ヌイグルミ
グリ子さんのために買ったオモチャの中にはグリ子さんが自ら選んだ、何体かのヌイグルミも含まれていた。
そのうちの一体はイノシシで、もう一体はタコで……それらはグリ子さんの寝床であるベッドに置かれることになり……ブロックオモチャで遊び飽きたグリ子さんは、ハクトがベッドの上に置いてくれたヌイグルミで遊ぼうとそちらに移動する。
「あー、グリ子さんも女の子だもんねぇ、ベッドにヌイグルミは欲しくなっちゃうよねぇ」
そんなグリ子さんを見てユウカが感想を口にする中……イノシシのヌイグルミに存分に頬ずりをしたグリ子さんは、そうしながらタコのヌイグルミを見て……「クキュン!」と声を上げてタコのヌイグルミを突き始める。
半目の不機嫌な表情で行われているのを見ると、それは遊びでそうしているという訳ではないようで……一体全体どうしたのかとユウカが困惑する中……片付けついでの掃除をしていたハクトが声を上げる。
「グリ子さんはどうやら、タコが自分の知っているタコではないと不満を抱いているようだ。
確かにグリ子さんが知っているタコは、そこまで赤くなければ頭も大きくないし、口もチューブのように突き出していたりもしないね」
「あ、あぁー、そういうことですかー。
確かに言われてみるとタコのキャラクターって本物とは似てない部分があるかもですねぇ。
子供の頃からタコのオモチャとかヌイグルミと言えばこういうデザインだから気にもしなかったですけど」
ハクトの声にユウカがそう返すと……ハクトは頷いてから、グリ子さんに声をかける。
「グリ子さん、確かにそのタコは美味しい美味しいあのタコとは違うのかもしれないが、そういじめるものではないよ。
というか、タコ焼き屋さんの看板に描いてあるのはだいたいそのタコだろう?」
するとグリ子さんは、目を見開いてそう言えば! という顔をし……「クキュン!」と鳴いて、まさかあれがタコのキャラクターだったとは思いもしなかったとそんなことを言い……そうしてからつついていたタコのヌイグルミのことを見やる。
ジィっと見やって、観察をして……それでもやはりこれはタコではないという思いがあったのか、ハクトの方をじぃっと見やる。
「……グリ子さんが大好きな方のタコのヌイグルミも見つけ次第に買うから、とりあえずはそれで我慢してくれないかな」
そう言われてグリ子さんは渋々といった感じで納得したような顔をし……そうしてから何故だかミニグリ子さんを生み出し始める。
生み出したならベッドに座り込んで両足を投げ出し、投げ出した両足でミニグリ子さんの頭を掴み、頭を掴まれたミニグリ子さんがまた別にミニグリ子さんの頭を掴み……と、そんな風な連結し始め……ミニグリ子さんがまるで列車のように連なり、長い足……に見えないこともない状態になる。
そうやって作り出した二本の長い足をまるでタコの足であるかのようにくねらせて……、
「クッキュ~~~ン」
と、声を上げるグリ子さん。
タコとはこうあるべし、これこそがタコなんだ。
そんなことを言って、くねくねくねと足を動かして……そんなグリ子さんを見たハクトは「ぶはっ」と吹き出し「あははははははは!」と、腹を抱えながら笑い声を上げる。
「こ、こんなことであの先輩が爆笑してる!?
確かに面白いですけど、それより可愛らしさが勝るというか……これでそこまで笑っちゃいます!?」
それを見てユウカがそんな声を上げるがハクトは構わず笑い続けて……笑ってくれたことが嬉しいのかグリ子さんは、その足をどんどんくねらせて……ミニグリ子さん達もノリノリでタコ足を演じていく。
「ははははははははは!!」
それを見てハクトはまた笑う、どうにか笑いを止めたいと思っても止められず、何がそんなにおかしいのかと自分でも薄々感じながらも笑ってしまって……腹が痛いやら顔が痛いやら、限界の限界まで笑って……そうしてから手近な所にあった休める場所ということで、グリ子さんのベッドに倒れ込み、その顔面をベッドの中へと押し付ける。
「そこまで!? そこまでですか!? 先輩の沸点がよく分かりません!!」
そんな光景を見てユウカは尚も悲鳴に近い声を上げて……ハクトは腹の痛みをどうにかしようと深呼吸を繰り返し……そして満足したらしく分離したグリ子さんとミニグリ子さん達は、ワイワイと跳ねて跳んで喜んで……当初の目的が何であったのかも忘れてはしゃぎ始める。
その中でミニグリ子さん達はイノシシのヌイグルミに飛びついたり抱きしめたり、放り投げたりして遊び始め……そうしているうちに盛り上がってきたのか、それ以外の……他にも買ってあったウサギやクマなどのヌイグルミで遊び始めて……遊んでいるうちになんだかんだとタコのヌイグルミでも遊び始め、遊んでいるうちに気に入ったのか、タコにも頬ずりをしたり抱きしめたりとし……そうして最後には丁寧にベッドへと並べられていく。
これで夜も寂しくない、巣での暮らしがそうであったように誰かのぬくもりと柔らかさを感じながら寝る事ができる。
そんなことを考えながらグリ子さん達がヌイグルミのセッティングをしていると……その意図を察したらしいユウカが声をかける。
「一人で眠るのが寂しいなら先輩と寝たら良いのに、そうしたことはないんですか?」
するとベッドに顔を突っ伏していたハクトが……その状態のまま声を返してくる。
「同じ部屋というのならまだしも、同じベッドでというのは中々難しい所だね。
グリ子さんは見ての通り中々の巨躯で、その上まん丸だ。
眠るときはよく転がる訳で……転がった勢いでクチバシやカギ爪なんかが突き刺さったら中々のダメージとなる。
前の家では眠るグリ子さんの側に布団を敷いて寝ていたこともあったが、何度かそういった攻撃を受けてしまってね……それが引っ越しを決意することになった一つのきっかけでもあった訳だね」
「あ、あぁー……そういうこともあるんですねぇ。
以前の旅行で同じ部屋で泊まった時はそんなこともなかったですけど……あの時のクッションは深く沈む感じの、寝転がりを防ぐ形だったからって感じですか。
……あれ、でもそうするとこのヌイグルミ達も攻撃を受けることになるような……」
ハクトの言葉を受けてそんな声を上げたユウカは、ベッドに並べられたヌイグルミのことをじぃっと見やり……なんとなくヌイグルミ達が怯えるような表情をしたと、そんなことを思ったユウカは……今夜から頑張ってくださいと、そんなことを両手を合わせながら祈るように、心の中で呟くのだった。
お読みいただきありがとうございました。




