弟子
特別な材料なのか特別な力が込められているのか……とにかく普通ではない美味しさの甘酒を振る舞ってもらった神社庁での手続きは思っていたよりも簡単に、何事もなく終わった。
あまりに肩透かしな程だったが、その際に職員に強く言われたことがあり、それはどうかどうか弟子を取って欲しいというものだった。
ハクトとしては自分はそんな立場にない人間な上に、教職員としての免許も持っていない。
ユウカのように道場に通い詰め、師範としての資格を有している訳でもないからと消極的だったのだが……そこでグリ子さんに言われたある言葉で別の可能性を考えるようになる。
「クッキュン!」
別に子供を弟子にしなくても良いんじゃないの?
そう言われて、天啓を得たかのような気分で「それもそうだ!」となったハクトは、神社庁から帰宅しての翌週の休日、ユウカと共にある人物の家へと向かっていた。
「えっと、先輩、なんで私も?」
その道すがら一応スーツ姿に着替えたユウカがそう問いを投げかけてくる。
「格闘に関しては風切君の方が教え上手な上に師範な訳だから、俺が教えるよりは良いはずだ。
もちろん絶対に教えなければならないという話ではない、彼を見て気に入ったなら教えてやって欲しいという、そういう紹介になるかな」
「あ~、なるほど、そういうことなら全然OKです!」
そんな会話をしながら向かった先は、鉄柵に覆われた広い庭を持つ建物で、パッと見としては、
「保育園?」
と、思わずユウカがそんな感想を抱くような外見をしていた。
「いや、孤児院だよ」
と、そういったハクトは門に向かってインターホンを押し「矢縫です」と挨拶して承諾を得てから門を開けて中へと入っていく。
子供に教える訳ではないのに何故孤児院? と、首を傾げたユウカと、子供の気配を感じ取って嬉しそうにするグリ子さん、フェー、フォスの順で幻獣達も続く。
そうして向かったのは院長室という手作り木板の看板が立てかけられたガラス戸で、そこを開けて中に入るとテーブルと椅子の並ぶ、いかにも事務所でございますという、ハクトの職場に良く似た光景が視界に入り込む。
「やぁー、矢縫さん、いつもお世話になっています!」
すると元気いっぱいな男性の声が飛び込んできて、ハクト達が声の主へと視線をやると、子供用のヘアバンドで髪の毛のあちこちを結ばれて、質の悪そうな口紅などで化粧をされた30代くらいの男性の姿が視界に入り込む。
長めの黒髪はそんな感じで結ばれていて細面、悪くない顔立ちだが人の良さが全面に出ていて色男という感じはしない、黒縁メガネが尚更人の良さを増させている……が、相当に体を鍛えているようで肩幅はあり、優男という印象ではない。
「……院長さんですか?」
と、ユウカが問いかけると答えは、
「ううん、それは姉さんでオレはただのお手伝い」
というもので、院長が不在らしい今、代理として事務作業をしているらしかった。
「えっと、お手伝いさん……。
この人を育てるんですか……って、先輩、この人の魔力、すごすぎませんか?」
「あ、やっぱり気付いた?
うん、そうなんだよね、この人は苗場さん。才能はあったんだけど様々な事情に恵まれなくてね、召喚者としての教育を受けられなかったんだ。
……まぁ、本人は全く気にしていないようなんだけど、それでも才能があるのなら、それを育ててみるのも良いのかなって思ってね」
と、ハクトがそう言うと苗場と呼ばれた男は頭をかきながら言葉を返す。
「んまぁ、オレはこれで良かったと思ってるんだけど、いつもたくさん寄付してくれてる矢縫さんに言われると弱くてねぇ。
それに子供達を守れる力を得るのも悪くないかなって、色々教わってみようと思ったんだよ。
やるなら格好良い召喚獣を召喚しちゃって、皆のヒーローになっちゃうよ!」
と、そう言ってから苗場は親指を立ててのサムズアップポーズを決めてウィンクをしてくる。
相当に格好つけているようだが、髪留めや化粧がなんとも格好がつかず、ユウカは微妙な顔をしながら言葉を返す。
「先輩って寄付とかしてたんですねぇ。
……うん、私も孤児院のお手伝いなら全然してみたいですし、多少の格闘技を教えるくらいは良いですよ。
……それで、その、聞いて良いかわかんないんですけど、その化粧とかは何事ですか?
えっと、子供達にしてもらったとか?」
そう言われて苗場は忘れていたかのように自分の顔を触り、手にベットリとついた頬紅を見て大慌てとなって立ち上がり、どこかへと駆けていき……それから数分後、びしょ濡れとなった顔をタオルで吹きながら戻ってくる。
「いやぁ、失礼しました。
女の子達とおままごとをした時のものが残っていたようで……うっかりしました。
いやぁ、参っちゃったな、あれで何人かお客さん対応しちゃってましたよぉ」
化粧を落としてみると中々見られる顔となり、体格の良さもあって少し圧迫感もあるが……最初の印象と言動から柔らかな印象が根付いていて、ユウカはただただ柔らかな笑みを浮かべ、グリ子さん達も友好的な態度を示している。
もしかしたら子供達もユウカ達のようなことを思ったのかもしれない。
素のままでは少し怖いから化粧などで子供達なりに可愛くしてあげているのかもしれない。
彼らしい、彼に似合う格好にすることによって、子供達にとっての彼を表現しているのかもしれないと、ユウカはそんなことを思う。
「ただ、色々教わるのは良いんですが、この通り忙しい仕事でもありますので、午後18時から1時間か2時間が限度って感じなんですよね。
……それでも問題ないですかね?」
と、苗場、それに対しハクトは、
「えぇ、構いませんよ。
学院卒業相当の資格は無理でも、一般作業資格くらいなら取得は出来るでしょう。
その程度の資格があれば孤児院で使う分には十分でしょうから、それを目指して頑張ってみましょう」
と、返す。
何もかも唐突で押し付けられてしまったような役目だったが、ここでそれが活きるのならそれも悪くないと、そんな顔をしていて……それはユウカもグリ子さん達も同様で。
そうしてハクト達はこの日から暫くの間、孤児院での特別授業を行うことになるのだった。
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