五大協会
「いえ、ですから、報酬の問題ではなくてですね―――」
あれから数日が経っての日曜日。
旅行気分から抜け出ようと学業に邁進していたユウカが、久しぶりにハクトの家へとやってきて、玄関先で日光浴をしていたグリ子さんと一緒にハクトの家へと入ると、黒電話を相手にそんな声を上げているハクトの姿が視界に入る。
電話中だったかと、ユウカが静かに家から出ようとしているとハクトが手仕草で、中に入ってリビング辺りに向かってそこで休んでいてくれと、そんなことを伝えてくる。
ならばとユウカは、まずはグリ子さんの足を濡れ雑巾で拭くのを手伝い……そうしてからリビングへと向かい、リビングのドアをしっかりと閉めた上で、ブラシを手に取り、太陽の力でふかふかとなったグリ子さんの羽毛を丁寧にゆっくりとブラッシングしていく。
そうやっていれば電話なんてものの数分で終わるはず……と、ユウカはそう考えていたのだが、予想に反して電話が長時間に渡ることになり……電話を終えてハクトがリビングへとやってきたのか、それから30分後のことだった。
「随分な長電話でしたけど、何かあったんですか?」
そんなハクトにユウカがそう問いかけるとハクトは、手をすっと上げて少し待ってくれと示してから台所に向かい……コップに入れた牛乳をごくごくと飲みながらリビングへと戻ってくる。
「いや、失礼、喉がどうしても乾いてね……。
電話はまぁ、ろくでもない類の勧誘でね、いくら断ってもしつこくて全く嫌になったよ……」
戻ってきてソファへと腰掛けてからそう言ってくるハクトに、ユウカは首を傾げながら言葉を返す。
「えぇっと、勧誘、ですか?
ああ、それでお給料のお話とかしてたんですねぇ……」
「まぁ、そうだね。
どこで聞いたのか以前の虫退治の話なんかを聞きつけたようで、グリ子さんと一緒に転職しないかと来たものだ。
全く……俺は今の仕事で十分満足しているというのになぁ」
「へぇー……あの事件も結構話題になってるんですねぇ。
ちなみにおいくらくらいのお給料での勧誘だったんですか?」
「最初はいくらだったかな……断る度につり上がって最後には月60万という話になっていたね」
「へぇー……60万ですか……って、えぇ!?
月60万!? それって凄くないですか!?」
驚き、大声を上げて、ブラッシングの手を止めて。
そんなユウカにグリ子さんが不満そうな表情をすると、ユウカはごめんごめんと謝り、ブラッシングを再開させながら……ハクトへと興味津々といった様子の熱視線を送る。
「ん……いやまぁ、多いと言えば多いが、幻獣絡みの仕事ならばもっと多い所もあるからね、まぁ普通程度の待遇だろう。
グリ子さんはそうでもないが、幻獣によっては大量の牛肉や、大量のマグロなんかを毎日食べたりもするからね……そういった食費を考慮すると、貰える額は多くとも自由に出来る額は少ない、なんてことが往々にしてあるのだよ」
そんなユウカにハクトがそう返すと、ユウカはブラッシングを続けながらこくこくと頷き、言葉を返す。
「へぇー……そうなんですねぇ。
ちなみにどこからのお話だったんですか? 色々とお世話になったお役所とかですか?」
「北方協会だよ、北方協会では月100万どころか1000万なんて額を提案されたとしても断っただろうねぇ」
「北方……? えぇっと、北方協会って五大協会の一つですよね? 中央に東西南北で五つ……。
公的な機関ですし、公務員より安定しているとか言われてますし、それでそのお給料なら悪くないのでは?」
「……表向きにはそうなのだけどね、世間的にも五大協会なんて呼ばれているが、実質的には中央以外はどれもこれもろくでもない……有象無象だと言ってしまっても過言ではないだろうね」
「え? そうなんですか?
授業では確か……四聖獣の座を五大協会で争ってて、四席に対して五協会だから、一つ余る訳で、余り物にならないよう皆必死に研鑽するから、良いライバル関係になってるって、そう習いましたけども……」
「数十年前まではそうだった。
だが最近は四聖獣もほぼ中央が独占していてね、だというのに東西南北どれもが、変なプライドというか、古い考え方に固執しているのだよ。
西方に関しては以前の鷲波さんとハイ・グリフォンの件でよく知っているだろうが……北も南も東も大体似たような感じになっているかな。
特に北方は幻獣召喚者を特権階級だと考えているようでね……そうでない人達を見下しまでしているようで、そのせいで最近はトラブルばかり起こしているようだよ」
幻獣がこの社会において重要なインフラを担っているのは確かだが、それだけで社会が回っている訳ではない。
農業工業などなど、幻獣との関わりが浅い分野も生活に欠かせないものとなっているし……そもそも各協会には、欠かすことの出来ない仕事をこなすため、事務員を始めとした非召喚者がかなりの人数所属している。
だというのに非召喚者を見下すというのは天に唾する行為に等しく……そんなことをよりにもよって、公的機関である五大協会の一つがやってしまっているというのは、ユウカから見ても大問題だった。
真面目で、少し頑固なところのあるハクトから見れば問題外で……そんな所から勧誘されたとしても、ハクトからしてみればただただ迷惑なだけだった。
だというのに電話先の相手は『我々から声をかけてもらってさぞ光栄だろう』との態度を取り続けていて……そうした態度の悪さもハクトの態度を頑ななものにしてしまっていた。
北方協会からすると、ただの町工場という非召喚者が勤めるべき場所に、学院首席卒業のハクトが勤めているなど、許せないことで見過ごせないことで……そういったプライドに関わる部分と完全な善意でやっているので引くに引けず……そんな両者の態度が両者の機嫌をどんどんと悪化させていき……そうして長電話となってしまっていたのだった。
いっそのことハクトの方でさっさと受話器を置いて、通話を終わらせてしまえばよかったのだが……相手に失礼だからとそうできないのがなんともハクトらしい頑固さを示していた。
「そうなるとアレですねー、就職するなら中央にしたほうが良いんですねー。
近所だし、私もそうしよっかなー」
そうしたハクトの話を聞いてユウカはそんな総評を口にして……それを受けてハクトは、いやいや、中央協会はまともなだけに毎年毎年就職希望者が殺到して、倍率がとんでもないことになっているのだよ、とか、学科試験一つ取ってもとんでもない難度なんだぞ、なんてことを言いかけるが……ユウカには学生としては世界トップレベルと言っても良い格闘能力と身体能力があり……もしかしたらそれを理由にあっさりと就職を決められるかもしれない。
ならば下手なことを言ってしまい、変に諦めさせてしまうよりも、好きにさせたほうが良い結果になるかもしれず……そう考えてハクトは口をつぐむ。
そしてそんな二人を見てグリ子さんは、
「クッキュ~ン!」
と、甘えたような声を上げて……難しい話は良いから、もっとブラッシングしてよ、と、そんなことを二人に伝えるのだった。
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