9 アンジャッシュ①
【真紀】
食堂で食べた金曜日定食が意外においしかったななんて考えながら教室への帰路を辿っていると、聞き覚えのある曲が聞こえてきた。
有名なアニメーション映画の主題歌だ。街中、家の中問わずCMで流れているので邦楽をあまり聴かないウチでも何となく耳に残っている。
立ち止まって遠くを見つめていたからだろうか。近づいてくる影に気が付かず、接近を許してしまった。
「おっす二条さん。何、おセンチ?」
食堂から出てきたのは顔見知りの男。腐れ縁と言い換えてもいい。幼稚園から高校、クラスまで完全一致の真の腐れ縁だ。
この男にまともに取り合う必要性を感じないし、適当にあしらうことにした。
「そうそう。あんたにはわからないこと。というか、何その苗字呼び。普通に気持ち悪いんだけど。」
「いやほら高校入ったし、真紀って呼ぶのもなんかハズいかなって・・・というか何イライラしてんだよ。あ・・・」
なにやら自己完結すると「男にはわからないってそういう・・・」と頬を赤くして気まずそうにそっぽを向いていた。
(普通に気持ち悪いな。絶対間違った想像してるけど訂正するのも面倒だし・・・)
「ん?なんか歌聴こえる?」
男の視線の先にはおそらく歌っている主がいるのだろう。いつまでもこの男の相手なんてしてられないし、この場から逃げるきっかけに利用させてもらおう。
「この歌ってる人に用事があるの。じゃあウチ行くから。」
背後では何かしら言っている声が聞こえたが、努めて無視して歌の主のもとに足を向ける。
あくまで場を去る口実にと思っていたが、この曲、放課後に軽音部がステージで演奏するらしい曲と同じことに気が付いた。もしかしたら弾いているのは先輩で演奏開始時間を教えてもらえるかもしれない。そう思い直して先を急いだ。
(ほかの部に入る気ないし、新歓ステージの最初から見てるなんてだるいからね。・・・っといた。)
予想に違わず、目当ての人物はグラウンドにいた。正確にはグラウンドへ降りるための数段しかない階段にだが。
(初心者・・・?)
そう温かくはない4月の空の下、その女子生徒はグラウンドに向かって弾き語りをしていた。弾き方にギター初心者特有の粗さはあるものの、それでもしっかり曲として聴こえた。
予想と違ったのはそのスカーフの色だ。色はウチのものと同じ。つまり同学年ということだ。
当たり前だがグラウンドに遮るものは何もない。そっと首筋を撫でた風に身震いをする。
(さ、寒い・・・空き教室とか、もっと暖かいところでやればいいのに。)
寒いしこのまま教室に帰ろうかと少し迷ったけれど、ウチは逡巡の後に話しかけることにした。
「こんにちはー。なんでこんなところで弾いているんですか?」
女子生徒はひざ掛けをしていた。うらやましくはあるが、ない物はない。
(食堂も存外寒かったし、こんなことになるなら私もひざ掛けを持ち出してくるべきだった。せめてカーディガンのポケットで手を温めよう・・・)
ウチが自分の愚かさにため息を吐きつつ悔恨の念に打ちひしがれていると女子生徒はさっきまでの歌声に反してか細い声を発した。
「ご」
ご?なんのことだろうか。ごはん?ごっつぁんです?確かにウチは昼食を食べてきたばかりだけど。
「ごめんなさい・・・」
謝られてしまった。まさかひざ掛けが羨ましいというウチの念波が伝わってしまって、「自分だけ恐縮です」という意味で言ったのだろうか。
いやそれはない。だとしたら、もしやウチが演奏を妨げてしまったから謝れという意味だろうか。確かに楽しそうに歌っていたし、邪魔をしてしまったかもしれない。
「こちらこそお邪魔してしまってごめんなさい。ひとりで何してるのかなーって気になってしまって。」
軽音部の先輩なら新歓ステージの演奏開始時間を聞こうと思ったけれど、同じ一年生のようだし、ほかの方法をあたるしかないようだ。
すでに用事もないし、教室に戻ろうと別れの言葉を言いかけたところに声が重なってしまった。
「・・・歌いながら、エレキギターを弾いていました。」
どういうことだろうか。そんなこと見ればわかる。何か続きがあるのかと待ってみても何もなく、女子生徒はそれだけ言うと興味なさげに俯いてしまった。
(見ればわかるけど・・・もしかしてバカにされてる?いや、あれか?アンチテーゼ的な何かなのか?生音の大きいアコギやクラギは弾き語りしていても自然なのに、生音が小さいエレキギターでは弾き語りをしてはいけないのかという、彼女なりの反骨精神を表現したかったのか!?)
