昇天!大陸間弾道アイドル
博士はというと
博士は記者会見で発表する。
「ご覧ください。これが『超高速移動カプセル ブンブン丸1号』です」
記者達がその銀色のカプセルを見てどよめいた。大きさは2m程度だろうか、ロケットの発射台のようなものに支えられている。
「博士、これはどういうものなのか、説明をお願いします」
博士は物体高速移送理論の第1人者、世界的研究者である。本日はその博士が画期的発明があるということで数多い記者が詰めかけている。
「簡単に言うと一人乗りの高速ロケットです。私の理論では東京-ニューヨーク間を3分で結びます」
おおっと記者達が歓声を上げた。
「それはすごい。世界のどこにでも数分で行けるわけですか?」
博士は得意気にカプセルをなでて鼻の穴をヒクヒクさせた。
「そうですね。この発射台から、到着地点にあの、」
助手が隣にあった赤い布をめくりと、やはり銀色のテント型ドームが現れた。
「到着ドームをセットして発射すればどこにでも行けるでしょう。私は天才なのです」
記者が驚きの声で博士を褒めそやしながらも不審の声をあげる。
「素晴らしい。しかし博士、安全性やコストはどうなのですか」
博士はニヤリと笑い、さらに胸をはる。
「まだこれから実験の必要はありますが、安全性はこの私が保証します。コストも今までの海外旅行より安くなることでしょう」
しかし博士はほんの少しだけ眉をひそめた。
「しかし、いくつかちょっとした欠点もあるのです」
記者達が前のめりになって、メモを取っている。
「カプセル内の質量バランス計算の問題があるのです」
社長はというと
「社長、もう会社は限界です。破産申請を出しましょう」
俺は社長に泣き言を言った。
「何を言うか。今度のアイドルが当たれば、一発逆転だ。ボーナスも出る。頑張るのだ」
社長はそう言ってファイルを俺に差し出した。中には次に売り出す予定の新人の資料が入ってる。
「社長、しかしこいつが駄目だったらいよいよ我々そろって夜逃げするしかなくなります」
「わかっている。だがこの新人は有望だ。とにかく見てくれ」
俺は期待せずにファイルをパラパラとめくって、驚いた。
「社長、すごいイケメンじゃありませんか。資料には歌唱力S、ダンスS、演技力もSとなっています。これはスーパーアイドルになりますよ」
「そうだ。素質はある。だがこの世界、何もかもそろったパーフェクトな人物が売れっ子になるかというと、またそうでもないのだ」
「確かにそうです。何か足りないものがあったほうがいい場合もありますからね」
「うむ。もうじき、本人がここにやってくる。どういう方向で売り出すか考えよう」
しばらくして件の新人が事務所にやってきた。俺は眼を疑った。
「社長、この子は…」
「うむ、若干質量バランス計算に問題はあるかもしれんな」
「いや、顔がでかい…」
新人が泣きそうな顔になった。
「やはり無理ですか、僕にアイドルは…」
俺は慌てた。いかに新人でこれから世話をする予定であっても初対面で失礼だ。
「いや、申し訳ない。あいさつもまだなのに。誠に悪いことを言った」
そして社長と部屋の隅でこそこそ話す。
「社長、どういう冗談ですか。びっくりしましたよ。顔がでかいというのも並じゃない。5頭身、いや4頭身半くらいです。なまじ顔がいいだけに、目立ちます。それにしても…」
「うむ。でかい。顔がでかい。頭の鉢が大きいのだな。顔と言うより頭がおそろしく大きい。イケメンがマンガのように見えるな」
「笑っている場合ではありません。こんなの、いや、失礼か。こういう方がアイドルとして売れるわけがないでしょう」
「資料ではわからなかったのだ。上半身の写真に、歌唱やダンスの講師の採点だから、逸材と思ったのだが」
「思ったのだが、じゃありませんよ。どうする気ですか。本人になんと言って断るつもりですか」
社長が思い詰めた顔をする。
「やはり断るしかないだろうか。新しいタイプのアイドルには…」
「なりません。いくらなんでもでかすぎます。びっくり人間に近い」
「失礼なことを言うな。…むう。しかしでかいな」
新人くんは我々の話し合いが何となく様子でわかるのだろう。メソメソ泣き始めた。
「やはり僕はアイドルにはなれないのですね。これまで血のにじむような努力をしてきたのに…。今回は事務所で最終面接と聞いて、期待してきたのに…うううううう」
俺は社長と顔を見合わせる。確かに気の毒だし、それ以外の要素は素晴らしいのだ。しかし、でかすぎる。あまりにでかすぎる。その時、事務所のドアが開いてたった一人の事務員の女の子がお使いから戻ってきた。
「ただいまです。いやあ、少ないお金で事務用品買ってきましたよ。お給料今月遅れたら、私やめますからね。ああ、やれやれ。あっ、お客さんですか。すいません。わっ、顔でか!」
好きなことを好きなだけ言って彼女がテレビのスイッチをつける。
