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新たな生活の場は


「まぁでも良かったです。

 無事に仕事にも就けたようですし、幻獣さんとも仲良くやっているようですし……この様子なら生活に困ることもなさそうですし。

 追々引っ越しもして、良いお部屋に住むんでしょうし……安心ですね。

 ……って、そう言えば引っ越しって、一体何処にどんな家に引っ越すつもりなんですか?」


 唐突に大声を上げたかと思えば、一転して落ち着いた様子でそう言ってくるユウカに、気圧されたハクトはぎこちなく頷き、言葉を返す。


「う、うむ。

 仕事場から離れてしまうと色々と不便なのでな、近場の一軒家に引っ越すつもりだ。

 そこもまぁ、年代物の中古物件なのだが……それでもここよりは新しく良い造りになっている」


「一軒家なんですね、アパートとかではなく?」


「金銭的なことを思えば、確かにアパートのほうが良いのだろうが……グリ子さんのことを思うとな、アパート暮らしは厳しいだろう。何しろこの体格だ、ここのような広い庭がある一軒家が望ましい。

 ……ここから10分程歩いた先にある、竜鐙町という町の一軒家がな、ちょうど借り主を探していたとかでな、先日グリ子さんと一緒に見学に向かい、大家さんもグリ子さんのことを大層気に入ってくれて……ぜひとも入居して欲しいとのことで、既に契約も済ませてあるんだ」


「え? 竜鐙ですか?

 私も竜鐙に住んでるんですよ、奇遇ですね!

 同じ町内なら顔を合わせることもあるでしょうし、色々な行事でもご一緒できるかもしれませんね」


「おお、君も竜鐙町だったのか。

 そうかそうか、ならばこれからはご近所さんと言う訳だ。

 ……色々と世話になることもあるかと思うが、よろしく頼む」


「はい、よろしくお願いします。

 ……と言っても竜鐙も広いですから、隣近所という訳にはいかないと思いますけど、それでもまぁ、ご近所さんはご近所さんですよね」


 と、そう言ってユウカは、竜鐙町の光景を思い浮かべる。


 ありきたりな住宅街、空き地はなく、これといった施設もなく、コンビニとスーパーと薬局と、それと郵便局があるくらいの住宅だらけの町並み。


 自分が知る限り竜鐙には、一軒家の貸家なんて無かったはずだし、空き家らしい空き家も無かったはずなのだが、一体ハクトは何処に住むつもりなのだろうと、そんなことを考え、首を傾げたユウカは……いつのまにか側にやってきたグリ子さんのふかふかの羽毛を顔に押し付けられ、思わず「わっぷ!?」と声を上げる。


「クキュン! クキュン!」


 ユウカが押し付けられたふかふかのそれを押しやり、急に何をと縁側に立つグリ子さんの顔を見上げると……グリ子さんは目を細めての笑顔でユウカのことを見やってくる。


 友好的で柔らかで、まるで「よろしくね」とそう言っているかのようなグリ子さんの笑顔を見て、小さく笑ったユウカはグリ子さんの羽毛へと手を伸ばし、そっと撫でてやりながら言葉を返す。


「あははは、そうだよね、グリ子さんもご近所さんになるんだもんね。

 ……うん、これからよろしくね、グリ子さん」


 と、ユウカがそう声をかけると、グリ子さんはその笑みをより大きなものとして「クキュンクキュン」と楽しげに声を上げる。


 そうしてグリ子さんと時間を過ごし始めたユウカは、その柔らかくふかふかで温かくて、理想の、至高のぬいぐるみを作ったらこんな感触になるだろうグリ子さんの毛皮を存分に楽しむ。


 もふもふ、ふかふかと。

 

 時間を忘れてその感触を楽しんだユウカは……ふとしたきっかけに空を見上げて「あっ」と言葉を漏らす。


 すっかりと夕焼け、気付けばカァカァとカラスが鳴く時間となっていて……最後にグリ子さんを一撫でしたユウカは、その感触を惜しみながらゆっくりと立ち上がり、


「そろそろ帰りますね」


 と、グリ子さんとハクトに向けての別れの挨拶を口にする。


「……ああ、気をつけてな」


 と、居間の方でグリ子さんが産み出した金を、何処に隠そうかと試行錯誤していたハクトがそう返すと……グリ子さんはそのつぶらな瞳をキッとつり上げ「クキュン!」と抗議の声を上げる。


 それはまるで「ユウカちゃんを家まで送ってあげなさい」と言っているかのようで、それを受けてハクトがどうしたものかなと頭をかいていると、誰あろうユウカが笑って声を上げる。


「あははは、大丈夫だよ、グリ子さん。

 私、こう見えて腕っぷしには自信があるから!」


 そう言ってユウカは、拳を構え、構えた拳を目にも留まらぬ速度で振り抜く。

 風切り音が周囲に響き渡り、直後にその拳が作り出したらしい風圧がグリ子さんの羽毛をぶわりと撫でてきて……グリ子さんは目を丸くして驚きの表情を浮かべる。


「……風切君は、国内トップクラスのあの学院において、最強に近いと噂される程の腕の持ち主なのだよ。

 幻獣と共に生きていくには時に腕力が、武力が必要なこともあり、学院では文武両道を是としていて、授業の中で様々な武術を習うのだが……彼女は全くの負け知らず。

 年上かつ体格で勝っている僕でさえ、全く歯が立たない剛勇の徒であるのだよ」


 ハクトがそう説明をしてやると、グリ子さんは更に目を丸くして驚き……その表情を受けて快活に笑ったユウカは、セーラー服を模した学院の制服の袖を軽く捲くり、ぐいと腕を上げて力こぶを作ってみせる。


「だから大丈夫だよ。

 また遊びに来るし、新居にも行くと思うから、その時はたっぷりともふもふさせてね!」


 力こぶを作ったユウカがそう言って敷地の外へと足を向けると、ハクトは「また会おう」との言葉を送り、グリ子さんは「く、クキュン!」と戸惑いまじりの言葉を送る。


 それを受けて大きく手を振っての挨拶をしたユウカは……ここに来た時よりも軽い足取り、心持ちで、タッタタッタとアスファルトの上を駆けていく。


 何はともあれ先輩が元気なようでよかった。

 先輩が召喚した幻獣もなんだかよく分からないが凄い幻獣だった。


 やっぱり世間が間違っていた、自分の見る目は間違っていなかった、先輩は先輩のまま……きっとこれからも凄い活躍をするに違いない。


 そんな事を考えながらユウカは、ハクトが歩いて10分と評した竜鐙まで、たったの1・2分程で到着し……そうして我が家へと到着し、大きく息を吐きだす。


「少しなまったかな……」


 なんてことを言いながら息を整えて、汗を拭っていると、隣の家が妙に慌ただしく、荷造りなどをしている様子が視界に入る。


「……なんだろ、引っ越しかな?」


 そんなことを言いながらユウカは、お母さんにそこら辺のことを聞いてみようかと、帰宅し……何はともあれまずは手洗いうがいだと、手洗い場へと向かうのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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