「弾き語りの既存概念に対するアンチテーゼということですか・・・ロックですね!!」
尽きていたウチの興味が一気に満たされた。
女子生徒は一瞬面食らったように目を見開いていたが、その後には微笑みを返してくれた。
(これはなぜウチがそのことに気づいたのかという顔だ。これでもロックキッズの端くれ。そのくらいはわかるのさ!)
だがそんなウチでも女子生徒が持っているギターには見覚えがなかった。
小ぶりなボディはダブルカッタウェイでくすんだような緑色。ウチの知っているギターで近い物を思い浮かべるとレスポールJr.やSGに似ている気がする。
しかしこのギターはそのどちらでもないと言い切れる。
マッチングヘッドには片側6連のペグ。そしてエピフォンのデカール。全体的に傷が目立っている。もしかしたらかなり古いギターなのだろうか。
(結構鳴ってる風な音だったけど、もしかしてヴィンテージギター?それかビザールギターか・・・まあ、その辺考えても仕方がない。本人に聞けば済む話だ。)
「素敵なギターですね。なんていう名前なんですか?」
微笑みを湛えていた顔はきょとんと不思議そうな顔に変わった後、思案顔になって俯いてしまった。
(よく表情の変わる子だな・・・人好きしそうな顔だけど、なんでこんなにオドオドしてるんだろ?)
ウチは女子生徒を観察しつつ返答を待った。
ウチたちの間にはしばし無言の空間が広がったが、ほどなくして女子生徒は顔をあげた。
「わ、私のギターじゃないんです。」
それは直接的に答えるものではなかったが、それでも質問の回答には足りた。
ウチは相づちを打ちながら、納得の意味を込めて頷き、周囲を見渡す。周りに人影はない。遠くにバレーボールをしている生徒がいたが、その誰かに借りたのだろうか。
「友達から借りたとか?」
どうしてこのギターのことを聞きたかったのかは自分でもわからない。しかし、このギターには不思議な魅力を感じた。
全体的にボロボロなのにアッセンブリは綺麗なところとか、リアピックアップはP-90系なのに対してフロントピックアップはミニハムバッカーなところとか。見た目のアンバランスさというか、何かしらの不自然に惹きつけられたのかもしれない。
「い、いえ・・・」
歯切れが悪い。さっきから視線が合わないし、何か後ろめたいことでもあるのだろうか。
(まさか盗んできたわけじゃあるまいし・・・でもずっと落ち着かない様子だしな・・・)
ウチの予想が正しかったとしても、盗んできたもの人目のつく場所で曝すだろうか。ましてや学校でなんて。
「・・・盗品?そんなわけないでs・・・」
「やっぱりそうなりますか!?」
「え、本当に盗んだの!?」
食い気味に答えた女子生徒の顔は血の気が薄かった。罪の意識に苛まれているのだろうか。
(やっべー。やべーやつに絡んじゃったかなー・・・でも勘違いってことも・・・?)
ちらと様子を窺えば、女子生徒は俯き「ごめんなさい」と呟いている。
(ああ、罪認めちゃってるわ・・・疑いの余地なし、か。ここは聞かなかったことにして退散・・・いや、これもなにかの縁か。自首を勧めるくらいはしてやるか・・・)
「あのさ、自首するのをおすs・・・」
「おっ!やっぱここにいた。」
ウチが意を決して声をかけようとすると、そこへもう一人の女子生徒が現れた。
スカーフの色は一つ上の先輩。面識はないが、ウチはその人のことを知っていた。
(この人、朝いきなり教室に来て怪しげな同好会に入らないかって宗教勧誘してきたやべー先輩だ。)
笑顔で手を振るその顔は美形。いっそ朗らかとも感じられるその笑顔は恐らく、勧誘するための仮面なのだろう。
一瞬で背後を取られてしまったウチは逃げるタイミングを逸し、一歩だけ動いた逃げ足は蹈鞴を踏んだ。
いつしかウチはやべー奴らに挟まれていた。
20230525サブタイトルの附番を変更しました。




