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10 アンジャッシュ②

【忍】

「なんでこんなところで弾いているんですか?」

 ギターの練習をしているところに背後から声をかけられました。水曜日から金曜日現在に至るまで、ここ最近の私の定位置である例の場所ですが、案外人が来る場所なのでしょうか。

 しかし、最近よく背後を取られているような気がします。こんなに警戒していないと、いつか背後から刺されるんじゃないか、そんな妄想をしてしまいました。

 はぁっと息を吐く音に我に返ります。話しかけてきた同級生の女の子はポケットに手を突っ込んでため息をついていました。そっと表情を窺うと、女の子の顔は厳しい表情に顰められていました。

(これは、多分あれだ。こんな往来で下手なギター曝してんじゃねぇとかそういうことだ・・・)

 女の子の自信に満ちて見える瞳は力強く私を捉え、カーディガンのポケットに突っ込んみ仁王立ちで私を見下ろしています。

(髪染めて、スカートも短いし、これは俗にいう不良?やばい人に絡まれたかな・・・)

 幸か不幸か、私の中学校には不良がいなかったので、どう対応していいかわかりません。奇しくも世渡り、こと人間関係においては経験値がある私でしたが、不良にどう対応したらいいかなんてわからず、思わず謝ってしまいました。

(やばい人に目をつけられちゃったかな・・・で、でも勘違いってことも!怖い見た目の人ほど優しいって聞いたことがあるし!)

「ひとりで何してるのかなーって気になっただけなので。」

(ほら!「こちらこそお邪魔してしまって」なんて頭につけて言える人が悪い人なはずないよ!私もピヨピヨしてないで誠実に答えなきゃ!)

 私は気合いを入れ直し、弾き語りをしていた旨を伝えると女の子はひとり考え込んでしまいました。

(でも私のレベルって、ギター弾いて歌ってると認識されないぐらいにはヒドイものなんだ・・・)

 枕詞で相手を気遣える人なら、オブラートに包んで教えてくれてもよさそうなものだと思いましたが、こと真実だから包み隠さず伝えてくれたのでしょう。

 しばらく思案していた女の子でしたが、ハッと顔をあげて満面の笑みを浮かべました。

「弾き語りの既存概念に対するアンチテーゼということですか・・・ロックですね!!」

(デジャブ!?アンチテーゼって流行ってるの!?私カラオケで盛り上がる残酷な方しか知らないよ!)

 ここでアンチテーゼの意味を聞けるはずもなく、ごまかしの意味を込めて曖昧な愛想笑いを浮かべました。後でしっかり調べようと固く心に誓いました。

(ああ・・・私は・・・)

 困ったときに笑ってごまかす癖がなおっておらず自己嫌悪に苛まれました。変えたくて、変えたくて、努力しているのに成長のない自分にさらに気分が落ち込みました。過去から決別できず未だ自由になれない自分に嫌気がさします。

(笑顔を浮かべながら自分を嫌いになれるこの器用さをもっと別のことに活かせればいいのに・・・)

 そうして自己嫌悪スパイラルに陥りそうになった私を現実に引き戻したのは予想外の質問でした。

「なんていう名前のギターなんですか?」

(え?・・・ええ!?ギターって名前つけなくちゃいけないの!?どうしよう何も考えてないよ・・・あ、でもこのギター私のじゃないし・・・)

 ギターとは名前を付けるものだったのです。いや、それも当然でしょう。愛犬には名前を付けます。愛猫も同様です。なんてことはありません。

(あれ、でも愛車には名前付けない・・・?)

