41 この中に1人、乙女がいる!①
【恋】
「・・・ってことがあったんだ。」
先週の日曜日、いきなり愛生に言われたその言葉。
私が悪者かのようにまくし立てるその言いようにつまらなさを感じて、その時のテンションのまましぃに話してしまった。
「イチカ・・・それは・・・なんとも・・・」
言い淀むしぃ。その表情はうかない。その顔は最近どこかで見たような気がして、考えを巡らせると、程なくして愛生と同じ表情だったことに気が付いた。しぃならわかってくれると思ったけれど、どうやら思惑が外れてしまったようだ。
「お、お疲れ様です・・・」
しぃから顔を逸らすように部屋の入り口を見やれば、おずおずといった様子で入ってくる忍。その顔はどこかこわばっているように見えた。
返事を返しつつ視線を戻す。忍は部屋の中央に4つくっつけられた机、その周りに5つの椅子のうちのひとつに腰かけた。私からは斜め右前、しぃの正面の席だ。
(そうだ。せっかくなら忍にも。)
「忍、聞いていい?」
「あ、はい。なんですか?」
忍がマイボトルから口を離し、置くタイミングを見計らい声をかける。
「忍の下着のこと教えて。」
「え・・・えぇ!?」
忍の声は大きく、思ったより大きな反応だった。
「イチカ、私たちは忍さんと出会って間もないのですから、もう少し距離感を考えて話しましょう。」
(そういうものだろうか。)
「ごめん急に。実は中学生の頃から下着を買い替えてないことを妹から指摘されたんだ。それで忍の考えを聞かせてほしくて。」
「忍さん、無理に答えなくていいですからね。」
「そ、そうでしたか。そうですね・・・・・・デザインや生地の痛みなんかもありますし、もしかしたら変えた方がいいかもしれませんね・・・あと・・・」
忍はそこで言葉を切ると居心地悪そうに身を捩った。
もじもじと言い淀む忍に先を促してみたが、忍は未だ言い渋り、頬を紅潮させている。何かあるのだろうか。
「その、サイズ変わるじゃないですか。成長期ですし。私もついこの間サイズアウトしてしまったので買い替えました。前のは1年くらい着たと思います。」
「さい・・・ず?」
今度は私が大きい反応をすることになってしまった。あまりの驚きにくらっときて頭を抱えてしまったほどだ。椅子から転げ落ちなかったのはただの偶然だろう。
以前、忍はDカップと言っていた。そこからサイズアップというとまさか。
(これが驚異の胸囲格差というやつか・・・ふふ。)
自分のギャグセンの鋭さによる薄笑いか、はたまた諦めからくる自嘲か。自分でもわからないその笑みを収めて忍に視線を戻す。
忍は、ふと何かに気がついたように顔を青くし、私から視線を外した。いや、目を逸らした。
「いやーどこ見てんのよー。」
忍が見ていたのは胸元。特段、言葉を発していたわけではないけれど、目は口程に物を言うものだ。ちょっとした意趣返しくらいしても罰は当たらないだろう。
「ち、ちが・・・っ!」
「忍のえっち・・・」
「わ、私にそういう趣味はありません!」
「しぃ助けて。忍がいやらしい目で私を見るんだ。」
「イチカ・・・この件について私は力になれないかもしれません・・・」
「え・・・なん・・・ずっと同じ下着の私は不潔なの?触りたくもないってことなの?誰かヘルプ・・・」
普段、しぃにこんな反応をされることはない。それだけ私の状態はまずいということなのだろうか。
(下着買いに行こう・・・あれ、でも下着ってどこで買うんだっけ?)
