表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/73

39 軽音バトル!①(抗争編)

1ZQ44 軽音バトル!(抗争編)①


【忍】

「お疲れ。」

 部室のドアが開き、恋ちゃん先輩としーちゃん先輩が入ってきました。

 バンド事情に疎い私からすると、なぜさほど疲れてもいないのに挨拶が「お疲れ」なのかは甚だ疑問ですが、郷に入っては郷に従えとも言いますし、ここは合わせるべきなのでしょう。

「お疲れ様です。」

 オウム返しに挨拶をして腰を浮かせます。ふたりの先輩に席を空けるためです。

「忍、移動しなくていいよ。」

 平坦な口調は恋ちゃん先輩のものです。浮かしかけた腰を上から押すような声に私は着席を余儀なくされました。

 部室の中央に向かい合わせになるように配置された机は5つです。サイコロの4にひとつ足したような形で、凸のような形になっています。

 恋ちゃん先輩は私の返事を聞くことなく、俗に言うところのお誕生日席に座るとカバンから取り出した本を開いて視線を落としました。

(マイペースなクールビューティーって感じの人だよね。)

 まったくと言っていいほど日に焼けていない肌。肩甲骨の下までのびたさらさらな黒髪。少し目の端があがった猫目。起伏に乏しい表情とその話し方も相まって、どこか浮世離れした雰囲気を感じます。

 ビューティーといえばしーちゃん先輩もそうです。恋ちゃん先輩がミステリアスな雰囲気だとしたら、しーちゃん先輩はおしとやかだと思います。

 柔らかな物腰に、丸目、朗らかな表情が印象的です。切りそろえられた前髪に高い位置のポニーテールは女の子らしく、身長が私より少しだけ小さいこともあり、小動物的な可愛さを感じます。

 ただ、ときより見せるキッとした目つきや、先輩と話しているときに食い気味になってまくし立てることもあるようでギャップもあるのですが、基本は品の良さそうな優しい雰囲気をまとっています。

(それにしてもこのふたり相当仲良いよね・・・)

 ふたりの先輩は腕を組んで、正確にはしーちゃん先輩が恋ちゃん先輩の右手を抱く形で、入ってきました。

 ただ、隣り合って座れる凸型の席のうち、それぞれ朱ちゃん先輩の荷物と私がいることによって、ふたり並んで座ることができませんでした。そうして気を回したつもりでしたが、今のこの様子を見るに余計な気遣いだったようです。

 しーちゃん先輩はニコニコしながら恋ちゃん先輩の髪をいて、束ねて、整えています。読書の邪魔をしないようにただひたすらに無言で、しかし笑顔で恋ちゃん先輩の髪の毛をセットしています。

(き、気まずい・・・私これ邪魔者じゃない・・・?)

 おふたりの雰囲気もあって、なんとなく私から話しかけるのははばかられました。そうしてスマホの画面を見ているフリをしている数分間、部室には本のページを捲る音だけが聞こえました。

「待たせたね!」

 しかし、幸いと言うべきでしょうか、そんな静寂も長くは続きませんでした。

 恋ちゃん先輩の頭上にひとつ結びのお団子が出来上がるころ、部室のドアが無遠慮に開かれて朱ちゃん先輩と手を引かれた先輩が部室に入ってきました。


【怜】

 朱に強制連行された場所は、やはりと言うべきかコッキーの部室だった。

 まったく何も聞かされない状態で「とにかく来て!」とだけ言われて連れてこられたのだが、こちらの事情も考えて欲しい。これは姉貴に今日行くように言われていたお菓子屋には行けないかもしれない。

(ったく変な汗かいちまったじゃねえか・・・)

 左手首を掴まれて校舎を行脚あんぎゃする羽目になった俺はさながら散歩に連れられる犬。誰が拒否もできない朱のイヌですか・・・

「それで、何があったんだよ?」

「それはシノから!」

 手のひらの汗を制服で拭いつつ、適当な椅子に腰掛ける。未だ突っ立っている朱に水を向けたつもりだったが、説明は指宿に丸投げらしい。

「え、えっと・・・私、コッキーに入部できないんです。」

「・・・朱に何かされたか?」

「なんで私限定なんだよ!」 

(だって、何かやらかすのいつもおまえじゃん・・・)

