ユウカの日常
朝5時。
風切ユウカはいつもこの時間になると、誰に起こされる訳でもなく、アラームを鳴らす訳でもなく、自力でもって目を覚ましていた。
パチリと目を開き、ぐいと体を起こして大きなあくびをしたなら自らの両頬をべちんと叩き、すっきりと意識を覚醒させてからベッドから這い出て洗面所にて顔を洗い、うがいをして口の中をすっきりとさせて……自らの部屋に戻り、ヨガマットを敷いての柔軟を兼ねたヨガと、その時の気分次第の筋トレをこなしていく。
一時間、たっぷりと体を動かしたなら、ヨガマットを引きずりながら風呂場へと向かい……汗まみれとなったヨガマットを洗うついでに、自らの汗を流してのシャワータイム。
それが終わったなら肌を整え髪型を整えて……7時、リビングにて両親と顔を合わせての朝食だ。
茶碗に山盛りご飯と、梅干しと納豆、生卵と漬物と、海苔と海苔の佃煮。
それと味噌汁と昨日の夕食のおかずの残りでお腹を膨らませたなら……歯を磨き、着替えを済ませての登校となる。
ユウカの父親はそれなりに良い大学に入り、真面目に学業と就職活動に取り組み、それなり良い企業に就職をし、遅すぎず早すぎず普通のペースで出世している、普通のサラリーマンだった。
母親は幻獣に関する研究を行っている研究員で……そんな両親が頑張って働いて建てた一軒家は、なんとも地味で普通な、特筆することのない、どこでも見ることのできるような外見となっていた。
そんな普通の家庭の子供が国立幻獣学院に進学するというのは、非常に珍しいことであり……そのせいでユウカは、学院に入学するなり、俗に言ういじめという名の嫌がらせ行為を受けることになる。
そうした行為からユウカを守ってくれたのがハクトだった。
涙を流すユウカを見て嫌がらせに負けないくらい強くあれと活を入れてくれたのもハクトだった。
そうして……強くなるために素晴らしい師を紹介してくれたのもハクトだった。
そんな風に自分を守ってくれた先輩はもう居ない。
学院から卒業してしまった、新たな道を歩み始めてしまった。
……だが、もう自分はあの頃の自分ではない。
嫌がらせに負けない強さを手に入れているし、そのことは既に学院中に知れ渡っている。
学院に行けば同級生が笑顔で迎えてくれて、言葉を交わしてくれて、一緒に学業に、鍛錬に、幻獣研究に取り組んでくれる。
そんな普通の……当たり前の幸せを勝ち取れる力をユウカはハクトのおかげで手に入れることが出来たのだ。
皆と一緒に笑い、一緒に汗を流し、一緒に拳を振るう。
そうやって学院での時間を過ごしたユウカは、学院を出て、数分歩けば見えてくる木造の古道場へと足を運ぶ。
木造横長の、いかにも日本家屋といった造りで板張りのその道場は、なんとも気難しい、頑固爺と呼ぶに相応しい師が運営している、魔力を使った闘法、闘技を研鑽するため継承する為の場であり……そこでユウカは一、二を争う実力者となっていた。
元々幻獣学院に入れるくらいなのだから、保有している魔力は多かった、その質も上等なものだった。
だが何よりユウカは魔力を筋肉に馴染ませやすい素質を……魔力に馴染みやすい筋肉を生まれながらに有していて、それが今のユウカの強さの源となっていた。
普段は何処にでもいる普通の女の子でしか無いユウカも、ひとたび魔力を込めたなら、その真っ白な道着の中で筋肉が唸り……唸った筋肉と魔力が、ユウカの筋力を数段上のものへと、その身体の硬度を鉄以上のものへと、変化させていく。
そうして拳を放ったなら……放ってしまったなら岩だろうが悠々と砕ける、凄まじい威力が放たれることになる。
「……いや、もう、幻獣とかいらないじゃろ」
道場の中央にて、大きく足を開き、腰をぐっと下げての正拳突きを放ったユウカと、その余波を受けて歪んだ道場の壁を……幻獣の力でもって産み出した特別性の壁を見て、そんなことを呟くのは80歳になったばかりの上座にあぐらをかく道場主だ。
後少しで枯れ果てそうなその頭から、驚きやら何やらで更にもう一本はらりと白髪が抜け落ちて……そんなことに気付きもせずに、ユウカは二度三度とあらん限りの力と魔力を込めての正拳突きを放ち、歪むはずの無い壁を何度も何度も歪ませる。
十分に強い。
なんであればこのまま格闘技の世界に身を投じてもやっていけるくらいの強さをユウカは有している。
だがそれでもユウカは、国立幻獣学院に所属する幻獣を愛し幻獣に憧れ、幻獣と共に生きようとする幻獣の徒であるのだ、その夢を達成するために、いつか幻獣と契約を結ぶその時のために、ユウカは懸命に、貪欲に研鑽を重ね続ける。
「……伝説の鬼とか、巨人族とかを召喚しちゃいそうですね、ユウカちゃん」
師の側に立ちながらユウカのことを見守っていた門下生の一人がそんなことを呟く。
幻獣は召喚者の魂を見て、その者に召喚されるかどうかを判断すると言う。
これほどの強さを持つユウカが召喚したら一体どんな幻獣が現れるのか……。
「……かつてこの辺りに現れて、一帯を焼け野原にしたという巨大怪獣とか呼んじゃいそうじゃのう……」
そんな師の言葉に、あながち的外れとも言えない師の言葉に門下生一同はごくりと息を呑み……言葉もなく静かに戦慄する。
周囲の人間達がまさかそんな目で見ていることに気付きもせずに鍛錬を終えたユウカは、笑顔で道場主に頭を下げ、先輩門下生たちに頭を下げ、そうして道場の奥のシャワールームで汗を流してから……夕暮れの帰路につく。
家に帰ったら今日の宿題と今日の授業の復習をしなければならない。
国内最高難度のそれを片付けたなら、夕食とあったかな風呂と、ふかふかのベッドが自分を待っている。
「……今日の宿題、まだチェックしてないけど……簡単に解けない問題だったらいいなぁ。
そしたら先輩に電話して質問したり出来るし……」
と、一人でそんな事を呟きながらユウカは、アスファルトを砕かないように手加減して地面を蹴り……何度も何度も蹴り、飛んでいるかの如く凄まじい速度でもって自宅へと駆け込むのだった。
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