ひどい運命の悪戯
昼食を終えて店を出て……ハクト達はゆっくりと、景色を楽しみながら山道を下っていく。
「クッキューン、クキュンクキュン」
するとグリ子さんがそんな声を上げて……ハクトが困ったような顔になりながら言葉を返す。
「タコならまだしも、イノシシを普段から食べるというのは少し難しいかもしれないね。
猟期が決まっているものだし、市場には中々出てこないものだし……あのお店みたいな所に電話注文をしたら冷凍肉を宅配便で送ってくれるそうだけど、そうなると今度は予算の問題もあるからね」
毎日でもイノシシを食べたいと、そんなことを言ったらしいグリ子さんは、ハクトの返事に少しだけしょぼんとした顔になるが……普段からハクトは自分のために、それなりの予算を割いて美味しいものを用意してくれているので、文句を言わずワガママを言わず、目を細めてこくんと頷いて、納得したよ、とハクトに伝える。
するとハクトは、
「……まぁ、たまに食べるくらいはなんとかなるかもね」
と、より深く困ったような顔になりながら言葉を返し……そんなやりとりを見てユウカは、拳を構えて自分がイノシシを殴り倒してしまえば……と、そんなことを考え始める。
「風切君、言っておくが猟というのはしっかりとした資格が必要な上に、決められた期間だけに許された特別な行為なのだよ。
そこらに居るからと勝手に獲るなんてことは許されないし……そもそも猟というのは猟銃があっても大怪我をしたりして命を落とすこともある危険な行為なんだ、素人が手を出しては良いものではないよ」
そんなユウカに対しハクトがそう声をかけると、ユウカは考えていることをあっさりと読まれたということに小さく驚きながらこくりと頷く。
ユウカならあるいはその拳でもって野生のイノシシを狩ることも出来たのかもしれないが、イノシシの牙はとても鋭く、人の体などあっさりと貫いてしまうものだ。
山中という整地のされていない、大きな石や木の根などでうねる不安定な地面で、そんな危険な獣とやりあえば無傷で済むはずもなく……更に資格などの法的な問題まであるとなったら、ユウカも素直に頷くことしか出来なかった。
そうして一同は無言となり、虫の声や鳥の声、木々のざわめきなどが響き渡る中を歩き続けていって……もう少しで座禅を組んだ寺が見えてくるという所で、山道から大きく外れた、太陽の光が届きにくくなっている程に鬱蒼とした木々の中から、がさりがさりと、明らかに何かがそこにいると思わせる音が聞こえてくる。
それを受けて真っ先に反応したのはユウカだった。
そちらに体を向け、大きく足を開いて拳を構え、警戒感を顕にする。
次にグリ子さんが首……というか体全体を傾げながらそちらを見やり、そしてハクトがこういう時のためにと用意していた、獣を追い払う効果があるという特殊な笛をポケットから引っ張り出す。
そうやってそれぞれが、それぞれの方法で音がした方へと注意を払う中……木々の間からのそりと、大きなイノシシが姿を見せる。
「え、このタイミングで来ます!? 普通!?」
それを見てまずユウカが声を上げる。
「……まぁ、この辺りにいるからこそ、あのお店で食べられた訳だからね……」
続いてハクト。
「クッキュン?」
そしてグリ子さんは、それが一体どんな生物であるのか分からないとばかりに、更に大きく体を傾げて……そんなグリ子さんにハクトが「あれがイノシシだよ」と声をかける。
すると傾いていたグリ子さんの体が飛び跳ねたかと思うような速さで直立し、耳をピンと立てて……そうしてから狙いを定めたように目を細め、クチバシを下げて小さな翼をくいと振り上げて……今にもイノシシに襲いかからんとする構えを取る。
「グリ子さん、ダメだよ。
幻獣の狩猟に関しては人よりも厳しく制限されているから許可を得ないと……。
前回の虫とかは役所の許可があった上でやったことだからね」
それを見てハクトがそう声を上げると、グリ子さんはびくんっと反応し……そうしてからハクトに救いを求めるような視線を送る。
だがハクトはその首を左右に振って……尚もグリ子さんは視線を送り続ける。
「……可能性があるとしたら、向こうから襲いかかってきて、正当防衛のために迎撃して、そうして殺めてしまったイノシシを食べて供養するという形だけども……」
その視線に根負けしたのか、ハクトがそんなことを言うが……当のイノシシは、ユウカの体から溢れ出る殺気と、グリ子さんという圧倒的強者の気配を感じ取ってか、木の陰で震え上がってしまっている。
そんな状態になるのなら、いっそのこと逃げ出してしまえば良いのだが、グリ子さんという上位格の幻獣に睨まれてしまったことにより、人間で言うところの腰が抜けた状態にでもなってしまったらしく、イノシシはただただそこで震え上がり続ける。
そんな状態では到底、こちらに襲いかかってくるなんてことはありえないことで……ユウカはゆっくりと警戒を解き、グリ子さんは残念そうにしながらも仕方ないかと諦めの表情を上げながらため息を吐き出し……そしてハクトは、そんなイノシシを救うために手にしていた笛を口に咥える。
これの効果の程は定かではないが、それでもイノシシが逃げ出すきっかけになってくれるはずだと、大きく息を吸いゆっくりと息を笛の中へと吹き込み―――瞬間、息を吹き込んだハクトが思わず驚く程の、大きな高音が周囲一体に鳴り響く。
するとイノシシは大慌てで体勢を整え、駆け出そうとし……ハクトの笛のタイミングが悪かったのか、イノシシがドジだったのか、そもそもの巡り合わせが悪かったのか、それとも運命だったのか……その蹄が山中にあった石を踏み、その石が泥に埋もれてずるりとすべり……大きく体勢を崩したイノシシが、四肢の獣がそんな風に転ぶのかというくらいに見事にすっ転び、木々の間をごろごろと転げて、その勢いのままに山を下っていく。
「あっ」
「えっ」
「クキュン?」
ハクトとユウカと、そしてグリ子さんがそんな間抜けな声を上げる中、転がり下ったイノシシは、その先にあった巨木にその頭をぶつけて……がくりと力を失い、木の側に倒れ伏す。
……運命の悪戯なのか、そうして意図せずイノシシの絶命に立ち会わせてしまったハクト達は、しばし呆然としてから……このことを報せるべく先程の店へと駆け戻るのだった。
お読みいただきありがとうございました。




