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36 自分のものなのに、自分より他人によく使われるものってなーんだ?①

【怜】

 ひとり長い廊下を歩き、部室ぶしつを目指す。

 手には甘いお菓子。自分では食べないが、朱に用意しろと言われたので先ほど購買で買ってきたものだ。

「っかれっす・・・」

 程なくして着いた部屋のドアをノックなしで無遠慮に開ける。自分の部室だ。誰に配慮することもない。

「お疲れ!怜やっときたね!」

 元気な声、あるいはうるさいとも言う。視線の先では、それまでおしゃべりに興じていただろう朱が手を上げてこちらを振り向いていた。

 後手にドアを閉め、入室する。部屋の中央には学習机と椅子。あるいは、おしゃべりと言えば、4つの学習机を囲むようにして三人官女ならぬ三人姦女が車座を形成している。文字に直すと女が4人になっているが、これはこれでいい。

「秋津くん。聞きましたよ。新入生が入部してくれるというのは本当ですか?」

 車座の一部、手短な椅子に腰掛けつつ、橘に頷きを返す。隣に座る朱が妙に近く感じられて、気づかれない程度にこっそりと椅子を引いて離す。サイコロの4を不恰好にした感じだ。

「いつ来るとは言ってなかったが、そのうち来るだろ。」

 俺が担任からの呼び出しを受けているうちに放課後はすでに30分ほど過ぎていた。

 指宿に遭遇したのが土曜日。一日置いて今日が週明け最速の部活の活動日になるわけだが、入部すると言いに行くるならこの放課後だろう。

「さーすが怜!新入部員を連れてくるとは仕事ができる男!頼りになる!んでんで、新入生さんのお名前は?」

 喜色満面、朱はバシバシと勢いよく肩を叩いてくる。嬉しいのはわかるが、赤くなるのでやめてください・・・

「指宿だよ。知ってるだろ?橘が拉致ってきた片割れ。」

「え?指宿ちゃん?やるなー怜。まさか女の子を引っ掛けてくるとは!」

「おい、言い方には気をつけろよ。俺が軽薄なやつみたいじゃん。」

「確かに。秋津が女の子を口説いてるなんて想像できない。釣りで例えると魚じゃなくて地球釣ってるイメージ。」

「なぜ釣りで例えたのか全くわからんから不思議ちゃんはちょっと黙ろうな。」

 本当に意味がわからん。独自の世界観を持っていることは悪いとは思わないが、こっちを巻き込まないでほしい。ちょっとこのへん電波飛んでますね・・・

「この男は!イチカの超高度な思考が理解できない自分を棚に上げて!だいたい・・・」

 超高度とか言っちゃってるよこの子。もし超高度の電波が拾えるなら荒川の橋の下でも暮らせるかもしれない・・・

(まあ、電波を観測している時点で俺も橘も末期患者なんだよなあ・・・)

 厨二病と電波系は親和性があるとはいえ、この少女らと一緒にされるのは何か違う気がして、つい苦笑を漏らしてしまった。

「あ、あの・・・」

 橘が捲し立てる声を聞き流しつつ益体もないことを考えていると、ふいに背後から声が聞こえた。その声に振り返れば、もはや見知った顔。

「お!待ってたよー指宿ちゃん!」

 おずおずとした声はそれでもはっきりと聞こえ、指宿は部室のドアを少しだけ開けて顔を覗かせていた。

 出迎えとばかり、駆け出して行った朱は指宿の手を引いて誘導する。そうして座らせた席は先ほどまで朱が座っていた場所。

 別段ねめつけているわけではないだろうが、ちらとこちらを見た指宿の視線に目力を感じたのは気のせいだろうか。

(お主もまだまだよのう・・・)

 さっと腰を浮かせた指宿は、俺から離れるように椅子を引きカラカラと微かな音を立たせた。

(そういうのはばれないようにやってほしい・・・傷ついちゃうだろ・・・)

