お怒りグリ子さん
それから何日かが過ぎて、日曜日となって。
空は曇り湿気がじめりと漂い、外に出かけるのも億劫でハクト達は自宅でテレビを見ながら、なんでもない時間を過ごしていた。
普段はベッドの上をゴロゴロとしているグリ子さんだったが、今日はこっちの方が良いと、板床にゴロりと寝転がって……その冷たさを堪能していて、そんなグリ子さんの側にはユウカの姿があり、ユウカはグリ子さんのすぐ前、お腹の辺りで座布団を枕にゴロりと寝転がっていて……一人と一匹でそうしながらじぃっとテレビの画面を見つめている。
ハクトは一人、椅子に座ってコーヒーを飲みながらの時間を過ごしていて……コーヒーの香りを堪能しながらユウカ達のことをぼんやりと眺めている。
(そんなに湿気が嫌ならお互い離れた方が良いだろうに、親子か姉妹といった様子で並んで横になって……。
まぁ、それだけ仲が良いということなのだろうけども)
ユウカ達のことを眺めながらそんなことを考えたハクトは……リビング隅にある棚にかけてある温度計をちらりと見る。
(空調を動かす程の温度ではないのだよなぁ。
ただ湿気が酷いというだけで……ううん、除湿機でも買うべきだろうか?)
更にそんなことを考えて……日曜日の昼過ぎという気だるい時間をだらだらと過ごして。
そうやって静かでゆっくりとした湿気まみれの時間が流れていく中……テレビが幻獣に関する特集番組を放映し始める。
日曜日のこの時間ということは家族向け、もっと言えば将来幻獣を召喚したいと考えている子供に向けたものなのだろう、初歩的なことを分かりやすく、丁寧に解説していく。
そんな特集の中で四聖獣との単語が出てきて……それにピクリと反応したグリ子さんが「クキュン?」と声を上げる。
声を上げて……首を傾げているのか何なのか、横になったままゆらんと揺れたグリ子さんを見て小さく笑ったハクトが言葉を返す。
「四聖獣はこちらに召喚された幻獣の中で特別な力を持っていたり、特別な活躍、貢献をしたりした幻獣に与えられる称号、というか役職のようなものだよ。
その名が示す通り四つの席があり、青龍、朱雀、白虎、玄武、これらを持って四聖獣と呼び……ひとたびその席に座ったならこの国の幻獣として最高の名誉が与えられ、それに相応しい給与も与えられるが、同時に相応の義務も負うことになる」
そんな風にハクトが説明をしていると、グリ子さんとユウカは興味深げな表情をしながら起き上がり、床の上にちょこんと座りながら耳を傾ける。
「どんな義務かと言うと、災害や戦乱が起こったなら自らのことよりもこの国を守ること、国民を守ることを優先しなければならず、国からの依頼が来たなら断ることはできず、もし断ったり依頼に失敗したりしたなら即座にその席を空けなければならない。
今は確か……朱雀が空席だったかな。
前朱雀の名誉のために言っておくと、失敗などで席を空けたのではなく、召喚者が高齢となっての勇退による空席で……その後相応しい者が現れていないからの空席となっているね。
朱雀の席は鳥のように空を舞い飛ぶ幻獣、防空の要となる幻獣でなければ務まらないとされているから、中々候補が見つからないようだね」
青龍が制海、朱雀が防空、白虎が国土防衛、玄武が首都防衛及び四聖獣統括。
玄武の席に関してはその重要性から、どんな幻獣が務めているのか誰が召喚者なのかは明らかになっておらず、今何処で何をしているかなどの情報も国家機密とされている。
「今の青龍が空を飛ぶことの出来る幻獣で、防空と制海は同時に行われることが多いとかで、朱雀が空席となっている埋め合わせは青龍がしているらしいね。
それでなんとかなってしまっているから慌てて次を探していないということもあるのかもね」
そう言ってハクトが説明を一段落させ、テレビからも大体同じような内容が流れてくる中……まるで初めて聞いたとでも言わんばかりの態度を見せたユウカが、隣に座るグリ子さんに身を寄せながら声を上げる。
「グリ子さんなら朱雀になれちゃうかもねー、グリフォンなんだし!」
するとグリ子さんはまんざらでもなさそうな表情となって「クッキュキュン」なんて声を上げる。
その声を受けてユウカは面白がって「よ、未来の朱雀!」なんて声を上げ、グリ子さんはグリ子さんで照れたような表情を浮かべてゆらゆらとその身体を左右に揺らす……が、ハクトだけは冷めた表情というか、冷静な態度というか、静かに構えてゆっくりと口を開く。
「仮に朱雀となった場合は当然のように忙しくなる訳で、土日だから休めるなんて話はないだろうし、何かがあれば夜中だろうと出撃することになるだろうし、商店街で買い食いするなんてこともできなくなってしまうぞ?
国防に関わる者が変なものを食べて体調を崩してしまったら大事だからね、徹底的に管理された安全な栄養食のみを食べることになるはずだ。
勿論住まいも国が管理している建物へ移動することになるだろうし、交友関係も制限されるだろうし……そこまでするだけの報酬は用意されるが、それでもそれなりの義務感と使命感がなければやれない仕事だよ? グリ子さんに出来るかな?」
その言葉はグリ子さんにとって死刑宣告にも等しい残酷なものだった。
今のこの幸せな生活を捨てなければならないなんて、あの楽園に行けなくなるなんて。
土日というかけがえのない日々にゆったりとすることも出来ないし遊べないし、ユウカにも会えなくなるし、好きなものを食べられなくなるし……。
そんな事になってしまったら、一体何を楽しみに毎日を生きれば良いのか、一体何のためにそんな地獄に落ちなければならないのか。
四聖獣とはそんなにも過酷なものなのかとグリ子さんはそのクチバシを喉の奥深くが見えてしまうほどに大きく開けて愕然とする。
……と、丁度その時、テレビから四聖獣が一席、青龍とその召喚者のインタビュー映像が流れてくる。
『四聖獣に選ばれたことは大変な名誉で、毎日充実した日々を―――』
そう召喚者が誇らしげな笑顔を輝かせる。
『この退屈な世界にしては中々の刺激があり楽しめる仕事なのは確かだ―――』
そう巨大なる龍が鼻息を荒くしながら自慢げに語る。
『テレビの前の皆さんもぜひとも幻獣召喚者になり、四聖獣の席を目指して頂ければと―――』
『そのために精進を重ね、高潔であれ、怠けるな驕るな嘘を吐くな、悪に染まるな、正しき道を歩み―――』
『お給料ですか? 勿論良いですよ。家も食事も、服さえも用意していただき、何一つとして不自由のない毎日を皆様のおかげで送らせて頂いております―――』
『不満が無い訳ではない、この我が活躍した日くらいは牛の二、三頭を潰すくらいの覚悟を―――』
笑顔で自慢げで楽しそうで誇らしそうで。
テレビの中で青龍と召喚者はいかに青龍の座が素晴らしいものであるかと語り続ける。
するとそんなテレビをじぃっと……物凄い目で睨んでいたグリ子さんは、
「クッキューーーン!! クキュン! クキュン!! クキュッキュン!!」
と、大きな声を……テレビの中の彼らを『嘘つき!』と罵倒するような大声を上げてしまうのだった。
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