お寺
大浴場にて汗を流し、職員が部屋まで運んできてくれた、焼き魚と漬物、味噌汁とご飯と卵焼きという、シンプルながらとても美味しい朝食を堪能し……そうして施設を出たハクト達は、青空の下を歩きながら、さて今日はどこに行こうかと話し合い始める。
「今日は朝から激しい運動をしちゃいましたから、落ち着けるとこが良いですねー。
ハイキングとかは昨日やっちゃいましたし」
「クッキュンクッキュン!」
ユウカがそう言い、グリ子さんが同意し……そんな二人の言葉を受けて少し悩んだハクトは、部屋の中に置いてあったパンフレットの内容を思い出し、声を上げる。
「それならば山の麓にあるという、お寺に行ってみるのはどうかな?
観光客の受け入れもしているそうで……庭が中々見応えがあって良い場所らしいよ。
そこで午後までゆっくりとして……それからどうするかはまたその時に考えてみるとかどうかな?」
「おー、お寺ですかー……お墓参り以外でお寺に行くって経験はあんまりないんですけど、悪くはなさそうですねぇ。
素敵なお庭というのも見てみたいですし……グリ子さんはどうかな?」
「クッキュン!」
ハクトの言葉にユウカがそう返し、最後にグリ子さんが同意の声を上げたことでその寺に行くことが決まり、一行は山の方へと向かい……道路の途中にあった観光客向けと思われる案内看板に従って足を進めていく。
お寺まで後~~メートル、ここを右折、直進すぐ。
そんな内容の……縦長で目立つ看板に従って足を進めると、大きく太い、何本もの木に囲われた石階段があり……その階段を上がっていくと、開放された門があり、石畳があり、その先に小さな小屋があり『受付はこちら』との小さな看板が貼り付けられている。
それを見るなりハクトは率先して受付に向かい、いくらかの支払いを済ませ……ハクトが何も言わずにそうしてくれたことを、ユウカは心を震わせながら感謝し……ハクトが受付を終えて戻ってくるなり、
「ありがとうございます!!」
と、元気な声を上げる。
「ん、まぁ、言い出しっぺだしね、付き合わせる以上は支払いくらいはするさ。
すぐに案内の人が来るそうだから、それまではここで待っていようか」
するとハクトはそう返してきて……その言葉の通り、僧服姿の中年くらいの男性がやってきて、静かに丁寧にハクト達を案内してくれる。
まずは本堂に向かい、大きな仏像を観覧し……静かに祈りを捧げたなら板張りの廊下を進んで……白石と青々とした葉を茂らせる木々が作り出す、思わずため息が出るような庭の光景を眺めながらゆっくりと足を進めていく。
(この長い廊下とこの庭の光景にも何か意味があったりするのかな?)
なんてことを胸中で思いながらユウカが足を進めていると……案内役の男性が庭を望む一室へと入り、そこに座布団を敷き……幻獣用の大きな布団を敷き、そこに座るようにと促してくる。
一同が素直にしたがって腰を下ろすと、目の前には広く鮮やかで穏やかな庭の光景が広がっていて……それを目にしたユウカは思わずといった様子でためいきをもらす。
そうしてじぃっと庭を見やり……お茶でも出てくるのかな? なんてことを考えていると、案内役の男性がパンフレットのようなものをハクトとユウカとグリ子さんに手渡した上で、それについての解説を始める。
「座禅について皆さんはどこまでご存知ですか?
座禅を簡単に説明するのはとても難しいことですが、それでも分かりやすく説明させていただきますと、精神統一を目的とした禅の修行の一つで、禅とはつまり―――」
そんな説明が始まったのを受けてユウカは、慌ててパンフレットを開きその中を確認すると『座禅修行体験』なる文字があり……ユウカはやられた!? なんてことを思いながらハクトを見やる。
そもそもあのハクトが寺に行きたいなんてことを言い出した時点で、その可能性を疑うべきだったのだが……まさか旅行中にこんな手を打ってくるとは付き合いの長いユウカでも予想することは不可能で……ユウカは抗議をすることも抵抗することも諦めて項垂れ……黙って僧服姿の男性の説明に耳を傾ける。
するとどうやらこの修行体験は1時間から2時間程の内容となるようで……ユウカはそのくらいはもう仕方ないと、参考書を前にしての勉強よりはマシだろうと切り替えて、全てを受け入れる。
そうして男性の説明が終わるとすぐに座禅修行は開始となり……座禅を組んだユウカは、静かに目を閉じて、精神統一の類は得意とする所だと、そんなことを静かな胸中で思うのだった。
その僧侶の男性は、座禅修行が始まってすぐに、自分の中に蔑みの心があったことを悔いることになる。
若い男女が修行体験コースを申し込んできて、遊び半分なのだろうと決めつけて……そうして目の前の二人を蔑んでいたのだが、いざ座禅が始まってみると二人とも今までに無いと言っても過言でないような見事な様子を見せつけていて……遊び半分だなんて風に思ってしまったことを謝罪したくなってしまう。
男の方はただただ静かで、脱力していながらも微動だにしていない様子で、かといって寝ているだけだとかただ目をつむっているだけではなく、閉じた目でもって何かを見てやろうと……心の世界の中の壁の向こうにあるものの正体を見抜いてやろうとしていて、静かで穏やかな魔力の流れを見るに、悟りの境地の第一歩を着実に踏み出している様子だ。
女の方は武道の嗜みがあるらしく、武人にありがちな力でもって背筋を無理矢理に伸ばし、力でもって体の揺れを無理矢理に押し留めての、見事な姿勢を見せつけている。
そうしながらの精神統一も見事と言う他なく……その道から外れることのないようにと、健全な精神を懸命に育もうとしていることがその背筋と拳からひしひしと伝わってきていて……力強く真っ直ぐに流れる魔力の淀みの無さはただただ素晴らしく、一切の文句の付け所がない。
両者ともにしっかりとした座禅修行を行えていて、両極端ながら感嘆する程のレベルに至っていて……そして僧侶が何より驚いたのは、二人が連れてきた幻獣の圧倒的なまでのレベルの高さだった。
長く僧侶をやってきた男性にも至れない境地にすでに至っており、思わず教えを請いたくなる程に立派な座禅をしていて……その体はゆらゆらと左右に揺れてしまっているのだが、それすらもただただ自然で、あるがままの姿と言えて……敗北感すら覚えてしまう程だ。
そしてその魔力はまるで自然界そのものを、世界そのものを表現しているかのようで、そのあまりにものレベルの高さは僧侶が理解できる範囲から逸脱しつつある。
座禅をしていた幻獣がその魔力を迸らせ、何かの扉を開いたのか魔力を吹き上げ……瞑想したままぷかりと浮かんでも何も言えず、ぷかぷかと辺りを漂ってもただ見やることしか出来ず……何がどうなっているのか、小さな分体を作り出し、そこら中を埋め尽くし始めても僧侶にはそれを止めることが出来ない、止めて良いのかが分からない。
そうして僧侶は修行体験の時間が終わるまでの間、幻獣の引き起こす光景と、分体達に全身を覆われるという現象の中で、呆然とし続けることになるのだった。
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