 言葉にはしないものの、白けた視線を向けてニュアンスを伝える。声に出さないのは予想が外れた時のダメージがデカいからだ。おそらく今日中はコマ遣いにされることだろう。イヌになったりコマになったり大変ですね・・・

「いえ、朱ちゃん先輩は特に?」

 危なかった。あのまま口にしていたら今ごろ超獣合体してコマイヌになっていたところだ。結局、犬なんだよな・・・

「朱さんではない、ですか?」

「はい。軽音楽部の田中先輩が・・・」

「こうしちゃいられねえ!軽音部にカチコミだ!」

 橘が先を促し、指宿が答えた矢先、堪えきれなくなったというように朱が駆け出していた。まさかすぐ動けるようにずっと立っていたのだろうか。

(はあ・・・俺まだ何も聞いてないんだけど・・・)


【朱】

 部室を飛び出し目指すは音楽室。ちらと後方を確認すれば後に続く部員たち4人。その会話に聞き耳を立てればシノから事情を聞いている様子だ。

 実に結構。ディスカッションならともかく、わかりきっていることなんて移動中にでもすればいい。時短、大事。

 音楽室が近づくにつれ楽器の音が大きくなる。そしてそれはやたらめったら無秩序なものではなく、1つの曲を構成しているのだとわかる。

 仮にバンド練をしているのだとしても構わない。躊躇うことなく音楽室のドアを開けると、予想とは違い、軽音部はその部屋の前方にステージを構え、ライブをしていた。

(綾乃はどこかなー?)

 さすがの爆音で、私たちが部屋に入ったことに誰か気づいた様子はない。別に入室に許可なんて求める必要はないが、ひとまず綾乃をいじって・・・一声かけておこうとその姿を探す。

 しかし、見つけたその姿はなんとステージの上。手が出せなかった。

 ただ曲はすでに終盤だ。そろそろ終わるだろう。仮にこの一曲で演奏が終わらなくても残り数曲もすればステージからおりるだろうし、それまでは待機だ。

(おっと終わったかな?)

「おうおう!綾乃さんよ!うちのシマのモンに手ぇだすとはどういう了見じゃ!」

「きっちり落とし前つけてもらおうかのー。」

「ふたりとも柄が悪いです・・・」

 ステージをおりた綾乃を恋と汐と一緒に取り囲んで問いただす。いやしかし急に来た自覚はあったつもりだったが、綾乃の表情が驚愕ではなく辟易といった感じだったのはどうしてなのだろうか。

(というか、さっきの教室のこともそうだけど、この子案外ノリ良いな。)

 何となく恋とは馬が合う気がしていたけれど、もしかしたらノリやギャグのセンスも似ているのかもしれない。あ、この子のギャグセンはユニバースだったの忘れてた・・・あれ、ってことは私のセンスもユニバースにならない?

「いきなり来て何なの・・・わかるように話しなさい。」

「な、なら単刀直入に!シノこと指宿忍の仮入部届けを返すんだ!あ、もらおうかのう!」

 恋との意外過ぎる共通点に戦々恐々として思わずどもってしまった。私のセンスは人並みのはず・・・

「仮入部届け?指宿さん・・・私は預かってないと思うけど・・・」

「あくまでシラを切るハラかい!」

 なんと容疑者は知らぬ存ぜぬで通すつもりらしい。やめて!これ以上罪を重ねないで!

(さても、綾乃がこんなことで嘘をつくとは思えない。綾乃が知らないとなると・・・)

「朱ちゃん先輩、たぶんですが田中先輩が持っているんじゃないかと・・・」

 綾乃の言葉に逡巡。綾乃に聞きたいことももうないので別れを告げようとしたとき、先ほどまで怜とふたりで話し込んでいたシノがおずおずといった声音で話に加わってきた。

(田中ねー・・・)

 正直、あのうすら寒い男に会うのは遠慮したい。というか普通に会いたくない。しかし。

「ならその田中っちゅうモンを出してもらおうかの!」

 ここは可愛い後輩のため。私の冷蔵庫確保もとい、コッキーの存続のため、ここは頑張りどころだろう。

(そういえば、恋はいつ頭にしまりんだんご増設したの?)


