17 上手いだぎゃ(名古屋弁)
【忍】
時間にすれば5分足らずの出来事だったと思います。
思う、というのは、私がその演奏に見入ってしまい、正確な時間を把握できなかったためです。
耳朶を打つその振動はやがて身体に伝わり、私の心を揺さぶりました。
空気を揺らす音の奔流。どこまでも広がっていきそうなその波に身を預ければ、全身が包み込まれるような錯覚を覚えました。
得も言われぬ、身もだえするような時間は、私に何もさせてはくれませんでした。
「めちゃくちゃうまいね。ミニスカポリス先輩たち。」
演者がステージからいなくなっても、目が離せず茫然としていた私は隣からかけられた声で我に返りました。
「すごい・・・すごいよ!」
熱に浮かされた頭ではうまく思考がまとまりませんでした。どうやら頭だけでなく胸の奥も熱く滾っているようで、思いのたけがあふれてしまいます。
「私バンドとかよくわからないけど、今の演奏がすごいってことは何となくわかった!なんていうのかな、音が踊ってた?とにかく楽しい感じが伝わってきた!でも、私変なのかな?楽しいはずなのに胸が苦しいんだ。ああでも!やっぱr・・・」
「イブっち、ひとまず落ち着いて。」
少々取り乱していた私は、二条さんの抑揚に乏しい声で正気を取り戻しました。鼻息荒くまくしたてていたことが恥ずかしく、わざとらしく咳払いをしてばつの悪さをごまかしました。
「ご、ごめんなさい。つい・・・私こんな気持ちになるなんて初めてで・・・言葉がうまく出てこないんだけど、でら感動した!」
「なんで名古屋弁?・・・でもそっちの方がウチは好きかな。」
「わ、私名古屋出身とかじゃないんです!テンパってつい・・・」
自分でもなんで名古屋弁になったのかわかりませんでしたが、それだけ混乱しているということなのでしょう。大きく深呼吸をして気持ちを整えました。
「そっちじゃなくて。同級生なんだし、敬語なんていらないよ。」
付け加える形で「名前で呼んで」と言う二条さんは柔らかに微笑んでいました。
「そう、だね。わかったよ。真紀ちゃん。」
少しだけ気恥ずかしいのは、さっきまでの羞恥心が抜けていないからなのか、はたまた自分がこんなアニメかドラマのような自己紹介をしていることに対するものなのか。私にはわかりませんでした。
ですが、今はそんなことを考えるよりもすべきことがあります。
「周りのみんなは戸惑ってるみたいだし、やっぱり私が変なのかな・・・?」
「イブっちの心に響いたのなら、それでいいと思うよ。」
周りの様子を窺ないながら聞いた私の問いに、真紀ちゃんは即答しました。
私の胸に渦巻く何か。その正体を真紀ちゃんの言葉が示してくれたようでした。
「心に・・・そっか。」
美少女先輩たちの演奏はすごいと思いました。ギターも満足に弾けない私なんかが烏滸がましいとは思うのですが、前に演奏した軽音楽部に比べ、美少女先輩たちの演奏は耳で音の波を捉えるだけじゃない、全身に染み込んでくるような、そんな錯覚を覚えました。
技術的なことがわからず、感覚的なことしか言えずもどかしいのですが、とにかくすごかったのです。
そして、この感動は私だけのもので、他人は関係ないのだと、私が周りを気にするあまり気が付かなかったことを真紀ちゃんは教えてくれました。
しかし、最後に「周りなんて関係ないよ・・・」と言い加えた真紀ちゃんの表情に少しだけ陰を感じて、私は水を向けました。
「真紀ちゃんは?」
「ん?」
「真紀ちゃんは今の演奏どう思った?」
「ウチは・・・悔しかった。」
「え?」
「ああ、ごめんね。ウチの感想じゃなくてバンドのだよね。そうだね・・・めちゃくちゃ上手いと思った。興奮するのも無理ないと思うよ。あ、でも格好はちょっと残念かな。」
先ほどは私に道を示してくれた真紀ちゃんの言葉ですが、はたして、今度の言葉には素直に頷けませんでした。
(真紀ちゃんは衣装が残念と言うけれど、ここにいるほとんどの人は私みたいな楽器のことがわからない人だと思うし、短い時間でその人たちの印象に残るように敢えての格好だとしたら?)
たぶん、楽器を弾ける人とそうでない人では見え方が違うのだと思います。
それは、技術的なことがわかる人には演奏で惹きつけ、そうでない人には見た目で耳目を引く。
ちぐはぐで、ともすれば滑稽なあの格好は、考え抜かれた上での形なのでしょうか。
(もしかしてそれを考慮して変な格好で演奏していた・・・?)
もしそうなら、あの衣装を考案した人は緻密な思考の持ち主で、人の機微がよくわかる人物なのでしょう。さもなくば、深く考えていない、ノリで生きている人といったところでしょうか。
「演奏は率直にすごいと思ったよ。私はイブっちみたいに素直に感動できなかったけど。」
真紀ちゃんの表情には未だ陰のようなものがあります。私は気が付くと真紀ちゃんの顔を正眼に捉え、その理由を問いていました。
「どうして?」
「ああ、いやごめん。イブっちの感覚を否定するわけじゃ・・・」
「そうじゃなくて、なんで悔しいの?」
「そっちね・・・そうだね・・・・ギターやってる身からしたら、自分よりはるかに上手い人を見たらつい、ね。ウチにあれ以上のプレイができるかって考えたら、負けたくないって思いが溢れちゃって、素直に感動できなかった。」
「そっか・・・」
なぜ、気になったのか。どうして聞いたのかは自分でもわかりません。もしかしたら深く考えずなんとなく聞いただけなのかもしれません。
いえ、違いますね。おそらく私は自分の中に確信めいたものがあって、無意識的にその勘に従ったのだと思います。
真紀ちゃんの言葉で、私の中の欠けていたピースがはまった気がしました。
この胸の苦しみ、感動とは違う何か。
それはたぶん。
「この気持ちは負けたくないってことなのか。」
「イブっち?」
思わず口をついた言葉は、はたして誰にも届かず、しかし私の心の奥底に楔を打ちつけたように感じました。
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