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29 Cut To The Feeling(完結編)―略して、CTF of side Rei―

【怜】

「よーし!みんなで打ち上げいくぞー!」

 勢いよく立ち上がり、言い放った朱は喜色満面。今にも走り出しそうだった。

 指宿たち1年生が出ていってからこっち、部室ぶしつには女子たちのたおやかとは程遠い、しかして和やかな雰囲気に満ちていた。三人寄ればかしいましいとは古人もよく考えたものだ。お菓子に紅茶、あるいはコーヒーを手に、3人のおしゃべりはとどまることがなかった。

(ライブの打ち上げをするなら勝手にやればいいと思うが、あの1年生たちのことはどうすんだよ・・・)

 この女子たちは楽観的なようだが、部室ぶしつの角、漏れ聞こえた二条の言葉は否定するものばかりだった。あの様子では入部は絶望的だろう。もしかして諦めの意味を込めて、手を打ち上げにいくという意味で言っているのだろうか。

「そのみんなの中に、もし万が一にも俺が入ってるなら、行かないと宣言しておく。」

「なんでそんなに卑屈なんですか・・・あなただけ除け者にする理由もないでしょう。」

 橘がやれやれといった表情で半眼を向けてきている。どうやら橘は当然のように自分が「みんな」の中に入っていると考えているようだ。

 しかし俺に言わせれば「みんな」の中に自分が入ってる可能性の方が低い。そしてこの言葉が発せられた時点で「みんな」の中に入っていない者は、「あ、私も~」とか言って「みんな」の中に滑り込むのだ。そうして仲間外れにならないようにする。それが常識。この子やっぱり常識ないのかしら?

 ふと、「え、おまえ呼んでないんだけど」と一雄かずおクンに向けられたあの視線がフラッシュバックしてしまった。小学生って残酷だよね・・・

「怜は強制参加ですー。でないと私ご飯食べれない!汐と一花さんはどうする?来るよね?行くっしょ?はい決まり。」

「勝手に決めないでください!」

 橘は食い気味に否定で応えた。しかし言葉の上では否定的でも、最後に付け加えるように「イチカと同じでいいです」と言ったその表情は満更でもなさそうだった。

(というか俺に拒否権はないのね・・・)

「しぃが行きたいなら私も行くよ。でも、黒江さんはひとりで晩ご飯食べれないタイプなの?」

 橘が「わ、私は別に強いていきたいわけでは・・・」と取り繕っているのを尻目に、朱は珍しい表情を浮かべていた。

「ち、違くって、今日は両親どっちもいなし、すかんぴんなの!」

「なるほどATMだ。」

「い、イチカそれは・・・なんとも・・・」

 橘は一花をたしなめるように言ってから、いたたまれないような視線を俺に向けてきた。

 一花も、メッシーだかネッシーだかふなっしーだか、もうちょっとオブラートに包んで欲しいものだ。何一つあってねえな。

(もっとも、俺だって人に貸せるほど持ってない。バンドマン舐めるなよ。)

 メッシないしメッシーになれるほど稼ぎたいものだが、あいにくサッカーもあくせく働くのも苦手だ。大金持ちになるのは諦めるしかないようだ。

 しかし、そんな俺の金策サクセスストーリーよりも、朱だ。

 黙り込んでいるその顔は羞恥。

 別段、一花も深く考えてのことではなかっただろうが、ひとりで夕飯を食べれないという言葉は期せずして朱のウィークポイントを突いていた。

 朱は天真爛漫、傍若無人でいて自由奔放だが、意外にも寂しがり屋なところがある。

 本人は絶対に認めないだろうが、流石に十数年も連んでればそのくらいは気づく。ひとりになること自体は苦ではないようだが、何か嫌なことがあった日や夏祭りの後なんかはよく連れ回されたもn・・・

(いやいや!なんであいつのこと分析してるんだ!普通にキモイな!)

