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24 Cut To The Feeling(前編)―訳して、気持ちに素直になる―

【忍】

「じ、女装!?」

 心の中だけで唱えたつもりでしたが、どうやら口をついてしまったようです。私以外の誰も口を開いていない中、それは大きく聞こえました。

(え、ゴスロリちゅうに?・・・あれ、そういえば包帯は?してないってことは病気でも怪我でもない?)

 ステージに立っていたゴスロリ少女は左目に眼帯、片手片足にそれぞれ包帯を巻いていました。

 目の前の先輩は制服のシャツを腕まくりしていますが、見える範囲に包帯はありません。眼帯もつけていませんし、少なくとも目を怪我しているようには見えません。

(本当にこの先輩があのゴスロリ少女なの?)

 ゴスロリ少女は遠目から見た感じは、当たり前ですが、女の子にしか見えませんでした。確かに先輩は、身体の線は細いし、ガッチリ筋肉質でもありません。ステージ上のシルエットとは乖離は大きくないように思います。

 しかし、髪型や目元なんかはセットやメイクでどうにかなるかもしれませんが、身長や骨格までは変えようがありません。

 どうやって隠していたのか気になるところではありますが、当事者に確認しようにも、先輩は先ほどから机に肘をついたまま固まっています。茫然自失といった感じです。

 それゆえ、本人からゴスロリ少女であると肯定する言葉はありません。しかし逆に否定する様子もないので、この場合きっと真実なのでしょう。

(でもこの様子を見ると、先輩は女装していたことをばらされたくはなかったのでは?女装が趣味ならいざ知らず、誰かに衣装を強要されたとかだったら・・・?)

「先輩は女装が趣味なんですか?」

 なぜ、そうしたのか自分でもわかりません。他人のプライベートにズカズカと踏み込んでいいものではないこと、それはわかっています。しかし私は口をついていました。なぜか知りたいと思ったのです。

 はたして、私の問いかけに先輩は応えませんでした。以前俯きながらブツブツと何かを呟いています。

「おーい怜。指宿さんが呼んでるぞー?だめだ。現実逃避してる。ごめんね指宿さん。」

「いえ・・・」

(逃避するまで先輩を追い詰めたのはクロエ先輩だと思うのですが・・・)

「ゴホン!本人の代わりに答えると、それは彼の趣味です。」

「なんで英語の直訳みたいな言い方なんですか・・・」

「ちなみにゴスロリは私プロデュース、眼帯と包帯は怜の趣味!」

 溌剌と答えるクロエ先輩の表情は喜色いっぱいでした。

 聞けば、全員が変わった格好で演奏することを提案したのもクロエ先輩とのこと。そうなると、もしかして先輩はクロエ先輩に女装を強要されたのではないでしょうか。

 強要というと聞こえは悪いですが、しかし先輩の様子を見るに、それに近いことがあったのではと邪推してしまいます。

 ただ、クロエ先輩の話す表情に悪意はなく、あっけらかんとしています。

(人の秘密を暴露しておいて、その態度はないんじゃないの・・・)

 先輩は今なお固まっています。反論も抗議もせずに俯いています。

 それは、自分からクロエ先輩に意見することができないということではないでしょうか。

 それは、女装という、ある種の弱みを握られているからではないでしょうか。あるいは、私と同じように・・・

 そう思うと、他人のことながら沸々と怒りがわいてきました。

 私は人並みの正義観しか持ち合わせていません。こうして親しくもない誰かのために怒ることなんて今までありませんでした。

 誰もクロエ先輩に意見しない中で、青臭い考えかもしれないですが、私が言わなければならない気がしました。

 私は気がつくとクロエ先輩に啖呵を切っていました。

「クロエ先輩!秘密を勝手にバラすのは良くないと思います!」

 いきなり声をあげた私に、クロエ先輩は一瞬だけ驚いた表情を浮かべ、しかして、すぐにその表情をきょとんとしたものに変えました。

「秘密?あー怜の女装のこと?それとも厨二病の方?」

「ちゅうにびょう?とはどんな病気か知りませんが、どちらでも同じことです!クロエ先輩が勝手に言っていいことではありません!プライバシーは守られるべきです!」

「言うねー指宿さん。そういう直球なところ好きだよ。でも怜の場合、どっちも隠しているわけではないからなー。あ、厨二病は隠してるのか?いや、でも言動の端々から漏れ出てるしな・・・」

「え・・・?」

(今、何と?女装が趣味であることを隠してない?)

