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28 Cut To The Feeling(完結編)―略して、CTF of side Shinobu―

【忍】

 渡り廊下の欄干に肘をかけて、暮れゆく空を眺めます。私が寄りかかるにはちょうど良い高さの柵は妙にしっくりきて、期せずして黄昏たそがれてしまいました。

 私はどこに入部するべきなのか。

 自分の音楽性はどんなものなのか。

 真紀ちゃんに愛想を尽かされたショック。様々なことが頭をよぎりました。

 そして、真紀ちゃんの最後の問い。


―イブっちは誰と音楽がしたい?―


 たぶん、真紀ちゃんが言いたかったことはこの問いに集約されるのだと思います。

 そして奇しくも私はこの問いに対する答えだけは朧げにわかっています。

(誰かにらず自分の心にって決める、か・・・)

 それは直感的なもの。私は自分自身の感情を信じてよいのでしょうか。

 何度目かの自問を経ても、はたして、私は答えを出すことができませんでした。

「はあ・・・」

 自分の不甲斐なさに思わずため息が漏れてしまいました。

 空虚な息は中空に消え、肩とともに落とした視線の先に自動販売機がありました。今の今まで気が付きませんでしたが、それは校舎の影に隠れるようにひっそりと佇んでいました。

 思い返せば、授業が終わってから何も飲んでいませんでした。先ほどもてんやわんやでしたし、私の喉はうるおいを欲していました。

(でも無駄遣いな気がする・・・)

 このあと特に用事はありません。帰宅するのみです。家に帰ればいくらでもおいしいお茶が飲めます。そんな中、飲み物を買うのは無駄遣いな気がしてしまうのです。

(こういうのはチリツモだからなぁ・・・)

「げ・・・」

 我ながら小さいことでよく悩めるものだと自画自賛もとい、自己卑下していた私ですが、近づいてきた足音、そしてその声に振り返りました。

「げ、って何ですか。人をお化けみたいに・・・」

 声の主は男子生徒。見知った顔、というよりも先ほどまで顔を突き合わせていた相手です。

 しかし先ほどと違うのはその髪型。目の前の先輩はポニーテールを解き、肩口まで伸びた黒髪がサラサラと揺れていました。

 髪の合間からはリング状のピアスが覗いており、髪が揺れるたびに斜陽を反射してキラキラと光っています。

「悪かったよ。じゃ・・・」

 先輩は顔の前で手刀を切る仕草をしながら私の横を通り抜けて、上履きのままグラウンドの方に歩いて行きました。そろそろ下校時間のはずですが、先輩は荷物も持っていません。まだやることがあるのでしょうか。

(ほんとにこの人があのゴスロリの人なんだよね・・・)

 目の前を通ったその顔は、一見するとイケメンだという印象は受けません。

 いえ悪口ではなく、先輩の顔つきはゴツゴツと起伏がある男性的なものではなく、薄味でさらっとしたものなのです。

 華やかさはないものの、よくよく見れば整っているのがよくわかります。顔の印象を決定づけているのはその目元。それはキリッとしていて涼やか。あるいは、人によってはきつい印象を受けるかもしれません。

 あえて俗な言い方をすれば、塩系といったところでしょうか。

(持って生まれたものとはいえ、先輩的にはお化粧とかしやすくていいのかな?)

 答えが出ない自問をした思考を横切るように、ふと、さっき答えてもらえなかった疑問が通過していきました。

 よく考えたわけではありません。なんとはなしに、私は去り行く先輩に声をかけていました。

「先輩、ちょっといいですか?」

「え、なに、いやです。じゃ・・・」

 ノータイムで返ってきた否定に、何の準備もできていなかった私の思考は置いてけぼりにされていました。

(まだ要件も何も言ってないのに!)

