スネコスリの話とか
「ふーむ、なるほどぉ。
天狗で妖怪で幻獣で……そして幻人で、戸籍上は人間で。
そんな方がこの国にはたくさんいるんですねぇ……」
ハクトとブキャナンの間に、微妙な空気が流れる中、そんな声を上げたユウカが、何か気になったことがあったのか、目を見開いてから大きく首を傾げる。
首を傾げてうんうん唸って……そうやって何かを考え込んだユウカは、一体何を考えているのだろうかと、不思議そうな視線を向けるハクト達に視線を返し、口を開く。
「あの、ブキャナンさんみたいな天狗とか河童とか、タヌキもまぁ、なんとなく大妖怪って感じがして納得行くんですけど……スネコスリってそんな凄い妖怪なんですか?
スネコスリってあれですよね、猫そっくりな姿でスネにじゃれついてくるっていう……なんていうか、それってつまり猫なんじゃないの? って感じの可愛い妖怪……」
その言葉を受けてブキャナンが「くっくっく」と笑う中、仕方ないかと小さなため息を吐き出したハクトが言葉を返す。
「あー……スネコスリは確かに風切君の言うような妖怪なんだが……別名というか別の側面も持っている妖怪でね……スネッコロガシとも呼ばれているんだよ。
その名の通り人のスネを引っ張って転ばせる妖怪でね……これが成長し、力を持つとものすごく厄介な存在になるし……同時にとても頼りにもなる存在になるんだ。
……たとえば、何処かの国から兵士達が戦争にやってきたとする、そしてスネコスリがその邪魔をしようと思い立ったとする。
するとだ……その兵士達は行軍中、何度も何度も転ぶはめになってしまうんだ、見えない何者かにスネをこすられ、どう足掻いても抵抗しても避けられない転倒という結果を押し付けられてしまう。
起き上がっても起き上がっても転ばされて、まともに行軍も出来ず……仮にどうにか目的地にたどり着いたとしても、戦闘中にも何度も何度も何度も転ばされてしまう。
……行軍中、あるいは戦闘中に何度も転ばされてしまったら……まぁ、うん、まともに戦争することは不可能だろう」
そんなハクトの説明を受けてユウカが「おお!」なんて声を上げていると、ブキャナンが仮面の奥から半目での視線をハクトに送ってくる。
それは『まだ説明が足りないんじゃないですか?』とか『もっとしっかり説明したほうが良いんじゃないですか?』とか、そんな想いが込められたものとなっていて……それに根負けしたハクトは、仕方無しといった様子で説明を続ける。
「更に言うのであれば、スネコスリが転ばせる対象は人に限った話ではないんだ。
スネコスリ対策として、立っていなければ良いのだろうと椅子などに座った場合でも、座った人間のスネをこすることでその椅子の方を転ばされてしまうし、バイクなんかの『転ぶ』という概念のある乗り物でも同じだ。
力のあるスネコスリであれば四輪のしっかりした軍用車であっても、運転者のスネをこすることで横転させてしまうし……先程大僧正が口にした北のスネコスリはとても長寿で、過去に類を見ない程の力を持っていて……ビルほどの巨大な災害幻獣を転ばせたこともあるらしいんだ。
……そんな幻獣でさえ何度も何度も転ばせて体力を奪って……精神的にも動揺させて最終的には無力化する。
転んだ際に怪我を負うことはあるものの、こんなにも穏当で便利な力も無いだろう。
場合によってはとんでもない大軍相手に、その全てを無傷で捕獲、なんてことも出来てしまうのだからねぇ」
「へぇー……思ったよりも凄い妖怪なんですねぇ。
なんでも転ばせるかぁ……私バランス感覚には自信あるほうなんですけど、軍人さんや車でも転んじゃうならそういうのも関係ない感じなんでしょうねぇ。
どうにかして転ばないようにするなら……匍匐前進かな? 匍匐前進で近づいて……近づいて……?
