意図
「そんな非常識極まるご紹介、十数世紀生きていて初めて耳にしましたよ」
数日後、蝉しぐれが弱まり始めた夕暮れ。
ハクトの家のリビングのソファで、出された茶をすすりながら人に化けたブキャナンが、ハクトから課長の件についての話を聞いて、そんな呆れ交じりの声を上げる。
「実際おかしな人でしょう。
それとも大僧正のことを事細かに正確に紹介すべきでしたか?」
リビングに広げたシートの上で、グリ子さんのブラッシングをしていたハクトがそう返すと、ブキャナンはなんとも言えない顔をし……そしてブラッシングで抜けた羽毛をほうきで集めて掃除をしていたユウカが声を上げる。
「ところで、課長さんは結局どんな用件で強い人を紹介してくれ、なんてことを言い出したんですか?
私や先輩じゃ駄目で他の人ってことみたいですけど……お役所なら他にもツテがあるんじゃないですか?」
それに対しハクトはこくりと頷いてから言葉を返す。
「もちろんそういったツテにも当たったようだが、更にもう一手ということでこちらに声をかけてきたようだ。
そして用件についてだけど……前回の幻獣災害の件を受けて、更なる対策を講じろと上の人から言われたとかで……それで課長さんは対策が可能な人物を臨時の職員として雇うという、そういった案を上に上げるつもりのようだ。
とは言え実際に雇うかは微妙というか……とりあえず対策案を形だけ整えて、検討して、検討するだけして上に却下してもらって、やれるだけのことはやりましたというポーズを取るためのお役所仕事になるそうだよ」
ハクトのその言葉を受けてブキャナンとユウカと、そしてグリ子さんまでが微妙な顔をし……そんな三者の顔を見たハクトはさらっとした態度で言葉を続ける。
「気持ちは分かるけども、今皆が胸に抱いている疑問なんかを町役場や課長さんに言っても仕方ない話さ。
あの幻獣災害は他所の街で起きたことで、その街が封じ込めに失敗して、しっかり幻獣召喚者と契約していなかったがために討伐も出来なくて……。
そういった他所の街のミスの対策をしろと言われても課長さんとしてはどうしようもないし、だけども対策をしろと声高に叫ぶ人は一定数いるしで……そういった人達を納得させるためにも、やるだけやったというのも大事なことなのだよ、うん」
「えぇっと……それでいざという時は大丈夫なんですか? またあんな幻獣災害起きちゃいませんか?」
そんなハクトの言葉にユウカがそう返すと、ハクトはグリ子さんのブラッシングの最終段階に入りながら軽い声を返す。
「まぁ、問題はないだろう。
今回課長さんは、対策案のために人脈を構築しようとしている訳だけど、対策案が却下されたとしても、その人脈が無かったことになる訳ではないからね。
俺以外にも声をかけているんだろうし、恐らくは戦闘能力以外の様々な能力を持った人材を発掘しようとしているんだろうし、そうやって課長さんなりにできるだけ手間と予算をかけることなく、いざという時に備えているんだよ。
これもまたお役所仕事という訳だね」
「はぁん、なるほど。
しかしそれであたくしを紹介するというのも、中々乱暴な手のように思えますねぇ。
一応あたくし、国に保護され管理された防人なんでやすよ?」
今度はハクトの言葉にブキャナンがそう返し、ハクトはやれやれと左右に首を振って言葉を返す。
「そうは言いますが、大僧正……最近はあんまり防人としても働いていないではないですか。
前回の幻獣災害にしても、大僧正が対策すべき案件だったはずで……折角人里に降りてきて、人として生きる決意をしたのですから、このくらいのことは受け入れてくださいよ。
そもそも人としての大僧正は現状、ただの無職ですよね? お役所とのつながりは大事にしたほうが良いのでは?」
事実ブキャナンは現状無職である。
魔力で近所に馴染み、まるで一般人のように暮らしているが、何らかの仕事をしている訳ではない。
家賃光熱費などは、何度か国を守った際に得た報酬……貯金でもって支払っており、そういう意味では防人という職についていると言えるが……それはあくまで天狗のブキャナンとしての話、人としての、鞍馬ブキャナンとしては無職だとするのが正しいだろう。
そんなハクトの指摘を受けてブキャナンはピクリと震え硬直し……じっと自分の手を見つめる。
天狗として生きていくならそれも良いが、人としてはどうか。
十分な貯蓄があるならそれで良いのかもしれないが、ハクトの言葉はハクトが思っている以上にブキャナンのプライドに突き刺さったようで……ブキャナンは大きく頷き、ソファから立ち上がる。
「分かりました、そこまで言われてはあたくしも黙ってはいられません。
お役所とは仲良くし、就職活動もし……そして天狗の防人としてもしっかり働き、先達として立派な姿をお二人に見せるといたしましょう。
……なぁに、このブキャナンが本気になれば、就職なんてものあっという間に成せることでしょう」
立ち上がりぐっと拳を構えたブキャナンはそんな声を上げ……ユウカは「おー!」なんて声を上げながら拍手をするが、ハクトは何とも言えない表情で冷めた視線でブキャナンを見やる。
老紳士といって良い外見年齢のブキャナン、学歴はもちろん職歴もなし。
古臭く偏った知識などはあれど、現代知識は今一つで……技術と言えるものも、あるのかどうか……。
家事など細かなことまで、新居であっても小僧天狗達に任せてしまっているブキャナンに果たしてどんな仕事が出来るのか……と、そんなことを思うが、焚き付けた当人が今更止める訳にもいかない。
ハクトとしては町役場に協力してもらい、積極的に防人として働いてもらい……現代社会に馴染みながら人の役に立ってもらえばそれで良かったのだが……まぁ、本人がやる気になっているならそれも良いかと、どうにかこうにか納得し、頷き……そしてブラッシングを完璧と言って良いレベルに仕上げて完了させる。
するとグリ子さんはその羽毛を艷やかに輝かせながら立ち上がり、
「クキュン!」
頑張れ、とそんな言葉をブキャナンに向けて……丸い体をよじらせよく分からないポーズを取りながら投げかけるのだった。
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