27 Cut To The Feeling(後編)―訳して、気持ちに素直になる of side Maki―
【真紀】
何事も最初が肝心だとは誰の言葉だっただろうか。
一見すると凡庸。どこにでもありそうな言葉。
どこかの偉い人の言葉だったと思うが、それが誰だったか忘れるくらいだから、それはウチにとってはその程度のものだったのだろう。ただ、引っかかりを持ったことだけは確かに覚えている。
いや、違う。
過去のウチはこの言葉に思うところがあったはずだ。より具体的に言えば、深く共感したはずだ。
しかし、それを忘れるほどの衝撃があった。ウチの認識が上書きされたあの日の、男のにやけた面構えが頭をy・・・
「自由!またの名を未定!」
ウチが聞いた質問に、クロエ先輩は腕を組んで唸り始めた。目をつむり、俯き、やがて顔をあげたその表情は満面の笑み。
そうして自信に満ちたクロエ先輩のひとことは、はたして部屋に静寂をもたらしたのだった。
(過去の思い出に浸るなんてね・・・)
感傷的になるなんて、ウチらしくない。
今朝は普通だった。お昼も。
ひとりで登校し、授業を受け、昼食を食べるところまではいつものペースだった。
何かがウチを乱している。それはなんとなくわかったが、今はそれよりも別に考えることがある。物事はひとつずつ着実に解決するべきだ。
「・・・部員はどのくらいで、機材にはどんなものがありますか?」
ほとんど触れ合う機会がなかったウチでもこの先輩との付き合い方がなんとなくわかってきていた。
スルーだ。
言っていることの多くが冗談みたいな人だ。すべてに取り合っていたら日が暮れてしまう。失礼のない範囲で無視するのが妥当だろう。
ウチの思ったとおり、クロエ先輩はなんら気にした素振りなく話を続けた。部屋のあちこちを見渡して、あたかも今発見したかのように機材の名前を羅列していた。
そうして最後に思い出したように「カホンくんもいるよ!」と言って自分の座っている箱を叩いた。カホンという楽器は知らなかったが、叩くたびに軽快な音を響かせているそれは打楽器のようだった。分類とすればパーカッションだろうか。というか楽器に座っていいのだろうか。
カホンについて聞きたい気持ちもあったが、ここはグッと堪える。
「ちょっと失礼します。イブっち、少しいい?」
そうしてクロエ先輩に断りを入れてから立ち上がる。
イブっちは不思議そうな表情を浮かべてきょとんと首を傾げている。ともすればあざとい仕草だが、イブっちがやると不思議と嫌悪感は沸いてこない。可愛いらしいその仕草をやめろとは言わないけれど、これは勘違いする男子もいるのではないだろうか。
まだ見ぬ男子への心配もそこそこに、部屋の隅にイブっちを手招く。
「イブっちはコッキーポップ同好会をどう思った?」
コッキーポップ同好会について、ウチの結論はすでに出ている。ウチからすれば、今すぐこの部屋を出ていっても問題はない。
気がかりはイブっち。
この子、言う時は際どいことも言うくせに、それ以外はどこか煮え切らない様子で一歩引いたところがある。
普段のウチなら、そんなことに気が付いても他人を手助けすることもないのだけれど、それでも今回はなんとなく放って置けない気がしていた。
それはイブっちに何か特別なものを感じるためか、それとも気さくに接してくれる彼女に絆されてしまったのか。
(まあ、ここまで来たのも何かの縁。手伝いをするのも悪くない。)
「私は・・・いいと思った。」
イブっちの言葉は思ったよりすんなりと出てきた。
てっきり、わからないとか、迷っているといった返答になると思っていたが、ウチの予想は外れることになった。ウチの心づもりとは関係なく、イブっちの心は既に定まっているのかもしれない。
「理由を聞いても?」
イブっちはウチに理由を言う必要なんてない。しかし手伝うと決めた手前、ここで引き下がる選択肢はなかった。
それに、理由如何ではバンド経験者としてウチが力になれることがあるかもしれない。
かつてのウチがそうだったように、最初で間違うと後々にかなり響くことになるのだから。
「なんて言えばいいのか・・・なんとなく、かな・・・」
だから、この返答には一抹の不安を覚えた。
それは、なんとなく楽しそうだからというものなのか、それとも何か思うところがあるけれどそれを言葉で表すことができないためのものなのか。
前者だとすれば、入部するのはコッキーポップ同好会である必要はない。
学生時代の青春をバンドという形で楽しみたいなら、たぶん軽音部の方が良い。機材も豊富。部員も多い。きっと気の合うやつの2、3人も見つかるだろう。
しかし、そうではなくて、クロエ先輩たちの演奏に、あるいは先輩たち自身に何かを感じるのであれば、選ぶべきは後者だ。
(ああ、だから今思い出したのか・・・)
それはウチが感傷的になった理由。イブっちにとって、肝心の最初だから。
