商店街の
数日後の仕事帰り、いつものようにハクト達が商店街を通っていると、グリ子さんが肉屋の前で足を止める。
そしてガラスのショーケースとじっと見やり……その視線の先には分厚いトンカツの姿がある。
「……カツ丼食べて以来、トンカツに夢中だねぇ。
……ちなみにこの肉屋さんは頼めば揚げたてを売ってくれたりもするよ。
二階に行けばそこで食べることも出来て、カツ丼も作ってくれたはずだね。
店屋物のカツ丼とはまた違った味わいになるかもしれないね」
ハクトがそう声をかけるとグリ子さんは、クルンッとハクトの方へと振り返り、クカッとクチバシを開いてキラキラッと輝く視線をハクトに向けてくる。
それを受けてハクトはショーケース前まで移動し、店員にカツ丼2人前と幻獣用特盛り1人前いけますか? と、声を掛ける。
すると店員は待っていましたとばかりに目を輝かせ、二階にどうぞと促し……ハクトはまずグリ子さんを、店舗脇にある階段に向かわせる。
人間一人用の幅の狭い階段、グリ子さんだとどうしても体が挟まってしまうが……縦に伸びれば入れないことはなく、まずグリ子さんに階段に入ってもらって、後ろからグリ子さんの体を抱えたハクトが持ち上げ押し込み、階段を登っていく。
その後ろをフォスがちょこちょこついていって……階段をそうやって乗り切ると、広い座敷部屋が一同を待っている。
グリ子さんを抱きかかえたままそこに入ったハクトが、店員が用意してくれていたクッションの上にグリ子さんをちょこんと置くと、グリ子さんは信じられない! と、そんな顔をハクトに向けてくる。
まさか持ち上げるなんて、そのまま押し込むなんて、もっと他の方法があったんじゃないの? という顔をするグリ子さんにハクトは、特に何も言わずただ自分の席に腰を下ろす。
そして一休みをしてからハクトはセルフサービスの茶を全員分淹れて……それから改めて席につき、茶をすする。
その間もずっとグリ子さんは信じられない、何なのこの子といった表情を向けていて……ハクトはそれを無視し続ける。
それからハクト達は結構な時間待たされることになる。
普段トンカツなどを揚げるように頼んだなら10分とかからず出てくるはずなのだが……。
と、ハクト達がそのことを疑問に思いながらも、何もわずゆったりと過ごしていると「おまたせしましたー!」との声の後にカツ丼が運ばれてきて……ハクトのカツ丼は至って普通のドンブリで、グリ子さんとフォスのは幻獣用の大きな器で用意される。
そして肉も幻獣用は特別分厚く……ハクトが思わず身を乗り出して覗き込む程に分厚い肉となっていた。
「ああ、店長が限界まで分厚くしようって言い出しまして。
それにじっくり火を通したんで、時間がかかっちゃったんですよ。
その分衣もザクザクになっちゃってますけど、それでも美味しくなるようにしてあるんで、楽しんでみてくださいよ」
と、店員。
ハクトは思わず、自分もそっちの分厚いカツを食べてみたかった、なんてことを思うが……何も言わず箸を手に取り、いただきますと声を上げる。
ハクトにとってそれは食べ慣れた味、至ってオーソドックスながら揚げたてということもあって最高に美味しいカツ丼で、大満足の仕上がりとなっている。
しかしグリ子さん達にとっては初めての味、食感。
クチバシでトンカツに食いつくと、しっかりと卵で閉じてあるのに響き渡るザクザク音。
ザクザクッと音がし、クチバシで潰された肉から肉汁が弾け、そしてグリ子さん達の表情が明るいものとなる。
相当に美味しいのだろう、クチバシがガシガシと動き、かなりの量のはずのカツ丼があっという間に減っていく。
そして部屋の入口では店長達の姿があり、挑戦作らしいそれが成功したことを喜んでいるのか、それともグリ子さん達を満足させたことを喜んでいるのか、なんともだらしない笑顔をしてしまっている。
それを見て少しだけげんなりとしたハクトは目の前の食事に集中し……カツ丼を綺麗に食べ上げたなら、窓を見る。
商店街の大通りに向けられた窓は大きく開かれていて……その向こうからは賑やかな声が聞こえてきている。
木製の手すりがあって、そこには普段から色々な人が寄りかかっているのだろう、変形した後やお茶をこぼした後、タバコの灰を落とした後なんかもあって……そこだけでも商店街らしい光景だなぁと、ハクトがそんなことを考えていると、そんな手すりに三本足がちょこんと立つ。
八咫烏。
まさかの登場にハクトが表情を引きつらせていると、それが声を上げる。
「なんだい、随分美味しそうじゃないか、自分も食べてみたいねぇ」
「店長、幻獣用カツ丼をもう一つ」
すぐさまハクトは振り返ってそう声を上げる。
店長も店員も八咫烏が何者かは分かっていないようで、ただ注文が入ったことを喜び、調理場へと駆けていく。
それからハクトは幻獣用クッションを座卓の上に置き、八咫烏にそこに座るように促してから、茶を淹れて恐る恐る差し出す。
「そう恐縮することはないよ、君達は大事な部下な訳だからね、身内みたいなものなんだし、もっと気安く接してくれて構わないよ。
さて……ザクザクのトンカツを待たせてもらうとしようか」
と、そう言ってから八咫烏はクチバシの先をちょんと茶につける。
ほんの数ミリ……その程度しかつけていないのに不思議と茶が吸い上げられていく。
グリ子さん達の食べ方とは全くの別次元、魔力の作用で吸い上げているのか……喉がゴクゴク鳴ることもなく、ただただ茶が減っていく。
そうしてグリ子さん達が完食し、満足げにため息を吐き出し……ウトウトとし始めた所で八咫烏の分のカツ丼が運ばれてくる。
流石に物体を吸い上げる訳にはいかないのだろう、大きく開かれたクチバシでザクザクと……器用過ぎる程に器用に食べていく。
普通なら落下するはずの状況でも一度クチバシについたトンカツや米が落下することもなく、まるで重力がないかのように八咫烏の中に入り込んでいって……八咫烏の数倍はあろうかという量のカツ丼が、綺麗さっぱり食べあげられてしまう。
それを見てハクトがなんとも言えない顔になる中、八咫烏は、
「ご馳走さま」
と、そう言ってキラリと、その目を輝かせるのだった。
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