 頭を振ってバツの悪さを誤魔化す。ここが自室だったら間違いなくベッドで悶え苦しんでいたところだ。

 しかし残念ながらここにベッドはないので心の中で悶々とするしかない。

(恥ずかしくて死ねる・・・いや死ぬ前に辞世の句を詠まなければ。ATMで一句・・・)


A:朱色あけいろ

T:とこ揺蕩ただよみず

M:まだここちはいともかこなき


秋津怜、心の俳句。


 我ながら会心の出来だ。これならまるちゃんのおじいちゃんにも負ける気がしない。

(あ、でもこれだと俳句じゃなくて短歌にもなるな。)


A:朱色あけいろ

T:とこし揺蕩たゆた

M:みず

M:まだここちは

I:いともかこなき


(うむ。これで良し・・・って、短歌の形にするとATMMIになる。あらいやだ。並び替えるとI'M ATMで俺が財布って認めちゃってるじゃん。そうか俺がヴォルデモート卿だったか・・・さて。)

 益体もないことを考えているあいだにクールダウンできた。ちらと見た壁掛け時計はすでに定刻。朱に声をかけながら席を立つ。

「とにかく、行くなら3人で行ってくれ。」

「なんだー怜ノリ悪いぞー。まさか女か?」

「・・・用事があるんだよ。」

「ようじー?怪しいなー。」

 すっかりいつもの調子を取り戻していた朱に手の甲を向けて、払うようなジャスチャーで応える。いまだ訝しむ視線を向けてくる朱だが、俺は取り合わず部室を後にした。

 後ろ手に部室のドアを閉めたその時、ふっと頭が軽くなったような錯覚を感じた。

「マジかよ・・・ありえねえ・・・」

 思わずつぶやいてしまったのも無理もない。わが身に降りかかったのはレアケース。ため息とともに視線を足元に向けると、髪ゴムがちぎれて廊下に力なく落ちていた。

 切れた髪ゴムをポケットにしまって再び歩き出す。もしかしてこれは何か不吉なことの前触れなのだろうか。

「げ・・・」

 どうやら、凶事は女難の相だったらしい。

 部室から歩いてしばし。長い影を作る春の夕日の下、渡り廊下でひとり黄昏る少女を発見してしまった。

(なんでこいつここにいるの・・・)

「げ、って何ですか。人をお化けみたいに・・・」

 ムスっと不満げに睨むように訴えるその表情はあざとい。少し頬が膨らんでいるように見えるところがまたあざとい。その頬の血色が良く見えるのは、夕日すらもこの少女におもねているからなのだろうか。あざとい。

(やっぱこいつあざといんだよな・・・素でやってるわけではないだろうから、やっぱりあざといんだよな・・・)

 あざとすぎて、いっそ可愛いと騙されそうになるくらいあざとい。

「悪かったよ。じゃ・・・」

 しかし俺は知っている。これは彼女の真の姿ではない。女とは猫を被る生き物なのだ。

 想像してほしい。自分の姉ちゃんの家でのだらけようを。下着姿で徘徊するその姿を。

 想像してほしい。自分ちのかあちゃんが電話に出るときのことを。普段から予想もできないハイトーンボイスはワイングラスの二つ三つは容易く割ってしまうことだろう。

 答えは自明。俺はハイトーンボイスをお見舞いされないように、物理的にも精神的にも努めて腰を低くする。そうして指宿の眼前を横切り目的地である校舎裏を目指す。

 そう。なぜかは知らないが、俺は校舎裏に呼び出しを受けている。

 正確には本校舎とグラウンドの間、人気ひとけがほとんどない場所。指定時刻は下校のチャイムが鳴る頃合いだ。

 今朝方、下駄箱の中に入っていた手紙にそう書いてあった。ともすれば女子っぽく見えるその文字の主は果たして女なのだろうか。

「先輩、ちょっといいですか?」

「え、なに、いやです。じゃ・・・」

 手紙の指定時刻まで時間もないし、今こいつの相手をしている暇はない。答えは簡潔に。俺はノーが言える日本人なのだ。

「な、何でですか!こっちきて話を聞いてください!」

 これだけはっきり拒否を伝えたにもかかわらず、指宿は食い下がってきた。俺みたいなのを食うとか、食いしん坊さんかな?

(女子からの呼び出しに良いことなんて一つもないんだよな・・・掃除当番代わってとか環境委員の仕事を代りにやっといてとかそんなことばっかりだ。)

 それは俺の経験則から言えることだ。

 姉貴がいるせいか、小さいころから俺は女の尻に敷かれがちだった。姉貴をはじめその友達、小学校で一緒だったナントカちゃんに中学で同じクラスだったナニガシさん。半分以上名前覚えてねえな・・・

 加えてあの名前を言ってはいけない傍若無人。尻に敷かれ顎でこき使われ、女難の相丸出し。一回、神社にお祓いに行ったほうがいいかもしれない。女難の相って神道で祓えるの?