 動揺しているのは私の心でした。ひとまず女の子に返事をしないといけないと思い、ありのまま自分のものではないことを伝えました。

(そもそもあの美少女先輩は誰なんだろう・・・このギター、突然現れた美少女から貸してもらったなんて信じてもらえる気がしないし・・・というか、貸してくれるとは言っていたけれど、あくまで口約束だし、それに名前も知らない人から借りたなんて、通じるわけないよね・・・)

 重大なことに気づいてしまいました。私はもしかして他人の物を勝手に使っていることにならないでしょうか。

 仮に美少女先輩が「貸すなんて言ってない」と言った場合、それが真実になるのではないでしょうか。

「・・・盗品?そんなわけないでs・・・」

「やっぱりそうなりますか!?」

 思っていたことを言い当てられたショックで食い気味に反応してしまいました。

 女の子は「本当に盗んだの?」と信じられないような表情を浮かべています。私は自責の念に堪え切れず「ごめんなさい」と呟いていました。

(謝るのはこの子にじゃなくて美少女先輩だよね・・・)

「おっ!やっぱここにいた。」

 しかしギターを返そうにも、謝ろうにもあの美少女先輩の居場所がわかりません。どうしようかと悩んでいたところにあの先輩がやってきたのです。

「美少女キター!」

 だから、感動のあまり叫んでしまうのも無理からぬことではないでしょうか。

 一瞬で正気に戻って自分が恥ずかしくなりましたが、それでもこの人に会えたことが嬉しくて感情が上書きされました。

「急に叫ぶなよ恥ずかしい奴だな。」

 美少女先輩の言葉に再度上書きされた感情は「恥ずかしい」で止まり私の羞恥心を苛みました。

 しかし、ここで怯んでいてはいけません。私は羞恥心を振り切って捨て、立ち上がりました。

「あの!このギターお返しします!」

「え、この人から借りたの?」

 女の子は不思議そうな顔を見せ目を丸くしていました。

 私はそれに構わず、美少女先輩に詰め寄ってギターを差し出しました。「もういいの?」と言う声に後ろ髪を引かれましたが、私は頭を振って慚愧の念を振り払います。

「んー?気に入らなかった?まー魔改造ギターだったし、初心者にはもっとスタンダードなギターの方がいいよね。ごめんね押し付けちゃって。」

「気に入らないだなんてそんな!とっても好きです!」

 初心者である私にはこのギターの良し悪しなんて分かりません。

 しかし、言葉にはしづらい、感覚的なもので私はこのギターを弾きやすいと感じていました。

 気づくと私は興奮気味に美少女先輩に迫っていました。

「ん?そーなの?じゃあまだ貸しとくよ。」

「ち、ちょっと待ってください。このギターは盗品ではないんですか?」

 突き返されたギターを抱きかかえ、鼻息が荒くなってしまった自分に少し羞恥心を取り戻した私はふたりの会話を横目に呼吸を整えました。

「盗品?マジで?あのオヤジ盗品売りつけやがったのか・・・」

「売りつけ・・・先輩がこのギターを買ったんですか?」

「え、うん。」

「・・・何の問題もないようです。どこかで話がアンジャッシュしてしまったようです・・・」

「ん??ま、盗品じゃないならいいや。それより今日の新歓ステージの日程ってわかったりする?」

「私は知りませんけど・・・どうして在校生が新入生にスケジュール聞いてるのかって突っ込んでいいところですか・・・?」

「いやー!どうしてだろうね。世界の不思議を発見したね!」

「あの、新歓ステージのプログラムなら持ってます。」

「おーサンキュー!」

「あ、ウチも見たいです。」

 私はちょうど持っていた新歓ステージのプログラムを広げて美少女先輩に手渡しました。

 女の子も気になることがあったのか、ふたりは肩を寄せてプログラムを確認しています。

「げ・・・軽音部一番最後か。どこで時間つぶそうかな・・・」

「おっけー!助かった1年生ちゃん。あ、私も出るから見に来てよね。一番最後ね!」

「マジすか。先輩って軽音部だったんでs・・・」

「ああ!」

「急に叫ぶなよ恥ずかしい奴だな。」

 今日二度目の恥ずかしい奴宣言を受けてしまいました。しかし私の心中はただならぬ状態でした。

「お昼、食べれませんでした・・・」

 響くは昼休みの終わりを告げる鐘の音。さざ波のように掛けていく生徒たち。グラウンドに伝わる潮騒に乗って私のお腹が鳴る音が遠くに飛んでいくようでした。

20230525サブタイトルの附番を変更しました。

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