13 ロックとは
【忍】
私があんパンを食べ終えて講堂に入るころには、既に講堂の席はそのほとんどが埋まっていました。
しかし空き席はあります。座ろうと思えば座れるのですが、河川敷に等間隔に腰かけるカップルよろしく、2~3人置きにある空き席に割って入って座る勇気は私にはありません。私は壁にもたれかかって演奏を見ることにしました。
「お、また会ったね。」
何となく背を預けた場所には見知った顔がありました。文字どおり顔しか知らず、名前も知らない女子生徒です。
「二条真紀。あなたは?」
そんな私の胸中を察したわけではないでしょうが、二条と名乗った生徒はニッと屈託のない笑顔を向けてきました。
「い、指宿忍です。」
二条さんの笑顔は裏表のないものでした。対してつられるように出た私の笑顔はぎこちないものになってしまいました。私は二条さんが得意ではなかったからです。
いえ、得手不得手を判断できるほど会話したこともないのですが、見た目がやんちゃそうな人とは関わり合いになったことがなかったので、敬遠してしまったのです。
「指宿さんか。ねえ、イブっちって呼んでいい?」
だから、この提案には驚きました。あだ名で呼んでもらえるほど仲がいいわけではないと思ったからです。
あだ名で呼ばれること自体に嫌な気持ちはしなかったので、頷きながら肯定を返しましたが、特段、彼女に気に入られるようなことをした覚えもありません。どうしてそんなにフレンドリーなのか不思議でした。
「・・・」
「・・・」
(き、気まずい!なんで何にもしゃべらないの!?フレンドリーだと思ったのはやっぱり勘違いなの!?)
自己紹介したきり会話が途切れてしまった私たちは正面のステージをただひたすらに見つめることになりました。それは奇しくも、この春就任した妖怪自己紹介の面目躍如を果たすことになりました。
(なんだか険しい顔しているけど、何か話せってことなのかな・・・?よ、よし!やってやろうじゃない!私の世渡りスキルをなめてもらっちゃ困るよ!)
「そ、そういえば、二条さんは軽音楽部に興味があるんですか?」
「ん?そうだね。」
「そうなんですか。」
「・・・」
ダメでした。
所詮は15年程度しか生きていない小娘の戯言に過ぎませんでした。私はダメな子です・・・
二条さんが見つめる先では軽音楽部の先輩方が演奏の準備をしています。その中には田中先輩の姿もあり、女子たちに黄色い声援を送られています。どうやら田中先輩は人気者のようです。
(い、いやまだ挫けるには早い!ここは田中先輩を利用させてもらって会話のきっかけに・・・)
「田中先輩ですか?イケメンですよね。なんだか注目されてますし、きっと演奏も上手なんでしょうね。」
女の感ですが、おそらく二条さんは田中先輩を見つめています。
ならば、ここは褒めるというのが正解でしょう。自分の好きなものを褒められて嫌な人はいません。
「田中って人が誰だかは知らないけど、あのギタボのことなら、仮に演奏が上手くても私は格好悪いと思うよ。」
不正解でした。むしろ地雷を踏みぬいてしまった感もあります。二条さんはより険しい顔つきになりステージを見つめています。
しかし、田中先輩を見ているということはわかったので、ここを切っ先に会話の数珠をつなげていこうと算段を立てました。
いえ、それは正確ではないかもしれません。
私は彼女のこの反応を、会話を続けるためと打算的に考えるのではなく、10人が10人イケメンと答えるだろう田中先輩を格好悪いと言い切ってしまうその理由を知りたくなってしまったのです。
「田中先輩はただ立って女の子に手を振っているだけのような気がしますが・・・?」
「それが問題だよ。今は転換の時間でしょ?なら、エフェクターを準備したりギターのチューニングをしたり、やらなきゃならないことはいっぱいあるはずなんだ。でもあの男はそれをしていない。おそらく後輩だろう男どもに全部やらせて、自分は女の子に手を振ってる。めっちゃ格好悪いよ。」