 女難の相がどこの教えかは気になるところだが、さても、呼び出しの指定時間も近い。無理難題を指宿に吹っ掛けてこの場を去ることにした。

「こ、告白とか?」

 しかし、それが悪かったのだろう。悩む指宿を尻目に踵を返した刹那、俺のひとことは指宿から思わぬ言葉を引き出してしまっていた。

(告白・・・?何こいつ俺に告白するの?)

 流石にこの状況で告白と言われれば、それはもう愛の告白だろう。間違ってもお菓子を食べすぎて太ったとかの懺悔ではないはずだ。

 しかし指宿の恋愛フラグを立てるようなことはした覚えがない。というより、まともに会話した記憶もない。

 かくいう指宿はというと、目を潤ませ上目遣いに見つめてきている。少女漫画もくやというほどの乙女っぷり。さながらその表情はMK5(えむけーふぁいぶ)。マジで告白する5秒前。

(ああ、マリリンに足蹴あしげにされても耐えているその様はシンパシーを感じる。それはJohn5(じょんふぁいぶ)・・・)

 思わぬところでギターヒーローとの共通点を見出してしまったが、いきなり女子に告白と言われて混乱しているのだろう。俺の思考は意味もないことを吐き出し続けていた。

「なにお前フラグ立ってんの?」

 だからだろうか。遅刻への焦りと思考の混乱は思いもよらぬ言葉をたたき出した。

(い、今のなし!!)

 万に一つも指宿が俺に告白することはないが、仮に告白してきたとして、この返しはない。情緒がない。指宿が少女趣味でなくとも趣に欠けていた。あと配慮も。

「フラグ?」

 指宿のこれは意味を理解してない顔だ。おそらくフラグとかルートとかそういった方面の知識は持ち合わせていないのだろう。

 ある意味助かった形だが、つい朱に話す感覚で話してしまったことがなんだかむず痒くて、返した言葉が思わず敬語になってしまった。

 指宿はなんのことやらと小首を傾げている。もはや認めよう。あざと可愛い。

 そして同時にここまで来たら引き返せもしない。走り切るしかないだろう。

「じゃあ、おまえ俺に告白するの?」

「へ・・・?す、するわけないじゃないですか!?」

 そんなあざと可愛い表情も一変。ぽかんとした表情を経由したのち、キョロキョロと視線を巡らせながら慌てふためくその顔は、羞恥あるいは憤慨で赤く染められていた。

(ほらねー。わかってたよ。なんの脈絡もなく女子から告白されるなんて現実にあるわけないんだよな。)

 少しだけ残念な気持ちになっている自分が情けなかったが、それは許してほしい。なにせ女子に告白されたことなんて一度もないのだから。

 季節は春真っ盛りだが、俺の春はまだまだ先になりそうだ。

 そういえば、先ほどから遠くに何かしら聞こえたが、何を言っているのか判別できないし、何より姿が見えない。おそらく俺たちには関係のない誰かの声だろう。

 しかし、その第三者の存在が俺を呼び出している存在のことを思い出させてくれた。指定時間を告げる下校のチャイムはすでに鳴ってしまったし、そろそろ切り上げなければならない。

 指宿に別れを告げて歩き出す。指宿は上履きのまま渡り廊下の外に出ることを躊躇っているようだし、距離さえとってしまえばこっちのものだ。

「待ってくださいってば!先輩、女装が趣味なんですか?」

 しかし俺の推測ははずれ、指宿は後を追ってきた。そしてその勢いのまま、俺の手を取りホールド。逃げられなくなってしまった。

 ふわっと風に乗って漂う甘い香り。シャンプーだろうか。何か甘ったるい香りは、腕を掴む手の華奢さと相まって多分に女子を意識させられてしまった。

(いやいや、女子のシャンプーの香りについて考えるとか普通にキモいな・・・というか近い。こいつ本当に俺のこと好きなんじゃないの?)

 甘い芳香ほうかに惑わされそうになる思考を断ち切る。俺は知っている。これは世の思春期男子を恐怖のどん底に、あるいは悶え苦しむベッドに直行させる悪魔の所業だ。

(早まってはいけない。これはアレだ。クラスで隣の女子が教科書を忘れて、一緒に見ることになったとき妙に距離感が近いアレだ。)

 危ない。つい騙されてしまうところだった。女子のあの謎の距離感。「え、なんか近くね?もしかして俺のこと好きなの?」という思春期男子にありがちな妄想。

 悲しいかな、それは真に妄想であると科学的に証明されている。

 女子は男子よりもパーソナルスペースが狭いらしい。それは「これくらいだったら他人を近づけても良い」と考える距離が近いということであり、つまり、男子が少し近いなと思う距離は女子の普通の距離だということだったのだ。

