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14 恐ろしいものの片鱗を味わった

【真紀】

 ありのまま今起こった事を話す。

 目の前で繰り広げられた光景に講堂にいるすべての人が釘付けだった。見つめる生徒たちは身じろぎもせず、まるでこの場だけ時間が止まったようだった。

 唯一動いているのはステージ上の演奏者たちだけだ。カツカツという床を打つ音に目を向ければ、ステージ中央でひとりの少女がマイクを構えていた。

「はーい!みなさん拍手ー!そしてこんにちは!私たちはコッキーp・・・え、ちょっと!」

 拍手を促されて、会場はようやく動き出した。拍手が疎なのはどう対応していいかわからなかったからだろう。

 注目を集めるように躍り出たのは警察の格好をした少女。今日の昼にイブっちに話しかけていた先輩だった。

 警察の制服ではあるが、それはコスプレだ。そのスカートは極端に短い。頭には帽子、足元はピンヒール。腰にはなぜか鞭を帯びていて、その恰好と相まって、いかがわしい何かを感じた。

 しかし、それでも嫌悪感がなかったのは、その扇状的な恰好が妙に似合っていたからだろう。

 ピッタリとした制服と短いスカートは彼女のプロポーションの良さを際立たせ、その勝気な表情から想像できる彼女の性格を腰の鞭が補完していた。

 マイクを持つ直前、ジャージを脱ぎ、靴を履く姿さえなければ、なお見栄えは良かっただろう。

 そんなミニスカポリス先輩は、本来の職務上の権利であるはずの逮捕権を逆に行使されていた。端的に言えば、生徒会の人に羽交い締めにされてステージ袖に引っ張っていかれた。

 残されたゴスロリとくま、ニワトリもそれに倣って袖にはけていった。

 司会から「し、少々お待ちください」と少しどもったアナウンスがあって、次の瞬間には生徒たちが起こす喧騒が講堂の空気を揺らしていた。


 何が起きたのかわからない。

 あの美少女は誰なんだ?

 ピアノソロはすごかった。


 場を満たした生徒たちのさざめきは、留まることがなかった。


――I'll Close My Eyes――


 ほんの5分前に彼女たちが演奏した曲。

 ジャズセッションでは定番の曲だ。リードはトランペットが有名だが、今の演奏の編成はエレキギター、ピアノ、エレキベース、ドラムのカルテットだった。

 それは突然に始まった。

 軽音部の演奏が終わり、講堂には新歓ステージを締める司会の声だけが響いていた。そんな中、まるで司会の言葉を邪魔しないBGMのように、優しいピアノの音色が広がった。

 だがそれはこの場において異常事態だ。講堂にいる人の視線が司会から外れてステージ上のピアノに収束された。

 この時点では会場は訝しむ声が主だった。


 ピアノの音が聞こえないか?

 軽音部の演奏は終わっていなかったのか?

 変な格好をしたやつらがステージを占拠している。


 生徒たちの声は会場中を伝播していき、漣を作った。

 しかし、ギターがテーマを弾き、ベースとドラムが加わった頃には会場に理解の色が広がった。

 珍妙な格好をしたやつらがジャズっぽい、おしゃれな音楽を弾いていると。

 その恰好は奇怪。ゴスロリとニワトリ、それとくま。際立っているのはミニスカポリス。各々楽器を携え、仮装行列もかくやというものだった。

 しかし、ふざけていたのはその恰好だけだった。

 迫力のある、まとまりを感じる音の波はこのバンドが高いレベルであることを示していた。

 おそらくキーはF。曲調は明るく、ミドルテンポ。だがそれは記憶にあるものより少しアップテンポに聞こえた。

 ギターがテーマを弾いた時点で、このギタリストの技術が高いことがわかった。

 使っていたのはレスポール。なぜレスポールでこんな甘い空気感を伴った音が出せるのかわからなくて臍を噛んだ。だが、このギタリストがすごかったのは音作りだけではない。

 ただ楽譜上のメロディをなぞるだけではないグルーヴ感、曲へのアプローチの仕方、リズム感、ノリ。悔しいことに、凡そウチが感じ取れるものは全てが自分よりも上手いと思った。

 このギタリストはリードとしてこのバンドの雰囲気を形成していた。

 テーマを弾き終えると、ピアノが前に出てきた。ピアノソロだ。

 前に出ると言ってもオラオラと強引にではない。しずしずと奥ゆかしく、だが確かな意思を以って。

 それは直前までの、ウェットで艶やかなギターの音色とは違う、軽快で柔らかな音像に変わった。全く個性が違う弾き手のはずなのに、このピアニストは場面が切り替わる時の落差を感じさせなかった。