二条さんは私の方に向き直ると、その目に力強さを湛えて言い切りました。
おそらく自分が信じているものがあって、田中先輩はその主義に反しているのでしょう。
「その田中って人がプロのギタリストで、代わりに準備しているのが田中のローディーなら文句はないよ。だってそれはそういう仕事だから。でもこのステージは違うでしょ?少なくとも後輩だけを働かせて自分は何もしないっていうのはおかしいよ。」
「か」
「?」
「格好いいです!」
「・・・は?」
「自分の考えを素直に言えるところ、すごく格好いいと思いました!私、誤解してたみたいです!」
「はあ・・・」
満面の笑みを浮かべる私とは対照的に、要領を得ないといった風な表情を浮かべる二条さんは、しかしてその先を語ることはできませんでした。軽音楽部の紹介が始まったからです。
私たちはどちらともなくステージに向きなおり、軽音楽部のステージに耳を傾けました。
【真紀】
軽音部の演奏が終わった。それと同時に数人が出てきて機材の片付けをしている。そしてその傍では並行して生徒会の司会進行役が新歓ステージを締めくくる言葉を述べていた。
正直、軽音部の演奏は可もなく不可もない出来だと思った。
まあ、高校の新歓ステージ、それも今流行りの曲のコピーなら十分な出来だと思う。
イブっちが言っていたギタボの田中は、後輩にローディーをやらせるくらいには上手かった。でもそれはあくまで高校生が弾くにしてはという程度だ。それよりもこのバンドで特筆すべきはドラムだと思う。派手さはないが実直なプレイスタイルはリズム隊の一種の最適解だと言えた。プロレベルかと言えばそれもまた違うのだが。
(高校生のコピバンで何言ってんだって感じだけど、オリジナルをやりたい身としてはちょっと物足りないかな・・・)
軽音部に入ってオリジナル曲を一緒にやってくれるメンツ探しの画策は修正を余儀なくされるかもしれない。
(まあ、軽音部は人数多いって聞くし、この先輩たちだけが全てじゃないでしょう。)
「先輩たち、上手でしたね!」
とはいえ、演奏は十分に客寄せパンダの役目を果たしただろう。お隣のロック少女の反応がその証拠だ。
この反応は自分が知っている曲だったからというのもあるのだろう。演奏された曲はイブっちが練習していた曲だ。やはり自分が弾ける曲を誰かが演奏しているとテンションが上がるものだ。
「イブっちも大変だね。この曲のメロ、低いところもあるでしょ?女声だとキツくない?」
「そうですね。低いところは大変そうですよね。私は歌わないので関係はないのですが。」
「え、イブっちギタボじゃないの?」
「えっと、私は「りーどギター」です。」
朧げに答えるその表情は、自分の技術に自信があって別のパートを練習しているという風には見えなかった。
「イブっちはギター経験者?」
「いえ、つい2、3日前に初めて触りました。あ、嘘です。音楽の授業でギターを触ったことはあります。」
「それは・・・本当に弾けないやつ?」
「本当にとは・・・?」
イブっちの表情は嘘をついているようには見えない。心底なんのことだか分からないといった顔だ。
よくある、「え〜全然弾けないですよ〜」と言っておいて、実は弾けるというバンドあるあるではないようだった。
「本当はそこそこ弾けるのに実力を隠して弾けないって言う人がたまにいるんだよ。」
「そんなことしてなんの意味があるんですか?」
イブっちは不思議そうな表情をして小首を傾げた。その仕草は可愛らしく、打算的にやっているようには見えなかった。男好きしそうな見た目に反して、意外に毒を吐く子だなとつい苦い笑いが漏れてしまった。率直で歯に衣着せぬ物言いはウチ好みで、イブっちに親近感を覚えた。
