久々の登場
朝起きて、事務所からの電話を受けて、グリ子さんがしでかしたことを知ったハクトがまずやったのは、電話をすることだった。
サクラ先生に電話をし、助力を願い、すぐに来てくれるとの返事をもらい……そうしてからハクトは頭を抱え込むことになる。
問題のある学生にちょっとした説教をし、鎮圧した……までは良かったのだが、まさかその契約を乗っ取ってしまうとは……彼らの召喚獣との契約を強制的に終了させ、自らが契約主になってしまうとは……。
召喚獣が召喚獣の主になってしまうという、まさか過ぎる事態に頭を抱えて抱えて……精一杯に苦悩したハクトは、すぐに開き直りの境地に至り、部屋についている風呂場へと直行し、入浴し、体を清め、髭剃りなどの手入れを行い、きれいな服に着替えて、しっかりと身支度をして……そうしてから、施設の入り口近くの事務所へと足を運ぶ。
事務所には既に身支度を整えたユウカが到着していて、グリ子さんと三匹の幻獣をよしよしと撫で回していて……そんな光景に少しだけ目眩を覚えたハクトは、その背筋に……全身に力を込めて、ピシリと居住まいを正してから職員へと頭を下げながら声をかける。
「この度はとんだご迷惑をおかけしてしまい、まことに申し訳―――」
―――と、その時だった。
事務所の窓の外に大きな影がばさりと舞い降りる。
その影自体も大きなものだったが、そこから放たれる魔力の量もかなりのもので……職員の視線もハクト達の視線も、グリ子さんを含めた幻獣達の視線がそちらに向く中……影の背から飛び降りた男性ががらりと窓をあけて声をかけてくる。
「あー、窓から失礼いたします。
私は鷲波タダシという者ですが、吉龍先生から自分は多忙だからと、今回の件を収拾するようにと申し付かりまして……ひとまずですね、私がそちらに向かうまで、話を一旦中断していただけますでしょうか」
それは以前ハクトの下へとやってきた、グリフォンの召喚者タダシの声で……立場上ハクトの弟弟子にあたるタダシは、どうやら忙しいらしいサクラ先生からの指示を受けて、わざわざここへと来てくれたらしく……そんなタダシの顔を見てハクトが申し訳なさそうな表情で恐縮する中……職員一同と、今回の事態を受けて急遽駆けつけた市役所の職員達は一気に青ざめ、冷や汗を浮かばせ……そして緊張のあまりかガクガクと震え始める。
まず鷲波タダシという人物。
彼は全国放送される程にレベルの高い競技会、白虎杯の参加者であり、そこでそれなりの結果を残した実力者であり……幻獣業界に身を置くものであれば、その名を知らぬ者などいない程の有名人だ。
そしてそのタダシが口にした吉龍という名字は……かつて夫婦で四聖獣の席を埋めるのではないかと噂された、この業界のトップに君臨していた夫婦のものであり……タダシ程の人物が口にしたということから見ても、まず間違いなくその夫婦のことを示しているのだろう。
吉龍夫婦が、白虎杯優秀成績者を動かし、矢縫家の御曹司に関わる問題を解決しようとしている。
国家の防衛を担う最重要役職である四聖獣だった人物と、四聖獣候補だった人物が、次期四聖獣に内定しているだろう人物を動かし……その後継たる将来の四聖獣であろう若者を救おうとしている。
それはもうこの国のトップが、幻獣業界全体がハクトに味方しようとしていると言うのと同義であり……施設の職員も役所の職員も、幻獣業界の末端に席を置いている身として、わずかな言葉を発することも出来ず、ただただその身を震わすことしか出来ない。
そうやって職員達が震え上がり、事態が飲み込めないユウカが首を傾げ……事態が落ち着いた辺りでサクラ先生にお説教されるのだろうなと察したハクトがため息を吐き出す中……タダシが事務所のドアを開けて中に入ってきて……そうしてハクトに向かって言葉をかけてくる。
「いやぁ、あの時のお礼をいつか出来ればと思っていたのですが、こんなに早く機会が訪れるとは思っていませんでしたよ。
ハクトさん……いや、兄弟子と呼ぶべきですかね? とりあえずこの件に関しましては私達が上手く対処しますので、安心してください」
その声を耳にして職員達はもう驚きの表情を隠すことが出来ない。
白虎杯優秀成績者の方が兄弟子かと思えば、この少年の方が兄弟子で……立場が上で、吉龍に近い立場にいる人物で……矢縫の名すら霞むそのとんでもなさに、職員達は心の中で全力で白旗を振り上げる。
「……えー、とりあえずはこの幻獣達は送還する、ということでよろしいでしょうか?
一応召喚者と監督者である教員にも話を聞いてみる必要はありそうですが……まぁ、彼らの意向はこの際、無視しても構わないでしょう。
今重視すべきは法と幻獣達の意向で……え? あ、はい、なんでしょうか? グリ子さん」
職員達が全力で降参する中、タダシがそう言葉を続けて……続ける中で立ち上がったグリ子さんが、タダシのスーツの上着の裾をちょいちょいとクチバシで引っ張る。
「クッキュン、クキュン、クッキューン」
「えぇっと……?」
クチバシで引っ張った上でそう声を上げたグリ子さんだったが、タダシにはその意図が伝わらず、首を傾げることになり……仕方無しにハクトが通訳として声を上げる。
「どうやらグリ子さんは、送還自体には賛成しているものの、ちょっとだけ待って欲しいと言っているようです。
すぐに送還してしまうのではなく、せっかくこちらの世界に来たのだから、少しでも良いからこちらの世界の良い部分を味わってもらって……それからの送還でも良いのではないか? と。
えぇっとグリ子さん、具体的には彼らに何をさせてあげたいの?」
「クッキューン、クキュ、クキュキュ、クッキューキュ、キュン」
「えー……自分がこちらの世界で食べた中で一番美味しかったタコとイノシシを食べさせてあげて、それからこの施設で受けられる美容マッサージも受けさせてあげて……え? 商店街のソフトクリーム?
いや、今から自宅まで帰る余裕は……ああ、でもここらでも探せばソフトクリームを出すお店くらいはあるか……」
グリ子さんが声を上げ、ハクトがそう通訳をし。
それを受けて頷いたタダシは、腕時計をちらりと見ながら声を上げる。
「そういうことであれば問題ないでしょう。
送還までの準備、計算には時間がかかりますから……送還は今夜ということにして、今夜までは自由時間……彼らにこちらの世界を楽しんでもらう時間ということにしましょう。
幻獣達の逃亡防止とかは……グリ子さんがいれば考える必要は無いでしょうし、後のことはハクトさん達にお任せします。
問題の召喚者との折衝などにつきましては、私が全てやっておきますので、ご心配なく。
こういったことには慣れていますので……こう見えて私は社会人としては先輩ですので、遠慮なく任せてくださいな」
その声を受けてハクトは、後で礼をしなければと考えながら頷き、ユウカは何も考えずに頷き……そしてグリ子さんは満面の笑みで頷いてから「クキュン!」と鳴き、見直したよ、とでも言いたげな表情をし……その羽根の一本をタダシの、スーツのポケットに半ば無理矢理、押し込むのだった。
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