神話の時代
話が盛り上がりに盛り上がり……もうこれ以上話すことは無いだろうというくらいに語り尽くした頃、ソファにゆったりと座りながらサクラ先生との会話を楽しんでいたユウカが、ふと金羊毛羊の方へと視線をやってから、サクラ先生と、台所での片付けを終えて戻ってきて、椅子へと腰掛けたハクトに向けて疑問の声を上げる。
「そう言えばこちらの……金羊毛羊さん、でしたっけ?
こちらの幻獣はその……どんな力を持っているんですか?」
そんなユウカの疑問の声を受けて、金羊毛羊は少しだけがっかりした様子を見せて、サクラ先生はハクトをじろりと見やり……そしてハクトは呆れ半分、驚き半分といった様子で言葉を返す。
「……風切君。
金羊毛羊は星座の牡羊座としても知られている程の幻獣なのだけど……まさかそれ程の幻獣を知らないとは言うまいね?」
「え? 牡羊座ですか? 星座の?
星座はもちろん知ってますけど、それがこの金羊毛羊さんとどんな関係が……って、もしかして、この羊さんが星座になったってことなんですか!? 星座になるくらい有名ってことなんですか!?
あれ!? でも星座ってうんと大昔の……神話の時代に作られたものですよね??」
ユウカは驚きながら首を傾げながらそんな言葉をハクトに返し……それを受けてサクラ先生がハクトに、先輩としてこのくらいのことは常識として教えておかなければ駄目だろうと、そんなことを言いたげな視線を送り始める。
それはハクトにとって体と心に突き刺さる視線であり、針のむしろとも言えるような視線であり……珍しく苦しい顔をし一筋の冷や汗を流したハクトは、大きなため息を吐き出してから仕方なしに金羊毛羊がどんな幻獣であるのか、どうして星座として称えられることになったのかと語っていく。
それはまさに神話の時代から語り継がれている物語のような話だった。
神話に語られる古き時代、幻獣達が住まう世界とこちらの世界の境界が曖昧で、召喚術や送還術という方法を取ることなく行き来が可能で、世界には野放図なまでに幻獣が溢れかえっていて……。
そんな時代においては人間も、それ相応の実力と魔力が求められて、過酷な環境での研鑽と選別が行われていて……結果数多の英雄が生まれることになった。
そんな英雄達が、神話の中に語られるような幻想的で浮世離れした世界で、今の時代からでは考えられないような冒険を繰り広げ、その冒険譚が何千年もの間語り継がれる程の活躍をした神話の時代。
その時代にあって幻獣達もまた凄まじいまでの活躍をしていて、その活躍が神話として語り継がれるようになり……活躍の後にあちらに帰った幻獣達のことを人々は、星座になったと考えるようになり……。
金羊毛羊もまたその時代に活躍した幻獣であり、その名は牡羊座の羊として広く知られている。
空を駆け、水の上を走り、世界中全ての言語を話す事が出来、その毛は黄金よりも価値があり。
あらゆる敵意、害意、魔力や攻撃を防ぐその羊毛は、あの英雄ヘラクレスの攻撃さえも防いでみせたという。
「……えっと、サクラ先生の金羊毛羊さんは、その神話の、ヘラクレスの時代の羊……っていうか幻獣で……。
故郷に帰って星座になって、そんな羊さんをサクラ先生が召喚して? 今一緒に暮らしていて……えぇっと、寿命とか再召喚とかそこら辺の事情は一体どうなってるんですか?」
ハクトの説明を聞いて大きく首を傾げたユウカがそんなことを口にし……ハクトは顔色を悪くしながら、後でサクラ先生にお説教されてしまいそうだなとの覚悟をしながら説明を続けていく。
「そこら辺に関しては以前にも教えたはずなのだけどね!!
ま、まぁ、うん、忘れてしまったというのなら改めて説明をするが……神話の時代には召喚術に頼ることなくあちらとこちらの行き来が可能で、ありとあらゆる幻獣がこちらにやってきていた。
おかげで無数の幻獣の力を借りることができ、様々な文明がその恩恵に与ることになったのだが……同時に幻獣達が引き起こす神話級の災害にも悩まされていた。
そしてその状況を良しとしなかったのがかの有名な、十の契約を成した御仁なのだよ。
かの御仁は幻獣によって引き起こされる災害を防ぐために聖櫃……契約の箱と契約を交わした、曰くこの世界はただ一つだけのものであり、幻想存在の崇拝を禁止する。
その契約の力によってこの世界に溢れていた幻獣達は……神話の存在達はこの世界から強制的に退去することになり、幻獣の居ない時代がやってくることになった。
だがそれも一時のことだった、この世界に存在していた多くの文明が幻獣の力を頼りにしていて、共存することを前提に社会を構築していたからね。
そういう訳で召喚術と送還術という魔法が考案され、幻獣達がこちらの世界に再召喚され始めて、秩序を持って幻獣と共存する社会が模索されるようになり……長い年月を経て今に至る、という訳だ」
ハクトがそう言って一旦説明を終えるとユウカは……顎に人差し指をちょんと当ててぼんやりとした表情のまま考え事をしたまま、これまたぼんやりとした声を上げる。
「あー、そう言えば以前そんな話を聞いたような……。
ということは金羊毛羊さんもその時に元の世界に帰還することになって……うんと長生きをして、最近になってサクラ先生に召喚されたってことですか?」
その言葉に対しハクトは、苦虫を噛み潰したような表情になりながら説明の続きを……最後の部分を言葉にしていく。
「そちらの金羊毛羊を始めとした多くの幻獣は、その契約による唐突な送還を不満に思っていて、こちらへの帰還を強く願っていて……いずれまたこちらの世界に行けるその時まで、誰か自らに相応しい召喚者があらわれてくれるその時まで、その身を時の進まぬ世界、特殊な空間に封印していた、という訳なんだよ。
もちろん全ての幻獣がそうした訳ではなく、自分達の世界で従来の営みを行い、子孫を残し寿命を全うし、その子孫達が召喚されている、という事例も多くある。
だがまぁ、星座に上がったような高名な存在はその多くがこちらへの帰還を夢見て封印を続けているとのことだよ」
「へー……なるほどー!
じゃぁ金羊毛羊さんも、それを召喚したサクラ先生も神話級に凄い、ってことになるんですねー……!
……そっかぁ、神話の時代の幻獣かぁ、ヘラクレスの一撃をも防いだ幻獣かぁ……」
ハクトの説明を聞いて納得して、改めて金羊毛羊へと視線をやって……そうしてそんな言葉を呟き、不穏な目をし始めるユウカ。
その目に覚えがあったハクトは慌てて椅子から立ち上がってユウカを止めようとするが時既に遅し、拳をぐっと構えたユウカがなんとも大きな元気な声を上げる。
「サクラ先生! 羊さん!
そういうことなら私、ぜひとも羊さんと戦ってみたいんですけど、お手合わせをお願いできますでしょうか!
英雄ヘラクレスと私、どっちが強いか、ぜひとも試してみたいんです!」
その声を受けてハクトが、手遅れだったかとがっくりとうなだれる中……金羊毛羊とサクラ先生は、笑顔になって構わないとばかりに、こくりと同時に頷くのだった。
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