【忍】

 音楽室からはどこか聞き覚えのある曲が漏れ聞こえてきます。

 はやる気持ちを抑え、先輩のあとに続いて最後尾で音楽室に入ります。

(この曲ってもしかして・・・?)

 部屋の中は熱気で満ちていました。湿度もかなり高く感じます。それもそのはずです。この狭くはない音楽室の約半分が人で埋め尽くされていて、また一様にステージに視線を向けているのですから。

(熱視線・・・というわけではないようですが?)

 それこそ、田中先輩がいる周辺は女の子たちの熱いものを感じますが、それ以外の大半の人は曲に耳を傾けているだけといった感じです。

 曲に集中していると言われればそうなのかもしれませんが、はたして、そうとは言い切れないような気がしました。

 やがて曲が終わり、まばらな拍手に押されて演奏していた人たちがステージをおりていきます。その中には知った顔、田中先輩と部長さんの姿もありました。

「ピースね・・・」

「へ?あ、やっぱりそうですよね!」

 演奏後の喧騒に包まれる音楽室で、ボソッと呟かれた声は先輩のものです。隣で腕組みをしながら背中を壁にあずけている姿は妙に様になっていました。

「え、急になに・・・」

「いま田中先輩たちが弾いてたのってThe Peaceの曲ですよね!?」

 困惑の表情を浮かべる先輩に対して、私は知っている曲が演奏されたこともあり、ひとり興奮していました。

「そうだな。」

 対して先輩はただひとこと。ざわざわとさざめく音楽室で、少しだけ低い先輩の声に違和感を覚えました。

(なんだか・・・あ、そういえば勢いで聞いちゃったけど、先輩ってThe Peaceのこと知ってたのかな。)

 聞くところによると、The Peaceは一部の人たちの間で熱狂的な人気があるバンドだといいます。現に木下さんは知らないようでしたし、私も知りませんでした。ということは、先輩はその一部の人たちということなのでしょうか。

 The Peaceのことをほとんど知らない私ですが、今の曲には聞き覚えがありました。

 それは高校入学前の冬のある日、駅前でギターを弾き語りしていたあのお姉さんが弾いていたものだと思うのです。

 以前に聴いたものとは楽器の数も曲調も全然違いますが、それでもこの印象的なメロディーは聞き間違えるはずがありません。

(でも曲の名前が・・・お姉さんが言っていたと思うんだけど・・・!)

 あの日、弾き語りをしていたお姉さんにThe Peaceのことを聞いてすぐにレコードショップに行ってみましたが、結果は残念、The Peaceの取り扱いはありませんでした。

 音楽ストリーミングサービスや動画サイトでも調べてみましたが、ことごとく惨敗、それ以降の手がかりを失ってしまったのでした。

(いやしかし、一度はなくしてしまった手がかりがこんなに近くにあるとは思わなかった。)

 こうして先輩と話していてなんとなく嬉しくなってしまうのは、きっとずっと知りたかったことの手がかりを見つけた感動からなのでしょう。

「先輩はさっきの曲の名前を知っていますか?」

「ん?あの曲はmassesマシスだな。ピースの中でも茜が好んでよく弾いてた曲だ。」

 多分な期待を込めた問いに、先輩はこともなげに応えてくれました。しかも、相当詳しそうな気配を感じます。急に出てきた茜という人がどなたかはわかりませんが、わざわざ名前を出したということはThe Peaceにとって重要な人か、あるいは先輩自身に何か思い入れがあるということなのでしょう。

(もっと先輩とThe Peaceの話をしたいけど・・・)

「あの、茜というのはd・・・」

「あくまでシラを切るハラかい!」

 二の句を継ごうとした私の言葉を遮ったのは朱ちゃん先輩の声でした。

 その言葉が冗談か本気か私にはわかりませんが、朱ちゃん先輩の問いただすような言葉が聞こえたのは事実です。

「先輩、行きましょう。軽音楽部の部長さんが困っています。」

「・・・そうだな。」

 先輩はため息をひとつしてから朱ちゃん先輩のところに歩を向けました。

 斜め後ろからついて行き、ちらと見た先輩の横顔に少しだけ影があると感じるのは私の気のせいなのでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
閲覧ありがとうございます。面白いと思っていただけましたら、
評価・ブックマーク等、よろしくお願いします。執筆の励みになります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