一段落
ハクト達がブキャナンと出会った日から数日が経って……ハクト達は概ねいつも通りの日々を過ごしていた。
ハクトは職場に向かい、ユウカは学院に向かい、グリ子さんは子供達と遊び……家に帰る際は商店街を満喫し。
そんな日々の中で少しだけ以前と違う部分があり……それはユウカに小さな妹弟子が出来たということであった。
家まで送り、事の次第をリンカの両親に報告し……そのついでにもし武術を習うならばと、自分が通っている道場の紹介をし、そして翌日にはリンカが道場に入門し……師範とユウカの手解きを受けたことにより、ぐんぐんと成長し……。
二代目ユウカとも言える成長を見せるリンカにユウカは微笑み、師範を始めとした道場関係者は驚き怯むことになり……そしてもう一つ、ハクト達の家の近所に一人の男が引っ越してきたというのも、以前と変わった部分だと言えるだろう。
古臭いハットに古臭いスーツ、今はもうしている人などいない肩掛けをして……灰髪、灰色目の端正な顔立ちの初老の男。
その出で立ちだけでも不自然に過ぎるのに、名字は鞍馬で名前はブキャナンという外国風で……存在そのものが違和感の塊で。
鞍馬ブキャナン……不自然さしか感じないその男が、すんなりと近所の人達に受け入れられたのは、その顔を人のそれに変化させている魔力の仕業に違いなく、ハクトはそのことに呆れながらも何も言わずに受け入れ……ユウカはこれでいつでも好きな時に手合わせが出来ると喜び……そうしてブキャナンはその正体を知る二人にも受け入れられたことにより、あっという間に住民として馴染むことになった。
住民と馴染んで、ハクト達を見かける度挨拶を交わしてきて……そんなブキャナンはどうやら、ハクトと言うよりもユウカのことを気にかけているようで……ハクトの目から見てユウカに関わることを嫌がっているように見えたブキャナンだったが、どうやら興味津々……すぐ側で見守ってみたいと思っているようだ。
今までも何人もの子供を育てたことがあるらしいブキャナン……その中には歴史に名を残している人物も何人かいて、そんなブキャナンの気を引く程に、ユウカには才能があるのだろう。
ブキャナンが側に居ることでユウカにどんな変化が起きるのか、良い効果が表れるのかは分からなかったが、悪い変化が起きそうならば自分が止めてやれば良いともハクトは考えていて……そうして少しだけ変化した、ハクト達の日常が始まることになった。
段々と湿気が増し、雨が降るようになり……雨の日が続いてグリ子さんの羽毛がこれでもかと膨らむようになり、その手入れに苦戦しているとユウカが上手い具合に整えてくれて……。
そんな梅雨が終わって日差しが強くなり、空が高くなって……夏。
羽毛に覆われているため暑さには弱いのだろうと、そうハクトは考えていたのだが……全くの逆でグリ子さんは、元気いっぱい……毎日のように太陽の下に出て、その羽毛をふっくらと膨らませ、干したての布団のような匂いを発する日々を過ごしていた。
「……グリ子さん、暑くないのかい?」
リビングの窓際に立って、庭で日光浴に勤しむグリ子さんにハクトがそう声をかけるとグリ子さんは、
「クキュン!」
暑い! と、そう言ってピョンピョンと跳ねる。
「……あ、暑いのかい? 熱中症とかそういうのは平気なのかい?」
「クキュン!!」
再び尋ねるとグリ子さんは、この程度でなったりはしない! とそう答えて……、
「クキュン、クキュン、クッキューン」
と、言葉を続ける。
曰く、グリ子さんの巣があった世界ではもっと暑くなる日があったそうだ、荒野から少し離れて荒野のようになっている場所にいけば、こちらでいう40度、50度の気温になることもあったらしい。
そしてそちらの夏はとても乾いているもので……グリ子さんとしてはしっとりとした、羽毛に優しいこちらの夏の方が好きなのだそうだ。
それともう一つグリ子さんが元気な理由があって……その理由がどたばたと騒がしい足音を上げながら庭へと駆け込んでくる。
「おじゃましまーす!」
そう言って駆け込んできたのは近所の子供達だった。
夏休み。
曜日問わず毎日がお休み、夏の暑さも子供達にとっては燃料でしかなく……汗を弾けさせながらグリ子さんの下へと駆け寄って、暑いだろうにグリ子さんにぎゅっと抱きつく。
グリ子さんはそれをしっかりと受け止めて、子供達が元気なことを目を細めて喜んで……平日は仕事場に、休日はこうやって家に遊びに来る子供達を見てハクトは、嫌な顔ひとつせず子供達のための麦茶の準備を始める。
相棒であるグリ子さんが喜んでいるのならそれで良い。
近所の子供達が元気なことも喜ばしいことだし……気になることがあるとすれば、元気すぎて熱中症にならないかという点だけだった。
「皆、程々に遊んだら家に上がって手洗いうがいして、麦茶を飲んで休憩するように」
麦茶の準備をしたらリビングからそう声をかけて……散々公園などで遊んできたらしい子供達は元気な返事をした上で、ハクトの言葉の通りにする。
家に上がって手洗いうがいをし……クーラーの効いたリビングで体を休めながら麦茶を飲んで。
ハクトに足を拭いてもらったグリ子さんも、子供達と一緒に専用の食器で麦茶を飲んで……満足するまで飲んだならクーラーの効いた部屋の涼しさを堪能する。
外で暑さを味わったからこそ、存分なまでに羽毛の中に太陽の温かさを溜め込んだからこそ、クーラーの冷たい風が心地いい。
クーラーの風が気持ち良いのは子供達も一緒で……麦茶を飲み終えた子供達は、温かさを発しているグリ子さんの側へと寄って、体を預けて……そしてその羽毛の柔らかさと温かさに包まれながらすやすやと寝息を立て始める。
グリ子さんもまた目を閉じて、クチバシの奥からスピスピと寝息を立て始めて……そんな様子を見て苦笑するハクトが食器やコップを片付け始める中、グリ子さん達は涼しくて温かな夢の中へと旅立つのだった。
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