりなのだろうか。ただでさえ昨日の軽音バトル騒ぎで足元が不安定だというのに。

(だいたい、どこに乙女がいるんだよ。)

 見渡す限り、邪智暴虐、まともの皮を被ったポンコツ、不思議ちゃん。乙女のおの字も見当たらない。

(まあ、大反撃があるだろうから口が裂けても言わないけど・・・)

「せ、先輩・・・み、見て・・・聞いてたんですか?」

 伏し目がちに俺を見る指宿の顔は不安を映している。加えて少し目元が潤んでいる気がするのは俺の勘違いではないはずだ。

 指宿はこの中で唯一、あざとさの胡散臭さを除けば、まともに乙女やっているまである。

「途中からだけどな・・・その、なんだ。俺に力がないばかりにすまなかった。」

「いえ・・・むしろこの場にいなくてよかったです・・・」

 胸をなでおろしながら「ご配慮ありがとうございます」と付け加えて言う指宿は、やはり気を回せるタイプの人種なのだろう。

 しかし俺は騙されない。あざとさと本質的な善人、つまりお人好しは共存し得ないのだ。

 どちらか、あるいはそのどちらもが図られたものに違いない。打算的で狡猾な女は乙女とは言い難いだろう。

 そして指宿があざといことは消去法的に証明することができる。

 お人好しと打ち消し合う性格。それは欲望に忠実、自己中心の性格。先ほど本人が口にしていたこと。

「そうか・・・あと、あのことは誰にも言わない。安心してくれ。」

「あのこと、ですか・・・?」

 きょとんと傾げられた首は、不思議そうな表情をたたえる顔をもたげている。これだけでもすでにあざとさの証明ができたようなものだが、加えて。

「意外だった。いや責めているわけじゃないんだ。趣味嗜好は人それぞれだ。」

「え・・・?」

「人は見かけじゃないもんな。勘違いしていた。指宿、男好きなんて、肉食系だったんだな。」

「中にいて欲しかったです!」

 証明完了。他愛もない。

 指宿はあざと系肉食女子でした。あれ、命題増えてね?


【忍】

 大変なことになってしまいました。

 軽音楽部に仮入部届を返してもらいに行った昨日。あれやあれやと状況は進み、最後には私の仮入部届をめぐってコッキーポップ同好会と軽音楽部が勝負することになってしまいました。本当に大ごとです。

 昨日の話の中で、田中先輩の言い分は明らかにおかしいように思いました。朱ちゃん先輩や軽音部の部長さんもそう言っていました。そうして最後にはこの状況です。

 しかしながら、そもそもの原因は私にあります。

 軽音楽部に見学に行ったあの日、入部するつもりはなかったにも関わらず、仮入部届を出してしまったのですから。

 昨日からこっち、気が重いまま今日を迎えましたが、しかし、もはやそれどころではありません。

「違うんです!私、男好きとかそういうのじゃなくて・・・」

「ああ、わかってる。安心しろ。」

 暖かいような、ともすれば冗談かと思える笑顔を向ける先輩は、私の意図をしっかりと理解してくれているのでしょうか。

(ほ、ほんとにわかってるかな・・・?)

「さーて、怜も来たことだし説明を始めよう。」

 先輩に言い訳を重ねたい気もしますが、しかしこちらも重要な話です。

 朱ちゃん先輩が口火を切る中、あとでちゃんと説明しようと心のノートにメモを書き留めました。

「軽音バトルのことですよね?一体何をする勝負なのでしょうか?」

 マグカップを置いた、しーちゃん先輩が合いの手を入れます。よく見れば恋ちゃん先輩と色違いのお揃いカップです。

「それでは先生、お願いします。」

「丸投げかよ・・・」

 先輩は抗議の視線を朱ちゃん先輩に向けながらため息をついています。対して説明をバトンタッチした朱ちゃん先輩は無邪気に笑っていました。

「はあ・・・大まかに言うと、コッキーと軽音部の代表が同じ曲を演奏して、聴衆による投票を実施、勝ち負けを決めるというものらしい。」

「・・・もしかして昼休みに朱さんが教室に来て曲名を紙に書いてと言っていたのは・・・」

「バトルで演奏する曲を決めるための種だね!」

「聞いていません!」

「言ってないからね!」

「あなたは・・・っ!」

 朱ちゃん先輩は今朝方、私のところにも来て同様のことを言っていました。

 深く考えず知っている曲名を書いて手渡しましたが、まさかそんな重要なものだとは思いもよりませんでした。

(あれ、ってことはまずくない・・・?いや、母数がどのくらいあるかはわからないけど、私の紙が当たる確率は高くないはず・・・だよね?)

