決着
ユウカがグリ子さんによって運ばれていき……グリ子さんが戻ってくるのを待つちょっとした時間に、サクラ先生がいつになく重く真剣な声をハクトにかけてくる。
「ハクトちゃん、アナタとグリ子さんで朱雀の椅子に座ってはどうかしら?
あの人から色々教わった上であの人と私からの推薦があれば、少なくとも審査と試験を受けることは出来るはずよ」
その声を耳にしてハクトは苦笑をし……タダシは今日何度目かも分からない驚愕の表情を浮かべる。
前朱雀とその妻であり高名な教師でもあるサクラ先生の推薦は、言ってしまえば朱雀の座までの特急チケット、一番の近道とも言えるものであり……欲しいと願ったところでまず手に入ることのない、手に入れるチャンスにさえお目にかかることのない代物である。
それがまさかこんな若者の下に転がり込もうとしているなんて……実績も何もない何者でもない青年が手に入れようとしているなんて……と、タダシは驚き、嫉妬し……嫉妬のあまりにその身を震わせる。
「……申し訳ありません、今回のお話はお断りしたいと思います。
……俺には今のこの生活で十分ですし、グリ子さんもこの町を離れることや、忙しく飛び回ることを望んでいないと思いますので……。
俺なんかよりも、そちらにいる鷲波タダシさんの方が朱雀の座に相応しいのではないでしょうか?
白虎杯で善戦した上に、召喚した幻獣が高位幻獣であるグリフォンを超えるハイ・グリフォンともなればその資格は十分な程にあるはずです」
タダシが身を震わせる中、ハクトはサクラ先生にそんな言葉を返して……タダシは理解できないまさかの展開に、これでもかと脱力し、倒れそうになって近くのグリフォンへと寄りかかり……そしてそんなタダシの様子を横目で見やりながらハクトは、
(押し付けてごめんなさいと……)
と、そんなことを心の中で思う。
サクラ先生は思慮深く、慎重過ぎる程に慎重で、何らかの答えを出す時は十分に検討した上で答えを出す人だ。
そして十分に検討するからこそ、一度出した答えを曲げない所があり、頑固過ぎる所があり……ハクトがただ断っただけでは受け入れてくれなかっただろう。
断る以上はサクラ先生の考えを否定する以上は対案が必要で、サクラ先生を納得させるだけの材料が必要で……つまるところハクトは、タダシを生贄として差し出したのだった。
「タダシちゃん? タダシちゃんを朱雀に……?
んー……確かに白虎杯に出たとなれば相応に実力はある訳ですし? ハイ・グリフォンと上手く意思疎通が取れない状態でそこまでの結果を出したと思えば……そうね、悪くないかもしれないわね。
もちろん今のままでは駄目だけれども、私と旦那でじっくり鍛えたなら……旦那を超える朱雀になる……かも、しれないわね。
白虎杯に出ていたってことはタダシちゃんは四聖獣の席を志望していた訳ですし……そうねぇ、やる気のないハクトちゃんよりも、やる気のあるタダシちゃんの方が相応しいかもしれないわね」
そうしてハクトの狙い通りになり、そんなことを言ったサクラ先生は、タダシの方へと足を進めていく。
そんな予想外過ぎる事態を受けてタダシは真っ青になりながら顔を左右にふるふると振るが……構うことなくグリフォンが大きな声での返事をしてしまう。
『グリュォォォン!』
それは肯定の一吠えだった。
四聖獣の座に座ってみたいとの意欲と野望に溢れた力強い声だった。
そんなグリフォンに対しタダシが何かを言おうとするもグリフォンは、ついさっきはあそこの若造に嫉妬していたくせに……と、そんなことを言いたげな視線を向けてタダシを黙らせる。
突然のことに驚き混乱しているだけで、タダシとしても四聖獣の座に座りたい気持ちは持っている。
この国に住まう者ならば、幻獣を召喚した者ならば、誰もが一度は夢見るのが四聖獣の座であるからだ。
国防という重い責務を背負うことになるが、それ以上の名誉と報酬が得られる訳で……四聖獣の座を去った後も様々な特権や通常の十数倍の年金を受け取れる訳で……それらを手に入れるチャンスがあるのであれば、誰だって手を伸ばしたくなるというものだ。
そんな事を考えて、どうにか冷静さと力を取り戻し、しっかりと二本の足で立ったタダシは……サクラ先生に真っ直ぐな視線を返し、ゆっくりと頷く。
「あらまぁ……そう、そうなのね。
タダシちゃんもやってみたいと思っているのね。
そういうことなら、ハクトちゃんには悪いけど、タダシちゃんで決まりってことになっちゃうかしらね。
……じゃぁ、うん、そうね、早速旦那の所に連れて行って鍛えてあげないといけないわね。
ハクトちゃん、慌ただしくて申し訳ないのだけれど、私はこれで失礼するわね。
……また今度、時間が出来たらアナタとユウカちゃんに会いにお邪魔させていただきます」
タダシが頷いたのを受けてそう言ったサクラ先生は、グリフォンにタダシを乗せて飛びなさいとの指示を出し、金羊毛羊のことを呼び……金羊毛羊の背にそっと腰掛けて宙にふわりと浮かび上がる。
それを追いかけるようにしてタダシを乗せたグリフォンもその大きな翼を力強く振るうことで飛び上がり……そうして二人と二体の幻獣は凄まじい速度で、何処かへと飛び去っていく。
空を見上げてそんな幻獣達のことを見送ったハクトは……先程サクラ先生が口にした『また今度』は当分先のことになるのだろうなぁと、そんなことを思う。
優しく厳しく、頑固でもあるサクラ先生は……それだけでなくおせっかいで教えたがりといった厄介な側面も持っている。
学院に所属していた頃は、生徒達への授業という形で発散出来ていた教えたがり欲も、教師を引退した今となっては発散出来ずに溜まるばかりのはずで……そうやって溜まりに溜まったその欲はとんでもないことになっているはずで……。
そんな状態の先生がタダシという……朱雀候補というこれ以上ない生贄を手に入れてしまったら、どうなってしまうのかは……火を見るよりも明らかだった。
そうなってしまったらもう、こちらにやってくるような時間は無いはずで、また今度なんて機会は巡ってこないはずで……そうしてハクトは空を見上げたまま大きなため息を吐き出し……そうしてから一連の騒動で、グリフォンの羽根や金羊毛羊の抜け毛などが散らかってしまった庭を片付けるべく、掃除道具などをしまってある庭の奥にある倉庫へと足を向けるのだった。
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