30 真実はいつもひとt・・・え、犯人はヤス?
【忍】
晴天も昼下がり。春の麗らかな陽気の下、土曜日の駅前は行き交う人で混雑していました。
首を巡らせれば、周りには着飾った女の子たち。コーヒーチェーンのカップを手に、楽しそうにおしゃべりしている様は鮮やかに彩られ、輝いて見えました。
(かくいう私はギター片手に制服で行く・・・)
対照的に私の気分は鈍色。いつもと変わり映えのしない制服。寂しくひとり。気乗りしない道中。
心ばかりの反抗心でいつもより少しだけスカート丈を詰めましたが、あの女の子たちの青春の輝きの前では無意味に近いものでした。
そんな中、チラチラと窺うような、好奇の視線を感じるのは私の被害妄想なのでしょうか。
(ちょっと短くしすぎたのかな?)
あとでスカート丈を戻そうと心に決めて、私は駅を後にしました。
さても、私が休日まで制服を着ているのには訳があります。
今日の目的地は音楽スタジオ。一応、バンドの練習ということで向かっている最中です。
一応、というのは何も私の態度を反映しての言葉ではありません。そんなに高慢になった覚えはありません。
それは真紀ちゃんとコッキーポップ同好会のステージ演奏を見る前に話していた時のことです。
軽音楽部で組んだ甘声さんたちとのバンド、その曲で私が練習していたギターのパートが違っていたことがわかりました。
本来、私が任されたのはリードパートであり、私がわからないまま練習していたのはギターボーカルパートだったのです。
それがわかったのがつい昨日のことですから、もうどうしていいかわからなかった私ですが、そこへ手を差し伸べてくれたのが真紀ちゃんです。今日の練習は自分が行くから、行かなくて良いと言ってくれたのです。
(そうは言っても、ね・・・)
流されてしまったとはいえ、自分で始めたことです。やはりケジメは自分でつけるべきでしょう。
しかし、正直に言えばあまり気乗りしていないのも事実です。
それはバンドを抜けると言わなければならないこと、真紀ちゃんに嫌われている手前、顔を合わせづらいこともあるのですが、その前に乗り越えなければならない壁があります。
(音楽スタジオに制服ってやっぱりおかしかったかな・・・)
スマホで調べた限りでは、学生が制服で利用することなんてよくあることだと出てきました。それに加えてスタジオに馴染む、つまり浮かないファッションだったらなんでもいいと書いているページも見つけました。
それ自体は安心材料ではあったのですが、私が持っている服でどれが場に溶け込めるのか、それがわからず結局制服で来てしまったのです。
(バンドマンのイメージって、広いつばの帽子被ったオシャレ系か、さもなくば、袖がないデニムジャケットを着たモヒカンってイメージなんだよね・・・)
残念ならが私は大きな帽子もデニムのジャケットも持っていません。最悪モヒカンにすることはできるかもしれませんが、モヒカンに制服を着た自分の姿を想像しただけで寒気がしました。
しかし浮かない服装とはやはりそういった、バンドマンっぽい格好なのでしょうか。
(あれ、でもモヒカンってバンドっていうより、あの「あたたたたーっ!」って言う世紀末なイメージになるのかな?)
どちらかと言うと私の今の気分の方が終末を迎えそうではありましたが、つらつらと考えているうちにどうやら目的の場所についてしまっていたようです。
なぜ、初めて行く場所にも関わらず気もそぞろのまま辿り着くことができたのか。
スタジオは普段通っている道、その一角のビルにありました。
何を隠そう、家業である和菓子屋の店舗、そのお向かいさんだったのです。
(こんなにご近所にあったなんて気が付かなかった。これが灯台下暗しってやつなのかな。)
せっかくならお店に顔を出そうかとも思いましたが、混み具合を見るに、何かにつけて手伝いを要求されそうだったのでそっと顔を逸らして先を急ぎました。
(香織には悪いけど今日は私も手一杯だからね・・・)
妹に心の中で謝ってから、看板を見てスタジオがある階を確認します。6階のようですし、上る方法を探していると、少し奥まったところにあったエレベーターがありました。ボタンを押してしばし、カゴが降りてきて乗り込みます。
上昇していく感覚が腰のあたりを刺激して、なんともソワソワした気分になってしまいました。
(どうか怖い人がいませんように・・・)
到着のアナウンスとともに開いたドアの先にはカウンターがありました。そしてカウンターの前を通るように通路が敷かれ、左右に伸びています。
カゴから出て、恐る恐る様子を窺います。人の気配は感じるものの、見える限りには人影がありませんでした。
「す、すみませーん・・・」
少し迷ったものの、いつまでもじっとしているわけにもいきません。意を決してカウンターの奥の方に向けて声をかけてみました。