 そんなことがあるのでしょうか。

 確かに最近では多様性が大切だという認識が広がったように思います。そこかしこで多様性という言葉を耳にします。

 しかしそうは言っても、女装というのはまだまだアブノーマルだと認識する人が多いのも事実。しかも高校という閉鎖的な空間の中でそのことを隠さないというのはいささか懐疑的にならざるを得ません。

(クロエ先輩が嘘を言っているようには見えない・・・本当なの?)

「ちなみに、厨二病というのは理屈をこねくり回してそれっぽい言葉で言ったり、怜みたいに病気や怪我でもないのに眼帯や包帯をしたりすること・・・かな?」

「黒江さん。格好いいが抜けてる。」

「さすが一花さん!それを格好いいと思っている痛い人のことだ!あ、ちなみにゴスロリは厨二病ではありません。ベーシストの伝統です!」

 カラカラと笑いつつ「詳しくは怜に聞いて!」と言うクロエ先輩は無邪気そのものです。私の態度を気にした素振りもありません。

(ああ、この人はこういう人なんだ・・・)

 こういう、とは我ながら漠然とした認識ですが、しかして、この先輩をひとつの言葉で表すことができなかったのです。

 私が誤解したような、人の秘密を明かしてしまうような卑しさはなく、また打算もない。

 表裏のない性格は、快活でいて率直。おそらく、誰に対してもこんな態度をとるのでしょう。

 言い換えれば、ノリだけで生きているとも言えますが。とはいえ。

(わ、わ、私、先輩相手になんてことを・・・)

 何度か話した程度の、ほとんど初対面の先輩に喧嘩を売ってしまいました。しかも致命的なのは、その発端は十中八九、私の勘違いだということ。

 私の中にあったエネルギーが萎んでいくのを感じます。そして身体の中心にあった熱は、額や手、腋の水分に形を変えました。

(本当に私はどうしてしまったの・・・)

 今までの私からは考えられない大立ち回り。ある種の異常事態。

 しかし、私はそこに不思議な満足感を感じていました。そしてその正体がなんであるかもわかっていました。

 それは、他人の意見に迎合しない、私の本音。普段思っていても口には出せない言葉を出すことができたからなのでしょう。

 ひたすらに同調と協調を繰り返してきた私は、ただ、ひたすらに誰かの意見の追従しかしてきませんでした。

 しかし今この時、私は確かに自分の意思で思いを伝えることができたのです。

 その源は怒りなのか、同情なのか、はたまた別の感情なのかはわかりませんが、それは確かにできたことでした。

 なぜ今に限ってできたのかは自分でもわかりません。もしかしたら、この変り者だらけの中にあって、努めて普通であろうとすることが馬鹿らしかったのかもしれません。あるいは・・・

「落ち着け小僧。話はそれからだ。」

 それは突然でした。

 今までだんまりを決め込んでいた先輩が口を開いたのです。

(え、急になに・・・私が怒鳴ってたからってこと?え、だとすると先輩、会話に混ざるの下手過ぎない?というか、今何て言った?小僧?私が男に見えると?先輩チラチラ胸見てたの気づいてるんだからね?というか!見てわからないの!)

「だ、だれが小僧ですか!私はこれでもDはありm・・・~~っ!」

 私は、混乱しているのでしょうか。事実そうなのでしょう。

 クロエ先輩への怒りの発露。勘違いの羞恥、不思議な満足感。この短時間で私の感情は上下に乱高下、左右へ右往左往を経験しています。既に私のキャパシティーを超え、錯乱状態なのでしょう。その証拠に重複した言葉を繰り返し思考してしまっています。

(なんか、ニヤニヤ笑ってるし、私はこんな人の名誉のためにクロエ先輩に啖呵を切ったの!?なんだかさっきとは違う意味でムカムカしてきた!たかが胸の大きさを聞いて喜んでる男には何か言い返してやらないと気が済まない!)

「い、いまどきの女の子ならDくらい普通じゃないd・・・」

(私としたことが・・・)

 クロエ先輩とイチハナさんに擽られながら、頭では冷静な自分がいました。

 私は先輩の言葉に気を取られ、クロエ先輩とイチハナさんの会話を失念していました。

 ふたりの会話は、その詳しい内容はわかりませんでしたが、おそらく胸の大きさを気にした会話でした。

 空気を読むことに懸けてきた私にあるまじき失態。この部屋に来てこっち、調子が崩されっぱなしです。全く私らしくありません。

(私らしさってなんだろう・・・・・・っ!!ブラのホック外れた!?)

 それはふたりの擽りから抜け出して息をついたその瞬間。胸にふっと解放感を感じて、制服の上からでもシルエットが崩れたのがわかりました。

(ど、どうしよう!?)

 私の思考は錯乱状態を通り越し、停止を余儀なくされました。

20230525サブタイトルの附番を変更しました。

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