ユウカ式ハイキング
貴賓室を予約してしまい、突然のホームシックになり、施設のまさかの実態に驚かされ。
そんな風に出だしからつまずくことになったユウカだったが、一度元気を取り戻すとそれらのつまずきをバネにするかのようにパワフルになり……さっさと荷物をしまい、出かけるための準備を整え……部屋の入り口ドアにしっかりと施錠してから一直線、施設の出口へと駆けるように足を進めていく。
それをグリ子さんとハクトが追いかける形となり……ハクト達が問題なく追いかけてきているからとユウカはどんどんと速度を上げていって……そうして施設を出たなら、施設から真っ直ぐに伸びる観光道路を進み……部屋に置かれていたパンフレットがおすすめだと紹介していた青々とした草花や木々が広がる山へと向かっていく。
五月初頭、程よい日差しに温められた草花や木々の葉が生い茂り、活発に動き回る虫や鳥などの姿があり……少し走れば汗ばむような陽気と汗ばんだ肌を撫でる爽やかな風がなんともバランス良くユウカのことを楽しませてくれる。
「あー……ハイキングですよ、ハイキング!
良いですよねー! ハイキング!
子供の頃は何のために山登るんだろーなんてこと思ってましたけど、最近はこの何にも無い感じが良いんだなーと思えるようになってきました!」
爽やかな天候が更にユウカの気分を盛り上げてくれて、盛り上がるままにそんな言葉を口にしたユウカはズンズンと観光道路を進んでいき……トイレなどの休憩所のある駐車場へ入ったなら、そこから木々の間を貫くように進む山道へと休むことなく足を進めていく。
「いや、何も無いということはないだろう。
そこの案内看板にある通り……って、待ちたまえ風切君!?
は、ハイキングと言うのなら、そんなに急いで駆け上ってしまっては台無しだぞ!?」
そんなユウカの後を追いかけてきたハクトは、ユウカへと言葉を投げかけながら駐車場脇にあった案内看板の前に立とうとするが、ユウカは構うことなく山道に入ってしまい……凄まじい勢いで山道を駆け上がっていくユウカのことを、ハクトとその隣に立つグリ子さんは大慌てで追いかけていく。
「ま、待ちたまえ風切君!!
折角のハイキングというのなら、一旦足を止めてあちらを見てみたまえ!」
「クッキュン!!」
追いかけながら……ほぼほぼ駆け足となりながら、それなりに急な山道を進むハクトとグリ子さんがそう声をかけると、グリ子さんまでが声を上げたからなのか、ようやくユウカはその言葉に耳を貸し、はたと足を止める。
「え、あ……なんかすいません。
なんかこう楽しくなっちゃって、いつの間にかいつものトレーニング気分になりかけてました」
足を止めて振り返り、ハクト達の顔を見るなりユウカがそう言ってきて……そんなユウカの言葉に苦笑しながらハクトは山道から少し外れた所にある……木々が開けて日光が程よく降り注ぎ、その日光を受けて草花が咲き誇る一帯を指で指し示す。
「ま、まぁ……旅行に来て気持ちが盛り上がるというのはよくあることだから構わないよ。
それよりもほら、あっちにあるあの青い花……あれはこの辺りでしか見かけない天然記念物だそうだ。
花が咲いているのは今の時期だけのことで……こういった草花を見て楽しむのも、ハイキングの楽しみというものだよ」
ハクトの指の先にあった花は百合を思わせる独特の開き方をした花びらを持つ、思わず目を奪われてしまう程に綺麗な青色の花だった。
真っ青という訳ではなく柔らかいような淡いような、白色混じりの青さで、ものによっては花びらに青い筋があり……その綺麗さと天然記念物という言葉の特別さもあってユウカは、その花のことをじぃっと見つめる。
「花……花ですかぁ。
そうか、旅行に来て花を見るっていうのもありなんですねぇ。
満開の桜とかチューリップとかそういう観光名所もありますもんねぇ」
見つめながらそんなことを口にし……尚も花を見つめ続けるユウカの側に立ったハクトは、ユウカの邪魔にならないよう何も言わずにユウカが満足するまで待ち続ける。
そんな中グリ子さんもまたその花のことをじぃっと見つめて……ユウカとグリ子さんは思わずそのまま、数分もの間見つめ続けることになる。
そうして満足したのか顔を上げて……改めて周囲の光景を見やって、うんうんと頷いたユウカが声を上げる。
「正直こー、旅行って言うと遊園地とかレジャーとか、そういうのをするものだとばかり思ってたんですけど、こうやって花を見るだけでも良いもんですね。
花なんてどこでも見られると言われたらそれまでですけど、この花は今ここでしか見られない花なんですもんね」
「そうだな。
花以外にも山でしか見かけない草や木や……そこら辺を飛び回っている虫に意識を傾けてみるのも良いだろう。
先程からそこらをミツバチの一種なのか小さなハチが盛んに飛んでいるし……音に耳を傾けるのも良いかもしれない。
先程から聞こえるケコケコというカエルの声……我が家辺りのゲコゲコというカエルの声とはまた違った響きでなんとも楽しいものだよ。
山に住まう種の独特の声なのかな、これは」
ユウカに返事をする形でハクトがそう声を上げ……ユウカは耳をそばだて、目を皿にし……いつもの日常を過ごしているあの町とは全く違う空気を思いっきりに吸い込む。
「……なんでもないような音も空気も、旅行先でなら特別って感じです。
……この先に進んだらまた違う花とか景色とか空気があるんですかねー」
そうしてそんな声を上げて……それに頷いたハクトは山道の先を見やりながら言葉を返していく。
「うむ、そうだろうな。
全てを読むことは出来なかったが案内看板によると、この先にはいろいろな観光名所があるらしい。
たとえばもう少し進むと観光名所になってくれと地元の人々が様々な桜の木を植えた一帯なんかもあるそうだ。
流石に今の時期には満開という訳にはいかないだろうが……品種によっては今頃咲くものもあったはずだ。
更に進めば戦国時代の城跡を始めとした史跡なんかもあるようだな。
風切君は確か歴史の科目を苦手としていたから、史跡を見ながら実地学習というのも悪くないだろう。
その目で見て感じで学ぶ歴史というのは、また特別な学習効果があるもので、この地でしか見られない史跡に触れ合うというのもまた旅行の時にしか出来ない大切な体験と―――」
と、ハクトがそんな言葉を口にし始めた時だった。
ユウカが無言で山道を駆け上がり始める。
城跡はちょっと見てみたいが、歴史の勉強はごめんだと、そんなことを言わんばかりに素早く力強く、逃げるかのように山道を駆け上がっていくユウカ。
そしてグリ子さんはそんなユウカのことを元気に……楽しそうにパタパタと翼を動かしながら追いかけていき……そして折角の説明を途中で打ち切られてしまったハクトは、ため息を吐き出しながらそんな二人の背中を……置いていかれない程度の速度でもって追いかけるのだった。
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