しかし反応はなく、もう一度同じように声をかけようと口を開いたその時です。
「お?っしゃせー!お客様ご来店です。よっ!いらっしゃいまs・・・あ、やべ飲み屋じゃなかった。・・・お疲れ様でーす!」
怒涛のように繰り広げられた独り台詞は私には馴染みない挨拶で締め括られました。
「も・・・」
面食らってまともな挨拶もできませんでしたが、朧げながらも反応を返せたのは私にしては上々ではないでしょうか。
「はい?」
人を見かけで判断してはいけないとはいえ、人との出会いは第一印象が8割を占めるとも言います。ですから。
「モヒカンだ!?」
私のこの態度は許してもらえないでしょうか。
(ど、どうしよう!私失礼な!つい口が滑っちゃった・・・絶対気分悪くしたよね。私もモヒカンにされちゃう・・・)
混乱する頭は意味不明なことを吐き出し、私をさらなる混乱の渦に巻き込んでいました。
モヒカンのお兄さんは20代後半くらいに見えます。髪の毛をいじりつつ得意げな顔を浮かべているその様子は気分を害しているようには見ません。むしろ好意的な印象すら受けました。
「お、これっすか?目の付け所が良い・・・って!お姉さんマジっすか!ロックっすね!」
私の混乱もよそに、目の前のモヒカンお兄さんは興奮気味にカウンターに手をつきました。
マジマジと見るその視線は、私の手元から始まり頭まで、カウンター越しに見える範囲を見回しました。そうして最後に私と視線をぶつけて「はえー」と感嘆の声を上げています。
「あ、あの・・・」
そのまま何も言わないモヒカンお兄さんの視線に耐えきれなくなった私は勇気を振り絞って声をかけました。
「あ、すみませんっす。かい@jdat'm/&っす!」
「え?」
「かい@jdat'm/&っす!」
「えっと、すみませんもう一度・・・」
「はい!かい@jdat'm/&っす!」
(何て言ってるかわかんない!)
思わず声に出そうになるのを必死に飲み込みます。先ほどのこともあり、気を付けていた甲斐がありました。
モヒカンのお兄さんは不思議そうな顔でこちらを見つめていますが、たぶん私も同じような表情を浮かべていることでしょう。
(ど、どうしよう・・・さっき失礼しちゃったし、さすがに3回同じことを聞くのは・・・)
妙案も浮かばず、互いに何も言わない、ただ見つめ合う謎の時間が過ぎました。
ですが、それも長くは続きませんでした。
何も言わない2人だけの空間を裂いたのは大きな声。それもがなり声でした。
「おいヤス!おまえB部屋のアンプ出し間違えただろう!奥間さんがAC30使うわけねえだろうが!おまえこの前も同じことやってたよな!常連さんの好み覚えてねぇなら、ちゃんと予約リスト見てアンプ出せよ!」
通路の奥から、まるでずっしずっしというような効果音が付きそうな足取りで大きな男の人が歩いてきました。
「ひ、酷いっすよ店長!出したの俺じゃないっすよ!」
ヤスと言われたモヒカンのお兄さんは青い顔になり「やべえ間違えた・・・」と呟いてから大きな男の人、店長さんに振り向いて答えました。
「あぁそうだったか?そりゃすまねぇ。俺の記憶違いだったな。ったく誰だよな!ヤス、すまねえが奥間さんのアンプをOrengeのRockerverb100mk2に替えに行ってくれ。」
「了解しましたっす!」
一瞬だけ現れた店長さんはそれだけ言い残すとまた通路の奥の方に行ってしまいました。あちらに練習する部屋があるのでしょうか。
「やべえ・・・いい加減覚えねえとマジでやべえ。メモっとくか・・・えーっと、オクさんはオレンジっと・・・あ、お姉さんすみませんっす。待たせちゃって。俺ちょっと急ぎの仕事があるから、会員証は帰るとき出してくれればいいっす!今日は個人練とバンド練どっちっすか?」
「え、えっと。13時からバンド練です。Fっていう部屋だと聞いています。」
「確かにF部屋っすね!んじゃどうぞっす!」
「ヤス!まだなのか!?」
再び聞こえたがなり声に肩をビクつかせたヤスさんは「タラオ行きまーす!」と大きな声で応えて通路の奥の方へ駆けていきました。
(会員証って言ってたんだ・・・はじめからはっきり言ってくれればいいのに・・・!」
今日の本番、バンドを抜けると伝えることはこれからなのに、そこにたどり着く前にどっと疲れてしまいました。
驚きの連続、やるせなさと少しの苛立ちを覚えて私は店長さんとヤスさんが消えていった通路を、F部屋を目指して進みました。途中、アルファベットで名付けされた部屋をいくつか通り過ぎましたが、やはりこっちで合っているようです。
「店長さん犯人はヤスさんです・・・」
ひとり呟いたその声は誰にも届くことはありません。
それは通り過ぎる部屋、漏れ聞こえてくる演奏に溶け込むように消えていきました。
20230525サブタイトルの附番を変更しました。




