天狗
「そう言えば、幻獣の世界に人って住んでるんですか?」
グリ子さんがベッドの上のヌイグルミを自分好みの順番に並べている中、ふいにベッドの側にしゃがみこんで、グリ子さんのそんな様子を観察していたユウカがそんな声を上げる。
ふとそんな疑問を思いついたから言葉にしてみたと、彼女にとってはそんな程度の言葉だったようだが……それを受けて沈痛な面持ちとなったハクトは、リビングのソファに深く腰掛けて、目頭を抑えながら言葉を返す。
「人の定義にもよるだろうね。
以前も話したことだが、こちらの世界とあちらの世界はかつて、融合していたというか境界が曖昧な状態となっていたことがある。
その際、あちらからこちらに来る幻獣がいたように、こちらからあちらに行った人が居てもおかしくはない。
そんな人々が時が流れた今でも生き残っているのであれば、居ると言えるのだろう。
そして幻想存在の人類というか人型生物というか、そういった類の方々もしっかりと存在していて……俺は今、一体全体どうして学院の生徒たる君がそのことを忘れ去っているのだろうかと、頭を痛めているところだよ」
「え? あれ? 授業で習いましたっけ? 幻獣な人っていうか……この場合は幻人って言うんですかね?」
「……教科書にしっかり乗っているはずなんだけどね。
ごく身近な例で言えば、天狗とか河童とか―――」
と、ハクトがそんなことを言いかけたその時だった、目を丸くしたユウカがその声を上書きする形で大きな声を張り上げる。
「いやいや、それは妖怪じゃないですか!」
そんなユウカに対し、ハクトは更に強く目頭を抑え込む。
「いや、彼らも立派なあちらの世界の住人であり、法的には幻獣と定義される存在なんだよ。
君の言葉を借りれば幻人で……河童と天狗の姿を思い浮かべてみたまえ、どちらもしっかり人型だろう?」
「い、いやいやいやいや……確かにそう言われればそうなんですけど、せめてこう……エルフとかドワーフとかそんな感じで……」
「まぁ、確かにそういった種族があちらの世界に存在していたと、そんな伝説は存在しているが……今の所、そういった種族が確認されたという、公的な記録はないからね。
幻人とあえて定義するのであれば、自然それは河童と天狗、ということになるのだよ」
「えぇー……そうなっちゃうんですねぇ。
っていうか先輩、身近とか言ってましたけど、天狗とか河童ってそこら辺にいるんですか?」
「……うん、居るよ。
居るというか、会いに行けるレベルに身近だとも。
近所にあるお寺、幻山寺のお山には、大昔から天狗が住み着いているからね」
「めちゃくちゃ近所じゃないですか!?
っていうか、え、私何度かあのお寺に行ったことありますけど、天狗なんて見たこともないですよ!?」
「うーん……俺は何度か会ったことがあるんだが、確かに会おうと思っていかなければ会えないお方だからなぁ……。
まぁ、いつでも行けば会えるだろうから、好きな時に行ってみて、会ってみたら良いのでは―――」
「じゃぁ早速行きましょう!」
またもハクトの声を上書きして、ユウカがそう声を上げる。
するとグリ子さんまでが「クキュン!」と、『なんだか知らないけれどお出かけできるならしたい!』との声を上げて立ち上がり……ふるふると体を振るって羽毛を整えてから、チャッチャカと玄関の方へと駆けていく。
それに続く形でユウカもまた玄関へと駆けていって……ハクトは小さなため息を吐き出しながら立ち上がり、簡単な着替えなどの身支度を済ませてから、玄関に向かい、グリ子さん達を追いかける形で家を出るのだった。
そうして一行は、晴れ渡る青空の下、家から見て北の方にある山へと向かい……それなりの段数がある階段を登ってから、拝観料を払ってから、敷地の中へと入る。
幻山寺は天狗が住まうこともあって中々立派な本堂があり、本堂を囲うようにいくつかの小さな建物があり……立派な塔までがある、かなりの規模の寺院となっている。
それだけ立派な寺院の日曜日となれば、それなりの数の人の姿があり……近所の人達なのか、観光客なのか、とにかくその人々の目的は本堂や塔となっていて……裏手にある山に興味を示しているのはハクト達だけとなっていた。
受付で許可をもらった上で、更に上へと続く階段を上り……大きくまっすぐ伸びる、何本もの木々に囲われた山道を歩いていると、どこからかなんとも言えない笑い声が響いてくる。
「カカカカカ!」
その声は人の声とは思えないものだった、一音一音がぶつ切りで、まるで機械か何かで合成したかのような音声にも聞こえるのだが、それでいて抑揚自体はしっかりしているものだから、機械の声とはまた違った風に聞こえてくる。
それでもあえてたとえるなら50代の男性、老紳士といった印象の声で……そんな声はどこからか言葉を続けてくる。
「あんた様がここまでいらっしゃるのは久しぶりでございますねぇ。
しかも幻獣とおなごを連れてとはあたくしも少しばかり驚いてしまいます。
……それで、このおやまにわざわざいらっしゃったのはどういうご用件でございましょうか?」
そんな言葉に対しハクトは、視線を上げて、高く伸びる木のてっぺんを見るかのような位置まで上げて、その声の主に言葉を返していく。
「大僧正、お久しぶりです。
矢縫の家を出ましたので、今はただのハクトですが、こうして幻獣も召喚出来ましたのでご挨拶に参りました。
こちらは私と契約を結んでくれた幻獣グリ子さん、こちらは私の後輩にあたる風切ユウカさん。
どちらも大僧正……伝説に名高い天狗にひと目会ってみたいと思ったそうで、今回一緒にお邪魔させていただいた次第です」
普段は自分のことを俺と言うハクトが馬鹿丁寧に『私』と、そう言っていることに驚きながらグリ子さんとユウカが頭を軽く下げると……頭上からまた先程のような「カカカ!」という笑い声が響いてくる。
その後にバサリと羽音がしたかと思ったら……一つの黒い影が空から降ってきて、ハクト達の目の前にコツリと音を立てて着地する。
それはまさしく天狗というような姿をしていた。
長い白髪に長い白髭、カラスのような黒い翼……顔は長い鼻を隠すためなのか、大きなクチバシを構えた仮面をかぶっていて、そのせいでよく分からないが、とりあえず全体像としては天狗らしい天狗だった。
ただユウカが考えていた天狗とは大きく違う部分があり……それは服装で、山伏姿であるはずの天狗がまさかのまさか、スーツを着込んでいたのだ。
紺色のスーツに灰色のベスト、首元にはループタイ、頭には黒色のハットを被って、黒色のズボンは少しダボッとしている。
そしてどういう訳かスーツの上にマントのようにも見える羽織をかけていて……なんと言ったら良いのか、今どきのスーツではなく、一昔も二昔も古いテレビドラマでしか見ないようなスーツ、というような印象だった。
一応両手には天狗らしい羽団扇と金色の錫杖が握られていて、その点においては天狗なのだが、天狗なのにスーツを着ているというのがあまりにも違和感満載で……そんな天狗を見てユウカは、
「天狗……?」
と、そんな声を上げながら首を傾げてしまうのだった。
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