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ハクトの日常



 翌日、早朝。


 朝食を終え身支度を終えたハクトは、グリ子さんの毛並みをブラシでもって整えてやって……そうしてからブラシを手持ち鞄へとしまい、仕事場へと足を向けた。


 学院にいたころとは全く違う、社会人としての心持ちでもって、背筋をピンと伸ばし威風堂々と。


 そんなハクトの側をチャッチャと爪を鳴らしながら追いかけるグリ子さんは、ハクトの真似をして、その丸い体で背を伸ばしたような気持ちになって、くいとクチバシを上に構える。


「はっはっは、転ばないように気をつけるんだぞ!」


 その様子を見てハクトがそう声をかけると、グリ子さんは「クキュン!」と一鳴きし、嬉しそうにパタパタとその小さな翼を振るう。


「クキュン、クルックキュン!」


 続くそんな鳴き声を受けてハクトは、うん? と首を傾げて声を返す。


「引っ越しはまだかって?

 もうしばらくはかかる……というか、今はまだ家主さんが引っ越し作業をしている段階のはずだ。

 それが終わって業者による掃除が終わったなら、ようやく入居が可能になる訳だ。

 ……まぁ、一週間以内には引っ越せることだろう」


「クキュンクキュン、クッキュン!」


「んん? いきなり話題が変わったな。

 風切君はいつ遊びに来るかだって? そうだな……彼女次第ではあるが、そう簡単には来られないだろうな。

 学院の授業はとても厳しく、授業外でも課題がこれでもかと出される、過酷と言っても過言ではないものだ。

 本人が遊びに来たいと思った所で、その時間を作るというのは並大抵のことではない。

 ……だがまぁ、風切君のことだ、来ると口にした以上は、無理をしてでも、何があろうとも実現するに違いない。彼女はそういう人間だからな」


 ハクトとグリ子さんがそんな会話をしているうちに、錆びかけのトタン外壁の工場が見えてきて、更に強く背筋を伸ばしたハクトは、しっかりと朝の挨拶が出来るようにと「あーあー」と声出しをし……そうしてからズンズンと工場の入り口を兼ねた事務所へと足を進めていく。


 工場から突き出したような構造となっている事務所の、ガラス戸をカラカラカラと音を立てながら横に開けて、


「おはようございます!」


 と、事務員達に挨拶をしたなら、事務所で出勤手続きをして……一旦事務所を後にし、事務所の裏手に置かれた木箱を……グリ子さんのために工場の皆が作ってくれたそれを、事務所入口の側まで運ぶ。


 大きな木箱といった様子のそれには、グリ子さん好みの木の枝や、木材の破片などが敷き詰められていて、グリ子さんはご機嫌な様子でその上に鎮座する。


 鎮座し、ふるふると体を震わせて……そうして居心地よく木箱の中を整えたなら、ふうっと息を吐き出し、目を細めて……ぽかぽかと降り注ぐ太陽の光を一身に浴びる。


 これこそが……入り口で鎮座するというのがこの工場でのグリ子さんの仕事であり、グリ子さんはこうやって工場の看板役……マスコット役を務めていた。


 小さな町工場で幻獣召喚士と幻獣を雇える所などまず存在しないだろう。

 こんな場末の町工場に幻獣がいる、ただそれだけで宣伝効果は大きなものとなっていて……グリ子さんはその独特のフォルムのおかげで、ハクトが思っていた人気を獲得するに至っている。


 そのおかげで工場はいくつかの景気の良い仕事を受注することにも成功していて……グリ子さんはすっかりと、工場にとって欠かせない存在となっていた。


 そうやってグリ子さんに仕事をさせたなら、ハクトは事務所に戻っての事務仕事となる。


 入社したての頃は何をしてもままならないハクトだったが、元々の頭の良さもあって、今ではすっかり慣れたもの……その事務処理能力はベテランの事務員を抜き去ってのトップとなっている。


 計算は早く、事務処理は丁寧、文章を書かせても、電話対応をさせても流麗に言葉を扱える為に全く問題無し。


 そんな風にハクトは、笑顔で淡々と仕事をこなしていく。


 これ程の事務処理能力があれば、地頭の良さがあれば、もっと良い仕事があるのではないかと問いかける人もいる。


 だがハクトにとって……周囲に見放され家族に捨てられ、家を追い出されたハクトにとっては、その時に拾ってくれたこの工場こそが、最高の職場であったのだ。


 辛さに耐えることは出来た。

 人の前では笑顔を貫くことも出来た。


 だがそれでも何もかもを失うというのは……今までの当たり前の日々を送れなくなるというのは、恐ろしいことであり、悲しいことであり……絶望感に苛まれるものである。


 そうやって心を痛めていたハクトを、偶然のこととはいえ拾ってくれて、居場所を与えてくれたこの職場はなんとも言えず居心地が良く……その職場のために働けるということは、ハクトの心を深く癒やし、満たしてくれていたのだ。


 昼食は皆で談笑しながら、昼休みはグリ子さんと一緒に昼寝をしたりブラッシングをしたり、午後の仕事は一段と頑張って……時には保育園などからの依頼でそちらに出向くこともある。


 そうやって夕方5時まで働いたなら、退社の時間となる。


「お疲れ様でした!」

「クキュン!」


 グリ子さんと一緒にそう挨拶をしたなら、来た時の道とは少し違う道を通り、商店街へと向かう。


「……さて、今日の夕飯は何にしようか。

 明日の弁当のことも考えなければいけないのが難しいところだ。

 ……グリ子さんは、何か食べたいものがあるかな?」


 賑やかな、買い物客と店員達と、駆け回る子供達の声が響き渡る商店街を歩きながら、ハクトがそう問いかけると、グリ子さんはパタパタと翼をはためかせ……、


「クキュン! クキュン!」


 と、声を上げる。


「……て、天丼と刻みキャベツというのは、また渋い組み合わせだな?

 ま、まぁ、揚げ物なら何度かやったことはあるし、ついでに弁当のおかずも作れるだろうし……うん、グリ子さんがそう言うのなら、そうするとしよう」


 そう言ってハクトは、各商店を巡り……頭の中にあるレシピに必要な材料を、一つ一つ、質と値段を見極めながら買い集めていくのだった。



挿絵(By みてみん)

お読み頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良さげな職場でなにより。 [一言] グリ子さんのフォルムが到底四つ足のそれに見えない…。 だがそれが良い。
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