 もはや車座はサイコロの4から台形のような形になっていた。


【朱】

「改めて!いらっしゃい指宿ちゃん。入部してくれるって聞いてるけど本当?」

 壁際にあった適当な椅子を引き寄せて座る。場所は俗言うお誕生日席。今日は私が主役ではないけれど、新入生をこんな目立つポジションに置かないくらいの配慮は私だってできる。

「あ、はい。その、入部させてください・・・」

 胸の前で両のこぶしを握り締め、半身を向けるその姿は愛らしく、また何か構えているようにも見えた。

(なんだファイティングポーズか?やんのか?しっかしこの子、ちゃんと見ると可愛いな。女子に人気がありそうなタイプではないけど。というか嫌われそう?)

 愛らしいと感じたのは間違いではないのだろう。本人の甘いルックスに庇護欲をそそられるような態度が相まって、少女漫画のヒロインのような可愛さを感じた。

 しかし、それだけではない。可愛さだけではないこの感じ。初めてこの子を見たときに感じた、芯がある視線。

(あれから結構経ったけど不思議なこともあるもんだな。)

 いやはや、まさかギターを貸したその子が入ってくれるとは思わなかった。

 ギターを借りた負い目で入部すると言うようなら追い返したところだが、話を聞く限りどうやらそうではないらしい。

 その物言いは決して歯切れが良いとは言えなかったが、それでも私の目を見るその表情に迷いは無かった。

「いいよいいよー!うぇるかむかもーん!して諸君、宴の品は用意したかね?」

「当たり前田のクラッカー。」

「クラッカー?イチカはクラッカーを用意したのですか?」

「お前いくつだよ・・・」

「はーいおしゃべりはそこまで!じゃあ全員机の上に出しなさい!」

 再びおしゃべりが止まらなくなりそうな気配を感じて意図的に遮る。誰もかれも協調性がなさすぎる。

 さても、机に広げるのは、今朝方に怜から新入部員が来るという話を聞いて急遽用意したウェルカムスイーツだ。

(ま、スイーツと言っても購買に売っているお菓子なんだけどね。)

 私が音頭を取って、全員が机の上で一斉に披露する。私が用意したのは渾身のギャグだ。ふふふ。みんな驚くぞ・・・

「いくぜ!3(スリー)、2(トゥ)、1(ワン)、ゴーシュート!!」

(ばかな・・・)

「おい朱、どうすんだよこの状況・・・」

 いつか誰かはやると思っていた。だからこそ私が一番にやりたかった。

「まさか満場一致でポッキーとは意外です・・・」

「コッキーでポッキー・・・ふふ。」

 ワンチャン、一花さんとは被るかもしれないとは思った。しかし、ふたを開けてみればどうだろう。

「全員してポッキーとか信じられねえ!」

「・・・別にいいだろ。トッポよりポッキー派なんだよ俺は・・・」

 怜の趣味なんて知らん。そんなことどうでもいい。ポッキーの中身がプリッツであることと同じくらいどうでもいい。

「ま、いいや。ポッキーうまいし。指宿ちゃんもポッキー食べて!無限にあるから!あ、汐。そっちのポッキーちょーだい!」

「どちらでも味は一緒でしょう・・・」

(わかってないなー。汐のはノーマル、私のは極細なのだよ!)

 汐からポッキーをもらいつつ、生返事の指宿ちゃんにポッキーをさしだす。さても、お菓子の箱開けるのってなんでこんなにワクワクするのでしょう!

