ブキャナンの話
「えぇっと、じゃぁブキャナンさんはどうやってこっちに来たんですか?」
自分を召喚された幻獣ではない、不法幻獣だ、なんてことを言うブキャナンに対し、ユウカがそう問いかけると……ブキャナンは首を傾げたまま言葉を返していく。
「さて、あたくしもそこら辺はよく分からないのですよ。
気が付いたらここに居た、というのが正直な所でして」
「はぁ……そうなんですか。
じゃぁじゃぁ、ここに来る以前はどんな世界のどんな場所に居たんですか?」
「さてさて……そちらに関しましては分からないというよりも、覚えていないのですよねぇ。
何しろあたくしがこちらに来ましたのはもう何十……何百年も前の話。
それからのことは色々と衝撃的だったものですから、逐一よく覚えているのですが、いかんせんそれ以前のこととなると、とんと思い出せねぇのです」
「はぁ……えぇっと……じゃー、こっちに来てからはどんな生活をしていたんですか?」
「そうですねぇ……先程も言いましたように、こちらに来たばかりのあたくしはまず御稚児様に見つかりまして、ブキャナンという名を頂戴し……そんな名前を名乗りながら訳も分からずこの辺りに住み着くようになりまして。
するとその御稚児様と周辺の方達がですね、このあたくしに生贄を、なんてことを言い出してしまったのですよ。
あたくしはそんな物騒で絶望的なもの、欲しいだなんて一言も言ってなかったのですが、御稚児様達は勝手にそうしなければならないものだと思い込んでしまったようでして。
しかもその生贄というのがまた、まさかの貴人のお子様で、それをほいとこちらに投げてよこすものだから、あたくしはもう驚くやら困るやらで。
しょうがないのでその子をですね、この不器用な手で懸命に育ててみたのですがね、そうこうしているうちに何故だかその子や御稚児様達があたくしのことを大僧正と、そう呼ぶようになったのですよ」
「へぇー……えっとじゃぁ、その子はそれからどうしたんですか?
そのままずっと、ブキャナンさんと一緒に暮らしたんですか?」
「さて……。
山を下りてから出世して立派になっただとか、兄弟喧嘩をしただとか、あちこちを逃げ回っただとか、そんな噂話を耳にはしましたが……実際に確認したことはありませんね。
あたくしと人間様というのは、どうしても寿命というものが違いますから、悲しい別れというものを実感したくなくて、痛感したくなくて、詳しくは調べねぇのです。
山に来る者は歓迎し、下りる者は送り出し、生贄とか面倒なものはいらねぇですと何度も口を酸っぱくして言って、そのうち下の方のお寺さんがあたくしの世話をしてくれるようになって……そうして矢縫のお家と付き合うようになったのは、いつの頃からでしたか。
矢縫との家名を名付けたのはあたくしだったりするんですが、初代さんはそれはもう、矢作りの名人で、弓から放てば矢が勝手に獲物を追いかける程だったんでやすよ」
「え、名付けた!?
先輩の家って結構な旧家じゃ……?
そうすると……ブキャナンさんって本当に何百年も前からここにいて、不法幻獣なのに誰にも怒られていないんですか??」
と、ブキャナンとの会話の途中でユウカはそう言って、静かに様子を見守っていたハクトへと視線を送る。
するとハクトは小さなため息を吐き出して、ブキャナンの代わりにその辺りのことを説明し始める。
「大僧正は四聖獣にも負けない程の魔力を持っていてね、何度かその魔力でもってこの国……あるいはこの国の人々を助けてきたのだよ。
干ばつが続けば雨を降らせ、海の向こうからどうしようもないほどの大軍の敵がやってくれば羽団扇でもって大風を吹かせ、時には国を滅ぼしかねない大幻獣との大立ち回りをしたこともある。
時代が現代へと進み、法整備が進み、四聖獣という国防の要が出来上がってからは自らが動く必要は無いからと大人しくしていて……大僧正のことを知らない人も増えたが、それでもやはりこの国にとって大僧正は切り札の一つなんだ。
つまりはまぁ国や役人の方々は大僧正が法的に問題のある幻獣であるとは知りながら、あえて放置して……四聖獣でもどうにもならないようなことが起きた時に、その力を借りるつもりなんだよ。
そういう訳で大僧正は幻獣でありながら、人……のような扱いを受けていて、戸籍もしっかりあるんだ。
ただまぁ……寿命の問題もあるからね、役所の方で何十年かに一回、勝手に子供が生まれたということにして、その子に資産などを相続したということにして、何度も何度も戸籍を更新していて……今は何代目のブキャナンさんということになっているんでしたか?」
「さて……確かそろそろ十五代目くらいだったかなと記憶しておりますが……。
まぁ、あたくしにとってはどうでも良い数字のことなので、好きにしておくんなさいというのが正直な所ですねぇ」
ハクトの問いにそう答えたブキャナンは傾げていた首を元に戻し、お茶のおかわりでもとそう言って、湯呑を持ってお堂の奥へと歩いていく。
その後姿を見送ったユウカは……今説明された様々な情報を頭の中で噛み砕き、ゆっくりと理解していく。
「えぇっと、先輩……ブキャナンさんみたいな人って、結構いたりするんですか?
その……切り札的な」
そしてそんな言葉を吐き出して、ハクトは「うーん」と唸ってから言葉を返す。
「不法幻獣というのは稀に現れるものなのだけど、その大体がこの世界に対し悪意を持っているというか、非友好的なのだよ。
大僧正のように言葉が通じて友好的で、こちらを助けるために尽力してくれる方というのは……非常に稀だねぇ。
召喚はあらかじめそう願い、契約し、協力関係を構築する目的で行われるが、そうではない場合は……大体はこんな訳の分からない世界なんて壊れてしまえ、とか、元の世界に戻せとか、そういった意思でもって暴れてしまうんだ。
だからまぁ……結構いたりはしないかな、稀にはいるけども」
「えーっと……つまり他にもいるんですね?
……具体的にどんな方が?」
「んー……んー……そうだねぇ……」
と、ハクトがそう言い淀んでいると、湯気を立てる湯呑を盆に乗せたブキャナンが戻ってくる。
そして丁寧にハクトの前に置き、ユウカの前に置き……自分の前にも置いてから、ゆっくりと声を上げる。
「お嬢さん、国防の切り札となれば、軽々には口に出来ないものなんですよ。
ましてやその相手はあたくしのような厄介者ばかり……厄介者にはひねくれ者も多いものでして、その名を口にした、その名を知っているという、そんな理由で八つ当たりをしかねない連中なのです。
ですからまぁ、その辺りはあえて聞かない方が良いと言いますか……どうしても知りてぇなら、自分で探すか出世してこの国の上の方の立派な椅子に座るのが良いんじゃねぇでしょうかね。
西のタヌキも南の河童も、北のスネコスリも、まぁ気が良い連中なのですが、如何せんあたくしのように理知的ではねぇですからねぇ」
「大僧正、そこまでに」
ブキャナンの言葉の途中で、ハクトがそう声を上げる。
そうしてハクトは結局言ってしまっているではないですかと、そう抗議の視線を送るのだが、ブキャナンは「はて?」とそんなことを言いながら首を傾げて……そうして何のことやらとでも言わんばかりに仮面の奥の目をぱちくりとさせて、とぼけてしまうのだった。
お読みいただきありがとうございました。




