金羊毛羊とユウカの手合わせ
金羊毛羊とユウカの手合わせは、少し前に行われていたグリ子さんとユウカの手合わせとは全く違う形で行われた。
まずユウカは全力で金羊毛羊を攻撃してよく、金羊毛羊は一切の回避や反撃を行わない。
金羊毛羊はただユウカの攻撃全てを受け止めて、ユウカは好きなように攻撃を繰り返して……先に音を上げた方が負けという形だ。
そんなものはルールとは言えず、手合わせとも言えず、そんな内容を金羊毛羊から提案されたユウカは、ただただ困惑するばかりだったが、ユウカの様子を見守っていたハクトから、
「やってみると良い、神話級の力を知ることはとても良い勉強になるはずだ」
との声が上がり……ユウカはハクトがそう言うのならばとそのルールを受け入れて、金羊毛羊と共に庭へと出ていった。
庭には先程から懸命に交流をしようとしているタダシとグリフォンの姿があり、一体何事だろうと彼らが困惑する中、金羊毛羊は堂々と庭の中央に立ち、ユウカはその前に立ってどっしりと腰を落として構えを取る。
「本気でいって良いんですよね?
本気でやっちゃうと、余波で先輩の家の塀とか壊しちゃいそうなんですけど、それもちゃんと受け止めてくれるんですよね?」
腰を落とし、拳をぐっと握り、脇腹の辺りで構えた上でそう言うユウカに対し金羊毛羊は、
『つべこべ言わず、まずは一撃放ってみるが良い』
と、挑発的な言葉を返す。
それを受けてユウカは目を伏せ、深く強く呼吸をし始め……体内の魔力を唸らせ始める。
そうして始まったユウカ達の手合わせを見学するために、ハクトとサクラ先生も庭へとやってきて……なんとも呑気な態度で言葉をかわし始める。
「あらまぁ、風切さんのお嬢さんが群を抜く手練だというのは風の噂で聞いていましたけど、ここまでだとは思いませんでしたね。
保有魔力の量もお見事ですけれど、あの蓄え方……一切の無駄が無くて美しいとすら思えてしまいますね」
「俺が知る限り、肉弾戦において彼女はトップクラスですよ。
幻獣を相手にしたとしてもほとんどの相手に勝つことが出来るでしょう。
……ただまぁ、今回は相手が悪すぎますね」
片や微笑みながら、片や興味深そうに、のほほんとした態度で言葉を交わすサクラ先生とハクトを見やり、タダシとグリフォンは困惑する。
先程のユウカの言葉に、ユウカがその拳に蓄えている魔力に。
それは絶対に、何があったとしてもこんな住宅地のど真ん中で放って良いものではなくて、下手をすれば塀どころか隣の家にダメージを与えかねないもので……困惑から戦慄へと変化し、恐怖まで抱き始めたタダシとグリフォンは、目の前で起ころうとしている愚行を止めるべきかと、そんなことを考え始めるが……彼らが結論を出すよりも早く、構えたユウカの拳が閃光が如き速さで金羊毛羊目掛けて放たれる。
腕から拳がまっすぐに伸び、まるでそれが銃身であるかのように魔力の発射装置となり、魔力によって強化された拳と、その拳から放たれる拳圧と魔力とが混ざりあい、尋常ではない一撃となって、凄まじい音と衝撃波を放ちながら金羊毛羊へと迫る。
その一撃を半目で見やった金羊毛羊は、すっと体を動かし、その横腹……金色の体毛が何処よりも濃い部分でもってその一撃を受け止める。
するとどうしたことか先程までの音も衝撃波も魔力も、ユウカが放っていた何もかもが唐突に、本当に何の前触れもなく唐突に消失してしまう。
『ぬるいぬるい、そんな程度ではヘラクレスの足元にも及ばないぞ』
先程までの音や衝撃波は、消そうと思って消せるものではない、たとえユウカがその拳を止めたとしても、魔力を雲散させたとしても、その余波は残り続け、その力が完全に失われるその時まで暴れ続けるものだ。
だというのにそれをどうやったのかあっさりと、一瞬で消し去ってしまった金羊毛羊は、そんな声を上げて、なんとも眠たげな半目でユウカのことを見やる。
それを受けてユウカはにこりと笑う。
悔しさもなく、腹立たしさもなく、ただただ強者に出会えた喜びだけがあり……再度の一撃を放つべく魔力を練り始める。
普通であれば一体どうやってあの一撃を消失させたのか、どんな仕組みでもってそれをやってのけたのかと考察するものである。
考察し、正答を導き出し、相手にそうさせぬようにと対策を練ったり駆け引きをしたりするものである。
だがしかしユウカはそれをしない、しようとも思わない。
そんなことをしてしまってはつまらないからだ、相手の技がどんなものであれそれを正面から砕く方が面白いからだ。
ユウカは強い、学園でも指折りの存在だ。
それがゆえにユウカの前に立てる者がおらず、本気でやり合える者がおらず、尊敬する師のいる道場でさえ全力での鍛錬に付き合ってくれる者はごく僅かだ。
だからこそユウカは笑った、嬉しくてたまらなくて笑った。
金羊毛羊が思っていた以上の強者であり、自分の全力を受け止めてくれる存在であり、かの英雄ヘラクレスと自分を比較してくれることもまた嬉しかった。
古代の英雄、神話の存在。
出来ることなら実際に会ってみて、手合わせをしてみたいものだが……時代が違いすぎるゆえにそんなことは不可能で……。
だが金羊毛羊はヘラクレスと会ったことがあり、その一撃を受けたことのある存在で……今、ユウカは間接的にヘラクレスと手合わせを、力比べをすることが出来ている。
こんなに嬉しいことがあろうかと、ユウカは更に更に拳に魔力を込めていく。
そんな光景を見やった周囲の反応は様々だった。
グリフォンとタダシはただただ驚いていた。ただの女子学生だと思っていた子が突然とんでもない一撃を放ったのだから、それも当然だった、それを金羊毛羊があっさりと受け止めたのもまた衝撃的だった。
ユウカの一撃に見慣れていたハクトは平然としていて、サクラ先生は新たな才能に出会えたことを心の底から喜んでいて……そしてリビングの窓の側にちょこんと座っていたグリ子さんは、楽しそうに嬉しそうに声を上げていた。
「クキュン、クッキュン、クキューン」
それはユウカに対する激励で、頑張れ頑張れと、そんな意味を込めた鳴き声で……グリ子さんとの意思疎通が出来ないユウカはそのことを直感でもってなんとなく察し、励まされて、拳に込める魔力を一段と強いものにしていく。
そうして放たれた二撃目は、一撃目を上回る程に洗練されていて威力も十分で、ユウカ自身も初めてこんなに綺麗な一撃を放てたと思うような会心の一撃だったのだが……それを金羊毛羊はあっさりと、顔色一つ変えることなく、その金色の毛でもって受け止めてしまうのだった。
お読み頂きありがとうございました。