もちろん下着は下着屋で買うのだが、その下着屋がどこにあるのかがわからない。さらに言えば、どうやって買うのかも忘れてしまった。
(愛生についてきてもらうか・・・しぃは・・・ちょっと恥ずかしいけど、来てくれるかな。)
こんな反応をされている手前、頼みにくくはあるが、買い物の後に3人でカフェに行くのも悪くない。誘ってみてもいいかもしれない。
(そういえば新作のカヌレまだ食べてなかった。)
来たる休日、天秤にかかる一抹の不安と迸る高揚感のシーソーは、はたして私の頬を緩くした。
「I need somebody!」
突然開かれる部屋のドア。流暢な英語は、普段の学校生活の中でなら違和感を感じるが、この風姿から発せられると自然に感じてしまう。
「あ、朱ちゃん先輩。びっくりしました・・・いきなりなんですか?」
「いや、軽音に携わる者として反応しないといけないかと思って。」
声の主、朱はニッと笑いながら私の正面の席に腰掛けた。
(そうだ。旗色も悪いし、朱に放り投げよう。)
「ちょうどいいところにきた。朱ヘルプ。」
「Not just anybody.」
(・・・そこまで言われればわかるけど。)
再びの英語。さっきは何を言っているのかと思ったが、ようやく意図がわかった。三度、助けを求める。今度はセリフを変えて。
「You know I need someone.」
【朱】
「あ、この曲聞いたことあります。なんでも鑑定してくれるテレビ番組のテーマ曲ですよね?」
「曲の方がだいぶ先に生まれてるけどねー。で、何があったの?」
私が英文を発した訳をシノに伝え、渡していたスマホを回収する。流れていた曲を止めて、そうして水を向ける先は恋。
「忍が私の身体を・・・ぐすん。」
「え、忍そっちの趣味?」
「なんでそうなるんですか!違います!元の話は恋ちゃん先輩の下着の話です!」
「それはもういい・・・」
「良くありません!私を替わり蓑にしようとしてもそうはいきませんよ!」
忍が必死の形相で恋に食い下がっている。このふたりが顔を合わせたのはほんの数日前のはずだが、それでも随分と仲良くなったようだ。
「まあまあ。恋がエロい下着でもつけてきたの?彼氏か?見せてみ?」
「いや見せないし。」
(なんだ残念。)
イマドキ女子の下着事情は興味があるところだが、教えてはくれないらしい。ぐへへ。オネェちゃんどんなパンツ履いてるの。なんだかここ、オヤジ臭いな。
しかし私がオヤジ臭いわけがないので、私が来る前に誰かがオヤジギャグでも飛ばしていたのだろう。うん。きっとそう。
「じゃーどういうこと?」
ともあれ、このままでは話が進まない。斜め左前で「彼氏・・・」と呟いている汐が見えるが、触らない。なぜなら話が進まないから。
「恋ちゃん先輩が中学の時から下着を買い換えてないことについてどう考えるか話していました。」
「え、普通じゃん?」
「え?」
シノと汐が同時に驚きの声を上げている。脊髄反射的に答えてしまったが、何かまずかっただろうか。
(なんか恋に握手求められてるけど・・・?この状況、何かおかしい・・・というかこいつ手冷たいな。)
恋の手の感触に驚いている傍ら、私の疑問の答えは形を伴って表れた。汐とシノ、ふたりの視線という形で。
(私の胸を見ている?・・・っ!)
「そういう流れか!・・・再放送してやろうか?」
「い、いえ結構でs・・・」
「忍は朱の胸にも興味があるらしい・・・」
ボソッと、しかし確かに聞こえるように呟かれた恋の声は、意図的にシノのセリフに被せられていた。
「いやー!シノがやらしい目で見てくる!たすてけー!」
「なんで私ばっかりなんですか!?しーちゃん先輩だって見てたじゃないですか!?」
「触らないで!巨乳が感染るわ!」
「・・・それは感染ってもいいのでは?」
「はっ!確かに!忍、カモン!」
「ですから!そういう趣味はありません!私は男が好きなんです!それに私が触っても巨乳にはなりません!」
「つまり私の胸は大きくならないと言いたいわけだな?よろしい、ならば戦争だ。」
「クリーク!クリーク!クリーク!」
「や、やめ!ふたりして!」
席を立って、恋が羽交い絞めにした忍に正対、そして致す。その感触は憎らしいほどだった。
(これがDカップの・・・ええい!こんなもの所詮はぜい肉よ!)
