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35 どうやら私はアザといラシい。ソんなこと思ってもみなかったけれど、フト気がついた。RD:0625

【忍】

 部屋を出てしばし、徒然つれづれに歩き、足を止めたのは椅子が並べられた開けた場所です。自動販売機が置いてあることからも、おそらくここは休憩スペースなのでしょう。

 しかしそこには誰もおらず、私より先に出て行った男の子ふたりの姿もありませんでした。

 私は手短な椅子に腰掛けて時間が過ぎるのを待ちます。慌てて出てきたせいで、部屋にスマホを置いてきてしまいまい、時間を確認することも、暇を潰すこともできませんでした。

 しかし、身体的にも精神的にも熱が上がった私には、クールダウンできるこの時間はかえって良かったのかもしれません。

 初めてのセッションに対する緊張、音を奏でる興奮がない混ぜになったこの感情は今までに経験したことがない高揚となって私の胸を打ちました。

 滲む額の汗をハンカチで拭いつつ大きく息をつきます。スタジオがこんなにあつい場所とは知りませんでした。次からは制汗シートを持ってきた方がいいかもしれません。

 熱を吐きつつ、どこかの部屋から漏れてくる楽器の音色を遠くに捉えBGMにして私はただぼうっと天井を眺めていました。

(あれだけ好きにまっすぐになれるってすごい・・・)

 思い至るのは甘声・・・いえ、木下さんのことです。

 正直、あれだけ言われればさすがの私もムッときます。演奏を終えて、あなたより弾けるんだぞと優越感を持たないこともありません。

 しかしそれをしてなお、上回るものがありました。

「なんだか勇気をもらった気がするよ・・・」

 あれだけのエゴイズムを見せられれば、私だって少しはわがままを言っても良いのかもしれない、そんな奇妙な後押しをされた気分でした。

 期せずして軽音楽部に入らないこと、バンドを辞めることを伝えようと再度気持ちを固くすることになりました。

「待たせたね・・・」

 ふと発せられた声に顔をあげると、そこにはなんだかゲンナリした様子の真紀ちゃんが立っていました。

 私は問題ない旨を伝えつつ立ち上がり、数歩駆け寄ります。

(聞くなら今だよね・・・?)

 なんだかお疲れ気味のようですが、ちょうどここには誰もいません。こればっかりは今日中に判然とさせておきたいのです。

「真紀ちゃん・・・私のこと好き?」

 答えを聞くまで逃がさないように真紀ちゃんの袖を掴みます。それは、真紀ちゃんを手放してはならない、そんな予感に囚われて口をついた言葉でした。

「い、イブっち・・・その、ウチはそういうのに偏見はないつもりだけど・・・ごめん。イブっちの気持ちには応えられない・・・」

 あからさまに私の意図とは違う答えに一瞬わけわわからなくなりました。

 そして自分の言葉を顧みて逡巡。大変に恥ずかしいことを言っていることに気づき、思わず真紀ちゃんから距離を取って頭を下げていました。

「ご、ごめん言い方が悪かった!真紀ちゃん、私のこと嫌ってるわけじゃないんだよね!?あと私の恋愛対象は男だから!男が好きだから!」

「え、むしろウチがイブっちに嫌われてると思ってたんだけど・・・?」

「え?」

 互いに見つめ合う沈黙。しかしてそれはロマンチックな代物ではなく、ポカンと間の抜けた表情の晒し合いでした。

「ぷっははは!もう・・・イブっちとは馬が合うんだか合わないんだか・・・」

「なんだか、すれ違ってたみたい・・・?」

「そうみたいだね。うん。ウチはイブっちのこと好きだよ。もちろんLikeの意味でね。」

 目に涙を湛えて笑う真紀ちゃんのその表情は先ほどまでの鬱々としたものではなく晴れやかなものに変わっていました。

「それにしても、男が好きって・・・まるで男好きみたいな言い方だね。まあ、イブっちっぽい言い回しだけど。」

「わ、私そんなにチャラくないよ!?」

「うんうん。なんとなくわかるよ。でもそういうところからあざといってかんt・・・」

「真紀ぃ!どこにいるの!」

 真紀ちゃんの言葉を遮ったのは、少し枯れた女の子の声でした。

 廊下の影から現れたその姿を視界に捉え私は、いえ、現れたその人、木下さんも同様に硬直してしまいました。

「・・・・・・その。」

「は、はい!」

 声が上ずっていなかったか、自分ではわかりませんでした。

 あんなことがあった後です。今度はどんな言葉を言われるか、それだけに神経を集中して言葉の刃から心を守る用意をしました。

「ごめんなさい・・・」

「へ?いや、その・・・」

「二度とは言わない!それにあなたには負けない!」

 その言葉は予想外でした。

 正直、どんな罵詈雑言が飛び出すか、そればかり気にしていました。しかし事実はその逆。さっきまでのエゴむき出しの態度はどこへやら、その殊勝な態度は真紀ちゃんに何か言われた結果なのでしょうか。