 すなわちそれは健全な男子を陥れる学校の罠。思わず引っかかるところだった。

(ほんと、やめてほしい。いや、こういうボディタッチも君らからしたら自然なのかもしれないけどさ・・・)

 指宿の問いにノータイムで答えつつ、その手を振りほどく。あくまで強引にならないように静々(しずしず)と。

(女装が趣味なのはそうだけど、なんで俺の趣味なんて知りたいの?まさか本当に俺のこと好k・・・)

 思考が堂々巡りしている。それは思春期が成せる妄想か、はたまた羞恥からくる混乱か。

 どちらにしろ、こいつが俺のこと好きだということはない。第一、女装が趣味だと知っていて付き合いたいと思うだろうか。

(やべえ、変な汗出てきた・・・とりあえずこの場を離れなくては・・・)

「・・・女装が趣味だって、なんでそんなに明け透けにできるんですか?」

 指宿はおずおずと、しかしはっきりと意思を持って口を開いた。

(どうしてって言われてもな・・・)

 別段、理由があるわけではない。何か目的があるわけでも、ましてや女になりたいと思っているわけでもない。ストライクゾーンだって女一択だ。

 ただ好きだから。楽しいと思っているからやっているだけだ。

「でもそれって一般的な考えではないですよね・・・?」

 それは、一面で見ればそうかもしれない。

 しかし、それに何の問題があるのだろうか。

 確かに女装した男が女子トイレや女湯に入ったら問題だろう。しかし俺自身、そんなことはしないし、逆にそういうセンシティブなところは注意を払うことにしている。

 ならば、何の問題があるというのか。

「それって、悲しくないですか?他人と関わらないってことですよね?」

 気持ちの問題か。

 女装をする上で乗り越えるべきハードル。世間に一歩踏み出す勇気もそうだが、本質はそこじゃない。世間に認めてもらえないこと。周りが全部敵だらけ。自分を否定する人しかいないと感じるその心。

 敵が多いっていうことは嬉しいことではないが、しかし、それだけだ。多いというだけで、その実、裏返せばわかってくれる人は確実にいる。

 そして俺はすでにそれを持っている。だから言い切れる。

「俺はその一握りの方で十分だ。」

 指宿は黙り込んでしまった。待ち合わせ時間はとっくに過ぎている。そろそろ潮時だろう。

「・・・クロエ先輩が言ってました。」

 足を浮かしかけたその時、指宿はおもむろに口を開いた。

「今みたいな考えが厨二病なんですね?」

 まさか、フラグもわからないような一般人ピュアの口からこの単語が出るとは思わなかった。

(誰がそんなこと教えt・・・朱なんだよなあ!)

「・・・もう行く。」

 羞恥と怒りがないまぜになったおかしな感情は胸のうちでくすぶり、消化しきれず行き場を無くしたそのエネルギーは俺の足を動かす推進力に形を変えた。

 背後から声がかかったが、俺は振り返らず先を急ぐ。いま立ち止まることは精神的に無理だった。

 そうして本校舎の角を曲がったところで一度だけ振り返る。流石に指宿は後を追ってきておらず、胸を撫で下ろす。

 呼び出された時間から5分ほど過ぎてしまっているが、手紙の主はまだいるだろうか。

(もしカツアゲとかだったら絶対ボコられるよなあ。行きたくないなあ・・・)

 しかし行かないという選択肢はない。仮に呼び出しの目的がカツアゲだとして、それをブッチしたらどうなるか。想像に難くないだろう。

 気持ちが表れてしまったのか、力を込めて進んでいた足取りはいつしか重たく、ゆっくりになっていた。

「あ、よかった・・・」

 はたして、待ち合わせ場所には女子がいた。

 眼鏡をかけ、長い黒髪を一本結びの三つ編にしてそれが肩ぐちに垂れていた。俺の姿を見とめて呟き、撫で下ろされる肩はか細かった。

(誰だこいつ・・・)

 目の前の三つ編み少女はスカーフの色から同級生だろう。流石に朱みたいな思考の持ち主が何人もいるとは考えられないので、まず間違いないだろう。

 しかし、にもかかわらず俺はその顔に見覚えはなかった。

 ひとまず遅れたことに謝罪を入れ、ひとことふたこと雑談を交わして様子を窺う。その様子から悪意は感じられなかった。

「そ、その・・・来てくれないかと思いました。」

「ちょっと引き止められてな。」

「そうですか・・・」

「ああ。」

 程なくして沈黙。二の句を継がない三つ編み少女の顔は強張っていた。

 しかして、その沈黙は緊張であって険悪ではない。青春の波動を感じる、甘酸っぱいもの。間違ってもこれからカツアゲが始まる雰囲気ではない。この三つ編み少女が美人局つつもたせでない限りだが。

(嘘だろ・・・まさか、いや嘘だろ?)

