手続き
それからも色々と試し、どんな加護をもらったのかは大体が分かってきたが……しかし今回試したのはただの戦闘演習でもあり、学問の加護として正しい使い方とは言えないだろう。
魔力を貸し与えられるとして、それで終わりというのも学問としては間違っている気もしてハクト達はまだまだ全容を掴めてはいないのだろうとも考えていた。
同時にこの力があまりにもサクラ先生にとって都合が良すぎて、まさかサクラ先生の差し金ではないかと疑ってしまってもいて……演習の帰りにブキャナンの庵を尋ねてその辺りの相談をしてみることにした。
久しぶりに足を運んだ山の奥の庵はいつも通りの落ち着いた空気をまとっていて、小僧天狗の案内で客間へと足を進めると、気に入ったのか人間姿の老紳士ブキャナンが待っていて、ハクト達は軽く挨拶をしてから座布団に腰を下ろし、事情を話していく。
そうして全てを話し終えるとブキャナンは自らのアゴを撫でながら唸り声を上げて、それから口を開く。
「まずをもってそれが本当に飛梅なのかはなんとも言えない所でございやしょう。
梅の力を持つ神、精霊、幻獣は数多く存在しておりやすので、それだけでは断言はできやせん。
それでもそれが飛梅であると仮定した場合、吉龍先生の思惑ではないでしょうなぁ。
四聖獣候補に上がった程度のお方が神を動かすなどまず不可能、ましてや都合よく利用しようなど、不敬の誹りを免れやせん。
よって飛梅自身の考えで動いたものと考えるべきでございやしょうねぇ。
……で、飛梅に気に入られたことに関しては注意がいりやすが、必要以上に褒められたりしてねぇのであれば、一安心ではありましょうな。
……力に関しては色々試していくしかなく、試すのも含めて神が与えてくださった試練と思う方が良いと思いやす」
そう言ってブキャナンは小僧天狗が用意した茶を一飲みし、小さなため息を吐き出す。
「一安心とは?」
ハクトがそう問いかけるともう一度茶を飲んで、それから答えを返してくる。
「神々に対しアタクシごときがどうこう評するのは憚られますが、その名の通り梅でありながら飛んで主を追いかけた存在でございやすからね。
それはもう強い執着心と深すぎる愛情を持ったお方と言うことで……これ以上はあえて申し上げやせんが、注意はいる相手でございやす。
そもそも神を相手にして注意がいらねぇことなんてねぇんでやすが、特別注意がいるという感じでやすねぇ」
「……ああ、そう言う……。
しかし神の加護だとするなら、相応の働きをする必要がありそうですね」
「いえ、そんなこともないと思いやす。
何かを誓い何かを捧げて頂戴したならその通りでございやすが、今回はあちらから下賜して頂いたもの。
粗末に扱ったり悪事に使ったりしなければ問題はねぇでしょうな。
変に気を使って本気でもねぇのに誰かに使うって方が問題があると思いやす。
……当分はユウカさんに使う形が良いでしょう、それかフェーくんかフォスちゃんに使うのも良いでしょう。
そうしながら弟子にしたいと思う人物がいれば弟子にしたら良いと思いやすよ」
「分かりました、その通りにします。
……それと大僧正、神々が動いたということは何か危機などが迫っていたりするのでしょうか?」
「うぅーん……それはなんとも。
そもそもとしてこの国の神々は気軽に動かれる方ばかりでやすからねぇ。
たとえば神無月、毎年あれ程の規模の大移動をされるというのは中々聞かない話ではございやす。
他にもそういったエピソードには事欠かない方々ですし……アタクシ達の基準で考えても仕方のない相手でございやすから、深く考えないことです。
そもそも八百万改め八千万以上の柱が存在する訳ですから、何の理由もなく気まぐれに動きまくるお方がいらっしゃっても不思議ではございやせん」
「了解しました……そういうことならあまり気にしないことにします」
「えぇ、それがよろしいかと。
ああ、それとこの後アタクシと一緒に神社庁に参りましょう。
あれが本当の神かどうかはさておいて、そう疑われる現象に遭遇したとの報告は必須でございやすから、出向いて手続きをしておく必要がございやす。
これをやっておけばいざという時に助けてくださったりもしやすから、用事があっても最優先で、出来るなら今すぐ向かいやしょう」
それはブキャナンにしては珍しく力の込められた声で、気圧されたハクトはただただ頷くことしか出来ない。
同行したユウカも同様で……そうして一同は神社庁と呼ばれる建物へとタクシーで向かうことになった。
到着してみるとそこはなんとも風変わりな建物だった。
どこかの温泉宿のような横長二階建て、瓦屋根、屋根からはいくつもの丸提灯が下げられていて、サクラの花びらの模様に『御祭禮』の文字、その提灯には鮮やかな紙飾りがさげられていて……入口のガラス戸の前には白い上着に青の袴という格好の神職と思われる男性がまるでハクト達の到着を待っていたかのような態度で立っている。
タクシーを降りてそちらに向かうと一礼があり、無言のまま仕草で中にどうぞと案内される。
受付を特に何もせずに通り過ぎ、奥の一室へ。
そこは事務室のようであり、既に机と人数分の椅子……まるで3人が来ることを知っていたかのように三つと、グリ子さん、フォス、フェーの分の、体の大きさにちょうど良く合う座布団まで用意されている。
「ようこそ神社庁へ。
お話は伺っておりますので、こちらの書類に必要事項を記入してください」
誰に? どう伺ったと?
そんな疑問がハクトの頭の中に浮かぶが、ここであれこれ言っても仕方なし、言われた通りに記入していく。
ハクトがそうする間、ユウカとブキャナンと幻獣達には飲み物が出されて……どうやら甘酒を用意してくれていたらしい。
「え、うわ、美味しい」
それを一口飲んでユウカ、グリ子さん達からも「クッキュン!」「ぷっきゅ~~~ん」「わっふ~!」と、味を褒める声が上がる。
「……こ、これは大変なものを頂戴したようで」
と、ブキャナンは冷や汗を顔に浮かべていて……それに気付いてしまったハクトもまた、一体全体何を用意されたんだと冷や汗をかく。
それでも意識を書類に戻して、名前住所連絡先などを記入し終えると案内してくれた職員が、
「拝見します、その間こちらをどうぞ」
と、そう言って書類を受け取ると同時に、コップに入った甘酒を出してくれる。
少し緊張しながらハクトがそれを飲むと、アルコールの入っていない甘さよりも酸味が上回る……こんなに美味しいものがこの世にあるものかというくらいの美味しさが口の中いっぱいに広がって……その味を受けてハクトは、暫くの間呆然としてしまうのだった。
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