そういえば、時速60kmで進んでいる車から手を出して風を掴むとDカップの感触を感じるらしい。
(あれ、でもこいつ本当にDカップか?もっと大きい気が・・・)
「そういえば胸は揉むと大きくなるらしい。」
「はっ!?くそーっ!敵に塩を送ってしまったか!?」
思わず感触に没入しそうになったところを恋の言葉に引き戻される。
(乳だけに没入って、なんかここオヤジ臭いな。)
やっぱりオヤジ臭いのは私だったのかもしれない。
(いやしかし。)
名言に即座に反応する瞬発力、イジリの引き際、恋はよくわかっている。
「終わったか?」
会話の合間を縫うように男の声が聞こえた。
視線を向けなくても誰だかはわかるが、挨拶は重要だ。私は半身だけ振り返って入り口に立つ男、怜を視界に収めた。
【怜】
「あ、いたの?」
(こいつ随分ゴアイサツだな・・・)
振り返った朱から返事にならない返答が返った。「廊下にいたよ」と言いながら、コトが終わっているのを確認して部屋に足を踏み入れる。指宿がソワソワしているのが視界の端に入ったが、ここは触れないのが吉だろう。
「乙女の花園に外から聞き耳を立てているとは。とんだむっつりスケベだな。」
「ベーシストはむっつりスケベと相場が決まっている。」
「ちょっと待って。まずは空気読んで中に入らなかった俺の配慮を讃えるべきじゃない?」
まったくこいつらは。スキンシップが悪いとは言わないが、それで指宿が辞めてしまったらどうするつもりなのだろうか。ただでさえ昨日の軽音バトル騒ぎで足元が不安定だというのに。
(だいたい、どこに乙女がいるんだよ。)
見渡す限り、邪智暴虐、まともの皮を被ったポンコツ、不思議ちゃん。乙女のおの字も見当たらない。
(まあ、大反撃があるだろうから口が裂けても言わないけど・・・)
「せ、先輩・・・み、見て・・・聞いてたんですか?」
伏し目がちに俺を見るその顔は不安を映している。加えて少し目元が潤んでいる気がするのは俺の勘違いではないはずだ。
指宿はこの中で唯一、あざとさの胡散臭さを除けば、まともに乙女やっている気がする。
「途中からだけどな・・・その、なんだ。俺に力がないばかりにすまなかった。」
「いえ・・・むしろこの場にいなくてよかったです・・・」
胸をなでおろしながら「ご配慮ありがとうございます」と付け加えて言う指宿は、やはり気を回せるタイプの人種なのだろう。
しかし俺は騙されない。あざとさと本質的な善人、つまりお人好しは共存し得ないのだ。
どちらか、あるいはそのどちらもが図られたものに違いない。そして打算的で狡猾な女は乙女とは言い難い。
In Finally.指宿があざといことは消去法的に証明することができる。
お人好しと打ち消し合う性格。それは欲望に忠実、自己中心の性格。先ほど本人が口にしていたこと。
「あと、あのことは誰にも言わない。安心してくれ。」
「あのこと、ですか・・・?」
きょとんと傾げられた首は、不思議そうな表情を湛える顔を擡げている。これだけでもすでにあざとさの証明ができたようなものだが、加えて。
「意外だった。いや責めているわけじゃないんだ。趣味嗜好は人それぞれだ。」
「え・・・?」
「人は見かけじゃないもんな。勘違いしていた。指宿、男好きなんて、肉食系だったんだな。」
「中にいて欲しかったです!」
Q.E.D他愛もない。
指宿はあざと系肉食女子でした。あれ、命題増えてね?
【忍】
大変なことになってしまいました。
軽音楽部に仮入部届を返してもらいに行った昨日、あれやあれやと状況は進み、最後には私の仮入部届をめぐってコッキーポップ同好会と軽音楽部が勝負することになってしまいました。本当に大ごとです。
昨日の話の中で、田中先輩の言い分は明らかにおかしいように思いました。朱ちゃん先輩や軽音部の部長さんもそう言っていました。しかし最後にはこの状況です。
しかしながら、そもそもの原因は私にあります。
軽音楽部に見学に行ったあの日、入部するつもりはなかったにも関わらず、仮入部届を出してしまったのですから。
昨日からこっち、気が重いまま今日を迎えましたが、しかし、もはやそれどころではありません。
「違うんです!私、男好きとかそういうのじゃなくて・・・」
「ああ、わかってる。安心しろ。」
暖かいような、ともすれば冗談かと思える笑顔を向ける先輩は、私の意図を汲んでくれているのでしょうか。
(ほ、ほんとにわかってるかな・・・?)
