20 騙された・・・?
【忍】
クロエ先輩の騒動の後、入部希望者は希望するパートに分かれて機材説明を受けることになりました。
ある人は友達と一緒に。またある人は知り合いだろう先輩部員と一緒に。
(あるいは私のようにボッチで・・・)
挙手して立ち上がって以降、私の周りには壁ができていました。チラチラとこちらの様子を窺ってきますが、積極的に話しかけてはこない、そんな感じです。
(見えない心の壁ですか・・・入学したてからこれは堪えますね・・・)
ギターパートは「まーしゃるあんぷ」の前に集合とのことでしたが、その「まーしゃるあんぷ」なるものがわかりません。頼る人もなく、詰んだかもしれません。
ひとりため息をついて肩を落としていると、その落とした肩が叩かれました。
「やるねーイブっち。」
振り向けば、いえ、振り向かなくてもこの声には聞き覚えがあります。
真紀ちゃんはウーっと伸びをしながら「よく寝たー」と満足げな表情を浮かべていました。
「ウチ、オリテっていうから山の中でスタンプ集めるのかと思ったよ。」
同志!こんな身近に同じ勘違いをする仲間がいるとは思いませんでした。感動のあまり真紀ちゃんの手を握って私の中学の勘違いを共有してしまいました。
「あ・・・でもこんな変人と一緒にいると真紀ちゃんも仲間だと思われちゃうよ・・・?」
「何言ってんの!すでにウチらは仲間でしょ?オリテ勘違い仲間!」
「真紀ちゃん・・・!」
「気にすんなって!ウチら、ズッ友だろ?」
(ああ、なんだか急にダメな気がしてきた・・・)
私の思考にフラッシュバックしたトモちゃんがそのまま高速で通過していきました。
「私はどんな機材があるのか気になるし説明を聞きに行くけど、イブっちはどうする?クロエ先輩、コッキーポップ同好会ってとこの人らしいし、そっちに行く?」
そうでした。
クロエ先輩の所属するクラブはわかったので、これからの機材の話を聞かず音楽室を抜け出しても問題ないように思います。しかし。
(クロエ先輩とイチハナさんは軽音楽部の邪魔をしにきたってことなのかな?ま、まさか不良ってやつ・・・?演奏は素敵だったけど、そんな人たちのところには入りたくないな・・・けど。)
―ほんとに私が言いたいことがわからない?―
ふと、さっきのクロエ先輩の言葉が頭を過りました。
確かにクロエ先輩は場を掻き乱しました。そのせいで部長さんの想定は大きく狂わされたのでしょう。
しかし、そのおかげで音楽室の雰囲気が変わったともいえます。部長さんのイメージも最初の堅そうで真面目なものから、かなり砕けた印象になりました。
(もしかして全部意図的にやっていた・・・?)
音楽室の雰囲気のことも、部長さんのイメージのことも、全て考え尽くして計算されたことだったとしたら。
(か、考えすぎだよね・・・?)
私は少し大袈裟に頭を振ることで妄想を打ち切り、真紀ちゃんと一緒に機材の説明を聞きに行きました。
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機材説明は恙無く終わりました。当然と言えば当然です。先ほどのことが異常事態だったのです。
しかしその内容は、正直よくわかりませんでした。
説明は田中先輩が実際にギターを持ち、実演形式で行われたのですが、正直、初心者の私には説明のテンポが速すぎてついていけませんでした。
私の場合は、真紀ちゃんが横から補足的に解説をしてくれたので、なんとかなったところもあるのですが、私以外の初心者の人はチンプンカンプンだったに違いありません。
しかし先輩が実際にギターを弾いてくれた時は、その迫力に驚きました。それにピロピロと高速に演奏する田中先輩に黄色い声も上がっていました。それがどれくらいすごいことなのか私にはわかりませんでしたが、田中先輩と目があったので取り敢えず拍手だけは返しておきました。
「イブっちはこれからどうする?ウチはもう少し見てこうと思うけど。」
ギターパートの説明は既に終わっています。他のパートはまだ説明が続いており、真紀ちゃんはそちらも見に行くつもりのようです。
(他の楽器のことも知りたいし、真紀ちゃんについていこうかな?)