「そういえば、黒江さんはしぃのこと名前で呼んでるんだね?」

「え?うん。」

 ポッキーを口に運びつつ応える。口が塞がっているタイミングだったし、説明不足気味なのは勘弁してほしい。

 汐が一花さんに差し出したポッキーは中ほどで折れ、砕けた破片がハラハラと中を舞っているのが見えた。

「い、イチカ、気になりますか・・・?」

「うん。まあ、ね?」

「そうですか・・・」

 何か、右斜め前方のから花の香りがするのは私の気のせいだろうか。


【汐】

 それまでイチカにあーんをして楽しんでいたところに冷や水を浴びた気分でした。

 朱さんと接する機会はイチカと私とではほとんど差がありません。朱さんとの接点は音楽の選択授業だけだったからです。

 だから、いつの間に仲良くなったのかと、それはイチカにとっては素朴な疑問なのかもしれません。

(ま、まさかあの出来事を話せるはずもないですし・・・)

 イチカに対してはひとことで済ませた朱さんは、指宿さんに話しかけられて他愛もない会話をしています。その様子を見るに朱さんはあの件について何か言うつもりはないようです。しかし。

「い、イチカ!これはその深い意味はなくてですね・・・」

 私の心情は平静とは程遠いものです。空回りする思考は碌な言い訳を考えてはくれません。しかし。

 イチカが私のことを気にしてくれているその感覚は、嫌いではありませんでした。

 心臓は早鐘はやがねを打ち、手には汗を握るほどにも関わらず、私は喜んでいたのです。

 全身が熱くたぎり、ジリジリと胸を焼くその感覚は徐々に広がって私の腰を撫でました。

「そうだ、せっかくだし一花さんのこと名前で呼んでいい?」

 突然飛来した言葉は朱さんのものです。答えあぐねている私には渡りに船というところですが、その言葉には引っかかりを覚えざるをえません。

 朱さんはお菓子のふたつめの袋を開けつつ前のめりに机に肘をついていました。「私も名前で呼んで!」と言い加えるその表情は否を許さない迫力がありました。

(まあ、良くも悪くもイチカはそんなものに流されませんが・・・イチカは嫌なのでしょうか・・・?)

 イチカは見た目には物事に頓着していないように見えますが、その実、我が強い性格です。

 嫌なことははっきり否定しますし、雰囲気に流されることはまずありません。

「ん。モーマンタイ。」

「それってもはや死語だろ。一花、やっぱり歳誤魔化してね?」

「ん?恋のそれは広東語かんとんごじゃないの?それか虎杖いたどり?」

「違う。テリアモン。可愛い。」

「デジ〇ン世代じゃないだろ・・・」

 だからこそ、その答えはイチカが思っていることをそのまま表しているのです。

(否定しないということは・・・少なからず朱さんに好意を持っているというところでしょうか・・・)

 返す言葉が思いつかない中、イチカの気が逸れたのは助かりましたが、少しだけ気になってしまうのは狭量というものなのでしょうか。

 自己嫌悪に陥りそうになり、努めて意識を切り替えます。反省は自分のへやでやればいいのです。

(それにしても会話の意味がわからない・・・)

 この3人には伝わる共通認識があるのでしょう。

 そう、3人には。

「えっと、お名前聞いてもいいですか?」

 苗字は知っています。だからこれは言葉のあやです。あくまで自己紹介の切っ先を作るためのものです。

 3人の意味不明な会話に入れなかったのは私だけではありません。指宿さんも同様です。

 もっとも、当の指宿さんは先ほどからその視線を秋津くんと朱さんの間を行ったり来たりさせ、せわしなくしていました。

 しかして、イチカにはあまり視線を向けません。それが興味がないのかというとそういうわけではなく、秋津くんを見る視線、そして朱さんと秋津くんが話している様子を見る視線に熱量を感じるのです。

 それが会話の切っ先を探しているのか、はたまた違う何かなのかは確定できませんが、今日来たばかりの1年生を放置しておくのは不義理だと思ったのです。

「この子は指宿ちゃん!ギターっ子だよ!下の名前は・・・えーと、花子だっけ?」

「し、忍でしゅ!」

 慌てふためくその顔は羞恥が張り付いていました。

 そうして真っ赤に染まったその顔は行き場を無くし、そのまま伏せられてしまいました。

20230525サブタイトルの附番を変更しました。

A.名前

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