 物理的に先輩に追いつこうと一歩踏み出した私の足元は上履きのまま。このまま渡り廊下から出ることにためらいを覚えた私は、その背中に言葉で訴えかけることしかできませんでした。

「な、何でですか!こっちきて話を聞いてください!」

「・・・いやだよ。女子からの呼び出しに良いことなんて何一つないだろ。」

「極端!?べ、別に女の子からの呼び出しだって良いことありますよ!」

「例えば?」

「た、たとえば・・・」

 先輩は言葉の上では否定しながらも、足を止めてくれました。半身だけではありますが、こちらを向いてくれています。案外、面倒見がいい人なのか、そうでなければ天邪鬼なのでしょう。

 はたして、私がパッと思いついたのはチョコや手紙を渡すことくらいです。特段、恋愛脳ではないはずですが、思いつくことはそんなことばかり。どうやら私の想像力は思ったより貧困なようです。

「ないだろ?じゃ・・・」

「ちょっと!行かないでください!えっと・・・」

 何も答えない私に見切りをつけたのか、先輩は立ち去ろうとしています。

 先輩をこの場につなぎとめるために、何か言わなければと頭をひねればひねるほど、しかして、思考は混線してしまいました。

 だからでしょうか。こんな言葉が出たのは。

「こ、告白とか?」

 思わず口走った言葉は私たちの間に静寂を生みました。

 音のない時間は、ともすれば止まっているのかと思うほどでしたが、突然に鳴った下校を知らせるチャイムの音が時間の経過を教えてくれました。

 この付近では意図的に流さないようにしているのか、はたまた放送の機器が壊れているのか。遠く漏れ聞こえてくる音だけが私たちの間を通り抜けていきました。

(い、今のなし!!) 

 あまりにも荒唐無稽。否定したくとも思うように言葉が出てくれません。

 二の句を継げず、また先輩も口を開かない中、それは起こりました。

「え!?嘘でしょ!」

 その声は女の子のものでした。

 私の言葉に対するレスポンスとも取れるそれは、しかして、私に向けられたものではありません。

 なぜなら付近に人影はなく、人が隠れられるようなところもありません。つまりその声はここではない離れたところで私たちとは関係なく発せられた言葉だと言えるのです。

(そ、そうだよね・・・?)

 決して大きくはなかった声ですが、どうやら先輩にも聞こえたようです。いたたまれない空気はいつの間にか霧散し、代わりに私たちの間には困惑が広がっていました。

「なにお前フラグ立ってんの?」

 先輩の表情は困惑に加え懐疑の色が濃く出ています。

 私を見るその視線は、居心地のいいものではありませんでしたが、それでもようやく身体ごとこちらを向いてくれました。

 私は先輩の視線を切るように、少し俯き加減になりながらも、それでも目線だけは先輩の様子を窺うために残しました。

「フラグ?」

 オウムの面目躍如も甚だしいのですが、私はそのまま言葉を返していました。

「いえ、なんでもないです・・・」

(なぜに敬語?)

 先輩の表情は苦々しいものに変わり、逡巡。ゴホンとひとつ咳払いをしてから口を開きました。

「じゃあ、おまえ俺に告白するの?」

「へ・・・?す、するわけないじゃないですか!?」

「そうだよねー・・・」

 またも遠くから聞こえた声はタイミングよく、あたかも合いの手を打っているようでした。

(ほ、ほんとに、だれなの!?)