「もう行く!今日は中野屋のパフェとあんみつ、ふたつ食べてやる!真紀ついてきなさい!」

「わかったって。なんであんたは昔からそう・・・はあ、ごめんイブっち。また今度ゆっくり話そう。」

「う、うん・・・」

 去り行く真紀ちゃんの表情は再び浮かないものになっていましたが、それでも木下さんに付き合ってあげるのは、やはり真紀ちゃんの義理堅い性格故なのでしょうか。

 真紀ちゃんを取られたのは残念ですが、誤解も解けたことですし、これから話す機会はいくらでもあるでしょう。

 さても、今日の練習は中止のようなので、ひとまず私もギターを回収するために部屋に戻りました。

 既に部屋の中は片付けられており、私のギターだけが壁に立てかけられていました。

(性格、ね・・・)

 部屋を出て受付カウンターに向かう中、真紀ちゃんと木下さんに言われた言葉がグルグルと頭を巡りました。

 正直、自分があざといとは思ってはいませんでした。

 いえ、本当は少しだけ心当たりがあります。今ならわかる気がします。

 ひたすらに協調と同調を繰り返していた過去、周りにいい顔をしたいがために愛されるようなキャラを演じていました。そしてその中で身についた好意を持ってもらう方法、おそらくそれこそが私のあざとさの正体なのでしょう。

(何の役にも立たなかったけど・・・)

 きっと、私のこれは中学生のときに身に着いたことなのだろうと思います。少なくともそれより以前の私は女の子からやっかみを込めた視線を向けられることはありませんでした。

(そうであれば、あのことの発端は・・・)

「げっ・・・」

 沈みかけた気持ち、過去に向いた意識は、しかして、たったひとことで現実に引き戻されました。

「いい加減失礼じゃないですか?」

 もはや慣れてしまったこの第一声。部屋を出て、ばったりと会ったその人は先輩でした。

「悪かったよ。じゃ・・・」

「その言葉は前も聞きました!全然悪いと思ってないじゃないですか!」

「細かいやつだな・・・いいんだよ。謝罪なんて形だけで。」

「謝罪する相手を前にしてそれを言いますか!?」

「じゃあ聞くが・・・ある男が酒に酔ったまま車を運転し、通行人を巻き込む事故を起こしたとする。男は酒が抜けてから巻き込んだ通行人に謝りに行ったが、通行人は男を許せるだろうか。ましてや、その通行人が亡くなってしまっていたら、親族はどう思う?」

「それは・・・」

「高々、1回か100回かそこら謝られたくらいで相手方の気持ちは収まるのか?大抵、謝って救われるのは加害者の方だけだ。そして俺はそれを知っているから謝罪が必要な時は形式以上のことはしない。」

「ち・・・」

「ん?」

「厨二病!」

「ぐっ・・・おまえ、性格悪いって言われない?」

「ほ、本当に失礼な人ですね!」

 なぜ他人に対してこんなにもズバズバとものを言えるのでしょうか。

 人の顔色を窺ってばかりだった私とは対照的なその態度に、頭に血が上りながらも、どこか嫌いになれないのはなぜなのでしょうか。

(何なの!言っていることは絶対間違っているのに!)

 親族以外、誰かと喧嘩なんてしたことがなかった私にとって、こうした言い合いは違和感を感じます。

 しかしその中に心地よさを感じるのはなぜでしょう。

「うまく言えませんが先輩は間違ってます!」

 頭に血が上り、心臓が早鐘を打ち、胸がザワザワする感覚、それはおよそ初めての感覚でした。

「な、なら、うまく言えるようになってから出直すんだな。

 取り乱しているのは私だけではないようです。一歩下がり、言い淀む先輩もおそらく無傷ではないのでしょう。それは私の言葉が深く突き刺さり、狼狽うろたえているようでした。

「もう!」

 言い返すことができないもどかしさは私の中から溢れ、その発露は腕を振って抗議するという極めて稚拙なもでした。

 それでもどうにか言い返す言葉を探しますが、どれだけ考えても妙案は出てきません。

「あざと系性悪女め・・・」

 そのひとこと、ふっと身体から熱が抜けていく感覚は、それまでヒートアップしていた私は冷や水を浴びせられた気分でした。

 あざとい、それは今最も私の琴線に触れる言葉です。

 先輩の口から聞くことになるとは思いませんでしたが、出てきたということは少なからず先輩も私のことをあざといと思っているのでしょう。

「・・・・・・つい朱にするテンションでしゃべっちまった。悪い・・・」

 何も言わない私を気遣うように、先輩は自らの首をほぐすように揉みながら謝罪を口にしました。そう言う先輩の表情に後ろめたさがあるように見えたのは私の気のせいなのでしょうか。

(クロエ先輩と同じ、か・・・)

 その言葉になんとなく胸が熱いのは、さっきまで気勢よく話していたせいでしょうか。

 あるいは、あれだけ仲が良さそうに話している人と同じように扱ってもらったことが嬉しかったから・・・

「先輩は・・・あざとい女の子をどう思いますか?」

「そうやって聞いてくるところが最高にあざとい・・・」

「茶化さないでください!」

「なんで俺がそんなこと言わなきゃ・・・別にいいじゃねえの。好きに生きれば。性格なんて人に言われて変えられるものでもないだろ。」

「そう、ですか・・・」

 なぜ、先輩の言葉に一喜一憂してしまうのでしょうか。

 それは、この人の物言いが極端で私の中の常識に一々がぶつかるからなのでしょうか。あるいは・・・

「先輩。」

「え、なに・・・」

「私、コッキーポップ同好会に入部します。」

20230525サブタイトルの附番を変更しました。

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