 軽やかに奏でられるピアノは徐々にその音数を増やして曲を盛り上げていった。最初に回ってくるソロパートとして聴衆をグッと惹きつける、華々しいソロだった。

 ピアノソロが終われば、次にソロをとったのは、思ったとおりギターだった。

 そしてやはりこのギターとピアノ、受け渡しがかなり上手いと思った。一瞬の目配せとともに渡されたソロは淀みなく繋がり、曲にブランクを作らなかった。

 それは、このふたりの相性がいいのか、それとも練習を重ねてきた経験があるからなのか、私には見分けがつかなかった。

 ギターソロへの進行は予想どおりだったが、予想外だったのはソロの内容。

 直前のピアノソロは音数を徐々に増やしてく盛り上げ方をしていた。

 ギターはその逆。空間を音符で埋めるのではなく、音と音のあいだを意識した、言うなれば玄人が好みそうな渋いソロだった。

 チョーキングの音の上げ方やダブルストップなどのアプローチ。端々に垣間見える音選びのセンス、一気にハイフレットまで駆け上るテクニックなどは見事だった。それはテーマを弾いた時にも感じた、艶やかさを伴った、色気のあるソロだった。

 ピアノソロと比較すれば派手さはないかもしれない。しかし、見る限りテクニックがないわけではない。

 だとすればまさか、ピアノが盛り上げた曲に緩急をつけるため、あえて音数を減らし、なおかつ自分の色を出しながら弾いたのだとでもいうのだろうか。

 もしそこまで考えてのアプローチなのだとしたら、あのニワトリは本当にウチと同じ高校生なのだろうか。そんな疑問がウチの頭をよぎった。

 ウチとは音楽性が違うとはいえ、自信を無くしてしまいそうになった。自分に同じことが出来るだろうかと。

 自問し、気分が沈みかけていたところにそれは起きた。

 完璧だったセッションは一部の陰りを見せた。

 ギターソロも終盤に差し掛かったとき、それまで支えに徹していたドラムが存在感をアピールし、主張し始めだのだった。

 前に出ること自体は悪いこととは思わない。ジャズにもパワフルでアグレッシブなドラムがあっても良いと思うし、ソロで思いっきり目立てばいいと思う。しかし、この時は何かがおかしかった。

 ドラムが主張し始めると、それにつられたかのように他の楽器が乱れた。一瞬だけ、戸惑いを帯びた停滞を感じ、しかし、各々が視線を交わした後には元の調子に戻っていた。

 そうしてギターソロが終わるとドラムソロが始まった。

 ドラマーの表情は満面の笑み。しかしそれはどこかおどけたような、悪戯な顔にも見えた。

 まさかと思うが、ドラムソロは予定になく、あの時に無理やりドラムがソロを持っていったのだろうか。

 ドラマー以外のメンツの戸惑い然り、真実はウチの予想とそれほど違わないのではないだろうか。今までのウチの演奏の蓄積がその想像を後押ししている気がした。

 ドラムソロは、悪戯な表情とは裏腹に、いや、ステージ上でそんな表情ができるからこそかもしれないが、圧巻のプレイだった。

 当のドラマーはモンスターだった。

 そして同時に理解した。このバンドを支配しているのはドラムだと。

 ドラムソロは、すごかった。

 すごかったなんて語彙力に乏しくチャチな表現だが、それ以外に適切な言葉が思いつかなかった。

 そのプレイは、手と足を動かしている人物が同じだと思えなかった。もっと言えば、両手両足それぞれに意思がある別々の生物なのではないかと思った。

 楽器を弾かない人からすればなんてことはないように映るかもしれないその動きは、対して楽器を少しでもかじった人ならわかる、常人離れしたものだった。

 次から次に繰り出される複雑なパターン、揺るがないリズム、音の強弱だけではない緩急のつけ方。BPMは一定のはずなのに、音が加速しているような錯覚を覚えた。

 ただそれはむやみやたらに主張していたというわけではない。持っている技術をひけらかしていたわけでもない。目立つが、曲を破綻させるようなソロではなかった。

 それはしっかりと周りを見ているということだし、人が集まって1つの音楽を形成することの意味を理解している証拠だと思った。

 圧倒的な存在感。思えば演奏が始まって以降、つい肩を揺らしたくなる感覚の正体はこのドラムなのだとわかった。このドラマーが放つ独特なオフビートの感覚は、踊り出したくなるようなスイング感を生んでいた。

 そして、この前へ前へ進もうとする推進力は一朝一夕にものにできるものではないと、ウチは知っていた。長年の経験か、あるいは、そういう環境で育ったか。ドラマーは日本人離れした顔立ちだし、もしかしたらアメリカなんかでジャズをやったことがある帰国子女とかなのだろうか。