 なぜ説明してくれなかったのかと抗議したいところですが、しーちゃん先輩が「聞かなかった私も悪いですが・・・」と自分を抑えながら先を促しているのを見て自重します。

「そして抽選結果は・・・先生お願いします!」

「いや俺知らないから・・・」

「あ、そう?では改めて・・・・・・The Peaceピースmassesマシスです!」

「うぇええー!?」

 私は驚きのあまり立ち上がってしまいました。口元を抑えたつもりでしたが、素っ頓狂な声は指の隙間から漏れ出てしまったようです。

「急に叫ぶなよ恥ずかしいやつだな。」

「す、すみません・・・」

 謝罪を入れつつ着席します。非難するような視線、呆れるような視線、心配するような視線を受けていたたまれなくなりました。

(やっぱりしーちゃん先輩優しい・・・でも、その心配の対象は私の頭ではないよね・・・?)

 ちなみに恋ちゃん先輩は我関せず、ずっと本を読んでいます。相変わらずマイペースな人です。

「masses・・・どんな曲なのでしょうか?」

「昨日、俺たちが音楽室に入ったとき弾いていた曲だな。」

「え?それってまずくないですか?あの何某なにがしが既に弾ける曲ってことですよね?」

「そうなるな。」

「まったく!誰だ敵に塩を送るようなことをしたやつは!」

「いや、軽音部の誰かが書いたかもしれないだろ。第一、コッキーのメンツで書きそうなやつはいな・・・い・・・」

 いつしか、呆れるような視線は、疑いの視線に変わって私を捉えていました。

「ご、ごめんなさい!」

 勢いよく下げた頭は机にぶつかりこそしませんでしたが、前髪が机の天板を撫でたのがよくわかりました。

「犯人はシノだったか!貴様まさか・・・軽音部の密偵か!?思えば軽音部の見学会から拉致ってきたわけだし・・・既に綾乃の鞭の味を知っているということか・・・っ!」

(鞭!?)

 思わぬ言葉に勢いよく顔を上げました。前髪が崩れている気がしますが、それよりもここはちゃんと抗議しておかなければいけません。

「わ、私はエムじゃありません!」

 先輩の私を見る視線が、何か痛々しいものに変わったと感じるのは私の勘違いでしょうか。

「・・・いや朱、飼い慣らされてるって言いたいんだろうけど上手くないから。」

「えぇっ!?」

「鞭がMって、なーに想像したのかなー?動物を調教する道具だよねー?」

 顔から火が出そうです。今なら軽音部の部長さんの気持ちがわかります。

 悪戯な笑顔を浮かべる朱ちゃん先輩を尻目に、私は腕を振って抗議するしかできませんでした。

(は、恥ずかしい・・・穴があったら入りたい・・・)

 昔の人もなかなかに的を射たことを言います。確かに今ここに穴があったら入りたくなる気持ちもわかります。

 しかし三国志の時代ならいざ知らず、現代の街中に人が入れる穴があるとは思えません。他に代わりになりそうなものはあったでしょうか。

(学校の近くにたぬき専用の抜け穴があるって聞いたことあるけど・・・)

 その大きさや詳しい場所は知りませんが、もしかしたら私ひとりくらいなら入れるかもしれませんし、今度探してみるのも悪くありません。

(そういえば、しーちゃん先輩はたぬきが好きなんだっけ?)

「そ、それにしても、この選曲は少し作為的ではありませんか。あの何某なにがしの振る舞いといい、疑ってしまいます。」

 私の視線を受けて何をどう捉えたのか、しーちゃん先輩は逡巡、話を進めるように水を向けました。その表情にぎこちなさがあるのは、もしかしなくても私のせいなのでしょう。

「シノがスパイだからに・・・」

「それはもういいですから!」

「確かにあれは極端だけど、バンドマンなんてみんなあんなもの。」

「一花・・・それこそ極論では・・・」

「バンドにおける偉人はみんなどこかしら変。」

「・・・ノーコメントで。」

(あんな人ばっかりってどこの魔境なの・・・)

 私はとんでもない世界に足を踏み入れてしまったのでしょうか。

「まーあんなクズのことより選抜メンバーを決めよう!」

「クズとはのっぴきならない言い方ですが・・・選抜ということは、この場にいる全員が勝負に参加するというわけではないということですね?」

「あ、私知ってます!ザ・ピースって3ピースバンドですよね?」

 3人で演奏するから3ピースです。言葉にすればそのままですが、その構成は様々で、最もメジャーなのはギター、ベース、ドラム、そしてそのうちの誰かがボーカルを兼任します。

 バンド演奏の最小単位とも言われる構成だと真紀ちゃんが教えてくれました。

「指宿、よく聞け。The Peaceピースの読み方にザはつかない。ザ・ピースとかザッピって言ってるやつはニワカだ。あとピースはベースボーカルとギターコーラスの2人プラス、サポートドラム1人のユニットだ。正確には3ピースバンドじゃない。それに曲によってはもう一人ギターが入ったりキーボードが・・・」

