ユウカの成長
会心の一撃を受け止められてしまっても、それでもユウカは挑戦を続けていく。
拳の構え方を変えて、魔力の発し方を変えて、どうにか一矢報いることが出来ないかと、試行錯誤を繰り返す。
そんな様子をハクトとサクラ先生は穏やかな、教え子を見守るかのような心持ちで見守り……たまたま居合わせた形となるタダシはユウカが見せたまさかの強さに戦慄し、凍りついていた。
まだまだ学生だろうに、その強さは常識の外に出つつあり、ちょっとした幻獣なら圧倒してしまいそうであり。
こんな所にこんな才能が隠れていたなんて……と、タダシとその幻獣であるグリフォンは凍りついたまま身じろぎ一つすることが出来ない。
言葉を発する事もできず、この場から立ち去る事もできず、ただただそこに立ちすくんで……。
そんな中、静かに様子を見守っていたサクラ先生がゆっくりと口を開く。
「あと一歩、あと一歩前に進めれば良い結果に繋がるのですけどね……ハクトちゃん、アドバイスはしてあげないのですか?」
それを受けてハクトは、呆れの色を含んだ表情で言葉を返す。
「まさか、俺如きが彼女にアドバイスなんて、したくても出来ませんよ。
学業ならばまだしも、こと体術、魔力操作において彼女は俺の数段上を行っています。
そんな彼女に俺なんかが変にアドバイスをしてしまえば、逆に彼女がこれまで築き上げてきたものを歪めてしまいますよ」
「そういうものかしらね?
私も体術に関しては門外漢だからなんとも言えないのですよねぇ。
分かることは彼女が金羊毛羊に勝つには、あと一歩の前進、一つの閃き、繭を切り開いて羽化するきっかけのようなものが必要ということだけで……」
そこまで分かっているのなら十分なのでは? そこまで分かっているならそれこそ何かしらのアドバイスができるのでは?
なんて疑念を抱くハクトだったが、先生を前にしてそれを口にする勇気はなくただただ黙り込み……そうして場から言葉がなくなり、ユウカが放つ拳の音だけは響き渡るようになったところで、半目になってしょうがないなぁというような表情となったグリ子さんが大きな、わざとらしいため息を吐き出す。
そうしてグリ子さんは身悶えし、そのまん丸の体を揺らし……すると体の何処からか1本の羽根が抜け落ちて、ぷかりと浮かんだそれが金色の輝きを放ち始める。
それは圧倒的な魔力によるもので、その羽根に込められた尋常ではない量の魔力が発する光で……それを初めて目にしたハクトは驚き、困惑する。
ハクトは以前からグリ子さんが魔力を使って何かをしていた事に気付いていた。
この町やハクト達になんらかの祝福のような何かを与えてくれていたことに気付いていた。
そしてそれを少ない魔力で行われた、そこまでの影響力のないものだ……と、考えていたのだが、ここにきてハクトはようやく、自分のその認識が間違いであったことに気付く。
グリ子さん本体の魔力はそこまでの量ではない、そこにいるグリフォン以上で、金羊毛羊以下で……中堅以上伝説未満の、まぁまぁ平凡なものである。
だがグリ子さんはその羽根一本一本に、その体に蓄えている以上の魔力を蓄えてしまっていて……普段は隠蔽されているらしいその貯蓄量は、羽根一本が一体の幻獣に匹敵するもので……。
グリ子さんの大きなその体に、果たして羽根は何十本あるのか、何百本あるのか、何千本あるのか……その全てを合計したのなら金羊毛羊すらも圧倒してしまうことだろう。
「あらあらまぁまぁ、私もここまでだとは思いませんでした」
なんて何処までも呑気なサクラ先生の声が響く中、金色に輝く羽根に込められた魔力が力を発揮し、魔法を発動させて……その効果がユウカの身に降り注ぐ。
それを受けてユウカは我天啓を得たりとばかりに何かをひらめいたような表情を浮かべる。
サクラ先生がつい先程口にしていたあと一歩、前に進むことに成功し、成長の壁をぶち破り……自らの体内に残る最後の魔力を練り始める。
『む……これはいかん』
そんなユウカの様子を見て金羊毛羊がそう声を上げて、全身の毛を輝かせながら魔力を練り始める。
ただその毛で受け止めるのではなく、魔力を練っての壁を構築し始め……ユウカは魔力を練ったまま、あえてその壁が出来上がるのを待つ。
折角壁が出来上がっているというのに、途中で攻撃してしまうなんてのは興ざめだ。
完璧なまでに出来上がってからそれを破ってこそ意味がある。
そんなことを思い不敵な表情を浮かべ、ぐっと腰を落とし……そうして壁が出来上がった瞬間に、練りに練った魔力を貯めに貯めた拳が放たれる。
基本的な姿勢はそのまま、筋力もこの短時間で変わりようがないのでそのまま、魔力量はむしろ初撃より落ちている。
そんな状況でその拳が凄まじいまでの威力を発しつつあったのは、その拳をただ真っ直ぐに放ったのではなく、肩から手首までのすべての筋肉を使って捻りを加えていたからだろう。
拳がひねられ螺旋を描き、その螺旋に沿って魔力が放たれ、螺旋と言うよりもドリルやライフル弾を思わせるような回転をし……その先端、一点に威力が集約される。
結果、まず金羊毛羊の張った壁が破壊された。
それでも尚拳は止まらずに伸びて……そこから放たれた魔力が金羊毛羊に迫る。
そして金羊毛羊はその一撃を先程までのように受け止めて……受け止めきれず数歩後退し、少しだけよろめいてしまう。
それが結果……言ってしまえばただよろめいただけのことだった。
傷もなくダメージもなく、ただ少しだけ金羊毛羊を後退させただけのことだった。
だけれどもユウカにとってはこれ以上ない一撃であり、望んでもいなかった戦果であり……それに満足したのかユウカはそのまま力尽きたように倒れかけ……すぐさまに駆け寄ったグリ子さんとハクトがそれを支えて、器用にユウカのことをその背に乗せたグリ子さんは、ぐったりとしながら良い笑顔ですやすやと寝息を立て始めるユウカのことを、そのままユウカの家へと運んでいく。
『……これが最初の一撃だったなら、魔力が十全にあった状態での一撃だったなら……ヘラクレスの足元に手をかけていたかもしれんな』
そんなグリ子さんの後ろ姿を見送りながら金羊毛羊がそんなことを呟く。
その呟きに対しハクトはただただ驚き、サクラ先生は満足そうに微笑み……タダシは顎を外さんばかりの勢いで口をあけて驚愕する。
ただの学生だと思っていた。
年相応の女の子と思っていた。
だけれども最初の一撃を放った段階で驚かされてしまって……それだけでも凄いと思っていたのに、それがまさか更にその上を行って、伝説の存在を驚かせる程の一撃を放つなんて……。
自分はなんて魔境に足を踏み入れてしまったんだとタダシはそんなことを思いながら……よろけてその身を、同じく驚愕し困惑し恐怖しているグリフォンへと預けるのだった。
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