ウチが思うに、運命的な出会いは、ある。
なぜならウチがそうだったから。
がむしゃらにギターを弾いていた過去。The Peaceそのギタリストとの出会い。その言葉。
自分を変えたくて努力するやつは多い。
バンドで言えば、技術を磨き、理論を叩き込み、現場経験を積む。そんなやつらは五万といる。
変わりたいと願うなら、行動するしかない。それはそのとおりだ。
だが、当て所なく足掻いても何かが変わるわけじゃない。
まずは選ぶこと。
自分が何をやりたいのか、何を求めているのかを定める。そしてそのことのために、そのほかの何を捨てることができるかを考える。色々なものを切り捨てて、そうして自分の中に残るものから、おまえがこれから懸ける熱量が決まる。
行動とはすなわち選択すること。
足掻くのは自分の道を選んでからだ。
最初に聞いた時は何を言っているのか分からなかった。格好つけて意味のわからないことを言っている頭のおかしい男だと思った。
だけれど後になって、それは彼の生き様を表しているのだとわかった。
それは、ひとつのことに本気になった人だからこそ言えることなんだと、そう思った。
その出会い、その言葉があったからこそウチは変わることができた。
運命的な出会い、それはある。そしてそれは生きて行く中でそう多くはない気がする。
もし、イブっちが先輩たちに何かを感じるなら、その出会いを大切にしてほしい。
しかしながら、あの言葉は現状を変えたいと思っていたウチにくれた言葉だ。
イブっちが何かを変えたくてここにいるとは思わない。だからあの言葉全てがイブっちに当てはまるとは思わない。
しかし、あの言葉は選択することの意義を教えてくれたものでもある。
だからこそ確かめる必要がある。
「悪いことは言わないから、ここはやめた方がいい。」
イブっちがここに何を求めているのか。
学生時代の楽しい青春の思い出か、はたまたそうでなはい、ここでしか手に入らない何かなのか。
深く考えての行動ではなかった。
一緒に来てほしいという申し出。朧げに肯定するイブっち。
ウチはイブっちの手を取って部屋を飛び出していた。
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【真紀】
行く当ては特になかった。
話ができればどこでもよかったが、ひとまず昇降口脇の談話スペースに向かうことにした。
イブっちの手を引いて歩く中、廊下にはふたり分の足音だけが響いていた。
沈黙は苦ではない質だが、半ば無理やりイブっちを連れ出してしまった後ろ暗さから口にした言葉は、はたしてウチの足を止める結果になった。
本校舎と部活棟をつなぐ渡り廊下。繋いでいた手をほどき、ウチは振り返った。
「どうしてって、入部のこと?」
イブっちはどうしてウチは入部に反対するのかを知りたいのだろう。だからこの質問は当然だ。
確かに字面だけ見ればそうとしか捉えようがないが、しかし、ウチは入部自体に反対しているわけではない。
イブっちが何を求めているのか、それを判然とさせるための手伝いをしたいだけだ。
そしてそのためにウチが伝えるべきはふたつ。演奏環境と音楽性だ。
おそらくイブっちは軽音部に入ることの利点や、逆にコッキーポップ同好会に入ることの欠点を知らない。ならば、まずはそれを伝えなければ判断の土俵にも立てない。
そうして現実を伝えることは、形としてイブっちの意思を否定することになってしまったかもしれない。
イブっちの表情は冴えない。
このままズルズルと会話が暗くなっていかないように、ジョークのひとつでも言おうと頭をひねるが、碌なものが出てこなかった。
(まさか普段ひとりでいることの弊害がこんなところで出るとは・・・重大な問題の正体が10大要因って、こんなの新橋のオヤジでも笑わないだろ・・・)
そうして考えているうちに会話を止めてしまった。
正直、思いついたことを言うべきか迷った。こんなしょうもないこと恋ちゃんでも笑わない気がする。
期せずしてタメを作るように空いてしまった間だったが、これ以上引き延ばしても傷口が大きくなるだけなので、ウチは断腸の思いで口火を切った。ウチ傷だらけすぎるだろ・・・
「世知辛い・・・」
暗いトーンで呟くイブっちのその表情が微かに笑みを帯びているのは、ウチのジョークに呆れたからではないと思いたい。もしそうなら傷口に唐辛子を塗りつけられるレベルだ。
しかしながら、バンド活動にお金がかかることは事実。そのことはしっかり伝わったようだから問題ない。
すでにイブっちの顔は苦々しいものに変わっていた。
お金の話が続いて、ギター初心者に対して少し夢のないことを言ってしまったかもしれない。
「なんだか説得力がある・・・」
それはそうだろう。金銭面のやりくりが大変なことはすでに経験済みだ。そしてバイト、学校、外バンの3つを成り立たせるのは見た目以上にきついことも知っている。