「おい、来客中にテレビをつけるなよ」
「知りませんか?今度、すごい発明がされたそうですよ。ほらほら、この博士」
まったく俺の注意は無視され、テレビは博士の記者会見を映し出す。
『カプセル内の質量バランス計算の問題があるのです。』
『博士、それはどういうことですか?』
『つまりこのカプセル内の前から後部にかけて、質量が少しずつ減少していくことが今の起動条件なのです。今のところ、そうしないとカプセルがスタートしないのです。』
『博士、よくわかりません。わかりやすく言ってください。』
テレビ内の博士が難しい顔をして、言い方を考えていたが、あきらめて口を開いた。
『カプセル内を5等分して、一番上の方ができるだけ重いことですね。簡単に言うと、頭がすごく大きい人でないとこれには乗れないのです。いや、あくまで今のところですよ。』
俺と社長と新人くんが思わず見つめ合った。
博士と社長はというと
博士が満面の笑みでBFジョーを見て社長と握手した。社長もそれに負けないほどのいかがわしい笑顔で握り返す。BFジョーというのは新人くんの芸名である。BIG FACEの略だが、これからニューヨークへ旅立つのにふさわしい名前ということで俺が名付けた。BFジョーはすでにカプセルに乗り込み、その銀色の先端から顔だけが出ている。これを見ると、そのバランスはまさに銀色のこけしといっていいだろう。こけしの巨大な頭の部分がすごいイケメンという不思議さだ。
「ジョー、苦しくないか?」
俺はジョーに向かって、声をかけた。ジョーは少しだけ何かを言いたいのを我慢したかのような顔で、その大きな顔で答えた。
「大丈夫です。どういう具合か、首から下はすごい圧力で締められているようですが、それほど苦しくありません。頑張ってニューヨークで売り込んできます」
俺はジョーの耳元で囁く。
「打ち合わせ通り、ニューヨークに到着してカプセルから出た瞬間、君のデビュー曲がカラオケで流れる。そこで歌って踊る!最高のプロモーションだ。頑張ってこい」
「わかってはいますが、本当に大丈夫ですか。そんな場所で宣伝などして」
「構うもんか。この怪しい発明にモルモットを提供した報酬…いや最初の搭乗者としての名誉で勝ち取った君の時間だ」
「…ううう。本当に無事に着くんでしょうか。不安になってきました。故郷では年老いた母が…」
「おっ、時間だ。また会おう。会えたらだが」
まだ何か言いたそうなジョーとの会話を俺は打ち切って社長に合図する。
社長が満足そうに頷いてジョーに手を振る。博士とその助手が透明なヘルメットをジョーに装着した。周りを取り囲んだマスコミが一斉にシャッターを切った。芸能記者も数多くいることを俺も社長も確認した。これだけでも大変な宣伝効果だ。俺もほくそえんだ。
銀色のカプセルはどういう仕組みなのかシュルシュルと形を変え、最初はヘルメット状だったものが全体のカプセル形状に合わせて縮んだ。
「ぶっ」
俺は思わず吹き出した。形は薬のカプセル状で大きさは2m程度、全体は銀色だが上部の5分の一ほどが透明である。そこにはジョーの顔が何というか引きつり、そうパンストをかぶって後ろから引っ張った顔といえばおわかりだろうか、ペッタリと浮かんでいる。記者達は笑いを堪えるためむしろ静かになり、我慢比べのようなうめき声があちこちからあがった。すると社長と博士は何と二人で指をさして爆笑し、それが合図であるかのように、記者達も笑い出してその大爆笑の中、『超高速移動カプセル ブンブン丸1号』は出発した。
俺はというと
結果的にジョーの曲は大ヒットし、彼は日本どころか全米、全世界でスーパースターとなった。本当にたった3分でニューヨークに現れた我らがBFジョーはカプセルから出るやいなや、社長が発注したラブポップ『恋はICBM』を熱唱して全米の度肝を抜きつつ、かつ爆笑をとった。曲のタイトルが若干あれで非難も浴びたが、まあ織り込み済みだ。とにかく我が社は大逆転の再生を遂げ、ジョーは自分の思うアイドル像とは違ったようだが世界のアイドルとなり、博士はその後『超高速移動カプセル ブンブン丸1号』を改良して4人まで乗れる安全で快適な乗り物にしたのだった。
俺は思うところがあったわけでもなく何となく会社をやめた。事務員の女の子に『でかい面しやがって』とか言われたがそれも理由ではない。奮発してもらった退職金でしばらくはブラブラし、ときたまテレビやネットで話題になる『世界的ビッグフェイスアイドル BFジョー』を眺めたりして過ごした。
2年後のある日、ジョーからメールが来た。ニューヨークでも顔が広くなったので『超高速移動カプセル ブンブン丸8号改』を使ってニューヨークへ遊びに来ないかと誘われたが、丁寧に断った。とにかく改良されようがなんだろうが、あの乗り物を使うのは絶対に嫌だと思った。
(終わり)
オチがつかずにこんなんなってしまいました。まあ、いいと思います。