「全然弾けない初心者だと思ってた子が、突然格好いいリフ弾き出したらすごいって思うでしょ?そしてその逆はめっちゃ格好悪い。あんなに自信満々だったのに、弾いてみたらそうでもないなーみたいな。」
「それは、確かに・・・」
得心顔に頷いているイブっちだったが、それに反してウチの脳裏には嫌な想像が浮かび上がっていた。
「イブっちはさ、あの曲のリード弾けるの?」
「え、私が弾いてたのは「りーどギター」じゃないんですか?」
「違う。」
「そんな・・・い、今から「りーどギター」を練習して間に合うでしょうか?実は今週の土曜日にスタジオでバンドのみんなと練習することになっているんです・・・」
「難しいだろうね。あの曲のリードを弾くにはエフェクターがいくつも必要だし、技術的にも初心者がやれる曲じゃないよ。」
「ど、どうしよう・・・」
嫌な予感が的中してしまった。おそらく何かの間違いで、ギターを満足に触ったこともないイブっちがリードを弾かされることになってしまったのだろう。イブっちは困惑を隠さず青い顔をしている。
気持ちはわかる。バンド練前日にコピーが終わってない時のあの絶望感。バックれたい思いがあるのに結局練習に行くしかなくて、でも行っても結局弾けなくてというあの何物にも代え難い感覚。
(何とか助けてあげたいけど、別バンドの問題にウチが首を突っ込んでいいものか・・・)
イブっちのバンドのメンバーがウチの知っているやつならともかく、先輩や全く見ず知らずのやつのところに行くのは流石のウチも気が引ける。誰こいつ、何なの?ってなるだろう。
どうしようかと思案しているウチを尻目にイブっちの顔は蒼白さを増していた。
見るにみかねて、ダメもとでバンドの構成メンバーを聞いてみたところ、なんとよく知った人物がいた。
「イブっち、どこのスタジオに予約入ってるの?時間と部屋は?」
「え?えっと駅前のクラウド6って言うところです。時間は午後1時からでFっていう部屋です。」
ウチはスマホを取り出してスケジュールアプリを開いた。そしてブランクになっている土曜13時にそのままスタジオ練と入力した。「あの・・・」と呟きながら困惑した様子のイブっちに笑顔を向ける。
「イブっちはその練習行かなくていいから。」
「はい・・・え!?」
イブっちの困惑はさらにその色を深めた。少し言葉が足りなかったようだ。
「ギタボの子、おな中なんだ。ガツンと言っておくよ。同じバンドのくせにギター経験者が初心者ほったらかして何やってんだって。」
「え、でもギターはやったことないって言ってましたよ?」
「あの子、中学の時から軽音部だし、ギターも弾けるよ。別に悪く言うつもりはないけど、それこそさっきのあるあるだと思うよ。」
イブっちは驚いた顔のまま硬直してしまった。無理もない。裏切られた気持ちなのだろう。初めて組んだだろうバンドでこんなことになってしまって、イブっちはこれから大丈夫だろうか。
イブっちを慮って様子を伺うと、未だ驚き顔のまま固まっていた。
しかし、奇妙なのは視線が合わないこと。どうやら、バンドのこととは別のことに驚いているようだった。
イブっちの視線を追うと、それはステージに固定されているようだった。
司会が新歓ステージを締めくくる言葉を述べている傍で、粛々と準備されている機材。
そう、機材は軽音部によって片付けられていると同時に、再度の演奏に備えて準備されていたのだった。
「何あれ?」
ウチの素朴な疑問に答えてくれる人はいない。というより、誰も答えを知らない。
準備をしている人たちは奇々怪界。奇妙奇天烈、摩訶不思議。次いで加えて奇想天外。
ゴスロリ少女にニワトリ、それとくま。ステージ上を走る警察官のスカートは極端に短かった。
「何あれ?」
ウチの頭はよっぽど混乱しているのだろう。呆然とステージを見つめるウチは再度同じ言葉を呟いていた。
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