それぞれの癒やしの時間
一度部屋に戻り、手洗いうがい歯磨きなどを済ませ、お茶を淹れて一息ついて……それから準備をしたハクト達は二組に分かれて、それぞれが目指す場へと移動していった。
ハクトは温泉及びサウナに、ユウカとグリ子さんは幻獣も受けられる美容マッサージに。
幻獣に支えられているこの社会において、幻獣を癒やし、楽しませる施設は結構な数があり……それはこの施設も同様で、お硬い施設かと思えばまさかの美容マッサージなんてのもあって。
一体幻獣向けの美容マッサージとはどんなマッサージなのか、毛玉としか言えないグリ子さんをどう癒やし、楽しませるつもりなのか……そんな興味を抱いたユウカは、同じ女性同士ということもあって、グリ子さんと組んで行動すると決めていたのだった。
施設正面から見て右が男性向け施設で、左が女性向け施設で……貴賓室を出るなり二手に分かれてそれぞれの方向へと進んでいって……そうしてユウカとグリ子さんがたどり着いたのはヒノキの香りが堪能できる、落ち着いた木造空間だった。
下駄箱に履物を預けたなら、その先の床全てがヒノキのすのこ板で、壁と天井はヒノキの木材をただ貼り付けてあったり、交差させていたり、格子状にしてあったりと、独特の模様を作り出していて……時たま細い壁などに細い花瓶がかけてあり、そこに季節の花々が活けられている。
そんな空間を少し進むと、これまた木造のカウンターがあって、受付があって……そこに静かに立っている女性スタッフに、何故だか気圧されてしまったユウカは、おずおずとした態度で声をかける。
「あのぉ、幻獣も楽しめる美容マッサージをお願いしたいんですけど……」
すると女性スタッフは静かに微笑んで、どんなコースが良いかだとか、グリ子さんの希望はどんなものだとか、その毛質をどうしたいのか、どんな風に綺麗になりたいのかなどの質問をしてくる。
「あ、あの、すいません、私グリ子さんとまだ上手く意思疎通できなくて……。
グリ子さん自身も言葉を喋れなくて、こちらの言っていることは分かってくれるみたいなんですけど……」
「ああ、それでも大丈夫ですよ、そういう場合はこちらのホワイトボードを使わせていただきますので」
事も無げにそう返した女性スタッフは、受付カウンターの下からホワイトボードを取り出して、そこに「はい」「いいえ」の二つの言葉を書き込む。
「これからいくつか質問しますので、その通りだと思ったら『はい』を、そうではないなと思ったら『いいえ』を選んでください。
では始めます、今回の目的は美容である―――」
それから女性スタッフは「はい」「いいえ」を使った質問方式で、グリ子さんがどんなマッサージを望んでいるのかを聞き出し……聞き出したなら今度はホワイトボードにグリ子さんのことを横から見た全体図を書き、どこをマッサージして欲しいか、逆にどこに触れて欲しくないか、他に何か気をつけることはあるか、などなど様々な質問をし……グリ子さんは質問される度にその絵図をクチバシで突いての回答をしていく。
「あ、凄い、言葉がなくても問題なく意思疎通してる……。
慣れてらっしゃるんですねぇ」
その光景を見て感心した様子でユウカがそう言うと……もう一人のスタッフがパンフレット片手にユウカの側へとやってくる。
それはユウカはどんなマッサージを希望するのかと問うためであり……美容、整体、リラクゼーションと様々なコースが用意されていて……ユウカはグリ子さんと同じようにそのパンフレットを見やりながら、指でさしながら様々な質問をし、悩み……悩みに悩んでから美容コースを選び取る。
グリ子さんが選んだのもまた美容コースで……幻獣向けの毛艶サラサラコースで、そうやって二人のコースが決まると女性スタッフ達は、ユウカ達を受付の奥にある一匹と一人が同じ空間でマッサージを受けられる個室へと案内してくれる。
その個室もまたそのほとんどが木造の落ち着いた作りとなっていて……大きく丸い窓があったと思ったら、その向こうには小さな……この個室のために作られたと思われる壁に囲まれた庭が存在している。
青々とした葉を茂らせた細い木があり、苔むした石があり、そこに太陽の日が差し込んでいて……それがまたなんとも良い雰囲気で。
そんな部屋の床にはグリ子さんがゆったりと座ることの出来そうな円形のクッションが置かれていて……ユウカのために用意したと思われる人間用のベッドも置かれていて、壁際に並ぶいくつかの台の上には香油でも入っているのか、キラキラと輝くガラスの瓶が置かれている。
「お、おぉー……雰囲気良いですねー」
そんな個室の雰囲気に飲まれながらユウカがそんな声を上げていると……マッサージが楽しみで仕方ないのか、グリ子さんはさっさとクッションの上に移動し、ちょこんと座り……まだかな? まだかな? と、キョロキョロと視線を巡らせ始める。
すると準備万端といった様子の女性スタッフが三人現れて……ブラシや香油瓶、ゴム製のイボ付き手袋などなどといった装備や道具を手にグリ子さんへの施術を開始する。
「風切様は一旦こちらの別室へどうぞ、お洋服を汚さないために館内着へのお着替えをしていただいてからの施術になりますので」
そんなグリ子さんのことをじぃっと見ていたユウカに女性スタッフが声をかけてきて……それに頷いたユウカは、指示されるがままに移動し……そうしてそこに置いてあった館内着への着替えを始めるのだった。
一方その頃ハクトは、全裸になって腰にタオルを巻いたという状態で、ケロ材という珍しい木材で作られたサウナへと入っていた。
一段二段と登って三段目に腰かけて、腕を組んでじぃっと10分時計を見つめて……。
周囲には幻獣召喚者であるらしい無骨なまでに体を鍛え抜いた男達が居て、そんな中でただじっと充満する熱と湿気に耐え続けて……。
グリ子さんとユウカがこれ以上なくリラックスし、体を解し、疲れを解す中……ハクトはただただそうやって熱に耐え続ける道を選んでいた。
10分入ったなら1分水風呂、その後外気浴をしながらの休憩が良いらしい。
体力に余裕があるならそれをもう一度それを繰り返しても良い。
無理をせずに無茶をせずに、マナーを守ってただ静かに……。
マナーを守っているがゆえに誰もが無言になる中、サウナストーンの上に誰かがアロマ水を垂らして一気に蒸気が吹き上がり、ただでさえ熱かったサウナルームが一段と熱く、湿気まみれとなっていく。
……そうしてハクトは一人で、10分のサウナ入浴を3セット決めた所でようやく満足をするのだった。
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