 気もそぞろに、思わずここにはいない三人目の姿を探してしまいました。

「ほらな。なら、あとは嫌なことしか残ってないよな。そして俺はエムじゃないので嫌なことを進んでやったりしない。じゃ・・・」

 姿の見えない第三者について先輩はもはや気にしていないのか、口早にそう告げてきびすを返しました。

 謎の声、ディスコミュニケーションの先輩。私の思考回路はショート寸前。もはや方々(ほうぼう)気にする余裕もなく、私は上履きのまま踏み出していました。

「待ってくださいってば!先輩、女装が趣味なんですか?」

「は?そうだけど?」

 去り行く先輩の手を取り無理やりに足を止めます。そして勢い余った私は、配慮することすら忘れて疑問をぶつけていました。

「・・・え、何?」

 先輩は振り返りながら私の手をおずおずと振り解いて一歩踵かかとを下げました。その足元にはいつの間にか雲を抜けて顔を出していた夕日が先輩の影を作っていました。

 先輩の困惑気味な顔がほのかな赤みを帯びているのは斜陽のせいなのでしょうか。かくいう私も、気持ちの部分を除けば、その表情に大きな差はないのかもしれません。

「い、いえ・・・すぐ認めたのでびっくりしちゃって・・・」

 先輩は「そう・・・」と呟いてもう一歩足を引いて距離をとりました。そんなに私と話したくないのでしょうか。

「・・・聞いていいですか?」

「だが断る!」

「・・・女装が趣味だって、なんでそんなに明け透けにできるんですか?」

「断るって言ってるのに・・・おまえ見た目より図太いやつだな・・・」

(それは私が太っていると言いたいのですか!)

 喉元まで出かかった言葉は、わずかに残された理性によって抑え込まれ、形になることはありませんでした。「どうなんですか」と、続きを促す語勢が強くなってしまったのはこの際許してもらいたいものです。

「どうって言われても・・・俺は好きな格好してるだけだからな・・・それ以上でも以下でもない。」

 先輩は腕組みをして困り顔。私の態度に気を悪くした様子もなく、あっけらかんと答えました。まるで1+1の答えを説くような、そんな言い方でした。

(なんで他の人と違っていてこんなにも堂々としていられるんだろう。)

 たぶん、私の疑問のすべてはここに尽きると思います。

 女装が趣味だとは、既に聞いて知っていました。その上でなぜもう一度聞いたのか。

 それは多分、私にできないことをしているこの人に、他人に媚びないこの人に直接聞いて、その答えを知りたかったのだと思います。

「でもそれって一般的な考えではないですよね・・・?」

「・・・所詮、一般なんていうのはマジョリティーの妄想が作る虚像。大多数が否定しないものの集合体に過ぎない。」

「い、いきなりなんですか。」

 急に小難しいことを言いだした先輩の表情は何か冗談を言っているようには見えませんでした。「これは、ある人の言葉だ」と付け足して言う先輩に、その言葉の意味を考えていた私は曖昧な返事しか返すことができませんでした。

「だが、全くそのとおりだと思う。一般というのは広く認められ成り立つこと。その根拠は、なんとなく、だ。これくらいかなっていう数の人が、まあいいかと思えることを共有することで成り立っている。おまえが言っている一般がどこの誰かは知らないけど、少なくとも俺はそう思っている。だから俺はそんな曖昧なものに縛られる必要はないと思っているし、逆に一般を否定したりもしない。なぜなら一般の中に無視できないものがあることも事実だから。それは社会に明確に定められた一般、つまり法律。俺はその中で好きなことをしてるだけ。もしそれが一般的でないと言われるなら、それは他人の想像力が貧困なだけ。」

 長台詞にも関わらず、先輩の言葉は淀みなく紡がれました。それがあたかも常識であるかのように。

 先輩の言葉は理解しがたいものでした。内容が七難しちむずかしいこともそうなのですが、それよりも、私はその正誤を判断できる材料を持ち合わせていなかったのです。

 しかし、そんな私でもひとつだけわかることがあります。

「でもそれって浮いているってことになりませんか?」

 その先輩の考えや振る舞いは社会の中で他人と違うということ。それは同時に私の求めている答え。先輩から聞きたい、同調と協調に依らないその考え方。

「はあ、じゃあおまえ、電車でたまたま隣に座ったやつと考えが違ったらそれを間違いだって言うか?」

「それは・・・極端ではないですか。そもそも偶然隣になった人に話しかけませんし・・・」

「極めて日本人っぽい考え方だな。でもそう言うことだよ。興味がなければ関わらなければいいんだよ。それは気に入らなくても同じ。そんなことに時間をかけるのは無駄なことだよ。なぜなら、全員が全員、考えを共有できるわけじゃないんだから。だから俺は自分と違う感性、違う考えを持っているやつがいても近づかないし、近づいてきてほしくないと思ってる。」