自分のパートのことも碌にわかっていませんが、「べーす」やドラムについても聞いておきたい気がします。
ムーっと唸りつつ、どうするか迷っていると、ふいに袖が引かれました。
「お話し中ですか?」
そこにいたのは可愛らしい女の子。傾げられた首にきょとんとした表情。身長は私よりも少し小さく、綺麗な黒髪は高い位置のポニーテールで結ばれています。スカーフの色は私と同じでした。
「い、いえ。ご用ですか?」
私は真紀ちゃんに視線で許可をもらい、女の子に返事を返しました。
(用事があるから話しかけてきたのに、ご用ですかはないよね・・・)
同級生の女の子相手に取り乱してしまったことが恥ずかしく、頬が熱くなるのを感じました。
「そうですか?ならお言葉に甘えて。私、これから軽音部ではない音楽系のクラブを見に行こうと思っているのですが、よろしければ一緒に行きませんか?」
女の子の話し方は泰然として堂々としていました。可愛らしい見た目とのギャップがあるのですが、しかしてそこにグッと惹かれてしまいました。同性の私でも惹きつけられる何かがあるような気がしました。
(ど、どうしよう。私、軽音楽部以外のところって見たことないし、見学したいような気もする・・・真紀ちゃんが一緒なら・・・いや!他の人に頼るんじゃなくて少しは自分で決めなきゃ!)
習慣というのは恐ろしく、無意識に顔を向けていた真紀ちゃんと目があいました。
私は努めて視線を外し、自分の中で結論を探しました。
(軽音楽部は悪いところではなさそう。コッキーポップ同好会は・・・もし不良の集まりなら、やめた方がいいのかな・・・)
葛藤、思案することしばし。私の視線の意味をどう捉えたのか、真紀ちゃんは「しょうがないなー」と苦笑いを浮かべて、私の背中を軽く叩きました。
「ウチ、興味あるからイブっち一緒に行かない?」
「ま、真紀ちゃんがそう言うなら・・・」
「決まりですね。」
それから私たち3人は音楽室を後にしました。
前を歩くふたりは何やら話し込んでいます。
それは私が置いてけぼりにされているのではなく、もちろん会話に混ざっても良かったのですが、私の心中はそれどころではありませんでした。
ふたりの背中を見ながら、自分の情けなさにため息をつきました。
(前にもこうして落ち込んだ気がする・・・全く成長してないなあ・・・)
できる人からすれば、なんだそんなことと言われてしまうようなことでも、私にとっては乗り越えるべき壁があります。
私は物心つくころから誰かに依存して過ごしてきました。
いえ、依存というと語感が強すぎるかもしれません。私のそれは協調とか同調、誰かの意見に合わせるといった類のものです。その中身は他人任せ100%の寄生虫なので依存と言っても差し支えはないのですが。
そしてそれは今なお変わっていません。先ほど、そのことをまざまざと実感しました。
高校に入学して、何かを自分で決めているようで、その実、何も決めていませんでした。ずっと誰かに合わせて選択しています。
私の悪癖。自分では何も選ばず、誰かのあとに続くこと。
それはとても楽なことです。選択した責任は自分にはなく、選ぶ決断をした人が受け持つのですから。
ただこれには、「その選択を否定しなかった時点で自分にも同じ責任が発生する」という但し書きが付きますが、それを無視することなど、私には容易いことでした。
選択が正しければ負担ゼロで甘い蜜を享受し、間違っても自分は痛まない。最低な構図です。
しかし私はそれを良しとしていました。そもそも、その行為が孕む問題に考えが向くことがなかったのです。あの日の破綻が訪れるまでは。
私は何者なのでしょうか。
ただ誰かに合わせて生きるということが私の本質なのでしょうか。
(いやいや・・・本質とかそれっぽい言葉で自分を騙したってしょうがないよ・・・)
「こちらです。」
私が妄想の海に浸かっている間にどうやら目的地についていたようです。
幾度と繰り返した悔恨、その思考に再び蓋をして心の奥に沈めます。しかし、きっといつしかまた浮上してきて、また私の心を苛むのでしょう。
女の子は「戻りました」と部屋の中に声をかけながら入っていきました。
真紀ちゃんは私の顔を見て「大丈夫?」と気にかけてくれました。きっとひどい顔をしていたのでしょう。
(真紀ちゃんは友達甲斐があるなぁ・・・)
もし真紀ちゃんと出会ったあの時に戻れるなら、自分自身にグーでパンチを入れたいところです。
「真紀ちゃんありがとう!」
急にお礼を口にした私を見つめて、真紀ちゃんは不思議そうな顔をしています。
(いつまでも気落ちしていてもしょうがないよね!)
私は何かを言い加えることはせず、真紀ちゃんに微笑みだけを向けて部屋に足を踏み入れました。
「ようこそ!コッキーポップ同好会へ!」
その声は元気のいい女の子のものです。目の前には3人で作られた組体操の扇、その傍らに先ほどの女の子がいました。
思うことは。
「だ、騙されたー!?」
20230525サブタイトルの附番を変更しました。




