魔除け
施設に戻ったハクトが受付の職員達に山ですれ違った人物に関する報告をすると、職員はハクトが予想していたよりも真剣に話を聞いてくれて、そしてすぐに施設の責任者や、施設内にいる教育者達……合宿などで学生を引率している立場の者達へと緊急の連絡をしてくれた。
その動きを見てハクトは内心、まさかここまで動いてくれるとは……と驚くが、ハクトの実家である矢縫家のことは幻獣に関わる仕事をしている者であれば知っていて当然で、更にユウカは宿泊名簿に自らが学院生であることを記載していて……そしてハクトの側にはミニグリ子さん達と、何故だかキリッとした顔をしているグリフォン……グリ子さんが控えてもいる。
ただの一般人ではなく、そうした要素を持ち合わせる特別な存在であるハクトの言葉だからと、職員達も真剣に受け止めてくれたようで……そのことに気付いたハクトは、縁を切った実家を意図せず利用してしまったことに気付き、なんともいえない複雑な気分となる。
とは言え今回は事態が事態、重大な犯罪が行われてしまう可能性もある訳で……それを防ぐためであるならば、たまには良いかとハクトはその内心で開き直る。
そんな報告を終えたなら部屋へと戻り……手洗いうがいなどを済ませたなら、着替えを用意し大浴場へと向かい、入浴したならハクトはまたサウナで、ユウカとグリ子さんは美容マッサージで疲れを取り……そうして全員ですっきりした顔をしながら体を休ませようと部屋へと向かう。
ハクト達の部屋はハクト達が出かけている間に、隅々まで掃除がされていて、洗濯カゴに入れておいた洗濯物も、綺麗に洗われ、しっかりと乾かし、丁寧にたたまれた状態で部屋に戻されていて……そんな部屋の状態を見たハクトは、流石貴賓室と静かに戦慄する。
「……とりあえずお茶でも飲みながらゆっくりしようか」
戦慄しながらそんな言葉を口にし、ポットの下へと向かえばポットは新しいものとなっており、中のお湯はもちろんのこと、ティーパックや茶葉、茶菓子なんかも新しい物が用意されていて……ハクトは再度静かに戦慄しながら、まずユウカの分のお茶、そしてグリ子さんの分のお茶、最後に自分の分のお茶を用意する。
「ありがとうございます」
「クッキュン!」
そう言ってユウカは湯呑で、グリ子さんは大きな器でお茶を飲み……しばし言葉もなくゆったりとした時間を過ごす。
貴賓室は部屋の中それ自体が心が落ち着く良い光景となっていて、更に庭を見れば目を奪われる程の庭園の光景が広がっていて……言葉が無くとも、テレビを点けずとも暇することなく時間を過ごせて、そこに上等なお茶がいっぱいあれば文句もなく、静かに時間が流れていく。
「今日の夕飯は何にしましょうかねー」
そんな中でユウカがそう声を上げて、
「ふむ……メニューを見てみるか。
昨日と同じというのは……流石に味気ないかな」
と、ハクトが返し、そうやって二人の会話が始まる中……グリ子さんはそっと立ち上がり、ちょこちょこと爪カバーに覆われた足で部屋の中を歩いていき……まずはハクトが寝室にしていた茶室へと入り、そこにおいてあったハクトの旅行鞄の前に立ち……ふるふると震えてから羽根を一本、クチバシで引き抜き、そっと鞄の中に忍ばせる。
次はユウカが寝ていた寝室へと向かい、同じようにユウカの旅行鞄の中に羽根を忍ばせて……そうしてから居間へと向かい、床の間に置かれた花瓶の側にもそっと羽根を置く。
そうしたなら満足そうに頷き、自分の席……大きなクッションの下へと移動して、クッションをクチバシでちょいちょいといじり、整えたならゆっくりとそこに腰を下ろす。
「あ、グリ子さんはご飯何食べたい?
メニューの文字読めないようなら読んであげようか?」
すると話に夢中になっていたらしく、グリ子さんが何をしていたのかにも気付かないままユウカがそう声をかけてきて……、
「ああ、グリ子さんは文字が読めるから、メニューを見せてあげればそれで大丈夫だよ」
グリ子さんが何をしていたのかに気付いてはいるが、だからと言って何かを言うつもりの無いハクトがそう続く。
グリ子さんがしたことは犬で言うところのマーキングに近い……己の縄張りにその証を置くという幻獣の行動としてはよくある、至って普通の行いだ。
それによってグリ子さんの魔力が展開され、強力な魔除けのような効果を発揮していることも、ハクトは魔力的な繋がりによってなんとなくではあるが、理解をしていた。
そんなハクトでも理解しきれていなかったのは、グリ子さんの魔力が普通の幻獣よりも強く、多く……ハクトが想像している以上の効果を発揮してしまっているということなのだが……仮にハクトがそのことに気付いていたとしても、それを問題視まではしなかっただろう。
魔除けの力で除けられるのは、邪なもの……邪悪なもの。
この平和なご時世にそんなものが……者達が存在しているとは思えず、この施設に用があるとも思えず、その効果を発揮するなんてことはまず無いだろうと思いこんでいたからだ。
実際、この施設を利用している者や職員のほとんどは……9割程はその効果の対象にはならなかったのだが……残りの1割の、ほんの数人ではあるのだが、その数人がこの魔除けの力をもろに食らってしまっているなんてことは、ハクトには予想出来ず……そして気付くことも出来なかった。
施設の入口で、何故だか施設に入ることが出来ず、四苦八苦している者達がいるなんてことはその力の主であるグリ子さんにしか気付けないことで……、
「クッキュン、キュン」
なんて呑気でとぼけた声をグリ子さんが上げていれば、それは尚のことだっただろう。
そうしてハクト達はしばらくの間、そのことに気付け無いまま……呑気にメニューを眺め続け……のんびりと、特に急ぐ用事もないので小一時間ほど雑談に興じることになるのだった。
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