「さーて、怜も来たことだし説明を始めよう。」
先輩に言い訳を重ねたい気もしますが、しかしこちらも重要な話です。
朱ちゃん先輩が口火を切る中、あとでちゃんと説明しようと心のノートにメモを書き留めました。
「軽音バトルのことですよね?一体何をする勝負なのでしょうか?」
マグカップを置いた、しーちゃん先輩が合いの手を入れます。よく見れば恋ちゃん先輩と色違いのお揃いカップです。
「それでは先生、よろしくお願いします。」
「丸投げかよ・・・」
先輩は抗議の視線を朱ちゃん先輩に向けながらため息をついています。対して説明をバトンタッチした朱ちゃん先輩は無邪気に笑っていました。
「はあ・・・大まかに言うと、コッキーと軽音部の代表が同じ曲を演奏して、聴衆による投票を実施、勝ち負けを決めるというものらしい。」
「・・・もしかして昼休みに朱さんが教室に来て曲名を紙に書いてと言っていたのは・・・」
「バトルで演奏する曲を抽選で決めるための種だね!」
「聞いていません!」
「言ってないからね!」
「あなたは・・・っ!」
朱ちゃん先輩は今朝方、私のところにも来て同様のことを言っていました。
深く考えず知っている曲名を書いて手渡しましたが、まさかそんな重要なものだとは思いもよりませんでした。
(あれ、ってことはまずくない・・・?いや、母数がどのくらいあるかはわからないけど、私の紙が当たる確率は高くないはず・・・だよね?)
なぜ説明してくれなかったのかと抗議したいところですが、しーちゃん先輩が「聞かなかった私も悪いですが・・・」と自分を抑えながら先を促しているのを見て自重します。
「そして抽選結果は・・・先生お願いします!」
「いや俺知らないから・・・」
「あ、そう?では改めて・・・・・・The Peaceのmassesです!」
「うぇええー!?」
私は驚きのあまり立ち上がってしまいました。口元を抑えたつもりでしたが、素っ頓狂な声は指の隙間から漏れ出てしまったようです。
「急に叫ぶなよ恥ずかしいやつだな。」
「す、すみません・・・」
謝罪を入れつつ着席します。非難するような視線、呆れるような視線、心配するような視線を受けていたたまれなくなりました。
(やっぱりしーちゃん先輩優しい・・・でも、心配の対象は私の頭ではないよね・・・?)
ちなみに恋ちゃん先輩は我関せず、ずっと本を読んでいます。相変わらずマイペースな人です。
「masses・・・どんな曲なのでしょうか?」
「昨日、俺たちが音楽室に入ったとき弾いていた曲だな。」
「え?それってまずくないですか?あの何某が既に弾ける曲ってことですよね?」
「そうなるな。」
「まったく!誰だ敵に塩を送るようなことをしたやつは!」
「いや、軽音部の誰かが書いたかもしれないだろ。第一、コッキーのメンツで書きそうなやつはいな・・・い・・・」
いつしか、呆れるような視線は、疑いの視線に変わって私を捉えていました。
「ご、ごめんなさい!」
勢いよく下げた頭は机にぶつかりこそしませんでしたが、前髪が机の天板を撫でたのがよくわかりました。
「犯人はシノだったか!貴様まさか・・・軽音部の密偵か!?思えば軽音部の見学会から拉致ってきたわけだし・・・既に綾乃の鞭の味を知っているということか・・・っ!」
(鞭!?)
思わぬ言葉に勢いよく顔を上げます。前髪が崩れている気がしますが、それよりもここはちゃんと抗議しておかなければいけません。
「わ、私はエムじゃありません!」
先輩の私を見る視線が、何か痛々しいものを見るものに変わったと感じるのは私の勘違いでしょうか。
「・・・いや朱、飼い慣らされてるって言いたいんだろうけど上手くないから。」
「えぇっ!?」
「鞭がMって、なーに想像したのかなー?動物を調教する道具だよねー?」
顔から火が出そうです。今なら軽音部の部長さんの気持ちがわかります。
悪戯な笑顔を浮かべる朱ちゃん先輩を尻目に、私は下を向くことしかできませんでした。
(は、恥ずかしい・・・穴があったら入りたい・・・)
昔の人もなかなかに的を射たことを言います。確かに今ここに穴があったら入りたくなる気持ちもわかります。
しかし三国志の時代ならいざ知らず、現代の街中に人が入れる穴があるとは思えません。他に代わりになりそうなものはあったでしょうか。
(学校の近くにたぬき専用の抜け穴があるって聞いたことあるけど・・・)
その大きさや詳しい場所は知りませんが、もしかしたら私ひとりくらいなら入れるかもしれませんし、今度探してみるのも悪くありません。
(そういえば、しーちゃん先輩はたぬきが好きなんだっけ?)