あれ? 河童とかなら頭の上のお皿が弱点っていうのがありますけど、スネコスリの弱点って何かあるんですか? 退治の仕方っていうか……」
そんなハクトの説明を受けてユウカがそう返して……スネコスリに対し匍匐前進をするという発想が余程に面白かったのか、ブキャナンが机をタンタンと叩いて笑う中、苦笑を浮かべたハクトが言葉を返す。
「スネコスリの弱点も退治の仕方も、俺は知らないね。
スネコスリは風切君がそう考えていたように、一般には可愛らしい無害な妖怪だと認知されている。
……そんなスネコスリを退治しようだとか対策しようだとか、そう考える人はかなりの少数派で……現状誰もその弱点を知らないし、対策を編み出せてもいない。
意図的にそうしているならばしたたかなだと言えるし、偶然そうなったのなら幸運だと言えるし……どちらにせよ油断ならない存在であることは確かだろう。
ちなみにだがスネコスリは群れを成している妖怪でね……その数の多さも無視できない部分だろうね」
「あー……猫そっくりで可愛くて、スネをこすられるだけなら無害で……。
猫そっくりってことはもしかして、普段はそこらの猫の中に紛れていたりします?
そうなるとえぇっと……探すのも捕まえるのも難しいし、役に立つって理由でブキャナンさんみたいに法的に保護されてるなら、国とかお役所もそもそも探そうとしていないっていうか、猫と見分けようとすらしていないっていうか……。
見分け方を知っていたとしても知らないフリしてそのままに……。
そうするとタヌキさんも普通のタヌキの振りして……河童は、何だろ? いやいや、河童は無理じゃないですか、河童は。
無理だから、ブキャナンさんみたいに戸籍をもらってどこかに隠れ住んでるとかですか?」
「うん、そうだね、正解だ。
そう言う考え方が出来るようになったのなら、ここに連れてきた意味もあったのだろう。
これから学院を卒業して、仕事をするようになったらなんだかんだと関わる話だから、よく覚えておくといいよ」
と、そんな会話をハクトとユウカがしていると、静かに様子を見守っていたブキャナンが仮面の中で「くっくっく」と声を響かせて笑う。
笑って肩を震わせ俯いて……そうしているうちにハクトとユウカの視線が自分に集まっていることに気付いたブキャナンは、慌てて声を上げる。
「いやいや、これはそんな目で見られるような意味で笑ったんじゃぁねぇですよ。
あんなに幼かったハクトさんが、こんなに立派になって幻獣さんと一緒にいるだけでなく、後輩さんを教育してるだなんて、いやはや長生きをするもんだと、そう思っての笑いなんですよ」
するとハクトはそんなブキャナンに対し、爽やかな笑みを浮かべながら言葉を返す。
「であれば大僧正、かつて何人もの英傑豪傑を育て上げたその経験でもって、こちらの風切君にも一つ……かつて俺にそうしてくれたように、学びというものを与えてあげてはくれませんか」
「くっくっく、お安い御用でございます。
あたくしなんかがこんなに立派なお嬢様に、何を教えられるのかは疑問で……疑問で……あれっ?」
売り言葉に買い言葉、そう返したブキャナンは改めてユウカのことを見て……その顔だけでなく体付きや姿勢、内包する魔力なんかを見て、その首を大きく傾げ……震える声を上げる。
「あ、あの、ハクトさん?
こちらのお嬢様……あたくしの目が腐っていないのであれば、かなりの腕前と申しましょうか……まさかり担いだ坂田のぼっちゃんと並ぶ程の器を持っているようにお見受けするんですが……。
えぇっと……あたくしの、勘違い……ですよね?」
そんなブキャナンに対し、ハクトは貼り付けたような笑みを浮かべたまま、さらりとした声で言葉を返す。
「その坂田さんについては詳しくないですが、彼女は本気でやりあったなら、俺が10人居ても手も足も出ない程の腕前を持っています。
まぁそれでも大僧正であれば赤子の手をひねるようなものでしょうから……伝説に名高い大僧正の腕前を一つ披露してやってください」
「よろしくお願いしまっす!!!」
ハクトの言葉に続く形で、ユウカがそう元気な声を上げて立ち上がって……話が長いせいでうとうとしていたグリ子さんも、状況をよく分からないまま「クキュンクキュン!」と声を上げて、ユウカに頑張れ! と、そう伝える。
そうしてユウカの相手をせざるを得なくなったブキャナンは……仮面の縁からたらりと、仮面の中で大量にかいているらしい冷や汗の雫を、垂らすのだった。