「あ、あの!私、秋津くんのことがすk・・・」

「いたー!怜はっけーん!」

 意を決したように紡がれた言葉は、はたして、突然に発せられた女の声に遮られた。

 三つ編み少女の声にかぶさるように発せられたその声は俺の左斜め後方から。振り向かなくてもわかるが、非難の視線を向けるため、あえて振り向く。

「朱・・・」

 あまりの間の悪さに思わず頭を抱えてしまった。こんな、ある意味でのベストタイミングは漫画かアニメの主人公くらいしか演出できまい。

「え、あ、お取り込み中のようで・・・」

 見た目にわかる狼狽。流石の朱もバツの悪さを感じたのだろう。「陰に隠れて見えなかったんだごめん!」と口早に言って踵を返した。

「あの・・・それは?」

 その去り行く背中に声をかけたのは三つ編み少女。ある意味当然の疑問だった。視線は朱の手元に固定され、おずおずといった態度で朱の返答を待っている。

「え?これは怜の・・・なんでもない!」

 後悔は先に立たないし、朱の口に戸を立てることもできない。つまり、時すでに遅し。三つ編み少女に振り返った朱は口を滑らせ、あるいは口の前の戸を破壊しながら、言葉を発した。

 なぜそんなものを握りしめているのか正気を疑いたくなる。

(なんでこいつブラで持ってるんだよ・・・)

 手に持つブラを背中に隠しながら朱は二歩三歩と後退りをした。

 いわゆる手ブラだ。手にブラジャー。だから手ブラ。

 それは朱がブラを必要としない体型だとなじりたいわけではなく。なんで下着を晒しながら歩いているのかと詰問したいわけでもない。いや、ほんとに。これっぽちも怒りを感じてはいない。

(この女イカれてやがる・・・いやわかってたけど・・・)

 俺の心情はともかく、その手に収まっているブラの柄には見覚えがあった。もちろん、俺が朱の下着なんて知ってるわけはないので、必然的に答えはひとつとなる。

「あ、秋津くんの・・・?」

 ここにきて何も言わないというのは避けられないだろう。なら、ことは早く済ませたほうがいい。

「女装が趣味なんだよ。」

 言い切ったその言葉は目の前の少女に向けて。三つ編み少女は目を見開いて口に手を当てているものの、その隙間からは困惑の声が漏れている。

「どうしたの?」

「何かあった?」

 事態を察したのだろう。校舎の陰に潜んでいた、三つ編み少女の友人らしきふたりが駆け寄ってきて口々に声をかけている。

「あ、の秋津くん・・・」

 再び、三つ編み少女が意を決したように口を開いた。ただし、そこには甘酸っぱい気配など微塵も感じなかった。

「ごめんなさい!このことは誰にも言わないので!」

 勢いよく下げられた頭はバンギャも唸るほど。ただ一回のお辞儀には魂が篭っている気がした。

 人生初の告白をされた日、俺はフラれた。

(告白されてフラれたやつなんて人類史上初なんじゃないの?まーた人類史を塗り替えてしまったか。これは最強のお兄様になる日も近いかもしれない。あ、だめだ。俺に美少女びしょうじょの妹はいない。腐少女ふしょうじょの姉はいるからワンチャンお姉様とエンディングを迎える可能性もあるが、あれはだめだ。いやはや、これではエルダー・シスターになる道も厳しそうだ。むしろエルダーの場合は俺がお姉様なんだよな・・・さて。)

 俺が益体もないことを考えているうちに、三つ編み少女は友達に手を引かれて去っていった。

 去り際に取り巻きの女子たちが何か言っていたが、聞き流す。

「これは私のおもちゃだからあげないよーだ!なんだよあいつら!」

 少し大袈裟にべーっと舌を出している朱の表情は憤慨。こいつが全ての元凶であるが、わざわざこうして俺の代わりに怒ってくれているのだから、大目に見ようと思わないこともない。

