美味しい炉端焼き
囲炉裏での炭火焼きというのは焼き加減が中々難しいものであるらしい。
じんわりとした熱でじっくりと焼くものなので、根気が必要で、かといって放置しすぎれば焦げるかパサパサになってしまうもので……そういう訳で炉端焼きを注文すると、客が拒否しない限りは職員が付きっきりで、焼いたり盛り付けたり片付けたりの手伝いをしてくれるそうで……ハクト達も素直にそうして欲しいと、頼むことにした。
すると担当の女性職員は笑顔で頷いてくれて、アルミホイルに包んだ野菜などを灰の中に埋め、串に刺した魚やタコ足を囲炉裏の周囲を囲うように立てていき、キャンプなどで使う脚付きの鉄網を設置しての厚切り和牛ステーキの調理を始め……そうした作業を進めながらあれこれと、ハクト達に雑談を振ってくる。
「今日はどちらに行かれていたんですかー?」
「えぇ、朝から山の方にハイキングを」
突然の雑談にユウカが反応に困る中、慣れた様子でハクトがそう返すと、職員は「あぁ、あそこですか」なんてことを言いながら頷き……作業の手を一旦止めて、何かを思い出すような素振りをし、そうしてから口を開く。
「ああ、それなら山の方で何か見ませんでしたか?
私はあまりそういうのを感じ取れないんですけど、一部のお客さん達が凄い魔力を山の方で感じたとかで、駆けていっちゃったんですよねぇ。
あの山には龍の幻獣が現れたなんて伝説もありまして、その再来じゃないかってちょっとした騒ぎになったんですよー。
結局何も見つけられなかったって、そんなことを言いながら夕方頃に皆さん帰ってらしたんですけどねー」
「ん……いや、特に変わったものは見かけませんでしたが……。
龍なんてものが現れたなら、すぐに気付くでしょうし……」
「あら、朝から行ってたお客様が見てないなら、皆さんの勘違いだったんでしょうかねー」
ハクトがそう返すと職員は軽い感じでそう返してから、作業を再開させる。
この時ハクトは全く思い当たっておらず、グリ子さんはじわじわと焼けて良い香りを放つタコ足に夢中で気付いておらず、ユウカもまた塩を振ったヤマメや、炭火の上でジュウジュウと音を立てるステーキに夢中でそのことを考えてすらいなかったのだが……山の方に感じた凄い魔力とはつまり、グリ子さんの放ったものであった。
グリフォン柱を作り出したあの時に、思わず発してしまった大量の魔力がこの施設まで届いてしまって、一部の者達がそれを感じ取ったというのが本当の所だった。
その一部の者達は魔力の正体を掴むべく駆け出して、魔力を感じ取れなかった者達も、その情報を聞きつけるなり駆け出して……その一部とハクト達は、ソバ屋を後にした際にすれ違っていたのだが、誰一人としてそのことを思い出そうともしない。
そんなことよりもハクトは、龍の幻獣の伝説の方が気になったのか、そちらの雑談で盛り上がり……グリ子さんはタコ足のことをじぃっと、目を大きく見開きながらじぃっと見つめ、ユウカは炭火の温かさの中、焼ける魚やステーキの匂いにうっとりとし、鼻をすんすんと鳴らし続ける。
甘酢漬けのタコもヤマメも、それなりに酢臭さや生臭さがあるものだが、炭火の香ばしさはそれらを包み込むようにかき消していて、それでいて焼き上がりの香ばしい匂いはかき消すことなく、より良いものへと昇華させている。
お腹は十分に空いている、そこにこんなに良い香りをさせたらもう我慢出来なくて、グリ子さんもユウカもついつい手を伸ばしてしまいそうになるが……事前の職員の説明により、まだまだ生焼けであることを理解しているので、食欲を無理矢理抑え込みながら、ぐっとこらえる。
ユウカとグリ子さんがそうこうしていると、囲炉裏の世話をしているのとはまた別の職員がおぼんを持ちながら現れて、
「もう少しで焼き上がりますので、その前にまずはこちらからどうぞ」
と、そう言ってハクト達の前に、小さなボウルを配膳していく。
そのボウルにはたっぷりのスライス玉ネギが入っていて、その上にカツオブシをこれでもかとかけるだけでなくぷっくりと膨らむ卵黄までが入っている。
「こちらはこのドレッシングをたっぷりかけてから食べてくださいね。
足りないようならご注文いただければ様々なサラダをご用意できます……が、こちらを食べているうちに大体焼き上がる頃合いですので、よほどの大食漢でなければこちらで十分かと思います」
その職員さんにそう言われてハクト達は素直に頷き、
『いただきます!』
「クキュン!」
と、同時に声を上げてから用意されたドレッシングを適量かけた上で、用意された箸を手に取り、あるいはクチバシを構え、そのタマネギを食べ始める。
丁寧に処理がされているのか苦味は一切なく、それでいて甘くて歯ごたえがよく、カツオブシの香りと卵黄の濃厚さと、濃すぎない味のドレッシングがなんとも合ってたまらない味となっている。
ただの前菜というには豪華過ぎるそれをゆっくりじっくりと堪能していると、ハクト達の前に横に長く大きな皿が用意される。
そしてそこにまずは切り分けられたステーキが配膳され、次にタコ足が、そしてメインということらしい塩焼きの、串で貫いたがためにくねくねと曲がった形となったヤマメが一人一尾配膳される。
グリ子さんのヤマメはわざわざそうする必要もないのだが、それでも職員が気を利かせて身をほぐし、骨を綺麗に外した状態で配膳してくれて……ハクト達は礼を言いながら箸を伸ばし、それらを食べていく。
ステーキは塩コショウ、ヤマメは塩だけ、タコは甘酢につけてはいるが甘さも酸っぱさも控えめで、味付けだけをみるととてもシンプルなものばかりだ。
それが炭火でじっくりと焼くとたまらない柔らかさと香ばしさと、独特の柔らかさになっていて……素朴ながら旨いと、今までに食べたことない程に美味しいと感じさせてくれるそれを、ハクト達は夢中になって食べていく。
すると良いタイミングでおひつから盛られたご飯が差し出され、自在鉤に吊るした鍋の中で温められていた、大根と厚揚げの味噌汁も配膳されて……ハクト達はそれらにも手を、クチバシを伸ばしながらどんどんと皿の上のものを食べあげていく。
そんな中グリ子さんは、やはりタコ足が気に入ったようで、甘酢の力で旨味を引き出された、いくらでも噛んでいたくなるそれを食べて食べて「クキュンクキュン!」と鳴いて、美味しい美味しいおかわりおかわりと、そんな声を上げ続ける。
それをハクトが翻訳するとすぐに追加のタコ足が運ばれてきて……そうしてグリ子さんはハクト達と一緒に、至福の時間を過ごすのだった。
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