 怒涛のように繰り広げられたドラムソロはウチが呆気に取られてるうちに終わっていた。

 そして一瞬の目配せの後、ベースソロが始まった。

 正直、このバンドを見たとき、ベースだけが残念だと思った。

 ベーシストはゴスロリの衣装、手や足に巻き付けられた包帯、片目を覆う眼帯と、その見た目からどこぞの厨二病患者かと思った。見た目で判断してはいけないとはいえ、どうしても見た目に気を取られて奇抜で突飛な感が否めなかった。

 極めつけは使っているベースだ。

 ジャズスタンダードという、ある種古典的な音楽にも関わらず、その少女はアクティブのエレキベースを使っていた。おそらくBETAと呼ばれるモデルだ。

 本来は攻撃的で派手な音がするベースだ。だからジャズにマッチするとは思えなかった。

 音を抜きにした見た目から判断すれば、ベーシストには改善の余地がある、そう思った。

 しかしそれは間違いだった。

 一番重要な音の部分を除いたその思考は、最初から間違っていた。

 この存在感のあるメンツの中で埋もれないようにするにはどうするか。それを体現するかのようにそのベースは音を響かせていた。

 その音作りは堅実。凡そ外見からは想像できない太く丸い音は、明らかにパッシブのもの。おそらくベース上で切り替えができるのだろう。

 ジャズにあって、音が跳ねすぎているのではないかと思ったその弾き方も、この化け物だらけの中で埋もれないようにするための手法だったのだと理解した。

 見た目に反して、そのプレイはよく考えられていて堅実そのもの。見た目だけで判断してしまった自分が情けなかった。

 しかし、認識を改めても、ベースソロは不憫だと思った。

 ギターソロで終盤に向かっていた流れをドラムが一気に変えてしまった。もう一度盛り上げてしまった。そしてベースソロはそれを軌道修正するために使われた。

 おそらくは予定になかった持ち番だと思うが、それでもドラムが散らかした後始末をしながら自分のソロを捨てずにやりきったのは高い技術力があったからこそなのだろう。

 このベーシストの支えがなければ、ともすれば、ドラマーの暴走という形でこの曲は破綻していたかもしれない。もしかしたら尻拭いをさせること前提でドラマーが動いていた可能性もあるが。

 ともあれベーシストの尽力もあり、曲は想定していた流れに戻ったのだろう。その後はテーマを弾いて大団円を迎えた。


 何を言っているのかわからないと思うが、それでいい。

 こんな小難しいことを考えるより、もっと重要なことがあるから。

 The Peaceというバンドのギタリストがかつて言っていた、ウチの心の奥底まで刺さった言葉がある。

 彼曰く。


 音楽なんてやりたいやつがやるだけだ。好き勝手に演奏して、それが胸に響いたやつには伝わるし、そうでないやつには伝わらない。

 その演奏が素晴らしいものだと、他人がどれだけ触れ回っても、わかるやつにはわかるし、わからないやつには一生かかってもわからない。

 わかったやつにしても、あの人が格好良かったとか、あの歌詞あの技術がすごいとか、理論的に分析すると美しいとか、せいぜいその程度だ。

 弾き手がどれだけ曲に思いを込めても、どれだけ音にこだわっても、どれだけ技術を駆使しても、それは聴き手には1割も伝わらない。

 だから、そんなことを論じても意味はない。そんなもの弾き手が思いを伝えるための1ピースでしかないのだから。

 だが思いが伝わらないからと言って、それは悲嘆するようなことじゃない。当然のことだ。

 人と人は全てを共有できるわけではないし、人は自分に理解できることしかわかろうとしない。

 すなわち、音楽とは聴き手が勝手に何かを感じるだけであり、その何かを感じさせるために弾き手がいる。 

 だからこそ、弾き手は魅せ方を工夫し、技術を駆使して、1mmでも聴き手の琴線に触れられるように努力する。

 だから小難しいことを考えるのは弾き手だけでいい。聴き手は頭空っぽにして自分の中にだけ目を向けていればいい。

 つまり、最も重要なのはその演奏によって聴き手の心が動いたかどうか。


 その演奏は、そいつの心を震わせたか?


「すごい・・・すごいよ!ねえ二条さん!私、変なのかな?胸が苦しいんだ。」

 だから、頬を朱に染めて鼻息を荒くしている隣のロック少女は、きっとこの場にいる誰よりも正しい反応なのだろう。

 彼に倣うなら。

「イブっちの心に響いたのなら、それでいいと思うよ。」

20230525サブタイトルの附番を変更しました。

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