 畳みかけるように言う先輩のその考えは、たぶん極論と呼ばれるものなのでしょう。しかしその言い方は諭すように、強引なところは一切感じませんでした。たぶんその言葉どおり、私がどう思っていて、仮に否定しようが関係ないのでしょう。

「それって、悲しくないですか?他人と関わらないってことですよね?」

 私がなんと言っても先輩は聞き入れないのでしょう。それがわかっていても、あるいは義務のように私は疑問を口にしていました。

「そうとも言えるかもしれない。でもな、全員と考えを共有できないってことは、翻って、極僅かなやつとならわかりあえる可能性があると俺は思っている。そして俺はその一握りの方で十分だ。」

 その言葉で、私は思い違いに気づかされました。そして確信的に理解したのです。

 先輩は自分の考えに固執して、他人を遠ざけているわけではありませんでした。

 自分は思うように振舞うが、それを理解してもらおうと主張することはない。

 他人と意見が違うことを認めつつ、その考えを否定しない。

 そしてその上で、自分の考えを否定しない人との関わりを大切にしている。ただそれを実行しているだけなのだと。

(なんだかわかった気がします。この考え方、これこそが・・・)

「・・・クロエ先輩が言ってました。」

「え、何を・・・」

「厨二病について、先輩に聞くようにって。」

 先輩はさっきまでの堂々とした姿からは想像できないくらいに狼狽していました。

 一歩後ずさった足。逸らされた顔。目は泳ぎ、落ち着かない様子はいっそ別人かと思うほどでした。

「今みたいな考えが厨二病なんですね?」

「・・・もう行く。」

「あ、ちょっと待って・・・」

 去り行く先輩に手を伸ばしました。

 はたして私の手は何も捉えることはできず、中空で行き場を無くし力なく垂れ下がりました。

 周囲に音はなく、ただ私の振り下ろした手の衣擦れの音だけが聞こえました。

 陽が陰った薄暮の校舎裏は明かりに乏しく寒々しく感じました。しかして、私の頬が熱を持っているのは斜陽が照らしたその残滓ざんしなのでしょうか。

 視界の端では周囲の明るさに呼応するように自動販売機に明かりが灯ったのが見えました。

 忘れていた喉の渇きが主張して、私は明かりに引き寄せられるように近づいていました。

 年期が入っているのか、薄汚れた筐体には蜘蛛の巣が張り、羽虫が集っていました。

(誰と音楽がしたい、か・・・)

 ふと、何度も自問した問いが再び鎌首をもたげます。

 客観的に見て、コッキーポップ同好会の先輩たちは変わった人が多いように感じます。

 しかし、私はその演奏、他人とは違う何かに惹かれてしまったのです。

 常に誰かに合わせて生きてきた私とは違う人たち。

 誰かによらず、自分を持っている人たち。たぶん、その輝きを演奏の中に垣間見たのです。

 もしかしたら、ただの無いものねだりなのかもしれません。

 しかし、自分を変えたいと思っている私には、たとえ輝きに群がる虫の一匹だとしても、その輝きに近づきたいと思ってしまったのです。

 私は自分が何者なのか、わかりません。自分らしさなんて見当もつきません。

 何者かもわかっていないのに、自分を変えたいなんて考えが矛盾していることも、たかが高校のクラブに入ったくらいで何かが変わるものではないこともわかっています。しかし。

「変わりたいと願うなら、行動するしかない。」

 スマホを取り出し、赤いラベルのボタンを押し、電子マネーで決済。小さいボトルの緑茶を選びました。

 決済完了の軽快な音とともに、ストンと落ちる音。取り出した緑茶は小さいながらもしっかりとした温かさを持っていました。

 ギターを取りにひとり教室へ向かう中、彷徨さまよっていた感情は行く宛を見つけ、結実しました。

P.S.

Cut To The Feeling→CTF(Capture The Flag)


20230525サブタイトルの附番を変更しました。

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