 それに、仮に俺があの三つ編み少女と付き合ったとしても、いつかはわかる問題だ。俺は女装をやめる予定はないし、それを許容できないのならそもそも時間の無駄になってしまう。最初にわかってよかったのだ。

 元々、何と言われようが付き合うつもりなんてなかったから結果から見れば上々。

 しかし、告白を断られるとはハードな行為だと身に染みてわかった。

 それは個人の否定。あなたは要りませんと宣告されること。女装のことはともかく、フラれるというのは存外厳しいものだと初めて知った。

(なら、フラれる前にわかってよかったってところなのか。)

 辺りにはひとり憤慨する朱の声だけが響いていた。

 そもそもなぜこいつが憤っているのかといえば、取り巻き女子たちの言葉が原因だ。

 去り際、口々に言っていた「キモイ」とか「女装とかありえない」という言葉は、いくら聞き流すことを覚えた俺だとしても気にならないわけではない。それはただ引きずらないと言うだけで、聞こえてはいるのだから。

 しかしこれが普通の反応だ。指宿の言うとおりだ。女装とはアブノーマルで一般に広く認められているわけではない。

 だから、指宿の反応の方が異常だ。俺の趣味嗜好に引かず、むしろ食い気味なその姿勢。

 思えば、二条の方は望み薄だが、指宿の方は脈がありそうだった。おまけにあのカオスな状況でツッコミをしてくれる常識人。これは大きな魚を逃がしてしまったかもしれない。

「俺はおまえのおもちゃじゃねえよ。てか、なんでブラ持ってんの?」

「ん?あー打ち上げに連行するために怜の荷物持って探しに行こうと思ったらなんと、中にヒラヒラが見えるじゃないですか!それでサイズを確認してみたら・・・そうだった!なんでおまえEカップなんだよ!」

(なんで他人のカバンの中漁ってんだよ・・・)

 俺のツッコミは形になることはなかった。もう疲れ果てて何もできなかった。

 それでも。

「早く行くぞ。」

「ん?」

「打ち上げ。どこでやるんだよ。」

「お。その気になったか。サイゼ行くぜ!カモーン!」

 それでも、とりまき女子の悪口を俺が引きずらないように、こうしてハイテンションを維持してくれる朱は、やはり友達甲斐があるのだろう。

 朱の頭を掴んでウリウリとこねくり回してから先を行く。カバンとベースは昇降口にあるらしい。

 何かしら訴えてくる朱の言葉を聞き流しながら頭を切り替える。

(やっぱり指宿は逃がすにはおしい人材だよな。あれでも、女装趣味に引かないってことは逆説的に非常識人ってことになるのでは・・・?)

 何ということだ。仮に指宿が入部してもコッキーには俺以外に常識人がいない状況にかわりはないことになってしまう。

(思わぬことに気が付いてしまった・・・)

 暗澹あんたんたる思いは春の薄暮を一層深くした。

 いや、単に夜に近づいただけなのだろう。雲に隠れた太陽はもうその姿を地平線に沈めたのだろうか。点在する明かりが際立つほどに夜闇が迫っていた。

 ほどなくして昇降口に着き、橘からカバンとベースを受け取る。朱は相変わらずバカ話を続けている。そこに橘、遅れてきた一花と加わった頃には、話はカオスな状態になっていた。

 しかして、普段ならツッコミを入れてしまいそうなそんな会話にも、今だけは鷹揚に頷いてみせる。

 それは俺が心身ともに疲れ果てているからというのもあるだろう。しかし。

(たまにはこうして身を任せるのも悪くない。)

 校門から出て駅に向かう道すがら、延々と伸びる街灯の行列は、俺たちの行き先を明るく照らしていた。

後編を書いたくらいでCTFが終わるとでも思ったのか?(始祖魔王風)

訳して:CTFは本当にこれで完結です。

こんなに長くなるはずじゃなかったのですが・・・


さて、私事ではありますが、ここ数日は風邪をひいて倒れていました。更新を楽しみにしていただいている方々には、お待たせしました。

未だ完治はしていませんが、更新はできる限り続けますのでご容赦ください。

またブックマークや評価等、引き続きご支援をよろしくお願いします。いただけると元気になります。

みなさんも体調にはお気を付けください。


P.S. 訳して

朱色が、水面が狭く感じるほどに広がって、いつまでも変わらなく揺れ動いている。はっきりしない気持ちには案内してくれる船頭などいない。


20230525サブタイトルの附番を変更しました。

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閲覧ありがとうございます。面白いと思っていただけましたら、
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