 長台詞を捲し立てる先輩の表情は真剣そのものでした。ここまでこだわるということはよほどピースのことが好きなのでしょうか。

「もー細かいなー怜くんは。顔怖いぞ☆そんなんじゃモテないよー?」

「おま・・・別にモテなくていい・・・」

「強がっちゃってー。」

 はたして、続く先輩の言葉を止めたのは朱ちゃん先輩でした。

 朱ちゃん先輩が先輩の肩口を突っついている様子からはふたりの親しさを感じます。身をよじって朱ちゃん先輩から逃れようとしている先輩ですが、その表情が満更でもないように見えるのは私の気のせいでしょうか。

「忍、気にしなくていい。ピースのガチファンは昔から頭おかしいから。」

 意外にも、声をかけてくれたのは恋ちゃん先輩でした。

「一花におかしいとか言われるとなんか複雑だな・・・」

「この男は!あなたの頭がおかしいのは事実でしょう!だいたい・・・」

 しーちゃん先輩が先輩に食ってかかるのを尻目に、私は恋ちゃん先輩に疑問をぶつけます。

「あの、ピースのファンって怖い人たちなんですか?」

「怖いってわけじゃないけど、一部の熱量が異常。解散してしばらく経つけど、箱では未だに名前を聞くね。」 

「はーい!おしゃべりは終わり!メンツを決めます!ドラムは私、ベーボは・・・怜、キミにきめた!」

「俺に歌わせる気か!?茜はガチガチの女声だぞ!」

「できるよね?やって。役目でしょ?」

「できない・・・わけじゃないが・・・」

「はい決まりー!あとギターコーラスは・・・・シノってギター弾きながら歌えるよね?」

「私ギター始めたばっかりですよ!?無理言わないでください!ここは恋ちゃん先輩にお願いしましょう!あ・・・でもピースの曲はちょっと弾いてみたい、です・・・」

「私?うーん・・・私でいいの?」

「恋!お願いしもす!」

「・・・ん。いいよ。でもそれとは別に忍、massesの弾き方、教えてあげようか?」

「え!恋ちゃん先輩いま弾けるんですか!?」

「うん。ピースの曲は全部弾ける。」

「全部!?すごい・・・!あ、でも今日、私ギター持ってきてません・・・」

 残念でなりません。なぜ今日ギターを持ってこなかったのでしょう。いえ、理由は明白です。ギターをビニール袋で運ぶことを躊躇ってしまったからです。

「そうなの?じゃあ私のギター貸してあげる。朱、あと決めることは?」

「なーい!けど、決戦の日は月末の放課後だから、それだけは忘れないように!」

「2週間後ね。わかった。じゃあ忍、あっちのソファーで練習しようか。」

 恋ちゃん先輩にお礼を言いつつ、壁際のソファーに移動します。

 恋ちゃん先輩は「massesマシスの音源持ってる?」と先輩に話しかけながら黒い大きなリュックからギターを取り出しています。スタジオで先輩も担いでいたあのバッグは、どうやら楽器を入れるためのものだったようです。

 何もかも人任せで少し心苦しくはありますが、今はそれよりもmassesを弾けることのワクワクが大きくて、つい甘えてしまいました。

 恋ちゃん先輩がギターを構え、先輩がスマホを片手に、私たちは3人で車座になって練習を始めました。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


軽音バトルまで、あと14日。

【注釈コーナー】 メイドインアビス(たぬき)


「しーちゃん先輩ってたぬき好きでしたよね?」

「たぬきですか?どちらかといえばくまの方が好きですね。イチカはたぬきが好きなので、私も嫌いではありませんが。」

「あ、私勘違いしてました。すみません・・・ちなみに、たぬきが使う抜け穴って知ってますか?」

「横断 たぬきに注意の看板がある市道のトンネルのことですか?」

「あ、さすがです。好きなんですね。」

「ええ。まあ・・・廃墟や牧歌的な農道などは好きですね。・・・たしなむ程度ですが。」

「女子高生の趣味ではないような気がしますが・・・」

「あ、忍さん。聞き取れなかったのですが、もう一度よろしいですか?」

「い、いえ!何でもないです!」

「そうですか?まあ、正確には市道ではなくて、市道の下を通るたぬき専用のトンネルですね。」

「そうだったんですね。でも誰が何のために作ったんでしょうか?」

「作ったのはもちろん行政ですよ。市道ですからね。1990年代に作られ、現存しています。この市道を横断するたぬきが多かったことから作られたそうです。」

「なるほど!通行する人とたぬきの安全を確保するために作られたんですね!」

「そのようです。ですが残念ながら、以前イチカとトンネルを観察しに行ったときはトンネルを利用しているたぬきはいませんでした。市道横断まっしぐらですね。」

「本当に観察しに行ったんですね・・・」

「どうかしましたか?」

「何でもないです!!」

「そう、ですか・・・?あと余談ではありますが、市内に設置されている「動物注意」の交通標識はたぬきなんですよ。」

「たぬきって意外に身近なんですね!参考になりました。ありがとうございます!」


※実話です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
閲覧ありがとうございます。面白いと思っていただけましたら、
評価・ブックマーク等、よろしくお願いします。執筆の励みになります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