しかしウチの遠回りした経験がこうしてイブっちへのアドバイスになるとするならば、意味があったことなのかもしれないと思うのは自己満足なのだろうか。
ウチの調子が狂わされている理由は、もはやわかっている。
ここでイブっちのためにと考えているということは、ウチの気持ちはイブっちに絆されているということなのだろう。
「色々言ったけど、それは結論じゃなくて判断材料のひとつだよ。」
そうして緩んでしまった心に引きずられないよう、努めて表情を引き締める。もしかしたら声が堅くなってしまったかもしれない。
今のイブっちは、ウチが良いと言った方に靡いてしまうかもしれない。それくらいの危うさを感じる。
だから強いてイブっちにボールを渡す。決めるのはイブっちだ。
「材料を加えるとすれば、一番最初に言ったこと。」
「・・・フィーリング?」
「そう。またの名を音楽性ともいう。ウチはそれが一番大切だと思ってる。」
過去、ウチの最大の失敗。それはこれによるところが大きい。
音楽性とは、何もジャンルだけに限らない。
エンターテインメント性を重視するか、はたまた技術か。なんとなく緩く続けていきたいのか、本気でプロを目指すのか。
結局、好きでもないことは続かないし、取り組む熱量が異なれば、いずれどこかしらに亀裂が生じて自壊するしかなくなる。
だから、音楽をやりたい人間が一番最初に考えるべきことは決まっている。
―自分のやりたい音楽を決めること―
そしてそれが見えたら、あとは単純。心に従うだけ。
―誰と音楽をやりたいか―
イブっちが求める音楽性を自分で気づくことができれば、おのずと答えは決まる。自分の道は定まる。
もちろん、道半ばで考えが変わることはあるだろう。それは当然のことだと思う。それはそこで新たに道を選択するというだけの話。
イブっちはまずは最初の選択をしなければならない。
そして、それはウチとは違う道であると、なんとなくわかっている。
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【真紀】
夕暮れに染まる廊下を昇降口に向けて歩く。
周囲にウチの足音以外に音はなく、どこか遠くで男女が会話する声が微かに聞こえるだけだった。
音楽室へ行くときはふたりだった影も、今はひとつだけになっていた。
ウチはなぜこんなにイブっちに肩入れしたのだろうか。
普通の人であれば適当に流すようなことだと思う。
自分はこっちが良いとだけ言ってそれでおしまい。その結果、どちらが選ばれてもそこに責任を感じたりしないし、そもそも気にもしないだろう。
(もしかしたら、今のイブっちを過去の自分に重ねているのか・・・)
自分の考えながら鳥肌が立ってしまった。ウチはいつからこんな気持ち悪い考え方をするようになったのだろうか。いや、答えはわかっている。
(あの男のせいなんだよな確実に・・・)
本人は格好いいと思っているらしい、不敵な?笑みを湛える男の顔が脳裏をよぎり、思わず自分で肩を抱いてしまった。なんだか寒気がする。もしかしなくても厨二病を感染されたのかもしれない。
最近は噂すら聞かないが、あの厨二病男はいまごろ何をしているのだろうか。
ふと向けた窓の外は薄紅。下校のチャイムが鳴り響く中・・・
「え!?嘘でしょ!」
驚きのあまり声に出てしまった。スマホを取り出して時間を確認、手のひらに汗が滲むのが分かった。
「そうだよねー・・・」
完全にバイトの存在を忘れていた。
たとえここで走っても遅刻時間は誤差の範囲を出ないだろう。
しかしそれでもウチは走った。
仲良さげに話しながら下校する女子生徒、じゃれ合っている男子生徒を尻目に進む。
本来は軽音部の見学の後すぐにバイトに行くつもりだった。ついイブっちのことが気になってケツを持ってしまったが、他人のケツを持つ前にまずは自分がしっかりしないといけない。
(ああ、でもイブっちのお尻ならちょっと持ちたいかも・・・柔らかそうだし。)
恥ずかしがりながらも良い反応を返してくれそうなイブっちを想像して少しだけ気分が軽くなる。
しかしそれは妄想であるとウチは知っている。
今日のことでイブっちとの接点はなくなっただろう。加えてわけのわからないようなことを言って入部を邪魔してくるやつとなんて今後関わりを持ちたいとは思わないだろう。
(大丈夫。また前に戻っただけ・・・)
無駄なことだとわかっている。それでも止まらない思考はウチの走る足を鈍らせる。
徐々に重くなる足取りは、しかし決して止めない。なぜなら、ウチは既に選択しているから。
止まればきっと振り返ってしまう。誰かの影を求めてしまう。
もはや息が上がって思考もままならない。しかしそれでいい。
滲む視界、荒い呼吸。ウチは夜の色が濃くなった街並みをひた走った。
20230525サブタイトルの附番を変更しました。