「そ、それにしても、この選曲は少し作為的ではありませんか。あの何某の振る舞いといい、疑ってしまいます。」
私の視線を受けて何をどう捉えたのか、しーちゃん先輩は逡巡、話を進めるように水を向けました。その表情にぎこちなさがあるのは、もしかしなくても私のせいなのでしょう。
「シノがスパイだから・・・」
「それはもういいですから!」
「確かにあれは極端だけど、バンドマンなんてみんなあんなもの。」
「一花・・・それこそ極論では・・・」
「バンドにおける偉人はみんなどこかしら変。」
「・・・ノーコメントで。」
(あんな人ばっかりってどこの魔境なの・・・)
私はとんでもない世界に足を踏み入れてしまったのでしょうか。
「まーあんなクズのことより選抜メンバーを決めよう!」
「クズとはのっぴきならない言い方ですが・・・選抜ということは、この場にいる全員が勝負に参加するというわけではないということですね?」
「あ、私知ってます!ザ・ピースって3ピースバンドですよね?」
3人で演奏するから3(スリー)ピースです。言葉にすればそのままですが、その構成は様々で、最もメジャーなのはギター、ベース、ドラム、そのうちの誰かがボーカルを兼任します。
バンド演奏の最小単位とも言われる構成だと真紀ちゃんが教えてくれました。
「指宿、よく聞け。The Peaceの読み方にザはつかない。ザ・ピースとかザッピって言ってるやつはニワカだ。あとピースはベースボーカルとギターコーラスの2人プラス、サポートドラム1人のユニットだ。正確には3ピースバンドじゃない。それに曲によってはもう一人ギターが入ったりキーボードが・・・」
長台詞を捲し立てる先輩の表情は真剣そのものでした。ここまでこだわるということはよほどピースのことが好きなのでしょうか。
「もー細かいなー怜くんは。顔怖いぞ☆そんなんじゃモテないよー?」
「おま・・・別にモテなくていい・・・」
「強がっちゃってー。」
はたして、続く先輩の言葉を止めたのは朱ちゃん先輩でした。
朱ちゃん先輩が先輩の肩口を突っついている様子からはふたりの親しさを感じます。身を捩って朱ちゃん先輩から逃れようとしている先輩ですが、その表情が満更でもないように見えるのは私の気のせいでしょうか。
「忍、気にしなくていい。ピースのガチファンは昔から頭おかしいから。」
意外にも、声をかけてくれたのは恋ちゃん先輩でした。
「一花におかしいとか言われるとなんか複雑だな・・・」
「この男は!あなたの頭がおかしいのは事実でしょう!だいたい・・・」
しーちゃん先輩が先輩に食ってかかるのを尻目に、私は恋ちゃん先輩に疑問をぶつけます。
「あの、ピースのファンって怖い人たちなんですか?」
「怖いってわけじゃないけど、一部の熱量が異常。解散してしばらく経つけど、箱では未だに名前を聞くね。」
「はーい!おしゃべりは終わり!メンツを決めます!ドラム私、ベーボは・・・怜、キミにきめた!」
「俺に歌わせる気か!?」
「できるよね?やって。役目でしょ?」
「できない・・・わけじゃないが・・・」
「はい決まりー!あとギターコーラスは・・・・シノってギター弾きながら歌えるよね。出てみる?」
「私ギター始めたばっかりですよ!?無理言わないでください!ここは恋ちゃん先輩にお願いしましょう!あ・・・でもピースの曲はちょっと弾いてみたい、です・・・」
「私?うーん・・・私でいいの?」
「恋!お願いしもす!」
「・・・ん。いいよ。でもそれとは別に忍、massesの弾き方、教えてあげようか?」
「え!恋ちゃん先輩弾けるんですか!?」
「うん。ピースの曲は全部弾ける。」
「全部!?すごい・・・!あ、でも今日、私ギター持ってきてません・・・」
なぜ今日ギターを持ってこなかったのでしょう。いえ、理由は明白です。ギターをビニール袋で運ぶことを躊躇ってしまったからです。
「そうなの?じゃあ私のギター貸してあげる。朱、あと決めることは?」
「なーい!けど、決戦の日は2週間後の放課後だから、それだけは忘れないように!」
「わかった。忍あっちのソファーで練習しようか。」
恋ちゃん先輩にお礼を言いつつ、壁際のソファーに腰かけて準備ができるのを待ちます。
恋ちゃん先輩は「massesの音源持ってる?」と先輩に話しかけながら黒い大きなリュックからギターを取り出しています。スタジオで先輩も担いでいたあのバッグは、どうやら楽器を入れるためのものだったようです。
何もかも人任せで少し心苦しくはありますが、今はそれよりもmassesを弾けることのワクワクが大きくて、つい甘えてしまいました。
恋ちゃん先輩がギターを構え、先輩がスマホを片手に、私たちは3人で車座になって練習を始めました。




